興行Ⅱ

 薄暗い牢屋のような場所に他の多くの男達と共に地に腰を下ろす。

 皆一様に薄着であり、まともな防具を付けている者はわずかだ。


 得物はそれぞれ違いがあったが、どれも近接武器でありボウガンやロングボウ等遠距離武器を持っている者はいない。


 私は、色とりどりの男共に物珍しい目で見られながら自分の得物と戦法を確認する。

 深い考えがあるわけでは無く、発動させる魔法を選んだりだとか順番を反芻しているに過ぎないが何も用意が無いよりはマシだろう。

 その内、一人が興味を抑えきれずといった具合に私に話しかけてくる。


 「おい、ガキ。なんの訳があってこんな所に居るんだ。テメェの居る場所じゃねぇ事ぐらい分かってんだろ。」


「十分に分かってるさ。でも私は金がどうしても欲しくてね、この身と引き換えに幾らかもらって、生きて帰れたらもう半分貰えるのさ。」

 私はスレた子供を意識して話をする。

 実際私は正にそうだった。


 「バカな奴だ、知らねえ様だから説明してやる。今から行われる試合はココに居る30人弱で殺し合う興行だ。いくらお前さんが逃げ足が速いからって、お前以上に目立つ奴なんかそういない。生き残る事なんて出来やしねえよ。」


 どうも、私の話を聞いて哀れに思ったのか分からないが相手の興奮も冷め私の隣に腰を下ろした。

 近接戦闘を飯の種にしているだけあって立派な体躯である。


 「それはお互い様だよ。いくら強くても世の中は結局運だ、ファンブルを引いたら誰だって即退場。違うように見えて大きく見ればアンタと私は同じ状況にある。」


 セリフを吐きながら、口を使っているので無理だが苦虫を噛み潰した顔をしたい気持ちになった。

 所謂戦場で兵士が夢見る、「戦いの中で生み出される高潔さや伝説、物語、逸話」という概念に泥を塗っている気がしたからだ。


 死ぬほど痛いが、私は死なない。

 一人だけイカサマを使って勝負に臨んでいるのはその夢を汚しているのと同義だろう。


 「イかれたガキだな。ただ、まあ気に入った。お前を殺すのは最後にしてやる。」


 五月蠅いアナウンスが響くと、鉄格子のような大門が引きあがり男達は立ち上がって表へ向かう。

 私も立ち上がると腰にぶら下げた古いグラディウスの柄に手をかけて、光の射す方へ向かった。

 己の武器を視界の端に入れると、今朝の事が思い浮かぶ。


 ――――――


 「急に何を言い出すかと思えば!」


 開店前の酒場でその主人、エドガーにいきさつを話す。

 そして私は合法的というか治安局に目を付けられないで戦いを金に換える手段として闘技場の選手、剣闘士をやってみたいと切り出しそのツテを頼めるかと問うたのだ。


 「仕事っつーか、最後の手段だしよアレ。イマドキ銃も撃てねえ戦場で何か出来る人間がいるのか?」


 「ここにいる。私を興行に1つ参加、いやねじ込ませてくれないか。金についてだが、初回はロハでも構わん。」


 「ふぅん。そいつは重畳、今ので可能性が出来たぜ。待ってろ知り合いに興行主がいて安い変わり種を探しているッテェ事を何週間か前にほざいてた……。」


 エドガーは店の準備をほったらかして、店の奥にある事務所へ向かいながら長々と一人でしゃべり続ける。

 事務所といっても牢屋に満たない程の大きさであるからして、声は丸聞こえだ。


 「ああ!あと、武器の調達を頼む。剣とか槍なんて持ってないからさ、安かろう悪かろうで!」

 電話機のボタンを押していたエドガーにその声が届く。


 「分かったよ、一撃で折れる様なヤツを所望しておくから心配すんな!……おお!ナドムじゃあないか!ハッハァ‼元気にしているか……ああ、ああそりゃ俺のせいじゃなくて、とにかく旦那を呼んでくれ仕事の話だ――――」

 

 ――こうして、エドガーの紹介によって貧乏興行主ラシムに相場よりかなり安い額で命を買われた私は今戦場に向かおうとしていた。

 

 ――――――


「さあさあ!ココに集った勇士、その数25人!彼らにはその周囲の戦士全てが敵です!」

 事前に受けた説明通り、一人ひとりバラける様に砂の大地の上に立つ。

 規定に対した厳密なルールも拘束も無いため、第一の獲物として選定した人間に各々優位な位置取りを控えめに選ぶ。

 私はどうやら宵闇を照らす蛍光灯の役である。


 「今回注目すべきは、この連勝によってチームデスマッチ出場権の有無が決まるラサルスタとカネンです!えぇと、胴のバックラーを持つのが前者で銀のガレアを被るのが後者ですね。」

 司会者はこなれているが真面目でない様子で、時折言いかけたことをナシにして話を進める。


 「あとは、見世物として1人金に目がくらんだ両親によって売られた「哀れな子ナスカ」!悲しいかな、ココは戦場‼彼女は瞬く間にその儚い命を散らしてしまうのでしょうか!」

 カバーストーリーは完璧だが、その妙な2つ名はカッコ悪いし直球でセンスが無い。

 とりあえず紹介されたので腰のグラディウスを威勢よく天に突き上げる。


 「おお!やる気は十分みたいですよっ、さて彼女は童話の主人公となれるのでしょうか。さあ、開始まで……」

 司会が何事も無い様に進行を進めているが、客席からは一部ブーイングが飛び交う。

 何に対して不満が有るのか分からないが、きっと小娘が戦場を汚すのを許せないのだろう。

 ……だったら見せてやるとも、そこいらの少年兵との違いってヤツを!


