時をかける怪盗

紙鳶 紙鳶

第1話 東洲斎写楽と時をかける怪盗

01


 『未来に行く』


 全員が一度は考えたことはあるだろうが現代において未来に行くということはもう可能となっている。


 相対性理論が可能ということを証明したのだ。君でも聞いたことがあるだろう。アインシュタインの相対性理論。


では次に君が考えることを当てよう。


『過去に行く』ためにはどうしたらいいのか? ということだろう。


 しかし残念なことに過去に行く方法はまだない。


 その理由として【親殺しのパラドックス】というものがあるからだ。親殺しとタイムスリップのどこに関係があるのか、と疑問に思うだろうが少し話を聞いてもらおう。


 もし君が過去に行けたとしてそこで親を殺したとする。すると君はどうなるだろうか。もちろん親のことを殺したのだから君は生まれてくることができなくなる。すると父親もっこ露されないということになる。そしてそのまま君を産む。そしてその君はまた親を殺しに行くこととなるから……といった無限ループに陥ってしまう。


 このパラドックスを回避できなければ過去に行くことはまず不可能ということになる。


 ならば、他の考え方をしてみてはどうだろうか。


 何が言いたいのかというと、過去は絶対不変のものだと考えるのだ。


 そうすると君は親を殺そうとしても何かしらの理由で失敗し、パラドックスは起こらなくなる。


 しかし、これは君が望んでいるタイムトラベルとは違うものになってしまう。


 過去に言っても干渉することができなくなり、未来から来たというアドバンテージがなくなってしまう。


 しかしここでもまた君に考えてもらいたいのだ。


 『未知が来る』と書いて未来。それではその『未知』が『既知』となってしまっては未来と言えるのだろうか。つまり君が昔の人の『未来』を『既知』に変えてしまった時、もうその『未来』は『未来』ではなくなってしまうのだ。するとなくなった『未来』はどうなるのかというと新しい『未来』が来る。もう君の知っている『未来』とやらは来てくれなくなってしまうのだ。


 僕がとどのつまり伝えたいのは結局過去は変えられないということ——ではない。

そして過去には行けないということ——でもない。


 過去には行けるのだ。この僕、一多比いちたひ 七井なないならば。


 そんな僕は何者なのか。


 率直にいうと怪盗だ。


 時をかける、怪盗。


 タイムトラベラーならぬタイムシーフといったところか。


 昔というのは実にいい。最新はすぐに更新されていく。新しいものが次々に現れては人他人はそれに飛びつく。しかし昔は更新されない。戻れないし取り返しもつかない。その過去こそが人々にロマンを感じさせ、値段を跳ね上げる。


 どうやって過去へいくのか? それはタイムトラベルした時点でもう僕は違う世界線にいると考えるんだ。


 今僕のいる世界がXだとするならば過去に僕がいった時点でその世界はYとなる。その世界で何かをやったとしてもXには影響しない……と思う。


 なぜこんなに自信がないのかは明白だ。時間については今のところ1%も分かっていないからだ。僕はただ過去に飛んでいるだけでその原理がどうなっているのか、何がタブーなのかなんてのは全く理解していない。


 実際僕は親を殺したことなんてことは一回もない。この手で祖父を殺めたことはあるけどね。その時だって——いや、よそう。こんな話君には関係ないことだね。


 さぁもう話は終わりだ。この話は退屈だったかもしれないがこの物語においてきっと大切な伏線となってくるだろう。


◇◆◇


 次の標的は……東洲斎写楽の筆、か。


 突然現れ、約10ヶ月で突然消えた天才浮世絵師。その短過ぎる期間で描き上げた作品数は100を優に超える……。


 「そんな写楽が使った筆か。さぞ立派で高いんだろうな」


 今から200年近く昔に使われた筆。その筆を握ればどんな絵師でもそこそこには見えるのだろう。しかしこんな筆を闇オークションで売ったとしてもガラクタと言われ誰も食い付かないだろう。しかしこの僕、一多比家の人間が盗んだものとなれば話は別だ。一気にその胡散臭さはスパイスへと変わり誰もが食いつく。


 それほど僕の家系は怪盗の歴史が長く、信頼が厚い。一多比が盗めばそれは本物であり、それだけで価値が出始める。例えそれが100年前の砂だったとしても。



 6階建のボロボロで外壁は黒くくすみ見ただけで埃の匂いがしてきそうなビルの中、僕は机に向かい東洲斎写楽のことををまとめた資料を読んでいた。


 右を見ればオークションの資料、左を見ればそれもまた同じく資料。どんな内容かも全ては把握していない。そんな汚いオフィスの中回転式の椅子をカラカラと回しながら資料を机に置いて立ち上がる。


「おーい、辛島からしま。今から仕事をしに行く」


僕は唯一のこのビルの従業員、辛島を読んだ。


「わかりました。では地下室へ準備をしに行って参ります」


彼の淡々とした喋り方、何事にも動じない凛とした佇まいは安心感を与え、まさに信用するに相応しい従業員と言えよう。


「分かった」


僕は地下室に行く前に服を着替える。


ヨレヨレのパジャマ姿から紺色のスーツ、ズボン、肩から足までの長さのある黒々とした高級感のあるマント、革靴が滑らかに足にフィットし、光に当てられ輝いている。


そして怪盗に欠かせない白の手袋を指の奥までしっかりと入れ、手を握りながら位置を調整する。髪を1つに束ねて地下へと行く。


地下にはゲートが保管されておりそれを通ることで過去へと行ける。


僕は階段をおりて地下室の重く冷たい扉に触れる。


中から地下で冷やされた空気が身体を包む。


そこに用意されていたのは、木箱だった。


もちろんただの木箱では無い。これこそがゲートだ。扉のようなものを予想していたかもしれないが現実は木箱の中に空間が作られておりそこへと落ちることで過去へと行けるようになっている。


ゲートの横に辛島が待ってましたと言わんばかりの無表情で立っているのを見て、思わず苦笑する。


「よし、それじゃあ行ってくる。江戸時代、1795年に」


「はい、行ってらっしゃいませ」


辛島が珍しく微笑んだ。「あぁ」と返してマントを翻して木箱の中に飛び込む。


◇◆◇


「――っ!」


真っ暗で狭い空間に折り曲げていた体を何とか動かし蓋を開ける。


光が差し込み僕は体をそのまま外に出す。肩や腕をポキポキと鳴らして周りを見る。すぐ右には今入っていた木箱、左には木で作られた古家。そして前を見れば――憧れの古き良き街並み。つまり、タイムトラベルには成功したということだ。


しかし、1つ異常イレギュラーが。後ろを見れば――


「お兄さん、箱ん中で何をやっとったと?」


後ろを見ればもっと驚き。――女の子がいた。


◇◆◇


「よし、行ってくれましたね」


一多比 七意の唯一の従業員、辛島は確認をしてため息を着く。


「それでは私達も始めましょうか。『扇と鼠計画スプレッド・マウスを』


辛島は普段は微笑さえ許さないその鉄仮面を、邪悪にぐにゃりと曲げながら笑って木箱の中、つまりタイムトラベルへの入口へと落ちていった。









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