漂流
黄土色の石で作られた階段を下る。
私の目の前にはどこまでも続く青い空と、一面が黄色黄土色の砂漠の世界。
けれどもここは大きな町であるからして、上に広がる空と同じ美しい青をした湖の様なオアシスが広く広がる。
ここは砂漠の中の宝石とも称されるパルテスクと言われる街だ。
これまで幾度となく都市に足を踏み入れたことのある私だったがここまで暗部が見えずらい街はないと思った。
マルクリオスやカラド、ボノムといったブルメントの大都市には表にも退廃の匂いが立ち込めるものだがここはどうだろう。
そこらの人が皆一様に「陽」の雰囲気を形成していた。
人々が遠い数千年も前に失った日の当たる部分をまるで映画の観客の様に私は見せつけられていた。
階段を下り、石造りのアパートメント群をどんどん下る。
上を見渡せば色とりどりの誰のかも知れない洗濯物が干され、窓からは開かれた木目の扉から恰幅の良い中年の女性がせっせと自らの仕事をしていた。
私の腰のあたりを子供たちが通り過ぎる。
何やら騒がしかったが、私には関係が無かった。
――もし、私の子供時代がルカと一緒にこうであったなら。
輝く太陽の下、笑い合う両親、縁者。
見守られながら遊ぶ私とルカ。
そんな事を考えていると自然と視界は下へと向き、私の精神を鉄か何かに変えてしまう。
だが、今回はそうはならなかった。
なぜなら下を向けども大地の色までもが黄であるからして、目の前をはっきりとさせてくれたからである。
私は黄の大地に激励された気になった頃には階段を降り切り、街のマーケットに通じる大きなコンコースにいた。
誰もかれもが己の利益のみではなく、もっと別なミクロな欲望を叶えるために取引をしている。
パン屋、肉屋、八百屋、果物屋、絨毯屋、古物商、珍品道具の実演販売まであるのだから私はすっかりと気分を良くした。
自然と腰のポーチから財布を取り出す。
中身を改めようとして、全く同じ行動を昨日も行った事に気が付き改めて財布の中身を見る。
「何度見ても無い。」
戦場への派遣任務に金は持って行かない。
標的や目標が最初から都市にある時は別だが、戦場には金で買えるものは無い。
だから今回も持ってこなかったのが運の尽きだった。
――あれからひと月と数日が経とうとしていた。
私が任務を開始した2年4月10日から2週間でヴァラド基地から脱出、そしてラシアスに乗りながら4日かけて、砂漠の大都市パルテスクを見つけ出した。
当然ラシアスの処分に困った私とルカは、当面ラシアスを街南部の洞窟へ隠す。
ルカによればハッカー崩れごときが破れるセキュリティではないらしく、ラシアスのカギをしっかりと閉めて何度もそれを確かめていたのが何だか可笑しかった。
私に銃を向けた相手が実は弟分で、すったもんだの挙句駆け落ちごっこをする羽目になって、それらしく相手の知らない部分に興味を抱いてしまう私自身が滑稽だった為だ。
それでこの町で「一仕事」をした私は当面の金を手に入れる事が出来、それなりに狭い中古物件で彼と二人暮らしをする事になったと言う訳なのだが……。
ルカは大してカネを稼ぐことが出来ないそうだったし、私に向けた仕事も一応底が付いたおかげで非常に金が無いのだ。
私が稼いだ金は中古物件と非常食と装備で消し飛んだ、哀れなものだな。
誰に文句も付けられないこの事態に歯ぎしりをしながら賑わいを横切り、人目の付かない裏路地へと入っていく。
この町はそんな陰鬱とした場所でさえも照った光が反射して路地のどこかしらが輝いて見えるのだから、私は自分の生きていた状況とのギャップに酔いそうになりながら目的の場所を目指す。
金が無いなら作ればよい。
その建物の立て付けの悪い扉を開くとお決まりの大きな音が鳴り、それが来客を店主に向かって知らせる。
都市のコンビニエンスやお洒落なショップには無い、カウベルの様な音が奇天烈であった。
「まだやってない……って嬢ちゃんか――ってオイオイ勘弁してくれ、もう仕事は無ぇって昨日言ったじゃねぇか。」
ここのバーの店主エドガーは、その低い声を荒げず手に持ったグラスを磨きながら喋る。
私はその言葉を無視してズケズケとカウンターのスツールに腰かけ肘をついた。
「じゃあ仕事につながる話、ツテ、何でもいい。あんたにも分け前が入るんだろ?だったら行動を渋る選択は無い筈だぞ。」
「いいか、ヤンチャガールよく聞け?ここは戦場じゃない。警察署長という神と治安警察部隊という神の使いが俺らのクセェ屁の匂いまで把握してそれに見合った制裁を下すテリトリーだ。嬢ちゃんが仕事を短期間で果たしたせいで、治安部隊に睨まれそうなんだよ、あと数週間は動けねぇ。」
「そんな!私の金!もうあんたの所の酒の一杯も飲めないぐらいに困窮してるってのに!」
そんな私の嘆きのオーバーリアクションを唖然としながら見つめる彼。
「あれだけの金を一週間ちょいで……。マンガみてぇな生き方しやがって、もう少し自分の命ってヤツに気を使ったらどうだ?」
「自分の命を的にしない仕事なんてやったこと無いよ。」
私の仕事は全て戦いの内だった。
マガジンへの弾込めや銃のメンテナンス、荷の運び込みでさえも戦争の一部だった。
当然それよりも銃を持って戦場に出て人を殺すことの方が多い様な人生だ。
……心機一転別の仕事でもしてみるか?
