V.R

 その部屋はまるで機械の中の様であった。

 どれもが銀色をしており、鈍い輝きを放っている。


 その中に何十何百と集積回路が詰められており、それを補う物動かす物、それらから発せられる熱を冷やすパーツや出力されるモニター類、そしてその塊に命令を下すデバイス各種とそれを動かす人間の為の最低限の設備が整っている。


 部屋の中には男と女が居た。

 一人は30に近い身なりにだらしのない痩せぎすの男。もう一人は20半ばにしては妖艶な美女である。

 

 各種モニターには絶えず高下するグラフの様なものがあり、その中の1つに人間の主観による記録映像が、もう1つはそれを空から第三者の視点で見た映像が流れている。

 その映像の中では一人の少女が動いていた。


 軍事基地と思われる構造をした建物の中、その少女は半裸でナイフを片手に彷徨い見事に敵の警戒を掻い潜りながら一人残らずそれらを掻っ捌いていく。

 そして最後に残った哀れな警戒兵の首にナイフを突き立てると丁度自動ドアの前で膝をついたためそのドアが開かれる。

 ドアの先には兵士が二人いたが、彼女は先にナイフで殺し膝をつかせた兵の胸に装備されていたハンドガンをホルスターから抜きコッキングと同時に横薙ぎで数弾の弾を射出した。

 兵士は手に持ったライフルを構えるだけで撃つことは出来ず、頭や胸を貫かれて血を吹き出す。

 やがて銃声に気付かれたか数人の兵士が様子を見にその惨劇の場へ赴くが――。

 

 「趣味が良いとは言えないわね。軍事訓練にB級アクション映画の設定を採用してそれを完璧にこなせ、なんて。彼らしいというか、とことん人を小ばかにして。」


 「今から4年前のデータで既にこれだ。彼女はこの他にも幾つものVR訓練と称した様々なプロヴィデンスお手製のシュミレーションを完遂し続けるまで延々とさせられている。」


 映像の中の少女は既に兵に囲まれ四方八方から射撃を受けていたが、身のこなしや立ち回りでそれを避け、時には格闘によって意表をついて次々と敵を無力化していく。


 「貴方も関わってないとは言わせないわよアノン。」

 「そりゃ彼女には悪い事をしたけど、こんなの他のロイターの特殊部隊兵と変わりないじゃないか。内容がおかしすぎるってだけで、第一VR訓練なんて実戦より劣ったゲームでしかない。」


 「だからって、ナスカが受けた苦痛は現実に劣らないわ。VRを軍事訓練で使用するときは普通、現実と異ならない感覚をセットされる。そこで覚える痛みや恐怖は現実と差異が無い。貴方は戦わないから何とでもいえるのよ。」


 VR訓練は唯のゲーム、というのは誰もが知っているジョークの様なものだ。

 最初に世間にその技術が軍から漏れた時、世間が揶揄した言葉をそのまま何百年も使っている。

 アノンとて本気で言っているわけでは無い。


 「僕を責めるのはそのくらいにしてくれハープ。この幾つもの訓練記録を君が見たいと言ったからワザワザ古い記録を持ちだしてココにまで招待したんじゃないか。」

 男の座る椅子は豪華で、人間工学を考えられた作りをしているが女の座る椅子はキャンプ用の簡易的なものだった。

 通常この部屋に男以外の人間が来ることは稀なのだろう。


 「なになに……「ヘルハウンド・ソルジャー」「アイアン・ガジェット1、2~アイアン・ガジェット・ソリッズ1、2、3~」なにこのファイル名まるで映画どころか――」


 「そう、大昔のビデオゲームさ。巨大な敵武装組織に特殊部隊員の男が丸腰で潜入させられて、最後には秘密兵器ごとその組織を壊滅させるって話。それをパクって訓練にしたんだ。」


 「ナスカもご愁傷さまね。とんだ自己満足の茶番に付き合わされて不憫でならないわ」

 「そのゲームのシナリオには魔法の設定は無かったけど、訓練だから彼女が使える魔法はVRの中でも使えるようにしてある。」


 ハープがアノンを睨みつけている間にモニターの中で、ナスカは大型のサバイバルナイフでライフル弾をはじき返し遮蔽物に逃げ込んでいた。


 「マジックユーザーなんだ、傍から見ても不可能な事も可能にしてしまえる。それにナスカは魔法ではない不思議な力もある、プロヴィデンスがご執心な訳だ。」

 「こんな天才魔法少女が野放しにされていたのを運よくボスが見つけ出したって?どう考えても出来すぎよね。」

 ハープは腰に手を当てて、その表情を更に曇らせる。

 対照的にアノンは何処までも事務的だ。


 「そりゃあそうさ。ナスカは魔法の才能の芽こそあったけど拾った時は、不思議な力を持つ少年兵止まりだった。お世辞にも戦闘は他の兵に劣るし、戦い方も野犬の様だった。……それは今も変わらないか。」


