0.0.9.廃村の行末 -2-
「よぅ、旦那。居るかぁ?」
入り組んだ地下都市を歩いてやってきたのは、ハンドラーに指定された雑貨屋。扉を開けながら声をかけると、真っ暗な店内に心もとない明かりが付き、雑貨とは名ばかりなガラクタの山の奥から年老いた男が姿を見せた。
「んん…シュトリーツェルか。思ったより早かったな」
雑貨屋【マクファーソン&ミストリル商会】の店主。通称旦那。店の名前から察するにマクファーソンかミストリルが名前なんだろうが…どっちなのかを知る人間はいない。俺は、煤で汚れた老人の姿を見て少しだけホッとすると、口角を僅かにあげてうなづいて見せた。
「邪魔が入らなかったんでね」
「ほぅ、頭の中のお嬢とお喋りも無しか?」
「あぁ。地面の下に潜ってからは全く。まぁ、奴は地下都市が嫌いだしな」
「話すと嫌でも景色が目に付く…か。ま、ンなことはどうでもいい。金払いが良いからよ」
旦那はそういって俺を手招く。ここに来たのは、廃墟に捕らわれた少女の願いを聞き入れるためなんだ。何を渡されるかもわからないまま、俺は旦那に誘われるがままに店の奥へと入っていった。
「いつか来た時よりも散らかってねぇか」
「あー、いつかって、いつよ?」
「忘れた」
「ま、ここ最近は新たな発掘現場も見つかったことだしな。暫く商品には困らねぇ」
「ふーん…」
「なんだ、お嬢の所にいるんだから知らねぇのか?」
「まったくさ。最近は単独行動しかしてないな…」
ガチャガチャと、前時代の遺物…が転がった店内を奥へ奥へと進んでいく。
「今日なんか、俺一人で山登りさせられたんだぜ。山の上の廃村が今日の現場さ」
「あぁ、噂にはあったな。山の上に町があるって。本当だったのか」
「めぼしいものは無かったが。あるのはツタと…まぁ、話は聞いてるんだろ?」
「そうだな」
旦那はそういいながら、店の最奥に位置する大型倉庫の扉に手をかけて開くと、雑多なガラクタしかなかった雑貨屋の本性が俺の目に飛び込んできた。
(相変わらず、壮観だな…)
目に入ってきたのは…前時代の遺物しかなかった、埃塗れのガラクタしかない店と同じ建物内にあるとは思えぬほど近代的な工場。所せましと並んだ円筒…それに満たされた液体の中に浮いているのは、俺たちの様な人間の体…所謂【予備】と呼ばれる魂の入っていない抜け殻の素体だ。
「で、お嬢からのオーダーは女の体1体と日用品…それと、簡易的な野営キットだ」
工場の入り口付近に用意されていた、ハンドラーからのオーダー品。それは、最低限人として成り立つ予備素体と付属品…そして、あの村を保護するための品々。俺はズラリと並んだ品を見てハンドラーの意図を汲み取ると、これからの苦労を思い浮かべてため息をついた。
「これを俺に運べってか」
「そうらしい。在庫の中でもある程度軽い素体を選んだんだが…まぁ、性能面を考えるとこれが最低限でな」
ゲンナリした顔を浮かべる俺に、同情するかのような声色で説明を始める旦那。用意されていた女の素体は、彼の言う通り小さく華奢だが…まぁ、それでも、幼子と呼べるほどには小さくない。この地下都市で働ける最低限の大きさ…とでも言おうか。舞波が人間であった頃の姿よりも、ちょっと小さいくらいの大きさだ。
「で、これが転生機。使い方は知ってるよな?」
「あぁ、何度使ったと思ってる」
続いて旦那に渡されたのは、手のひら大の機械。額に張り付くパッドが2つにそれをつなぐ線と、状況を表すモニターが付いた機械は、舞波の魂をこの素体に移すために必須となる品だ。
「俺も話しか聞いていないから…使えるかはわからんが」
「大丈夫だろう。貼り付ける場所はちゃんと人だった」
「…ならいいが。で、こっちだ。このキット。ソーサの連中から村を守るにはこれで十分だろう」
転生機から話が移って、次の話題は野営キットに関して。旦那は大層なキットの中から1つ、小型のポッドを取り出すと、それをヒョイと床に置いて見せた。
「所詮は遠隔で動く機械に過ぎないってことか」
これまでもソーサとのいざこざで使ったことがある妨害電波発生装置。俺はニヤリと下種い顔の歪め方をしてそういうと、旦那も俺と同じ類の顔を浮かべてうなづいて見せる。
「で、旦那」
2人揃って同じ顔になった時。この話をするしかないというタイミングで旦那に尋ねた。
「代金は?」
一番重要な話。それを聞いた旦那は喉を鳴らして笑い…それからふーっと長い溜息を吐いた。
「割り勘にしといてくれだとさ。んなこと言うお嬢を初めて見たぜ。件の少女は余程お嬢の興味を引いてるらしいな」
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