戦場Ⅱ

 砂埃が舞う。

 砂の大地は延々と続くわけでは無く、周囲は大きな壁で囲まれている。

 端から端まで大体150メートルあり、壁の上には沢山のベンチ席が用意され観客で満たされていた。


 そう、所謂闘技場である。

 観客は湧き上がらんばかりの喝采を送る。

 その迫力はイグジス同士の戦いに劣らないだろう。


 砂の大地の上には殆ど裸に近い、横にも縦にも大きい男が1人。

 上半身はレザーベルトを斜め掛けしているのみで、服は着ていない。

 腰に装着した豪華な大きいベルトから、腰巻きの布がはみ出てそれが太股上部まで隠している。

 流石に裸足と言う訳ではなく、革のサンダルを履いていた。

 

 全身を筋肉のみで構成させたかの様なその男がその黒い長髪を振り乱し天高く吠える。

 片腕で持ち上げ掲げるのは自分の身長以上の太く長い剣である。

 剣からは鮮血がにじみ出ていた。


 「ドイ~~ルルゥッッ、マッカネンンッ‼」


 アナウンサーの明るく調子のよい声が闘技場のいたるところに配置された拡声器によって大きく広く響く。


 「ついに‼このパルテスクの闘技場10位、『偉大なる兵器ドイル・マッカネン』に挑む者が現れた‼」


 アナウンサーは場内の観客の気分を煽る。

 場内の人間は等しくその煽りに乗っかり、激しい興奮の最中にあった。


 夥しい数の人、人、人が叫ぶ。

 そう、この娯楽競技は殺し合いだ。

 

 戦争との違いはルールがある事のみである。

 現実にはイグジスという兵器を用いた悲惨な戦争が行われているというのに、何故人々は未だ殺し合いに興奮を覚えるのだろうか。


 「1!対!1!の真剣勝負ッッ‼」

 「もちろんッ‼近接武器のみが許された魂の戦いッッ‼皆様には『遠くから銃を撃つだけ』『逃げ回って爆発物を投げつけるだけ』の様なつまんねぇものはお見せ致しませんッ‼剣‼斧‼槍‼それらがぶつかり‼肉を裂き‼血の噴き出る様をご観覧いただくのですッ‼」


 鼓膜が割れそうな音量の中、1人の青年が観客席の中にあってその熱波に乗れずにいた。

 カーゴパンツにブーツ、無地のシャツにフード付きのマントを羽織ったその金髪碧眼の青年は緊張した様子で固唾を飲みバトルフィールドを見つめていた。


 「お互い合法で金を稼ぐルールだったけど、なんでこんなバカな事するんだよ姉さんは……。」


 彼の言葉は何処にも届かない。元より誰かに届けるための声量では無く、本人も独り言として呟いたものである事は明らかだ。


 「挑戦者の‼入ぅ~場ォォ‼」


 大きな壁の一部に設置された大きな鉄格子の門が上に引っ張られ、その暗がりの中から一人の少女が歩いてくる。

 闘技場とは程遠い幼げな姿。

 それを見た観客はブーイングを挙げるかと思いきや、更に歓声を上げる。

 特に黄色い声援が目立ち、それからどうやら女性人気があるらしいことが伺えた。


 「突如として彗星の如く現れ、その幼さを以てしても尚、数多のデスマッチで無敗!奇跡の子!『無垢なる刃のナスカ』ァァァ‼」

 

 闘技場に選手として現れたその短いくすんだ銀髪の少女は上半身はタンクトップ、下半身はオリーブドラブのパンツにブーツ、首には茶のシュマグを巻いていた。

 彼女が身に纏う全ての衣服や装飾はみすぼらしいなりをしている。


 腰につるされた鞘から抜かれたのは75センチ程の片刃の剣。

 正確に言えば彼女のソレはバヨネットであり、旧式ライフル銃の端部に装着させる代物である。


 彼女はそれをただ静かに天へ掲げる。


 彼女の人気はその来歴にあった。

 唐突に闘技場に現れては次々と種目をこなし、ランキングを短期間で登りあがるその姿に人々は英雄を感じたのである。


 それに何より、場にそぐわぬルックスが人気であった。

 当然戦士の中で一番小さく華奢であるのにも関わらず、最後に立っているのは彼女のみという絵面は大変倒錯していて物珍しさに人が多いに集まる。更に女性という事もあり同じ性別の人間からの羨望も集めた。

 今や彼女は名実共に花形となっていた。


 「貴様……何をしたか知らんがよくもこの神聖な勝負の舞台に小細工を仕組みやがったな。万死に値する。」


 「細工?」

 盛り上がる観客席をよそにこれから殺し合う二人は通常のトーンで会話できるほどに近づき会話をする。


 「貴様の様な小娘に戦士が殺せるものか。だが、かかってくるといい。そのカラクリごとぶち破って貴様を胴を粉々にし、頭をちぎってサインボールにして客にプレゼントしてやる。」


 「何ていう増長慢、教科書に乗せたいぐらいだね。そう言った連中を幾千屠って来た、あんたもその一人になる……。」


 何らかの魔法装置が働いていたのか、なんとこの会話は観客席のスピーカーから流れる。

 当人同士の煽り合いが熱狂の渦にぶち撒かれ、民たちの間で死人が出そうな勢いとなる。

 

 「それではッ‼両者見合ってッ‼」


 そのアナウンスの声が聞こえると、騒ぎは瞬時に収まり始める。

 彼ら観客は沸騰状態で蓋が押さえつけられない鍋に、無理やり蓋をしたのだ。

 あとはその爆発の時までひたすら耐える……。


 この祭りの中心である二人はその後無駄話をせず、ジッと互いを睨み合いながら構えを取り始める。

 

