興行Ⅲ

 初陣の後、休憩も挟まず5つの興行に参加し全てにおいて勝利を飾った。


 1人で無限に出てくる敵と戦いながら制限時間の生き残りを目指すサバイバル。その挑戦者の死亡率が圧倒的に高い種目は、闘技場の主である委員会に見初められランキングへの挑戦権を与えてもらえやすいものとなっている。


 故に優先してそれに組み込んでもらう事にしたのだが、最初の2回で死体の山を築いてしまった為ランキング挑戦権を無理やり内定させてもらう事で引き下がりその後はチームデスマッチや一対一のデュエルと洒落込む事になった。


 契約している戦士を全て殺された興行主はおおよそ人ではない様な目でこちらを睨みつけていたが、並の戦士では歯が立たない私をたかが守銭奴にどうこう出来よう筈もない事は彼らだって分かっている様で、今のところは何もしてこない。


 こんな様に戦果を誇る私はさぞ強力な戦士であるのだろうと思われるだろうがそれは違う。


 ド田舎で自分の事を戦士とのたまって、古風な戦いをしている現実逃避連中が正規軍と渡り歩く傭兵部隊の1人と魔法も無しに戦おうと言うのはハッキリ言って井の中の蛙である。


 確かに私は現代戦にて近接戦闘主体で戦える程の魔法使いだ。

 だが、P2で魔法の苦手な……51辺りが同じ境遇に陥ってもそこそこの戦果を挙げて生きて帰ってくるだろう。

 

 戦果を挙げれる傭兵、前線で戦える兵士、後方で必要とされている人材、本国でビジネスが出来るホワイトカラー、従順で真面目なブルーカラー、死んでいった者達、それらすべてから炙り出された才能も力もまるでない誰からも必要とされない呼吸をしているだけの塵芥がココで命を削っているだけにすぎない。


 故にレベルが著しく低い。


 「オオッ‼またもや「無垢なる刃のナスカ」無敗‼こんなことが起こり得ますでしょうか!才能を欲しいがままにする超新星その名はナスカ‼彼女は本日、たった1日だけでランキングへの挑戦権を手にいたしましたッ!」


 ここで歓声を挙げる者達も実は分かっていてそれで楽しんでいるのだ。

 闘技場は世界にいくつもあって、だというのにこんなにレベルの低いアリーナでの殺し合いに何を興奮するか。


 ただただ自分より格下の同種が殺し合うのを見て鬱憤を晴らしているにすぎないのだ。


 ……ルカが恐れている生活とやらよりもこちらの方がよほど醜悪ではないだろうか。

 他人を見下し、変わらぬ日々を延々と過ごし、そして得た金で何が出来る?

 精々ここの観客と似たような感性しか持てない様な生活しか出来やしない。

 

 興奮した興行主ラシムから、激励を受け取り控室を通って裏口から街に出る。

 いつもの様に赤黒い幻の様な時間帯が私を襲う。

 

 私もまた、兵である時間が長くそこに夢を持っているのかもしれない。

 戦いの中でこそ高潔さがそこに在り、今は無きモラルやエチカが命のやり取りにだけ存在するのだと。

 そしてそれは金で買える程安いものではないのだと。


 私はここで命を削り合っている者達を塵呼ばわりしたが、それは一般論に過ぎない。

 第三者から……そうだな、ブルメントの首都に居る頭の良い大学生が見たらそう取られるだろう。


 だが、命をやり取りできる者であるという時点で兵士の夢が生まれる可能性があるのではないだろうか。

 そしてその可能性があるというだけで観客よりも尊いのではないか。

 その上それをイカサマで渡り歩く私は一体……。


 そんな事を堂々巡りに考えているといつの間にか辺りは濃藍に染まり私は、各惑星コロニー共通で出店している大規模チェーンのコンビニエンスストアに来ていた。


 こんな田舎にも一店舗ぐらいはあるものだと、少し驚く。

 追撃で自動ドアが開く時の電子音が私を一気に、完全に現実世界へと連れ戻した。


 だが、コレを果たして現実として良いのだろうか。

 何も考察せず状況から生存する方法を判断し、金を稼ぐ日々。

 

