漂流Ⅲ

 ルカからのお達しは、他の悪意に狙われにくい仕事で稼いでくれというものだった。

 結局のところ彼も私も脳が無いお蔭でマシな選択肢を見つける事が出来ないのだ。

 あの時彼がコックピットで放った、「俺もベア姉も戦う事しかできない」というセリフが刺さる。


 なればこそ、合法的に戦うことが出来ないだろうか。

 テレビやインターネットでは格闘技の試合が流れていた事だし、この街にも何かそういう類の娯楽があるか探してみようと思う。


 早速翌日から地道な仕事をしに行くルカを横目に街の散策をする。

 アノンの言う通りここは観光都市として栄えたわけでは無い上に、その需要を拒否しているためガイドブックなるものが存在していない。


 無論インフォメーションセンター等の設備も皆無だ。

 検問所付近の治安維持局にでも行ってやる気のない局員から聞き出すのが無難だろうか。

 それとも、またエドガーに話を聞きに行くのがいいか……。


 検問所は東西南北の端にそれぞれあり、やってくる人々の通行や滞在、商業等活動を許可したり拒否したりその場で射殺したりしている。

 かなり独裁的に見えるが私がやって来たウカントより北方に位置するオルゲダ寄りの大国、ラルバスの抱える街々にはびこる慢性的な病魔がそれである。


 ブルメント寄りのウカントと空白地帯を挟むがそれ程離れていないのにも関わらずオルゲダ寄りという条件で、この二カ国にいざこざが乱発しないというのもそこが原因と言ってよいだろう。

 つまりウカントは小国でそもそも力が無い、ラルバスは大国で力があるがコントロール出来なさ過ぎて半ば壊死しているのだ。


 陣営が分かれていても弱小と腐敗は争う事を拒んでいた。


 基地の様に鉄骨の大きな壁に5車線ぐらいの道が用意されており、それぞれゲートで封鎖されている。

 百人に近い人間が昼夜問わずそこに居て、ゲートから車両が出たり入ったりしていて騒音も酷い。

 人の流れが常の為なのか局の鉄扉は開きっぱなしになっており、民が出たり入ったりしている。

 私もそれに習い、扉から入って受付のお姉さんを呼び止める。


 「ごめんください。この街の娯楽について知りたいんだけど……」

 「ここは検問所ですからそういう事は、それにこの街は観光の町でないですので。」


 受付のお姉さんは特に今忙しそうと言う訳ではなかったが、周りが非常にせわしない環境なせいでそれに合わせているのか簡素な答えしか返ってこない。


 「ええと、観光客向けでなくてもいいから――じゃあそういうのを知っている人とか教えてくれる場所は?」

 「全く困ったわね、だからここは飲んだり食ったり寝たりして次の日には出てく様な場所……あ、そうだ!お嬢さんちょっと待っててね。」


 そう言うとお姉さんは何処ぞへと消えて行った。

 私一人がカウンターの前で立ち尽くしその間にも別な人が別の受付嬢と応対していたり、私の後ろを通り過ぎたりしていたので妙な疎外感を覚える。

 数分すると彼女が若い女を連れて戻ってきた。


 「このカリサ巡査が貴女のサポートをしてくれるから、あとの事は彼女に聞いてくださいね。それでは!」

 お姉さんはそう口早に説明すると私の前にその女を投げ出すように背中を押し、また別の人間の応対に戻っていった。

 若い女は確かに治安局の内勤の制服を着ている。

 数秒間お互いに沈黙が続いた。


 「ええっと……お嬢ちゃんの案内?を担当するカリサって言います。よろしくね?」

 「あんたが私を案内してくれるのか、それじゃあ手っ取り早くここでの娯楽とその施設、場所を教えてくれ。出来れば地図か何かあると助かるんだが。」 

 私が話を先に進めると彼女はなんだか目を丸くしてこちらを見ている。


 「ええと、お幾つです?13歳ぐらい?」

 そう、見た目がコレだと弊害が多い。

 実力行使が出来る相手と状況なら具合も良いのだけれど大抵の場合そうはいかない。


 「16だよ。身長が伸びなくて困ってるんだ。」

 「そ、そうですか~。じゃあ、地図を差し上げますから私と一緒に街の娯楽スポットを巡りましょうね。」

 治安局の人間にしては抜けている。

 それに人手を余らせる様な馬鹿な真似はしないはずだが、何なんだこの状況は?


