興行

 美しい大きな彫刻が門の前にこれ見よがしと展示されている。

 それは筋骨隆々のたくましい男の彫像で、剣を掲げて高らかに何かを叫んでいた。


 時刻は夕暮れ時、私はあの後虚ろな案内人に地図上に要所のマークをさせて立ち去った。

 彼女があの様子ではこんな場所に来たくなかっただろう。


 大きな円形の会場でそれらは全て石で作られていた。

 ここに来るまでに数多の酒場や娼館といった誘惑を撫でる施設を潜り抜けた先に鎮座するこの建物こそ、私に富をもたらすに違いない。


 堂々と正面から入る。

 他にもちらほらと客が見えるが私の予想とは違い、にぎわっている様子ではない。


 カウンターまで行くと受付係が話しかけてくれた。

 「今日はもうおしまいですよ。おや!女の子なのに剣闘に興味があるなんて珍しい子ね。」

 中年のおばちゃんが濁声で私を労う。


 「剣闘?こんな立派なのだから博物館か何かだと思った、表に立派な彫像もあったし。」

 「じゃあこの街に来て浅いんだね。ココはパルテスク闘技場!伝統的な血と汗に塗れた戦の聖地さ!」

 「伝統的?昔からあったの?」

 「そりゃそうさね。表見たろ?石造りなんだから。」

 

 カリサの「パルテスクの美しい街」はどこまでも彼女のモノでしかなかった訳だ。

 だが人は見たいものを見て聞きたい事だけを聞く生き物、そんなものさ。


 「剣って事はここに出場する人たちは剣で戦うの?銃は?」

 「昔はあったさ。統一された銃で用意された遮蔽物を利用し戦い合う銃撃戦、逆に武器禁止の素手のみの戦いなんてのもあったけどね、今はどっちもやってないよ。」

 「ふうん、私も出たいんだけど、剣を用意すれば出してもらえるの?」

 もう演目も無く、仕事も無いというのに私の会話に付き合ってくれるおばちゃんには感謝しかない。


 「ダメダメ、子供は無理だよ。剣で戦うんだから、当然傷ついて血が出るだろ?それで運が悪いと死んじまうし、当然腕や足を切り落とされたらサイボーグになる以外不自由な人生になっちまう。そんなのに子供は出せないね!」


 「戦場で幾らか戦った経験があるんだけど、ホラここから結構東にあるアルヴァルドって所で戦った時のドッグタグ。」


 ウカントの作戦の時の様に、外国人部隊としてオルゲダやブルメントの軍に入って動くことが高頻度である。

 その時のドッグタグを記念品として保管しておくことが多いのだ。


 「ブルメント第1785外国人部隊、ナスカ。……そこらへんで拾って来たものだろう?お前みたいな子供、ライフルだってマトモに撃てやしないよ!まあどうしてもって言うならプロモーターでも連れてくるんだね!」


 「誰か有力な人の推薦状とかツテがあればいいんだね?なんか甘くない?」


 「そりゃ、この闘技は魔法アリだからさね。子供でも魔法の才能がある人間は大人を負かすってのは常識、そんでもってこの闘技場の偉いさんや猛者に目をかけられた人間なら、お前さんを大魔法使いとして認めてやるって寸法よ。」


 周りにはいろいろな種目のランキングが掲載されている。

 種目がたくさんあるがおばちゃんの話によればどれも近接武器のみの試合なのだろう。

 そして花形は一対一で戦わされる特別試合に組み込まれ、そのランキングは一際豪華に宣伝されていた。

 ……あいつらの内の誰かの手首や生首でも持ってくれば戦わせてもらえるだろうか。


 「へぇ、良い事聞いた。またね!今度は推薦状を持ってくるから!」

 カウンターに背を向けて、そこから去ろうとする。


 「その前に、一度試合を見るんだね!損はしないよ!」

 入場料2000ルコス……。


 昼飯が何杯食えると思っているんだ。

 私はその料金設定に辟易としながらもしかし目の前にはその倍はコストがかかりそうな娼館や高級クラブが立ち並んでいて、気分が滅入ってしまうのだった。


 軽く会話を済ませただけの筈なのに日暮れという物は早く、全てを赤黒く染めていく。

 未だ私がネオンの煌々としている歓楽街に居たのであれば、このようなさもしいセンチメンタリズムなどにかまけることも無かったのだが。


 事実、私は昼間のカリサが嘆いた現実に今頃不愉快さを感じて来ていたのだ。

 300年間の殺し合い、モラルもエチカも存在しない獣より堕ちたヒトが同族を喰らって何の意味もなく地上で宇宙で蠢く様は確かに気色の悪い事だと、目の前の赤黒い胸焼けのするなんでもない石造りのヒトの多く住むアパートメントを見ると心に刺さる。