 私は私の想像(妄想あるいは思想)に何らかの決着をつけるべきだと思ったが一気に冷めた脳みそではこれ以上先を考えることは出来ず、そこで炭酸飲料をルカの分まで買って帰路に就いた。

 

 玄関の戸を開けると、出迎えは無かった。

 部屋の中央のテーブルに向かうと、そこには優雅に紅茶を飲んでいるルカの姿があった。


 「鍵の音には慣れたのか。」


 「いつまでも怖がっていても仕方ないだろう。それに俺は仕事でヘトヘトだ……。」

 私への受け答えも面倒くさい様で声からもそのだるさが感じられる。


 「あえて話をせずにここまで来たんだけどな。お前オルゲダ軍の方はどうなっているんだ、ラシアスを勝手に軍から拝借した挙句パルテスク近郊の洞窟に投棄したなんて知れたら最悪街ごと焼かれかねないぞ。」


 「…………どうにかするさ。」

 顔をよそへ向ける。

 そんな彼に私は帰りがけに買った炭酸飲料を渡した。


 「別に現実の問題から逃げたってかまいやしないさ。私はお前の姉だ、お前の甘ささえ家族として認めてやる。だがな、いつだって自分のケツを拭くのは自分になるという事を忘れるなよ。人生のツケの取り立ては必ずやって来る物だ、金銭と違ってね。」


 「ケツだったりツケだったりいい加減にしてくれ、俺は静かに姉さんと暮らしたいだけなんだ。なんでソレがツケになったり、拭わなきゃならない汚点だったりするのさ。」

 ルカは私に言い返してくるが、いつもの様などこかヒステリーな感じもせずただ淡々と自分の心情を吐露しているように思えた。


 「生活を変える時に今までやって来た事の清算をしなくちゃならないとは言ったが、この生活自体が悪いと言ったつもりはない。お前がオルゲダ軍に入ったのはお前の意思ではないが、成してきた事は現実としてある。ソレが時には重荷になったり時には上昇気流になる。今のお前の場合は、お前の直近の過去がお前の重荷になっているというだけの話だ。最もお前にとってソレは致命的に見えるのだろうがな。」


 ため息をつきながら私も椅子に座り、自分の分の炭酸飲料を飲み始めた。


 「ああ、それと仕事を見つけてきた。そら、金だ飯の備蓄にでも回しておいてくれ。」

 ポーチから財布を取り出してルカに放り投げる。

 彼はそれに反応できず、財布を顔面に受け止めた。


 「ううん?結構な量じゃないか、1か月分前借したとか?」


 「言ったろ?闘技場の戦士になるって。今度ランキング戦に出るからもっと稼げるぜ。」

 そう得意げに言い放ったつもりだが、ルカは頭を抱え始めた。


 「確かに暗殺とかワンマンアーミーと化して大立ち回りをするとかよりよっぽどマシだけどさぁ……姉さん命張らないと死んじゃう人?」


 「この街に来て命を張った世界の方がよっぽど整っていると思った。そっちが良いって訳では決してないけど、あの身を焦がす炎熱の地獄や血と硝煙の混ざる匂いがこんなにも愛しいと思う日が来るとはね。」


 「……姉さんは病気だよ。講習を受けたことがある、コンバットハイに心を釣られているんだ。戦場で否応なしに出るアドレナリンの中毒になっているのさ、言わば麻薬中毒に近い。ココで金をためたら、大きな街に行って医者に診てもらおう。」


 「どうだろうな。私はよっぽどお前たちの方が病気に見える、まるで老衰した死にぞこないだ。」


 一通り我が弟と意見を交わすと、やはりいつもの様に話は平行線の様に思えた。

 今の私は今の弟と見えている世界、見据えている時間が違う。

 こうなるとだんだん私の方向性も半ば決まって来た様なものだった。


 「さあ、暗い話は仕舞いにして晩飯の時間だ!今日は何にするんだルカ?」


 「俺は疲れたんだよ姉さん……偶には代わりに作ってくれてもいいじゃないか。」


 料理は苦手なんだ。

 別に焼いた肉を出せばいいのだが、何となく料理が苦手という事を目の前の弟替わりに知られたくなかった。

 

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