第5話 モジャモジャの正体見たり当選者

 「はぁ……でもよかったぁ、生きてて。もし死んでたら第一発見者になってたもん。そしたら疑われることまちがいなし。そのまま警察に連れてかれて、きつい尋問に耐える日々? 知らんけど」


 創守の前でひと安心していたかと思えば、あらぬ想像にふけるというなんともせわしない女子高生。毛先に少し癖のあるゆるふわのミディアムボブに、たぬきに似た顔を持つこの少女は、衣里きぬさと想乃そのという。


「それで、お兄さんはこんなところで何してたんですか? まさか昼間からお酒飲んでべろべろになってたとか?」


 想乃は呆れながら聞いた。


「違うよ……考え事してたら寝ちゃったんだよ」

「へー」


 想乃はまったく信じていないようだ。それがもろに顔に出ている。


「君……信じてないでしょ?」

「い、いやぁそんなことありませんよ。なに言っちゃってるんですか。あははー」


 想乃はかなりの大根役者だ。だがそれを自覚していない。自分の思っていることがぼろぼろと外に出ていることに、まったく気づいていないのだ。


「まぁいいや。てか君って学生でしょ? さっきの質問だけど、そのまま君に返すよ」

「それって、あたしがこんな時間にこんなところで何してるかってことですか?」

「うん」


 想乃の表情が少しだけ暗くなった。鈍感な創守は無反応だ。


「今日は学校休みなんですよ」

「じゃあなんで制服着てんの?」

「あははー、ですよねー。すみません、嘘です。ほんとは最後の授業サボっちゃったんです」

「それ大丈夫なの?」

「ノープロブレム!」

「ふーん」


 鈍感なうえに他人に無関心な創守は、自分から聞いておいて適当な反応だ。

 それに対し、想乃は自分の弱点に気づかないにもかかわらず、人の見た目から機微きびを感じ取ることにけている。


「自分から聞いておいてなんですかその反応。全然興味ないじゃないですか」

「うん。ごめんけど興味ない」

「ひどっ! 目の前にこんなかわいい現役女子高生がいるのに」

「それ自分で言っちゃダメでしょ」

「別にいいじゃないですか。自己肯定感は強いほうがいいんですよ」

「あっそ」


 創守は面倒なことに巻き込まれたと思っていたが、おサボりJKの言葉に感じることがあったのか、再び『考える人』になっていた。

 それを見た想乃は、最初の質問に対する創守の返答を思い出した。


「そういえば、さっき考え事してたって言ってましたけど、どんなこと考えてたんですか?」

「……」

「あれ? おーい」


 目の前で手を振ってもまったく気づかない。

 銅像のように動かなくなったモジャモジャ頭を見て、想乃はちょっかいを出してみることにした。


 手には近くで拾った細長い木の棒がいくつかある。それを生け花でも作るかのように、ゆっくりとモジャモジャのに挿していった。


「いや、なんでここまでやっても無反応なの。なんなのこの人。おもしろすぎでしょ」


 想乃がくすくす笑っていると、アートと化した創守にいきなり心が戻ってきた。


「あっ、ごめんなんか言った?」

「え……あぁ言いました言いました。さっきの考え事ってなんだったんですかって」

「あぁそれね。君にとってはたわいないことだよ」

「へー、そうですか」

「気になる?」

「いや別に」

「なんだよ自分から聞いたくせに。君だって僕と同じじゃないか!」

「あははー、ですねー。すみません」


 想乃は暇つぶしにはなるかと思い、聞いてみることにした。


「じゃあどうなんです? 悩みとかですか?」

「鋭いな」

「昼間から悩むようなことなんですか?」

「時間はあまり関係ないかな。これは今後の僕にかかわることだからさ」

「へー、それで?」

「実は僕、発明家なんだ。といっても、まだ駆け出しなんだけどね」

「えっ、すごっ!」


 想乃の目が急にキラキラしはじめた。

 たしかに発明家というのはそうそう会えるものではない。めずらしさゆえに感動したのだろう。


「君は発明家に必要なことがなんだかわかる?」

「発明家に必要なこと? うーん……やっぱり技術力とか?」

「それもそう。でも、まず最初にやらなきゃいけないことがある」

「最初にやらなきゃいけないことねぇ……全然わかんない」

「どんなものを作るか考えることだよ」

「なにそれ、とんち? 一休さんのモノマネ?」

「違うわ。何を作るか考えないと先に進めないだろ?」

「あーね。それで、悩みってなんなんですか? 話が長すぎてよくわかんないんですけど」

「長くて悪かったな!」

「あーいやぁ、ついうっかり。すみません」

「まぁいいけど。じゃあ言うぞ」

「はい」

「何も浮かばないんだよ」

「へっ?」

「だから、何も浮かばないんだよ。ほんとに何も」

「は、はぁ」

「何も浮かばないから、そもそも発明することもできない。僕はスタート地点に立つことすらできていないんだ」


 思ったより重そうだと感じた想乃は少し戸惑ったが、とっさに浮かんだ自分なりの考えを言ってみることにした。


「発明家のことはよくわかんないですけど、そもそも発明って絶対に考えないといけないわけではないんじゃないですか?」

「えっ?」

「なんていうか、いきなりアイデアが降ってきた、みたいな? そんな感じだと思ってたんですけど」

「あっ、たしかに……」

「だからまぁ……焦らなくていいと思います」

「君、いいこと言うね」

「あざます」


(まさか高校生になだめられるとは……)


 創守は感心した。


「……あれ?」


 ここで想乃は違和感を覚えた。


(ちょっと待って……。いま気づいたけど、この人テレビに出てた人にめっちゃ似てない?)


 想乃は人より顔を覚えるのが得意だ。それも軽い変装をしたくらいでは簡単に気づいてしまうほどに。

 覚えていた本来の顔と変装した状態の顔が頭の中で重なり合い、わずかな変化にも気づくことさえある。


 想乃は創守の顔を改めてまじまじと見た。


「な、なんだよ急に」

「やっぱり……」


 想乃は目の前の発明家が自分の知る人物だと気づいた。


「お兄さんの名前、聞いてもいいですか?」

「えっ……なんで?」

「せっかく仲良くなったんだからいいじゃないですか」

「別に仲良くなったなんて思ってないけど」

「ひっど! お兄さん絶対モテないでしょ? 正直うざいもん」

「おい、正直すぎだろ」

「いいから教えてください!」

「はぁ……益江創守だよ」

「ふふん、やっぱそうだ!」

「えっ?」

「お兄さん、ミスター益江でしょ? アメリカで宝くじの高額当選したってテレビで見たよ」


(な、なんでバレたんだ……)


 創守は絶句した。

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