 「い、いやその地図と場所さえ教えてくれればいいんだ。別にあんたに付き合ってもらう必要もない。」

 「その、ですね。もうお嬢ちゃんの案内が私の仕事になっちゃってるので、それじゃあ困るんです!ほら、私と一緒に行きましょう!損はさせませんよ!」


 そんな事を言うと急に私の手を掴みぐいぐいと鉄扉の向こうへ私を連れだす。

 垢ぬけていて素朴で抜けていそうだったがそれと真反対のハープと雰囲気だけがどこか似ていた。

 ちょっと苦手だな。


 「ああ!分かったから手を引っ張るんじゃない、ちゃんと付いていくからさあ!」

 そう言ってこちらから手を振りほどくと、彼女はこちらを見て笑顔を見せ私を先導し始めた。


 私が住む場所から近かった北の検問所から南下していく。

 受付のお姉さんが説明した通り検問所近くには車を留めておく為の立体駐車場が幾つもあり、車道も充実していた。

 その為の街なんて説明に偽りはないようで、立体駐車場は比較的新型であり指定された場所に大型トラックやジープを置いておけばあとは機械が地下に格納してくれる。

 ただ、街の中心に行く或いは街の主だった所から外れるとすぐに伝統的な古臭い砂漠の街の作りになってしまうのだった。


「それで、なんでこんな所で止まるんだ。」

「ジャーン‼︎ここは幸運の噴水って言うんです!ここにコインを……」

「願いが叶うって言うんだろ?ありきたりだし、それに枯れてるじゃないか。」

 噴水は水が射出されていないどころか水の溜まりすら無く、水分のない砂が見えている。


「それに私は娯楽を探してると言った。例えば酒場や娼館、闘技場なんか」

「貴女は、だって子供なんですよ。そんなおませな事言ったって入れやしないじゃないですか。」

 むっとした表情でこちらを見るカリサ。

 彼女は怒っているなんてことは無く、ソレは子供のやんちゃを諌めるものであることは私にもわかった。

 確かに16は子供かもしれないが、要するにナメられている訳だ。

 そしてそれを打開すべき策など無い、彼女はこの街における法の執行者の一員なのだから。


 「大人たちは楽しいっていうけど、貴女にとって絶対楽しい場所じゃないの。だから私が本当に楽しい場所を案内してあげるから!」


 気を取り直して!なんていう雰囲気を出されたのでうんざりしたが、これ以上何をどうすることも出来ない。

 こんな調子じゃ素直にエドガーの所に行くべきだったな。

 私は反省しながら彼女の先導に従い街を歩き続ける。


 街で穴場のアイスクリーム屋。

 他のそれとは違う凄みのある怪しい骨とう品店(これは素直に良いと思った。)

 女性人気沸騰中の新しいカフェ。

 子供に人気のゲームセンター。

 とりあえず展開されたであろう熱意の薄いホビーショップ。


 別段私を苛立たせるラインナップではなかったが、私の仕事につながりそうなものは無かった。


 だが途中ホビーショップで見た店員募集の張り紙は私に琥珀色の未練を覚えさせたのだが、それはどう解消すべきか、どう形容すべきか、それ以前にそもそもこの思い自体つかめないものだったがそれはしばしの間私の心に残るのであった。


