興行Ⅳ

「ランキング戦の初戦だというのにこの快挙‼彼女は戦の女神か何かでしょうか‼わずか10秒でケリがつきました‼これではもはや対戦相手「充足のボルザ」のプライドもズタボロです‼というか彼にもう命は無いのですが……。」


 くだらない。

 目も当てられない。


 ――――。

 

「「無垢なる刃のナスカ」はどこまで快進撃を繰り広げるのでしょうか‼「初見狩りのカルデュス」を逆に一方的に叩きのめしてしまいました‼一体彼女は一日で位をどれ程上げるつもりなのでしょう‼」


 歓声がひびくが、ソレは何処かで聞いた下衆な笑い声達のものと違いはない様に思えた。

 目の前で血に沈む男、私とそれの戦いを見る人間その全てに嫌気がさしていた。


 ――――。


 「これは酷い‼彼女は環境の破壊神なのでしょうか!パルテスク闘技場の先人が築き上げたランキングが一日で彼女の色に染め上げられていきます‼もはや13位から下12人分は空白です‼」


 観客も戦士も私をリスペクトしている。

 だというのに私はその状況すらも気に食わなかった。

 血濡れたバヨネットを一振りして払う。

 エドガーに貰った由緒あるというこの銃剣も、本当はこんな所で振るいたくなかった。


 「あーっと‼「無垢なる刃のナスカ」遂に一桁台まで迫ります‼彼女はコレで11位‼ランキング戦出場からまだ4日だというのに、私も皆さんも信じられないでしょうが――。」


 いったい私は何をしているのだろうか。

 この問いに詰まった事は人生にいくらでもあった。

 雨の降りしきる枯れ木の戦場、鉛弾の雨が降る破壊しつくされたコロニーの街、雪原に埋もれた放棄された基地。


 だが、私をここまで追い詰める不気味なナンセンスは私が恐れるどころか怒れるところであった。

 ルカの気持ちは確かにあの時理解していた。

 戦いに終わりはなく、その痛みや苦しみから逃れる事への渇望。


 だが、ルカと同じ方向を向いた筈の私の目にはあらゆる下らない虚構で作られたハリボテの生活が映っていた。


 例えてみよう。


 ある朝、お前はいつもの様にいつ真っ2つになるか分からない様な古いベッドから起き上がると、いつもならば剥がれた壁紙や欠けた床板、不揃いな足の長さのテーブルが目に映る。

 だがその時は代わりに、玉座と大理石のテーブル、レッドカーペットに純白の壁が見えた。

 恐ろしくてぎょっとしていると、なぜかお前のベッドや毛布も煌びやかになっている。

 立って好奇心の内に玉座に手をかけると予想だにできなかった程軽く、玉座は横に倒れてしまう。

 不思議に思い玉座を撫でたり叩いたりすると段ボールで作られている物と推察出来た。

 その他の品も疑わしくなってノックしてみるとどれも段ボールのソレだ。


 するとお前はある三点について恐ろしくなる、一点はどれも本物と見紛うのに間違いなく段ボールだと分かるその外見の巧妙さに。

 一点はお前自身がそれを巧妙な偽物と思ってしまった――巧妙だと思ってしまったし、偽物だと感じるまでにタイムラグがあったという点。

 最後に、誰がお前の部屋をそんな悪趣味に改造したか分からない点だ。


 私の今の状況を照らし合わせると、部屋を改造したのは私自身なのだから質が悪くたとえ憤怒してしまったとしても、その矛先を自分に向けなければならないという状況に胃が痛くなりそうだった。


 「本日最後のデュエル!勝者はもちろん「無垢なる刃のナスカ」ですッ‼皆さん!彼女はとても闘技にアグレッシブで明日にも試合に出場します‼そう‼ランキング上位戦となるのです!ここから先は真の強者の世界ィ‼果たして彼女の運命はいかに‼明日も必ず闘技場に来てください‼」


 観客たちがぞろぞろと出口に移動する。

 運営スタッフが私の対戦相手だったモノを片付けている中、私はぼうっとそんな事を考えていた。


 「あー、ナスカさん。どうされたんで?こんな所で突っ立ってないで、早く飯食ったりしねえと明日も出番なんでしょう?」


 「すまん。ぼうっとするのは私の趣味みたいなもので。」

 銃剣を収め、鉄格子の門をくぐり部屋に入る。


 控室には私をこの世界に入れてくれた、興行主ラシムが佇んでいた。


 「最初はな、なんて目玉だと思った。こんなおいしい話があっていいのかと。瞬く間にオレの所に金が入って、お前も名声を得た。だがな、誰がココまでやれと頼んだ。闘技場を利用して儲けるのがお前やオレの仕事の筈だ。それなのにお前はパルテスク闘技場という伝統と概念をその銃剣でぶった切ってやがる。」