 「……3!2!」


 ココからでも分かる様に、多くの戦士がその足を砂に滲ませたり武器を握り直したりしている。

 魔法の発動もいくつか確認できる。

 こっちも相応の魔法を出さなくては。


 【A.P.AⅢ】

 【アクセラレートⅤ】

 【ハンチα】


 現代において主に使われる魔法に詠唱は必要でない。

 言い表し方が難解なのだが、発動を意識し自分でそれを掴み取る事で現実の私に影響を及ぼすのだ。

 力が流れ込み、万能感が感覚の中に入り込む。


 「1!……試合開始ィ!」


 何か銅鑼のようなものが鳴ると、一斉に観客から歓声が上がる。

 どれもが言葉になっておらずソレは動物の鳴き声に相当するのだと思った。


 当然、私に襲い掛かる3人とそれを狙って3人の背後に回る連中と……なんて軽いドミノが出来上がっていたがそれを囲んだ内の一人を一刀両断、上下に切り分け血の雨の中そのまま突進する。


 ワンテンポ遅れて観客席のテンションが一気に上がり、司会が何だか思ってもいない事を口にしているがどうでも良かった。


 突っ込んだ先には私に気を回すことが出来ないであろう、盾の男と相対していた槍を持った男の側面があった為、そこにグラディウスをぶち込む。

 脇腹にグラディウスを全てのみ込んだヤツはその衝撃で吹っ飛び、まるでトラックに撥ねられた動物のような有様と化していた。


 目の前の光景が信じられないという表情の盾の男は、それでも戦士としての覚悟の上か、雄たけびを上げる。


 私が戦士として一人前だという事をその場に認めさせた為か、それともドミノの状況故に短時間で人数が減ったか確かな事は分からないが、今は私を特売品か何かだと思う連中は一人もいない。


 盾の男(司会が何か言っていたか)がその盾を頼りに丸腰の私に突っ込んでくる。

 面積の大きい盾で殴り、よろけたスキに片腕で持つ剣で攻撃しようという腹積もりなのだろう。

 しかし、私はそれを上方へジャンプをする事で避け彼の後方にピタリと着地をする前に、彼の首を1080度ぐるりと回転させた。

 鈍く嫌な音がし、彼はぐにゃりとその場へ倒れる。


 会場の空気は私が数分と経たないうちに行ったトリプルキルによって、不思議な落ち着きを生み出していた。

 私を哀れんだり、蔑視するあるいは期待の新生あるいは天才児を飛び越えた薄気味悪い動物を見たという空気が主になっていく。


 私は自分の評判でなく、ランキングを上げる事による収入を目論んでいた為華を見せる戦い方をしなかったのが原因に違いが無かった。

「唯の演目なのにガチの殺しを見せられて気分が萎えました」

 と、まあそんなところだろう。


 とにかく最短の出世を狙う私はここから全ての興行に出て、その全部で勝ち残るつもりだったので着地した私の油断を狩ろうとそこに迫った短剣使いの男の光物を、最小限の振り返りと共に避けるスタイルで無効化し、更に迫るもう一振りの短剣をそれを持つ腕を粉砕することで無力化した。


 男がくぐもった声を出しよろけると同時にもう片腕を捻りつぶして骨を断つ。

 そのまま斜め上方向に衝撃を伝える様に体当たりし、相手を寝かせ起き上がらせる隙を与えず片足で首を捻りつぶした。

 奴からもう声は聞こえない。


 この時点で大体私を含めて10人は生き残っていた。

 大体それらの戦士たちは自分の戦いに夢中で私の戦果など気にも留めていない様で、また1人こちらを殺さんと向かってくる。


 所詮はその程度なのだ、戦場で近接武器を主にする戦士はどんな状況にあっても周りの情報を得られる様でなければいけない。

 奴は大声をあげて痩せぎすの身体に似合わない両手持ちの戦斧を振り回してきたが、それを身体を低くして回避した後空中で仰向けの状態を取り奴から戦斧を取り上げ着地する。


 何が何だか分からない、といった雰囲気だったが武器のなくなった彼は先ほどまでの威勢を無くし逃げ腰になった。

 それを許すほど温い興行ではなかった様で、横から槍の追撃に血を流し倒れる。

 それを受け、私は先のドミノを思い出しながらその槍の男を頭からまっすぐ戦斧で両断した。


 私と戦う最後の一人が決まるまで、地に落ちている好きな武器を物色していると急に声がかかる。


 「ここまで残ったその運は認めてやるがな、テメェ如き!」

 銀の兜をかぶる男がその手に長剣を持ちこちらに歩み寄る。

 間合いを見計らっていると見たが、こちらからすれば隙だらけだった。


 「その運が全てさ!じゃあな!」

 足元にあった長槍を足でけり上げて片手に持ち、それを投げつけると吸い付くように銀兜の男の胸を貫き彼ごと地面に突き刺さった。


 ……私以外戦士は皆死んだようだった。

 観客も、まさかの事態、予想にもしない試合の流れにあっけらかんとしていると司会の声が響いた。


 「あ、ええっと……「哀れな子ナスカ」!勝利ィ!皆さん、意外な実力者が現れました!この幸運に拍手をォ‼」

 

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