漂流Ⅱ

『ハープが知ったら喜ぶぞ、まるで少女マンガだって。』

 アノンが私の事をどうハープに言いふらしたかどうかは聞きたくない、というか考えたくなかった。


『それより、今回の任務はどうなるんだ?』

『ああ、数日前に君から受け取った報告に含まれた情報、それと君が無事ロイターにデータディスクを渡す事で君は無事任務を達成したという扱いになるそうだ。』


 私は樽と木箱の間に座りながらアノンとの通信に集中する。

 幸い人の気配もしない。


『そりゃどうも。そんで、私の"引っ越し"の件については?』


『それこそ別段取り騒ぐことではないさ。P2部隊の面々はいくつかセーフハウスがあるから君のソレだってその一部に過ぎない、って扱いだと思うよ。君みたいにプライベートの場所が無いなんて人員はこの部隊に居ないし……。』


 私があのゴタゴタの後初めてアノンに連絡を取ったのが、この土地で初めて仕事を請け負う日の晩だった。

 どれも殺害ターゲットが貧弱で、その上無関係の人間の前で殺しても治安部隊が数分遅れて駆けつける程度のやる気のなさに愕然としたものだ。

 なめてかかるつもりは無いが、そのレベルの低さに安心して仕事を金に換えたその晩に突然「コール」が鳴ったのだ。


 私の連絡の不十分と不手際を責めたアノンはそれを枕詞に事情と情報を求めた。

 だから私は私の持つ全てのラシアスの情報を伝えた訳だ。


 『ロイターの数人が別件でここを通りかかる、その内の1人に特別任務を課したんだ。彼にラシアスを撮影したカメラとヴァラド基地で盗んだラシアスのデータディスクを渡しておいてくれ、君はなんだか動きづらそうだし彼らにルートのちょっとした変更を指示しておいた。』


 『また嫌われるぞ、プロヴィデンスのお使い如きが偉そうに指示を出す、ってさ。』


 『君の心配することではないよ。……定期的に連絡が欲しいという要望ではないが、何かあれば気軽にコールを飛ばしてくれ。あと、プロヴィデンスのコールには必ず出てくれよ十中八九仕事の命令だろうからね。』

 ……まったく。


 『あと、気付いてるだろうけど近いうちにオルゲダ軍本部からラシアス捜索用の小隊が到着する。データさえロイターに渡れば何の関係も無いけど、プロヴィデンスに尻尾振りたいのなら適当に邪魔してやれば次のボーナスに期待できるかもしれないね。』


 『ああ、了解したアノン。』


 『データディスクは幾度にも複製しておくんだ。ロイターとしてはその技術を秘匿したいわけじゃなく、オルゲダが独占している事を嫌っている。いくつか奴らに回収されても良い様にしておいてくれよ。』

 

