第4話 突然のたぬき(?)

 発明家にとって、アイデアが浮かばないというのは致命的だ。

 発明とは今までにないものを作り出すことではあるが、同時にそれを考え出す力も必要となる。新しいものが浮かばなければ、新しいものは作れない。それはつまり、発明家の終わりを意味するのだ。


「はぁ……どうしよう」


 創守は研究所からさほど離れていないところに位置する新蒲田公園に来ていた。ここよりも近いところに西蒲田公園があるが、今の創守にとっては広すぎる。そこにいると絶望感を解放するどころか、まるで自分があらゆる物質を吸い込んで成長するブラックホールのように感じてしまうのだ。


(せっかく研究所を作ったのに、何も作れないんじゃ話にならない。やっぱり僕には才能がないのかも……。だから今まで何もしてこなかったんじゃないか)


 ベンチに腰かけ落ち込みに落ち込む創守。先ほどまであおあおとしていた周りの植物たちも、どことなく悲しげだ。ブルーな気持ちに影響を受けて、生気を奪われていくような感覚を味わっているのかもしれない。


(あのとき僕はどうやって作ったんだろう。どうしてアトリエに飾られるほどのものを作れたんだ……)


 創守は小学生のころを思い出そうとした。だが、どんなに思い出そうとしても、その記憶の前には強固な壁が立ちはだかり、なにひとつ見ることができなかった。


(あのときの栄光は、今はもう影も形もないってことか……でも)


 そもそも二十五歳で小学生のころの記憶が残っている人は、そこまで多くないのではないだろうか。だとしら、今はそこまで気にすることではない。まずはここ最近の出来事を思い出して、何かヒントがないか探ってみるべきだろう。


 そう思った創守は、つい最近の出来事である宝くじ高額当選を思い出した。


(そういえば、なんで僕は錯覚グラスを思いついたんだ? それがわかれば僕の脳みその構造が少しはわかるかもしれない)


 創守はまるで、オーギュスト・ロダンが制作したブロンズ像である『考える人』のように動かなくなった。


 あまりにも動かなすぎて、小鳥たちがなんの警戒もなく近づいている。ただ、創守はそれにまったく気づくことはない。

 ここまで集中できるというのは、もはや才能だ。


 そのまま数十分くらい経っただろうか。大きなカラスが一羽、そばの木に止まった。この漆黒の鳥もまた、体を動かさずに創守のほうをじっと見ている。

 カラスは頭がいい。おそらくまったく動かない創守を見て、心の中で笑っているのだろう。もしかしたらイタズラすることを考えているのかもしれない。


 しばらくすると、カラスは創守の頭上にある木の枝に移動した。そして、そのまま創守の《鳥の巣》めがけて、静かにフンを落とした。


「うわっ! なんだ?」


 頭の上に手をやって確認してみる——べチャリ。


「マジかよ、最悪だわ!」


 これぞまさしく踏んだり蹴ったり。いや、フンだり蹴ったりか。

 創守は水飲み場まで小走りで向かい、下の蛇口じゃぐちをひねって頭をわしゃわしゃと洗った。


 幸いにもお昼の時間帯だっため、周りに人はいない。この変な男を子どもが見たら、それこそ変なあだ名をつけられてしまう。

 ここへ来るたびに「妖怪髪洗いだー」「わかめ男だー」なんて言われるのは、どんなに心が広くても嫌だろう。


(ベンチに座って乾かすか……。いや、誰もいないから頭を振り回して乾かそう)


 人目を気にする必要がないとわかると、人はどんなことでもできてしまう。

 創守はびしゃびしゃになったモジャモジャ天然パーマをぶんぶん振り回した。同時に脳も揺れる。あわよくば、いい案が浮かぶかもしれない。


「やばい……目が回った……」


 しばらくロックミュージシャンよろしく頭を動かしたからか、創守の視界はぐるぐるぐるぐる回っている。


「ダメだ……ちょっと休もう」


 創守はカラスにやられたところとは別のベンチに座って休むことにした。

 背もたれによっかかり、目を閉じる。

 そのまま数分が過ぎると、創守は眠ってしまった。




「あのー、大丈夫ですかー?」


 あれからどれくらい経っただろうか。

 創守は寝ぼけまなこであくびをした。


「あっ、生きてる。よかったぁ」


(気のせいか。目の前で声が聞こえたような……)


 創守の目はまだぼやぼやしている。


「あのー、聞こえますかー? 日本語わかりますかー?」


(いや、気のせいじゃない。たしかに声が聞こえる)


 創守の目のピントがゆっくり合っていくと、


「うわっ、たぬき?!」


 目の前にたぬき(?)がいた。


「失礼ね! あたしはたぬきじゃないわよ! まぁよく似てるって言われるけど……」


(そんな馬鹿な……。この世に言葉を使うたぬきがいるなんて……)


 創守はかなりパニックになっていた。そのせいで、目の前にいる人間がしゃべるたぬきだと思い込んでいる。


「しっかりしてよ! どう見てもかわいい女子高生でしょうが!」


 耳の中で声がきいきい響く。創守はとっさに耳をふさいだ。と同時にほっぺに平手打ちをしてしまった。


「いったぁ……」

「なにこの人……めちゃめちゃドジなんですけど」


 ここでやっと創守の目が覚めた。平手打ちが効いたのだろう。


「うわっ、びっくりした……だ、誰ですか? 僕になんか用ですか?」

「いや、なんか死んでるっぽかったので声かけてみただけです」

「あっ、そう……」

「それより、さっきの訂正してください!」

「さっきの?」

「あたしのことたぬきって言ったじゃないですか!」

「えっ……あっ……ああ、ごめん」

「どう見てもかわいい女子高生ですよね?」

「そ、そうだね」

「ですよね?!」

「はいそうです、かわいいです」

「ふふん、そうでしょうとも!」


(この子はいったいなんなんだ……)


 創守は目の前にいるたぬき似の女子高生にたじたじであった。

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