 私の足はそれでも進む。

 だからどうした、と。


 私もヒトだ、そして宇宙においてヒト以外に知的に秀でた上でヒト以上に高潔な種族など無い。

 女神歴も2400年代半ばを過ぎた頃ヒトが到達出来うる星系の中に知的生命体は居ないという結論が出た。

 無論向こうからやってくる事も在り得ないと言えるほどのパーセンテージだと。


 私自身ヒトである限り同族を喰い、道徳も倫理も持たない生きる肉塊だと開き直り、まさしくヒトであるならばそれらしく在らんと逆にソレに近づけて来た事もあった。

 そう、未だ目の前は赤く黒く、今立つこの大地が地獄でその先も地獄だとしても歩む他無いと私は諦めているのである。


 暗くも幻想的でむせ返る様な暮れも過ぎ、辺りが濃藍に染まり街灯が目立ち始めると私の心はいつも仕事をしている時の様に静かになった。

 どの様な思慮でさえ喉元を過ごす事が難所とはいえ、これはいささか自分に失望した。

 結局私はあの赤黒とした夕暮れを私の思慮と過ごすために、大きく回り道をし自宅を目前にした時には普通かかる時間の何倍もの時間を費やしていたのだ。


 「おかえり、姉さん。仕事は見つかったかい?」


 私を出迎えてくれる同居人の明るい顔を見れば彼はなんでもない一日を過ごしているのだと分かる。

 私はなんでもない一日を過ごすたびに、あのような自分が今何処に居るのかを自覚せざるを得ない時が無いというのに。


 きっと、私が変な境遇のせいで、私がおかしいのだろう。

 ああ、この世界のおおよその人間が、自分の根源たる境遇(生まれが卑しいとか、コンプレックス程度のものではない)の凄惨さに意識を向ける事さえ無いのだ!


 「ああ、何とか見繕ってこれそうだよ。これで、ルカに引け目を感じることも無いな。」


 「姉さんが何かに引け目を感じる事なんて無いでしょ。……じゃあこのチラシも要らないか。」

 彼が手に持っているのはなんだか古臭そうなコピー用紙だった。


 「私の仕事とソレが何か関係あるのか?」

 

 「いやあ、ホビーショップの求人募集があって。姉さんの社会復帰にはいい難易度だと思ってもらってきたんだけどな。」

 

 カリサをあれだけこき下ろしておきながら、私の目からは涙がこぼれそうに思えた。

 これだけ胸が苦しく目元が熱いのであれば、涙も出ているだろうと思ったがそうはなっていない。


 あの時私が後ろ髪をひかれた張り紙と同じものを見た。


 何の未練だったのか判明したわけでは無いが、「今どうしようもない事を完全に忘れさせる何か」という物を見た時に思われる酷い哀愁と嫉妬と羨望と憎悪が混ざった存外不快ではない感情の塊が私を激情に誘うのだ。


 そしてそれをヒトが作り出しているのだと思うと、先の赤黒い感情は何だったのかと私は私を責め立てる。

 『お前だって人間だろうに、同じ人間を一方的に攻め続けるだけで人間の良い所を理解さえしようとしない。お前がやっている事は自分の環境を根源とする唯の憎悪による差別ではないか!』

 私の心の中は自分を責める心と、世への憎悪でそれは醜い有様だった。

 

 「いや、いいんだ。私、闘技場の戦士として生計を立てようと思うんだ……。」


 「この期に及んで何言ってんのこの子。弟としてソレはどうかと思うな~」


 私の心を静かにさせるのは戦いなのだと、それが一種救いなのだと今はそう思い込んだ。

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