記憶販売店へようこそ

@Taoguo2856

記憶販売店へようこそ


急速に技術が発展した未来都市スレイ

その一角にひっそりと佇む「記憶販売店」


まるで時間から切り離されたかのような静寂とともに存在するその店は、記憶を求める者たちを引き寄せていた

人々はここで失った記憶を取り戻し、あるいは新たな記憶を手に入れる

しかし、その選択が幸せをもたらすのか、それとも別の運命へと導くのか――


それは、決して誰も知らない

誰にも分からない


この店の店主だけが、その運命を静かに見届けるのだ。





アオイは路地裏の暗がりを歩きながら、胸の中に湧き上がる不安と期待に揺れていた

目指す場所は「記憶販売店」

その店に入ることで、彼は失ってしまった愛を取り戻せるかもしれないという希望が、彼を突き動かしていた


しかし、自分の選択が本当に救いとなるのか

また、もし記憶を手に入れたとしても、その期待が裏切られる可能性もある――

その問いが、彼の心を締めつけていた



「本当にアヤとの思い出を取り戻せるのだろうか…」



アオイは自問自答しながらも、勇気を振り絞り、店の扉をゆっくりと開けた


店内に足を踏み入れると、外の世界とはまったく異なる静寂が彼を包んだ

棚には無数のカプセルが整然と並び、その一つ一つが誰かの記憶を封じ込めている


アオイはその不思議な光景に圧倒されながらも、やがてカウンターの向こうにいる店主の存在に気がついた

どこか不思議な雰囲気を纏う店主は神秘的とも、不気味とも言える



「こんにちは」と、アオイはつぶやくように声をかけた

店主は静かに顔を上げ、目が合うと不気味な微笑を浮かべた

その微笑にアオイは身震いしながらも、決意を固めて店主に向かって歩み寄る



「アヤとの記憶を…手に入れたいんです。」



店主は一瞬、アオイの目をじっと見つめ、やがて冷たい声で言った



「記憶販売店へようこそ。君が今宵求めるものは…失った愛、か?」



アオイはその言葉に驚いたように目を見開く


決意とともに迷いが映るその瞳はどこか寂しげに揺れている

しかし、アオイの迷いは店主には興味のないことだ

店主は背後の棚から一つのカプセルを手に取ると、アオイの前に差し出した



「これが君の求めるものだ。君が求める記憶…そのすべてがここに。」





アオイは手にしたカプセルを見つめ、ゆっくりとその蓋を開けた

刹那、彼の周囲の景色が変わり、かつての思い出の中に吸い込まれる


浮遊感にアオイは目を強く瞑り、遊園地のジェットコースターで感じるような気持ち悪さに目眩を起こしそうになる


浮遊感から解放され、目を開けたアオイが目にしたのは、アヤとの幸せだった日々

二人で笑い合い、手をつなぎ、共に未来を語った時間



「アヤ、…これが、君との記憶。」



その瞬間、アオイは胸の中に広がる温かさを感じた

彼女が隣にいて、アオイを見つめている

その笑顔はまるで、彼の心を癒すようだった


しかし、次第にその記憶が歪み始めていく

明るかったはずのアヤの表情は徐々に冷たくなり、彼に向けられた視線はやがて遠くを見るようになり、彼自身を見ることはなくなっていく



「アヤ…?どうして、俺を見てくれないんだ…?」



彼女の声は次第に遠ざかり、アオイは彼女の存在が薄れていくように感じた

そして、それと同時にアヤが自分の存在を忘れ去っていくようにも思えた


記憶の中のアヤは、アオイに背を向け歩き出す

必死にその後をアオイは追いかけたが、彼女に追いつけることはなく、やがて彼の視界からアヤは消えていった

その場に立ち尽くしてしまったアオイの胸の中に残ったのは、虚無感だけだった





彼が記憶の旅から戻ってきたとき、その顔にはかつての希望は影を潜め、ただただ絶望が広がっているようだった

店主は彼が選んだ道の結果を知っていたが、それを口にすることはなかった



『彼はこの選択を後悔するだろうか?それとも、また新たな記憶を求めて戻ってくるのか…?』



そんな問いが頭の中に浮かんだが、店主には彼の後悔や苦悩に関与する権利はない



ただ、「見送るだけの存在」



店主はアオイの記憶を蒼いカプセルに詰め、今日の日付を記入すると、数々の記憶カプセルが整然と並ぶ棚の中に仕舞った



その夜、店の閉店準備をしていると、扉の向こうから新たな足音が聞こえた

振り返ると、また一人、新しい客が店内に入ってきたのが見える


記憶を求める者たちは尽きることがない

彼らは過去に縋り付き、未来を忘れることを選ぶ



『実に愚かで、可哀想な生き物。』



どこかオドオドした様子の客に店主は、笑みを浮かべた



「記憶販売店へようこそ。君が今宵求めるものは…何かな?」




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