 「『偉大なる兵器ドイル・マッカネン』対ッ‼『無垢なる刃のナスカ』‼ファイトッッ‼」

 ひときわ大きな声でアナウンサーが声をひり出すと、銅鑼が打たれ大きく低い音を闘技場中に轟かせた。


 少女も巨漢も目を見開き、構えの姿勢から自らの獲物で切りかかる。

 一瞬巨漢が狼狽えたが、少女の攻撃をいなしその反撃で大きな剣を高速で振り回す。


 観客席から割れんばかりの歓声があがり、まだ試合が始まって数秒だというのに皆立ち上がりその行く末を興奮しながら見守る。

 鉄の打ち合う音が豪快に鳴る。

 それと同時に観客席には聞こえない肉を切る音が漏れ出た。

 噴き出る血潮もまた観客の求めるショーの1つである。

 

 その上、二人は常識的に見てもおかしいくらいの身体能力を発揮していた。

 荒唐無稽なアクションムービーどころか、それはコミックのヒーロー以上に力を発揮している。

 地は割れ、互いの攻撃の余波は風となって観客席まで届き二人はその広い戦いの場の全てをふんだんに使っていた。


 これらが魔法の力である事は今この闘技場に居る誰もが認識している所である。

 今戦っている彼らは魔法の力によって心技体を上昇させているのだ。


 誰もが見入るのは、その魔法の力というのは才能であるからだ。

 才能と少しの努力の成果が彼らの披露する魔法という事になる。

 

 少女が巨漢の攻撃を避け、壁を走って飛び上がり彼の背後に着地して背を取る。

 そこから繰り出される攻撃に巨漢は大剣を背にしてその攻撃を受け止めつつ体の軸を回転させ、彼女の攻撃を受け止めつつ転じて斬撃を繰り返す。

 まるで昔話に出てくる巨人狩りの様な戦い様に、観客はより一層興奮するのであった。


 「やるじゃねぇか小娘ェ‼とんだ才能の塊だぜ‼ホラ、1つでもマトモに食らってみろ!死ぬぜェ‼」


 巨漢の身長以上に長く、同じぐらい太い剣からその質量を嘘としか思えないレベルの速さと軽さで攻撃が何発も繰り出される。

 それを避け、すり抜け、稀に銃剣でいなす少女。


 「くそ、なんでこんなアホな事に……。」


 彼女は強敵を前にしても、別の事で頭が一杯の様であった。

 彼からの攻撃を逆にチャンスとすべく、剣を持つ手を変えたり両手で構えたりしながら戦闘スタイルを変え彼が攻撃している中でも彼に有効打を入れようとする。

 観客はそのダメージを血の飛沫が散る様を見て、それが攻撃の通った証拠だと認識しその一撃一撃を見逃すまいと血眼になっている。


 おとぎ話の様な戦いが繰り広げられている中、観客席に紛れる男達。

 一見一般市民の様ななりをしているが一様に大きな手荷物を持っている。

 布の筒あるいは大きなボストンバッグか。


 闘技場の屋上にも数人の人間が居た。

 立ち入る事の出来ない場所に居る者たちは、双眼鏡を持ちスコープの付いたスナイパーライフルを装備していた。

 通信魔法で連絡を取り合っている様で正に配置が完了したと見える。


 観客席に紛れた傭兵たちは一斉にその得物を露わにする。

 興奮の最中にある観客席だがこれだけの人数が居れば1人ぐらい気が付いてもおかしくはない。


 「うわぁ‼銃を持っているぞ!」

 「逃げろォ‼」


 その大声もむなしく、熱狂の渦に飲み込まれ遂にその得物達から銃弾が発射された。

 そしてその銃声が鳴り響……かない!

 傭兵たちの持つアサルトライフルやライトマシンガン、スナイパーライフルには全てサプレッサーが装着されており、この騒音では銃声など聞こえない。


 発射された銃弾は全て少女に向けて射出され、その弾が彼女に迫る。

 目の前の試合相手と斬り合っていた彼女は、降る銃弾の雨をも切り刻んでいた。

 当然の様に巨漢もそれに対応し、流れ弾を避け受け止めはじき返す。


 二人が弾いた銃弾が跳弾となって出鱈目に闘技場全てに襲い掛かる。

 そしてそれらが観客の頭、胴、足を射抜き、始めて恐怖の悲鳴で闘技場が満たされることになった。


 「な、何が起こっている‼皆さん、お逃げください‼ここは安全ではありませんッ‼」


 拡声器からアナウンサーの大声が響く。

 銃弾が掠め、あるいは至近距離に着弾する独特な音が360度にわたって鳴りやまない。

 木造のベンチに風穴があき、VIP席のガラスを割り、アナウンス席をマイクを射抜く。

 

 観客たちは大波の様に一斉に出口に向かい、大渋滞を起こす。

 その人の波に傭兵たちもまた飲まれ、その状態にありながらも銃を連射するものだからその弾は至る所に跳び、いたずらに犠牲者が増えるのであった。


 選手である二人はその銃弾をよけ、はじき返しながら鉄格子の門へ向かい先にたどり着いた少女がそれに向かって斬撃を放つとたやすく門に穴が出来る。

 そのまま二人は転がり込む様に、穴の中に入っていくのであった。


 「ベア姉ッ……。」


 観客席から流れ出され受付まで引きずり込まれたあの金髪の青年はまたもか細い声で独り言をつぶやくと、人の波から離れて行き腰のホルスターからハンドガンを取り出すと、誰にも悟られない様に従業員専用と書かれている扉の中へと姿を消した。

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