 「悪い事はしてねえだろ。ルールの中で戦って来たし他の連中みたいに闇討ちをしたりしていない。」


 「そうじゃねえ!やり過ぎなんだよお前は!まだお前がこの舞台に立ってから3日と経ってねぇが、明日明後日の内に俺は殺されちまう!同業者の仕事道具をこれでもかというぐらい滅茶苦茶にしたんだからな!」


 彼は興奮してロッカーをたたく。

 私にとって彼が死のうが知った事では無い。

 確かにこの界隈では場外乱闘は珍しくなく、そこで死者が出るのも定番だ。


 「なんだよ。壊れちゃマズイなら使わなきゃいい、こんな常識も知らないのかここの人間は。」

 「屁理屈を使われてもなにも解決しない!オレの生活どうしてくれるんだよ!」

 「結構稼げたんなら他の場所に行って同じ仕事をすればいい。闘技場なんてマリドどころか他のコロニーや惑星にもひしめいている筈だ。」

 「クソが!コネって奴は土地に縛られるんだよお前みたいなその日暮らしの小娘には分からんだろうがな!」

 「ああ、分からんよ。じゃあな、明日は節目だからそれまでは生きていてくれよ?」

 

 着の身着のまま戦っていたからポーチ類だけ装備し直し、着替えもせずに街に出る。

 歓楽街を通ると、この街を通りすがった運送屋や兵士、傭兵、旅人、地元民、色々な恰好の人間であふれていた。

 それにまして宵闇の中にある私の傭兵らしくそれに返り血を浴びたルックスも、まるで目立っていない。


 突如として見知らぬ人間に声をかけられた。

 身なりや佇まいは傭兵のソレだったからある程度の警戒心を持つ。


 「やあ、すまないねお嬢ちゃん。君だよ、君。こんな暗い中で一人でいると危ない、両親は居ないのかい?」

 近づくと、タクティカルベストには見慣れた部隊章が貼り付けられていた。


 「ママとはぐれちゃってぇ……そしたら転んで痛くてぇ……」

 ワザとそいつの手元を力強く引っ張る。


 「分かった、分かった。そしたら俺が治安局まで連れってってやるからな。」


 その男に担がれるがままにされ、裏路地に消える。

 誰もがその光景に注意を持たなかった筈だ。

 親切な男が子供を思いやって面倒事に首を突っ込んだにしろ、商品が一体無償で手に入って浮かれた奴隷商が急いで拾って帰ったにしろ、そのどちらでもこの場に居た誰も不思議に思わないだろう。


 「ナスカだな。」


 勢いよく地面に下ろされる。

 奴の手にはいつの間にかサプレッサーの付いた[OSP]が握られていた。


 「ロイターの……誰だお前。まあいいやアノンから話は聞いてる。」

 腰のポーチからデータディスクを取り出して突き出す。


 「ブルックスだよ。っつーかお前、破損させてねえだろうな?」

 「どうせ手元に解析機があるだろ、ひと手間かけてみろ。」

 ブルックスと名乗る男は[OSP]を腰に戻すと、バックパックのポケットからハンドヘルドPCを取り出しなんかしらのコードで手にしたデータディスクとつなげる。


 「……ああ、いい感じだな。ナスカ、任務達成だ。なんでも近々ボスから指令が下されるそうだ、日ごろの準備を怠るなよ。」


 「潮時か。了解した、じゃあなブルックスうっかり落とすなよ。」


 「フン、庶務係が偉そうに……。なんのデータか知らんが精々品の橋渡し業務だろ?お気楽な事だな。」

 よく分かる嫌味を言ってくるがコレがロイター内でのP2部隊に対しての共通認識だ。

 ボスが気に入っている小間使い、メイドか執事ぐらいにしか思っていない。


 「そういやさっきから、妙に多くの人がナスカの名を口にしていたが何かやらかしたのか。お前らの尻拭いなんぞ死んでもごめんだが。」

 「ブルックス、お前ココに来て何時間だ。」

 「一時間半と言ったところだ。アノンが所在を細かく通達してきたからな、街に来てからは一直線だったが、それがどうかしたのか。」

 「いや、なんでもないし私は何もしていない。」

 彼に後ろを向いて手をふらふらと振りそのまま裏路地から繋がる小路へ歩いてゆく。

 分かっていたが、彼は私を引き留めず代わりにぽつりと言った。


 「なんだってあんなガキの為に寄り道を、ボスも訳が分からねえ事考えやがって。」

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