「私に出来て実入りの良い仕事はあるか?」
「それを俺に聞くかね?近所の掲示板でも見るか就労補助センターにでも行くんだな。」
「だからぁ、実入りの良いって言ってるだろ!白昼堂々の殺しでも、拠点襲撃でもやってやる。」
くだらない言葉の応酬になってくる。
やはりここは酒場に相違ない。
アルコールが入っていなくともこの様になってしまうのだから。
「金持ちにその身を売ったらどうだ?嬢ちゃんの歳は詳しく知らねえがその年頃の女が好みの金持ちは居そうなものだぞ。」
「……つまんないし病気になる。病気ってのは厄介でな薬を手に入れるのにも、その間の体の不調にも時間と金が裂かれる。」
「別にそれでも構やしねェがそうじゃなくてだな。お前の相棒にお前を売らせて、そんでもってお前は屋敷からありったけの金目を盗んで逃げるんだ。見つかったらお前お得意の『皆殺し』にして目撃者を消せばいい。」
その時、私に天啓が下りたような気がした。
そう言えば殺しはやっても副産物として死体からの金品漁りしかやった事がなかった。
飯の為、弾薬武器兵器の強奪も行った。
だが私は金品と言う嗜好品を目的にした強盗殺人はやったことが無い。
この新たな試みは新天地にこそふさわしい。
「それだ!じゃあなエドガー、今回ばかりはお前への見返りはナシだ。」
私はクルリクルリとスツールをまわして立ち上がり、出口から出ていく。
「まあ、嬢ちゃんが派手な強盗をやってくれりゃこっちの界隈は相対的に静かになる。お前の成功を祈るよ。」
彼の声が聞こえるか聞こえないか、カウベルの音がそれをかき消し私自身もまた素早く帰路へと着く。
裏路地を歩き、石造りの階段を上る。
私もまだまだ地形を把握できていない様で、所有する家より少し東に位置する区画に来てしまっていた。
いかに砂漠と言えども巨大なオアシスによって成り立っている街であるからして、巨木も存在した。
どうも周りを石で敷き詰めてあるからして、人工的にこの木を遺そうとした人間が居たらしい。
そのあたりを通り過ぎようとした時、私の神経にコール音が鳴った。
『こちらアノン……ナスカ、応答を。』
私もそれに答えるべく、頭に手をやり魔法の発動を受け入れる。
『こちらナスカ、何の用だ。』
『何の用って……ひどいなぁ僕に金の無心をしたのを他でもない君が忘れるなんてさ。』
私は周囲に人が居ないのを確認して、巨木の裏にある奥まった所に使っていないであろう樽や木箱を発見しその陰に隠れる。
『たかった訳じゃないだろう!私の貯蓄をデジタルから現金にしてこっちに送ってほしいと言った筈だ!』
『はっはっ……そこに現金を届けるのにどれぐらいの労力がかかると思っているんだい。それにしても驚いたな、パルテスクは美しい街だとは聞いていたがこれ程外界に懐疑的とはね。いくら旅行代理店のパッケージを探しても名前が無いのも頷ける。』
『デジタルの決済がほぼ全ての取引で使えないとは参った。それに相応するデバイスもここじゃ手に入らない。』
現在ブルメントとオルゲダ両方で使える統一貨幣としてルコスという単位を使用している。
そして一般的なのはデバイスを使った無線のデジタル決済システムで使うデジルコスだったのだが、この町で使える所はほぼ無かった。
というのもこの町の成り立ちからして、そのようなシステムにたどり着けない層が基礎を作ったからだと言われている。
要するに科学技術をそこまで必要としない上に懐疑的な連中の風土を受け継いでいるという事だ。
それにいくらオアシスが美しいからと言ってココは商業的にも要所ではない。
改善される見込みも薄いという事だ。
『それに一番驚いたのは君の行動だ、ナスカ。オルゲダに捕まったと思ったら目的のイグジスとパイロットを連れて脱出!そんでもってそのイケメンパイロットと家族ごっこだって?』
通信の相手はあのアノンとは思えない程テンションが上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます