ツクモ研究所はアイデアを欲する

平葉与雨

天国と地獄

第1話 発明家の片鱗

 子どものころに誰もが語ったことのある将来の夢。そのというのはえてして漠然としたものだが、基本的には自分が大人になったときのことだろう。


「う、嘘だろ……」


 そしてこの世界に住む多くの人々は、自分が過去に描いた将来の夢を見ることなく過ごしていく。これは成長するにつれて夢が変わったり、そもそも夢をあきらめたりするからだ。


(どっか違ってるかもしれない。落ち着いてもう一回見てみるか)


 この世界は平等には作られていない。だからこそ、夢を叶えることができる人とそうでない人がいる。


「……やっぱり当たってる」


 しかし、この世界には幸運というものが存在する。それは誰にでも起こるわけではないが、たしかに存在するのだ。


「マジか……どうしよう」


 うろたえているこの男に舞い降りた幸運は、宝くじの高額当選だった。その額は莫大な税金を引いても、日本円にして約五百億ほど。一生遊んで暮らせる金額だ。

 これはアメリカへひとり旅に来てすぐ、なんとなくで買った宝くじ。一等当選はとんでもなく低い確率だが、この男はその幸運を手にし、一夜にして億万長者となった。


「やばい……このままだと殺されるかも」


 だが、この幸運もいいことばかりではない。アメリカのほとんどの州では、この宝くじで高額当選をした場合、身分を明かさなければならない。それはつまり、全世界に自分が人間宝物庫であるとバレてしまうのだ。

 友達からはねたまれ、家族や親戚からはお金を貸せと言われ続ける。世界中の殺し屋から命を狙われる可能性も否定はできない。


「テレビに出る前にどうにかしないと……」


 モジャモジャの天然パーマを両手でぐしゃぐしゃしながら右往左往するこの男は、本名を益江ますえ創守つくもという。

 この特徴的な見た目となかなかめずらしい名前を持っているせいで、アメリカでどうにかできても日本に戻ったときのことも考えなければならない。


「そういえば、サングラス姿でメディアに出た当選者が過去にいたって聞いたことがあるな……あっ!」


 ここで創守はあることを思い出した。子どものころの夢が発明家だったことだ。


 小学生のとき、図工の作品が都内のアトリエに飾られるほどの技術力を持っていた創守は、子どもながらに天才発明家になる夢を思い描いていた。


 これまで何かを発明したことがあるわけではないが、創守は自分の潜在能力を信じてみることにした。


「いける……僕ならいける」


 そのとき、ひとつの案が脳裏に浮かんだ。


「サングラスだ……あれを改造して絶対に顔がバレないようにすればいい」


 創守は部屋にあったサングラスを手に取り、頭をフル回転させた。いま部屋の中にあるもので、これまでなかったものを作る。いや、作らなければならない。

 創守は無我夢中で手を動かした。自分が億万長者になったことも忘れるくらいに。



 そしてそのまま数時間が経ち、気づいたときには目の前に改造されたサングラスがあった。


「ふぅ……できた」


 見た目ではわからないが、レンズ部分に特殊な細工がなされている。サングラスをかけた顔をカメラ越しに見ると、実際とは少しだけ違って見える。もちろん、わずかな違いだからカメラマンが気づくことはない。

 目が隠れているうえに本物とは違う顔。これなら写真や動画を撮られたとしても、サングラスをはずしてしまえば問題ない。


「ははっ、まさかここまでできるとは思わなかったな」


 創守は自分の力に驚いた。だが、それと同時に疑問に思った。いったいどうやって作ったのかと。


「今はもう考えるのはやめよう」




 ——インタビュー当日。


「ついにこの日が来たか……」


 サングラスの装着はなんとか許可が下りた。特徴的なモジャモジャ頭は、ドライヤーを駆使くしして一時的にだがサラサラになっている。

 これで創守は安心してカメラの前に立つことができる。


おめでとうございますコングラッチュレイションズ益江さんミスターマスエ

ありがとうございますセンキューソウマッチ


 創守は意外と頭がいい。簡単な受け答えならスラスラと英語を話せるのだ。

 声を作りつつ通訳なしで話すこの姿が動画に残されれば、日本に帰って同姓同名で騒がれたとしても問題ない。地声にまったく話せないふりが加われば、誰もが人違いだと思うだろう。


「キャリーオーバーの影響でかなりの高額当選になりましたが、使い道はどうされるおつもりですか?」

「どこか落ち着ける場所に家を建てて、そこで静かに暮らそうと思います」

謙虚けんきょな方ですね。これぞ日本人という気がします!」

「あはは……」


 このあともいくつか質問に答えたり、別の報道会社からのインタビューに対応したりと、長い一日を過ごした。


 ホテルに戻った創守は、さっそく帰国の手続きを進めた。今日ある残りの便でたまたま空きがあったため、創守はすぐにチケットを買った。

 今回は初めてのファーストクラス。これは飛行機内で問題が起こらないようにするための安全策だ。



 チェックアウトを済ませ、タクシーで空港に向かった。その道中で運転手から声をかけられるも、サングラスをはずした創守に気づいた様子はなかった。



 空港に到着。出発の時間まではあと少し。創守は飛行機まで急いだ。



「こりゃすごいな……」


 これはファーストクラスの席を見て最初に出た言葉。いつも使うエコノミークラスとは格が違う。

 ただ、創守は有頂天になることはなかった。今後も使うとしたらエコノミーかビジネスだろう。



 離陸してからは何事もなく時間が過ぎ、約十四時間ほどで成田空港に到着した。


(よし、バレてなさそうだ……)


 アメリカの宝くじ高額当選は日本でも報道されるが、アメリカほどの認知度がないことや改造サングラスのおかげもあり、ここまで誰ひとりとして創守に気づく者はいなかった。


(さて、これからどうするかな……)


 ネットの世界には、暇を持て余した特定班がうじゃうじゃいる。もしかしたらその連中に特定されて、平穏な生活を送れないかもしれない。


(待てよ? 今の僕ならなれるんじゃないか?)


 悩んだ末に出した答えは、どこかに自分の研究所を作り、そこで静かに発明家として生きることだった。

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