 ツアーも終盤に差し掛かり、午後の日の暑い頃になってくると終点らしき場所にたどり着いた。


 「ここはね、街の美しい所が一望できる場所なんです!おあつらえ向きにベンチもあったりして!」

 どうみても個人製作のボロいベンチがある。

 サイボーグなんかが座った日にはそのまま壊れてしまいそうだ。


 目の前にあるのは確かに古き良き砂漠の町の面影で、遠くに大きな壁がありその先の荒野を越して蜃気楼まで見える。

 どういう幸運なのか分からないがここからは新しい立体駐車システムや大きな幹線道路、滅茶苦茶に蔓延る運送トラックや軍事車両が視界の端にしか映っていなかった。

 

 二人でベンチに座ると、案内人が急にしおらしい声を出した。


 「あまり……楽しくなかった、ですか。」

 「悪くなかったさ。でも、私が求めているのとは違う。それも貴女は分かっているでしょう。」

 本音だ。

 彼女のツアーは私の人生に無い筈の「古き良き子供時代」を思い起こさせるものだった。


 「私は昔、この美しいオアシスの街を皆に好きになってもらいたかったんです。でも、世界は美しいばかりじゃない。ここは交通の要でさらに北のレナントや東のバレアスにつながる休憩地点で、人々が求めるのはその先にある都会への移動のみ。」


 丁寧な言葉も剥がれ彼女の想いが見える。


 「昔からこの街はこうだった、でも子供の私には美しい場所しか見えなくて、大人になるにつれて……それが嫌で、どうにか美しいパルテスクを遺しておきたかった。」

 「……美しいものが記憶の中にあると言うのは幸せな事だ。私の故郷の記憶は焼け落ちる家屋と目の前でバラバラになった父と母だけ。」


 ハッとした表情で「パルテスクの美しい街」を見ていた彼女はこちらに向く。

 我ながら随分と卑怯な手を使ったと思うが、戦いの基本の1つは「思いつく限りのえげつない手を使え」だ。


 「貴女が見たくなかったのか、元から抜けているのか分からない。見ろ、腕や顔。傷跡があるだろ。」

 腕の銃創や外傷を見せる。

 どれも古いものだしさして大きいものではないから戦士の誇りとも言えない。


 「私は傭兵をやっている。だから、癒しが必要なのさ……さあ、傭兵に相応しい繁華街へ連れて行ってくれ。」

 「なんで……。」

 別段彼女にショックを与えたつもりはなかったが彼女は涙を流し始めた。


 「なんでこうなの!どうして世界は「こんな」なの!私……どうしていいか分からなかったから、治安局に入ってせめて街が美しくなるようにって。でもそんなのお構いなしにみんな「醜い現実」を押し付けてきて‼」

 堰を切った様に喚きだす。

 その想いは確かに私にも共感できた所だったが、私は喚く気にはならない。


 「検問所じゃ面倒の種と思われる人間は子供でも殺されるわ。そのくせ軍事物資はノーマーク、賄賂が無い日は無い。おまけに繁華街の有り様は「旅の恥は掻き捨て」よ。善良な住民の目の前で渡来人は麻薬に溺れる姿を見せて、日を追うごとに街はコンクリートと鉄で覆われて、人々は殺されて……おまけに今日私に案内を頼んだ子供は少年兵、私はッ!」


 「なあ、何年間戦争やってるか覚えてるか?覚えてない或いは忘れたなら教えてやる、300年だ。貴女の嫌いな「醜い現実」とやらは300年続いて今も尚そこに在って、貴女はそのさなかに生まれて、貴女にはどうしようもできない!」


 ピシャリと言った。

 彼女がソレを受け止められないという態度は、女神歴では子供の癇癪に過ぎない。


 「さあ、お嬢さんいい加減目を覚まして私の望む場所に連れて行ってくれ。」

 彼女は涙を流し「パルテスクの美しい街」を見ていたが、俯き、長くの間沈黙していた。

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