第3話 夢の始まりは絶望とともに
あれから数週間が経った。
空きテナントの契約は無事に済み、ビルの地下一階にあるスペースはまるまる創守が借りることになった。これからあの場所は『ツクモ研究所』となる。
「使えそうなものは全部あっちに持っていこう」
創守は今後の発明に使えそうなものを研究所まで運ぶことにした。といっても、今まで何もしてこなかったため、いま家にあるものはたかが知れている。
すべて運び終わるまでに時間はさほどかからなかった。
せっかく広いスペースがあるにもかかわらず、今はテーブルやイスなどの家具、テレビやパソコン、あとは簡単な工具くらいしかない。
「こんなもんか。これからいろいろ買わないとな」
窓のない地下にとって空気の循環はとても大切だ。このビルの地下は換気設備が整っており、息苦しさは感じない。
これから何を作っていくのにも、頭を回転させるために新鮮な空気が必要不可欠。ここは研究所に向いているだろう。
「それにしても無駄に広いよな」
上に立つビルの大きさと比べると、地下のほうが広く見える。だが、そう見えるのも不思議ではない。ここは実際、ビルの面積より広いのだ。建築基準法にちゃんと従っているのかと疑いたくなるほどだが、今まで使われていたのだから問題はないのだろう。
「ひとりで使うにはもったいない広さだ」
オーナーによると、少し前までは会社の倉庫として使われていたらしい。その会社が倒産したことによって使われないまま時間が経っていたところを、たまたま創守が見つけたのだ。
ちなみに、倉庫の前は学習塾だったとのこと。これだけ広ければ壁を追加していくつかの部屋を作れる。今まで多くの子どもたちが学んできたことだろう。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいますかー?」
創守が研究所の広さを肌で感じていると、外から声が聞こえてきた。
「すみませーん!」
その声は続く。
上の階ならわざわざ声をかけることはない。それぞれの階にはインターホンが取り付けられているからだ。
つまり、声の主は地下に向かって呼びかけている。もしかしたら反響しているせいで居場所がつかめないだけで、ドアの前にいるのかもしれない。
「誰だろう……」
創守は疑問に思いながらも、返事をせずにドアを開けてみた。
「うわっ、びっくりした……あっ、すみません。ここの借り手の方ですか?」
「はい、そうですけど。どなたですか?」
「わたくし、こういう者です」
突然の訪問者は笑いながら創守に名刺を渡した。
そこに書かれている内容からすると、どうやら
「前にここを使ってた会社が倒産したのはご存知ですか?」
「ええ、まぁ」
「実はですね、ここの運気が非常に悪い状態なんです」
「はぁ」
「ですからこのままだと、あなたにも何か悪いことが起こるかもしれません」
「悪いこと?」
「はい。例えばそうですね……倒産、とか」
「会社じゃないので倒産はしませんよ」
「あっ、そうですか。それでしたら……自然災害で大変なことになる、とか」
「それは上も同じでしょう。というかこの辺一帯に言えることですよね」
「まぁ、そうですね。ではこれなんかどうでしょう。不審者に襲われる、とか」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「すみません。ですがこれは忠告なのです。ここはそれだけ運気が下がっております。ゆえに、あなたは何か対策をしなければなりません」
(なんだこの胡散臭い人は……)
創守は呆れた顔をした。
「結構です」
「そんなこと言わずに! 今どうにかしないでいつやるんですか?」
「あなたには関係ないです。いいからもう帰ってください」
「ホントにいいんですか? 大変なことになるかもしれませんよ?」
「あんまりしつこいと、警察呼びますよ?」
怪しい占星術師は警察というワードを聞いた瞬間にビクッとし、持っていた資料をバサっと落とした。ますます怪しい。
「す、すみません。もう帰ります。帰らせていただきます」
星読みの力を持ってしてもこの状況になることはわからなかったようで、この自分売り込み占い師は落とした資料を慌てて拾い集め、そそくさと階段を上がっていった。
「なんだったんだ……」
ドアを閉めて気を取り直し、創守はアメリカで改造したサングラスを研究所に飾ることにした。
「これから発明したものはここに並べていこう」
研究所の左端にある棚。今後はそこに発明品が並べられていく。
改造サングラスは発明品第一号として棚の上に置かれた。
「そうだ、名前をつけよう」
創守は研究所と同じく、発明品にも名前をつけることにした。これも考えてから答えが出るまでは早かった。
「錯覚を引き起こすサングラスだから『錯覚グラス』にするか。このままだとあれだから、ネームプレートも作って前に置こう」
錯覚グラスと書かれたネームプレートが置かれると、美術館にあるような作品感が強くなった。
発明とは、それまで世の中になかったものを作り出すこと。つまり、ひとつひとつが作品なのだ。
「よし、これからどんどん発明して僕の作品を増やしていこう」
意気揚々と張り切る創守。次に作るのはいったいどんなものだろうか。
「さっそく考えてみよう」
創守は仕事をやめたことで身も心も軽くなっていた。
(今なら小学生のときみたいにすごいものが作れるかもしれない)
そう思った創守だったが、現実は甘くなかった。
「……何も浮かばない。どうしてだ。なんで何も浮かばないんだ……」
アメリカでは錯覚グラスを思いついたにもかかわらず、ここにきて頭の中は空っぽ。考えても考えても何もアイデアが生まれてこない。そもそも頭が動いているのかもわからないくらいだ。
「これじゃ何も作れない……このままじゃ何も……」
広い空間にひとり、ぽつんと立つ創守。
その表情からは、今までにない絶望感が見てとれた。
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