 「……隠し立てしないのね。貴方はプロヴィデンスの腰巾着だと思ってたけど。」


 ハープは素早い動きで立ち上がり腰から[PKK]を出す。

 昔ながらの小型ハンドガンで、有名小説に出てくるスパイの逸品だ。


 「おいおい、勘弁してくれよ。僕に何か出来る訳ないじゃないか、落ち着いてくれ。」

 慌てるアノンにハープはきっちりとその照準を彼の頭から放さない。

 

 「P2部隊にいるって事は隠し芸が出来るって事だと思っていたんだけど?」

 「僕はサポート一筋さ……それで?君もプロヴィデンスに猜疑心を抱くタイプだったって事でいいのかい。一番近いだろう僕から情報を得ようとしている。」

 「その口ぶりじゃ私は一番乗りじゃなかったみたいね。」

 「数年前にバズビーもポリビアスもスアダイルもそうやって乗り込んできたよ。もっと派手に、だけどね。51やメイソンなんかは気にも留めないみたいだけど……というかメイソンに至ってはいつも自分の事で精一杯だしな。」


 ハープはその答えになんだか殺気を消された様で、[PKK]を腰に戻した。

 何を隠そう彼女はナスカよりも組織の若輩者であったのだ。


 「じゃあP2の皆はアイツが怪しいって分かってて?」

 「そりゃあ僕もね。でもスッゴイ怪しいってだけで僕たちが特段危険に晒されている訳じゃないんだ、ナスカは違う様だけど。」


 画面の中のナスカは秘密兵器である所の星を消せる威力のミサイルを搭載したイグジスを生身で倒し、敵武装組織の首魁と拳で決闘をしていた。


 「ナスカやメイソンは彼を偵察するのは無理だ。彼女たちに余裕は無い、だから僕やスアダイル、バズビーなんかはプロヴィデンス自身からの指令から出来た抜け穴や副業なんかで独自のネットワークを構築して彼の正体や目的をちょこちょこ探りつつ過ごしている訳だ。どうだい新人ちゃん、偉大な先輩方を敬う気になった?」

 

 「なーんか、編入された時は楽できると思ってたんだけどなぁ。給料も上がるし、内容はお使いだってウワサだったし。ソレが来てみたら少女虐待サークルでしたぁなんて、目の前真っ暗よ。……ナスカちゃん、彼女はここでどうなったの。」


 立ち上がっていた彼女はため息をつきながら簡易椅子に座り直す。

 

 「彼女が来るちょっと前にプロヴィデンスと僕とでブルメントから盗み出した魔法研究があって、ソレが高速で人為的に好みの魔法を被験者に習得させるって言う代物だった。」

 「なんですって‼魔法習得なんて、そんな容易いものじゃ無いのに!」

 「昔からよく言うだろ、オルゲダはイグジスに秀でブルメントは魔法に秀でるって。オルゲダはイグジスにおいてブルメントの4~5世代先を行くなら、ブルメントは魔法においてその先をいく。」

 ハープは黙って続きを促す。


 「それでもってソレはVR訓練に適していた、ナスカは最初の数年はVR機器に縛り付けられて生きていた様なものだった。彼曰く、やせ細って飢えて死のうが、VRのショックで死のうが、ストレスで廃人になろうが元に戻るからってさ。」

 

 「貴方は、それで平気だったの。そんな彼女を前に何も出来なかったって。」


 「そこで彼女を助けようなんて奴はそもそも傭兵組織に居ないよ。……そうして彼女は基本的な軍事魔法を高いレベルで習得させられた、今のVR訓練の記録は彼女の実力を示している。」


 「銃弾をまぐれでなく斬り避け続ける事の出来る身体能力……【A.P.AⅣ】以上を発動できるのね。」

 

 「そうして土台を完成させられた後はひたすらVRの中での軍事訓練さ。ま、内容はアレだけどね。っとそれでも真面目なのも組み込んだんだよ?」

 アノンは何でもないようにカップに入っているコーヒーを啜った。


 「今の彼女の年齢……16だっけ?」

 「本人はそう言ってるけど正確には20ぐらいなんじゃない?」

 「拾ってココで5~6年訓練漬けにしただけであそこまでになるのかしら。」

 

 アノンはそのハープのセリフを聞いて神妙な趣になった。


 「よくVRのゲームで使われる技術だけどね、体感時間を弄れるんだ、そういう事だよ。彼女からすればもう20年も30年もずうっと実戦を続けている。」


 「…………私にもその訓練をさせて。彼女の片鱗を知らなきゃ。」


 「君も真面目ちゃんだね、次の作戦予定にナスカと組まされるからだろう?とっておきの奴がある、『激動の戦艦』ってタイトルなんだ。主人公の君は元特殊部隊のコックで――」

 アノンは先ほどまで漂わせていた真剣な雰囲気を何処かにやってしまい、早口でしゃべる様子は正にナードのそれだ。


 席から立ち上がったハープは部屋の隅にあったVR訓練の筐体につなげるヘッドギアを乱暴に取ると、アノンの説明に耳を傾けずその部屋を出て隣にある専用の部屋に向かうのであった。

 

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