 『ヴァラド基地で何枚も作ったさ。それじゃあなアノン。』

 こちらから一方的に通信を切った。

 新型のイグジスがパイロット共々すっかりと消えたという事件に対する向こうの動きが鈍いのには訳がある。

 ココはかなりの田舎でオルゲダ正規軍を寄越すのに手間が掛かりすぎるという点がかなり大きい。

 それに私がヴァラド基地でデータを持ち出せたという事は、即ちラシアスの実戦データが既にオルゲダ本国に送られているという事。

 2つの要因が重なって派兵に影響が出ているのだろう。


 ともあれ直近の傭兵仕事の清算もすぐ終わりそうだし、新しい仕事にもありつけそうだしなんだか上手く話が出来すぎていないかと少し不安になった。


 カギを開けて我が家に入る。

 家自体作りが古く、差し当たって玄関のドアも趣のある音を奏でながら私を出迎える。

 それだけではない、今だどのような距離感で接すればよいか分からない同居人も私の前に現れた。


 「ベア姉‼……全く脅かさないでくれ。」


 「脅かす?ただカギを開けて中に入っただけだ、が、そうか気持ちは分からんでもないよ。」


 彼が私と別れてからどんな境遇で育ったのか私には分からない。

 だが、彼が怯える気持ちが分かる。

 私は誰かと生活をしたことが無い、したがって部屋の鍵が開けられるというのはピッキングされているに近しい危機感を覚える程おののいてしまう。


 「俺は物理的な鍵付きの部屋に定住したことが無いんだ。それにオルゲダでは電子ロックの施設にしかいなかったから鍵の開閉音がそもそも珍しくて。」


 電子ロックは都会では普通の設備だ、築年が恐ろしく古くなければの話だが。

 その扉の前では対応するキーカードを持っていれば傍に寄るだけでドアが開閉する。

 そして部屋の中でその感度の設定、通すカードキーの紐づけや消去、一時的なシャットダウンなど操作カスタマイズできる仕組みになっている。


 それに都会っ子で大事にされてきたのならさもありなん、だ。

 私は彼と私の離れて過ごした6年間の差異に妙な精神のヒリつきを感じたが、それを言語化できずにいると彼の話は続いた。


 「それに、誰か親しい人と暮らすなんて事無かったから。」


 その言葉に私は嬉しくもむず痒くもあり、同時にある子供じみた発想へ至ったせいで先の精神的悪寒とも言うべき感情が払拭されていった。


 「私も。私もそうだよルカ。あっ、そうそう帰ってきたときは「ただいま!」だっけ?」


 「ああ、ああ!姉さん、おかえり。」

 少しあざと過ぎたかと言った瞬間から顔が赤らむ気持ちだったが、向こうはそれを読み取った上で私に笑顔を向けた。


 彼の気持ちが分かったわけでは無く、彼の笑みは満面のソレではなくニヤリとした、例えるなら「してやったり」と言いたげな雰囲気だったからだ。

 つまりは「お前の寸劇に付き合ってやった」と彼は言いたいのだと彼の顔から私が察したのだ。


 部屋の中央に鎮座するテーブルを挟んで彼と向き合う。

 彼と生活することになったのはいいが、「同居人と楽しく生活」っていうのは何をすればいいのか分からない。

 それは向こうも同じだったようで結局黙りながら二人でマグカップの白湯を啜っているだけだった。

 

 少しルカと連係プレイがうまく行った事や、子供じみた悪戯が通じたのもあって気を良くした事もあり空気の一新と話題も兼ねて彼に金稼ぎの計画を持ちだした。


 「そうそう、いい考えが浮かんでさ。ルカ、私を街一番の金持ちに売り飛ばしてくれないか。」


 「姉さん……何をトチ狂ったか知らないけど姉さんは「二人でなんでもない民として生活してみよう」って言ったじゃないか。結局この街に着いて最初の仕事が暗殺で、今回も姉さんの事だからワザと売られに行って屋敷で暴れて金目の物を毟って帰るとかそんな事を考えてないか。」


 「他に何が出来るって言うのさ。」

 

 「それじゃあ俺が恐れていた生活と一緒じゃないか。そうじゃない事をやってみるんだって、姉さんだってそういう意味で俺と生活をしようとしていたんじゃなかったのか。」


 私と違ってルカは地道に普通の仕事を見つけて、毎日地道に小銭を稼いでいた。

 確かにそう言ったが、私はそう言う建築だの接客だのITだのその全てに向いていないと思っている。

 私こそ社会に拒絶された人間なのだ。


 「「馬が合わなかったら別な選択肢も見つかる」とも言ったぞ?私はお前の生活に付き合ってやるが、お前と丸々同じ事をしてやる義理は無い。私は私で好きにやるが、お前もお前で好きにやればいい。」


 「じゃあ好きにやってやる。姉さんを売り飛ばしはしない!姉さんのその悪趣味なお仕事を手伝う気にはなれないね!」


 「ああ、分かった。嫌ならいいんだ、他の仕事を探す。」


 彼の手伝いを得られないと分かった以上、計画は変更するべきだ。

 私の意思を伝えた所彼は急に声のトーン下げ、


 「あ、いいんだ。なんか拍子抜けだな。」

 と、そう呟いた。


 「私の手綱はお前が握る事だ、ルカ。この状況はお前の欲が生み出した物、だからお前が選択してお前の望むままにする様に努力が必要だ。その努力って言うのは私にして欲しい事やしてほしくない事を伝える事も含まれる。」

 

 「でも、それって姉さんの意思が、」


 「だから「馬が合わなかったら――」と言った。お前と私で好き勝手にやってそれで共生出来たら、長く共に居られる。そうでなければまた離れる事になるが、その時はそうなったという事実がそれを正解とさせるんだ。」


 「だから意思なんだよ姉さん。貴女は「自分が今出来る事」の中で全てを考えている、ソレって姉さんの意思たり得るのか?貴女は本当は何が望みなんだ!」


 口を開けば主張の相違による喜劇が幕を開けるのだから困る。

 人間に相対するときはせめて、殺すか殺されるかでありたい。

 結局はそれが人間の、動物の根源なのだから。


 「私に望みなど無い。しいて言えば今はお前の望みが私の望みだ。だからルカ、どうか「私にできる範囲」のお前の望みを言ってくれ。たとえば……「金は俺が稼ぐから姉さんは遊んでいてよ」とかね。」

 私は嘘は苦手だが、つくべき時にはつこうと思っている。

 私は今嘘をついた。


 私の本当の望みは「全てを終わらせる」事だ。

 普通その望みを抱いたものは自害するか、他人に自分を殺させるものだ。

 だが私の場合、そうはいかない。


 ……じゃあどうすればいいかというのが分からないでいる。

 こんなにも望みがフワフワとしていて、ソレを他人に伝えても困り果ててしまうだろう。

 

 だからこそ私は冗談交じりで彼に私の生き方を決めさせるのだ。

「私の出来る範囲で」という強欲な制限付きで。

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