第2話 田舎に要塞はNG

 東京都大田区西蒲田にしかまた。創守は数年前からここでひとり暮らしをしている。

 埼玉生まれ埼玉育ちの創守にとって、東京に住むのはそこまでハードルは高くなかった。だが、選んだ場所は蒲田。東京ではあるものの、創守の地元のほうがよっぽど都会だ。

 京浜東北線を使えばすぐ川崎に行ける。つまりは東京の端っこ。これはもうほぼ神奈川といっても過言ではない。


 創守はなぜ蒲田を選んだのか。それは日本工学院専門学校の蒲田キャンパスがあるからだ。

 ここは別に創守の母校というわけではない。ただ技術の空気を味わいたいがためのものだ。

 八王子にもキャンパスはあるが、不良が多いというウソかホントかわからない情報を信じた結果、選択肢には入らなかった。

 創守は意外とそういうところがある。


「やっと着いた……あぁ疲れた……」


 成田から約二時間ほどで自宅前に着いた。

 蒲田には近くに東京国際空港——通称、羽田空港——があるにもかかわらず、創守はわざわざ成田を使った。

 これはまんいち誰かしらにバレていたときのため、遠まわりすることを選んだからだ。


(尾行は……ないよな、うん。あるわけない)


 ここまで注意しなければいけないのはかなり面倒だ。宝くじは本当に幸運と呼べるのだろうか。

 創守はそんなことを思いながら、ドアを開けて家に入った。


「ただいま」


 誰もいない部屋に向かってあいさつをする。なるべく声を出すようにしているのだ。創守のような人間がひとり暮らしをするなら、こうでもしないと声の出し方を忘れてしまうかもしない。


 普段から家の外にはあまり出ない。食事はだいたい宅配サービス。買い物もほとんどネットで済ませる。

 こんな状態でいつ声を出すのか。これは創守が抱える問題のひとつだ。


「ふぅ……マジで当たったんだよな」


 ただ、最近は独り言も活用するようになった。声に出すことで頭の中を整理できることに気づいたからだが、結果として無言状態を減らせるから好都合だ。


「まだ全然実感ないけど、とりあえず今すぐにでも仕事はやめよう」


 創守はフリーランスでプログラマーをやっている。ある意味では技術を使っているが、言語的なものだから発明とはほど遠い。


 たまたま案件が終わったばかりでタイミングはよかった。誰にも迷惑をかけず、さらには誰にも理由を言う必要もなく仕事をやめられる。


「……これでよし」


 創守は自分の紹介ページを削除した。もう二度とやることはないだろう。


「さて、次は研究所をどこに作るかだ」


 帰宅途中に考えていたのは、田舎に移り住んでそこに研究所を作ることだ。もちろん、セキュリティ対策は完璧な状態。完璧なんてものはこの世にはないが、侵入するのを恐れるほどのセキュリティであれば問題ない。それがと言える。

 創守が思い描いたのは要塞ようさいだった。


「……ないよな。うん、絶対にない」


 要塞のようなものがいきなり田舎に建てられた場合、どんなに人がいなくても情報は必ず広まる。


『この建物の持ち主は絶対に金持ちだ。そうでなきゃこんなもの作れるわけがない』

『金持ちといえば、最近アメリカで話題になったやつがいたよな。たしか……宝くじで高額当選したとかなんとか』

『そうそう。バカみたいな税金が引かれたらしいけど、それでも五百億円くらい手に入ったんだよな』

『五百億ってなんだよ。一生遊んで暮らせるじゃねーか』

『ほんとにラッキーだよな。マジでうらやましい』

『てかあの要塞、絶対あの人のだよな』

『あんなところにあんなもの建てるとか、自分から教えてるようなもんだよ』

『あいつの名前ってなんだっけ?』

『ツクモだよ。マスエツクモ』

『そうだツクモだ!』

『みんなで乗り込もうぜ』

『タンス預金に期待』

『くそわろた。盗む気かよ』


 このようにネットに広まってしまえば、一日と経たずにバレることまちがいなし。田舎に要塞はNGなのだ。

 こんなことは考えずともわかるものだが、目が飛び出るほどの大金を手にした人間は、今までの考え方を失うことがある。プログラム的なことでいえば、突然ウイルスに感染して中身がバグってしまうような感じだろう。

 つまり、創守の脳みそは今、普通じゃない。


「人がいないところは逆に危ない。てことは、人がいるところのほうが安全なのか」


 それはそれで問題になるだろうが、今の創守はそれで納得している。このまま進めるつもりだ。


「どうせならここから近いほうがいいよな。灯台下暗しって言葉もあるくらいだし」


 たしかに灯台の下は暗い。それはあくまで暗闇の中に光があるからだ。

 だが、創守の住むこの小さなアパートは、どう見ても灯台とは言えない。新しく作られる研究所のほうがよっぽど光を放つだろう。このままでは、灯台下になるのは創守の家だ。研究所のほうが目立ってしまっては、それこそ居場所が簡単に特定されてしまう。


 だが、ここまで誰にも正体がバレていないことを考えると、杞憂きゆうなのかもしれない。

 何事も考えすぎはよくない。誰もがのどから手が出るほどの莫大な金を持った男が、蒲田で発明なんてやるわけがないのだ。


「決まりだ。研究所はこの近くにしよう。あっ、そういえば」


 創守はあることを思い出した。


「ここから五分くらい歩いたところにあるビル。たしかあそこの地下が空いてたな。誰も借りてなければあそこがいいかも」


 思い立ったが吉日。創守はそのビルに行ってみることにした。



 ——ビルの前に着くと、テナント募集の張り紙があった。


「運が良すぎて怖いな」


 スマホのメモに電話番号を残したあと、創守は思わず笑っていた。

 これから始まる発明家人生でも想像していたのだろうか。


「そうだ。まだ早いけど名前をつけておこう」


 考えてからは早かった。

 めんどくさがりな一面もあるからか、夢の研究所は自分の名前から取って『ツクモ研究所』と名付けることになった。

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