0.1.0.廃村の行末 -3-

「あー、つまりは…なんだ。僕の体を届けてくれたってことかな?」


 明くる日。旦那の店から山の上の廃病院までを二往復して舞波の元まで物資を運んだ俺は、物資を見て何とも言えない表情を浮かべた彼女に対してこれから行うことを説明していた。


「そういうことだ。これで第一の願いは叶えられる」

「なるほど…話を聞く限りは簡単そうなんだけど…うん」


 昨日の余裕を残した飄々とした姿とは打って変わっての、不安げな様子。俺は昨日も座っていた椅子に腰かけたまま、転生機を手にして彼女の前に見せてやると、彼女の引きつった口角は更に深みを増した。


「すまないね、ヤナギン。折角二往復もしてくれたのに…」

「別に…しかしなんだ。あー…死が終着点とか言ってたっけか」

「あぁ、お察しの通り…僕は死に慣れてない。死ねば終わりだったんだ…だから…」

「そういってもよ、これは死じゃなくて体が変わるだけだぜ?」

「んー難しい。その手の常識がある者に説明できないが、それは死と同義だと思うんだよ」


 俺への申し訳なさ半分。これから身に起きる事への拒否感半分といったところか。俺は舞波に対して何か気の利いたことも言えず、曖昧な生返事だけを返して固まってしまう。


 #>何モ気ニセズ、ヤッテシマエバイイモノヲ


 "できるかよ。転生機の作動基準…知ってんだろ?”


 #>アァ。ダガ、相手ハ小娘。基準ヲ超エル程ノ容量ハ無イゼ


 "万一ってのもあるだろが”


 #>ナイナイ。保証スル。万ガ一ガ起キタラ…給料2倍ニ借金チャラマデ付ケルゼ


 "大きく出やがって…”


 #>オ前ガ鈍間ダカラヨ。ヤナギン、ダラダラシテルト、客ガ来クルゾ?


 頭の中でハンドラーが俺を煽る。俺は曖昧な顔を更に顰めて…顔に深い溝を作ると、目の前の舞波がピクッと眉を動かした。


「別の体に入るってのが死と捉えられちまえば…まぁ、引き腰にもなるわな」

「ごめんね。せいぜい…この体が動けばこんな面倒な事にはならなかったんだが…」

「でもよ舞波。俺たちが舞波をここから自由にさせてやるにはこれしかないんだ」

「だよね…1度死ぬしかないわけだ」

「あぁ…舞波からすりゃな。でも、間違いなく…それは死じゃない。服を着替えるのと同じなんだ。やってみりゃわかる」


 そういいながら、俺は立ち上がって廃病室の窓から外を眺める。俺の視界の隅に居る舞波は…人間の体が残っている首から上を動かして俺の方を向いていたが、純金の体は微動だにせず、昨日までは感情を如実に表していたツタも動いていなかった。


「いつまでも此処には居られない…か」


 そのまま黙り込んで、次に口を開いたのは舞波だった。どことなく不安をぬぐい切れないながらも決心したような声色。俺はボロボロに朽ち果てた窓横の壁に背を預けると、手にした転生機を顔の横に掲げて首をかしげる。


「やっちゃってよ、ヤナギン」

「…そうこなくっちゃな」


 気の利いた返しもできない自分を殴りたくなったが…OKが出れば、後は簡単な仕事。俺は舞波の額に転生機のパッドを当てると、持ってきた素体の額にもう一方のパッドを当てて準備を進めていく。


「よーし…問題なしだ。舞波、少し目を瞑っててくれ。次に目を開けたときは体が入れ替わってるはずだぜ」

「わかった…」


 淡々と進む作業。誰かの体を別の素体に入れ替えるなんて、別に珍しい作業じゃない。俺は何度もやったように、モニターに映し出される各種の数値を見て異常がないことを確認していき、いよいよ実行できるところまで漕ぎつけた。


「よーし、いくぜ。舞波」

「こっちはいつでも良いよ」


 後はボタン一つ。そこまでやってきたとき…廃村の場末…山道の方からけたたましい音が聞こえてくる。


「な、何だ!?」「ぐぅ…ツタが…」


 #>ダカラ言ッタロウ。先ニ、ジャマーヲ付ケルベキダッタナ


 "アホ抜かせ。そしたら転生機まで使えねぇじゃねぇの”


 甲高くも重厚な機械音。何が来たかは窓の外を見なくたっていい。目を見開いてこれからどうするか…どうすればいいかを考えた矢先。


「ヤナギン。実行は少しだけ待っててくれ。すぐに片づけるから…」


 目を閉じたままの純金少女は俺にそう告げ…その刹那、廃村中から地鳴りのような音がしはじめる。


「自然に逆らうとどうなるか…便利になりすぎた者たちは、それを知らなすぎるのさ!!」


 そして舞波が叫ぶと、耳を劈いていた機械音は一瞬ののちに静まり返り…廃村は、最初から何もなかったかの如き静寂に包まれた。


「学習しない連中だ。さぁ、ヤナギン。やってくれ。僕の気が変わらないうちにね!!」

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