分岐点
「ハアッ……ハアッ……」
私を胸に抱えながらイグジスを操縦するその青年はまるで実戦に慣れていない様であった。
敵から向けられる重く激しい感情は、私達二人が幼い頃からすでにそこに在り常にそれに晒されて来たにも関わらず。
敵からあるいは味方から、あるいは自分の武器から放たれる攻撃が全ての運命を変える力を持つと既に知って、その上で戦場に生きてきたにも関わらず。
私はルカを見誤っていた様だった。
彼はこの数年間戦いとは無縁の生活をしていたに違いない。
この程度の死線、この程度の殺し合いに精神を削られているのはその証拠だ。
何もイグジス戦が生ぬるいと言っているわけでは無い。
何をされても傷つかない究極の機体に搭乗し、相手を全て殺し得る得物を持っているにも関わらず精神的に疲弊するのはおかしいと言いたいのだ。
私にだって参る事はある。
武器もチャンスも無く、運も無い戦場で一方的に嬲られた時には心を削らされたものだ。
「なあ、ルカ。大丈夫か?どこか痛むのか……。」
私に隠しているだけで、搭乗前に傷を負っている可能性も考えた。
「ッ……大丈夫、大丈夫だよ姉さん。何とか、何とかしてみせるから。」
視認できる限りでは傷を負っている様子もなく、自己申告で大丈夫だと言うからには引くべきだ。
それに、十中八九精神的なものだと私にはわかる。
いや、分かりたかったというのが本音だ。
ルカは弟なのだ、弟の仕草で彼の体調や心を分かる事を私は自分に期待していた。
「そう。あまりにも辛くなったら私が操縦を変わろう、勿論ルカさえ良ければ。」
「ありがとう、姉さん。その時は頼むよ。」
ルカはそう言うと再び全神経を操縦に注いでいく。
ブースト移動を主軸とするラシアスの航空機に似た振動と、魔力炉の動作音、銃弾も飛び交わず爆発音も聞こえない外部環境のお蔭で私は自分の事に思いを馳せ始める。
夢というものは覚めるとその瞬間に内容は忘れてしまうものだ。
だがあの夢、『デウスエクスマキナ』というイグジスを探すべし、と私に促す夢は今でも脳裏にこびりついている。
変な女、豪華絢爛なイグジス、意味不明な武装。
大体探せと言われてもヒントすらないのでは話にならない。
だが、あの女のセリフを思えば私は探す事すらしなくても良いのかもしれない。
必然。
あの女は私とあのイグジスが将来出会う様を必然だと言っていたように思う。
だとするならば私は生きてさえいればあのイグジスにたどり着くと思えないだろうか。
私は自身の遠い目標を考える私を一笑に付す。
今はルカと私で生き延びる、次は何とかしてロイターに戻る、余力があればそのイグジスを探してやればいい。
そう考え直して、せめて緊張がほぐれないルカの膝の上で彼を感じようと努めた。
彼は意外にも早く私に交代を願い出た。
ラシアスには知られたくない調整や装備の塊だというのに、ひょいと出てきた自分の姉貴分に似ている小娘に渡してやるのだから随分脇が甘い。
このラシアス、体感した物はともかく魔力炉の出力やブースト射出のデザインといいかなり革新的だ。
このコックピットも正に不可能を可能にしたといった具合に見える。
一面にカメラ映像を投影しているお蔭か、前面全てがガラスの小型ヘリに乗っている気分でイグジスを操作できる。
ゴーグルさえ必要なく、必要な情報は目の届く範囲に常に表示されている。
こんなの一度破損でもしたら直すのに苦労しそうだ。
外面内面共に現存する新鋭機さえ劣って見える。
言うなれば時代を三歩先に進んでいるといった所だ。
また兵装に至っては現行の装備がまるでダメージにならない点、レーザーライフルの弾速が異常に早く回避が難しい点は三歩先どころではない。
一騎当千以上の活躍が見込めるだろう。
ただ、現時点ではその攻撃威力について評価できかねる。
相手にしたのがせいぜいガドとドーヴァーでは装甲の硬さについて思慮出来ない為だ。
ガドは廉価で量産型もいいところだから装甲は期待できない。
ドーヴァーは更に酷く、軽量高速をモットーにしているから豆鉄砲すら怯みざるを得ない作りだ。
もしあの光線が戦艦をも貫く可能性があるのだとしたら……。
何としてもこの技術は片鱗だけでもプロヴィデンスに届けなければならない。
だが……。
「姉さん……俺は次はどうしたらいい……。」
「何よ、いきなり。」
「俺はオルゲダのパイロットとして頑張ってきた。だが、今回の任は俺には荷が過ぎる思いだった!ワザと仲間のイグジスをエサにし、食いついた敵を全て己の力で撃破する。要はラシアスのテストの為にあそこの皆は死んだんだ‼姉さんだって見捨てられそうになったんだ!」
「だったらどうした。今までと同じ、お前だけ生き残り続ければいい。」
訳が分からなかった。
何故この期に及んでそんな事を言い始めるのか。
「確かに、姉さんと一緒に居た時の様に姉さんと俺さえ無事ならそれでいい。だが今回は姉さんにまで危害が及んだ!俺がオルゲダの犬になって必死に金を稼いだのも、いつか姉さんを見つけてまた二人で暮らしたかったからだ!」
「私はあの時、オルゲダ兵を相手に1人残されたお前はあのまま死んだと思っていた。ルカ、お前は穴に落ちた私を死んだとあきらめなかったのか?」
「諦めた。諦めた筈だったんだよ‼でも、人ってそう簡単に辛い現実を直視出来る動物じゃあない!……俺は何憶分の一の可能性を捨てきれずに、いつか実は生きていた姉さんに会えるとぼうっと信じていたかったんだ。」
「叶ったじゃないの。大当たり、お前の運も尽きたな。」
昔のルカという奴を泣き虫の子供という枠で、昔話から認識を更新していなかった私はとうとう気付き始めた。
そう、そうだった。
ルカは、人一倍感受性の高い奴……だったか?
純粋な奴ほど早く死んでいくから、相対的にルカがそう見えるだけなのかもしれない。
「オルゲダで一緒に暮らそうと思った。でも、俺に課せられる任務がこんな悲惨なものばかりではいつか俺が先に死んでしまう!やっとベア姉に、奇跡的に会えたというのに!」
とっくに日は昇り、白いラシアスはその派手な機体を荒野に晒していた。
だが周りには人ひとり、兵器1つ見当たらない。
マリドの辺境は実はそんなものだった。
それに奇襲を受けたところでこの装甲だ。
「俺がこんな目に合い続けるのはまだいい、問題は姉さんの方だ!俺には分かんないけど、もう6年も経っているのにその身体!いくら戦い慣れているからと言っても俺のアキレス腱に変わりない!」
「私が足手まといになる筈がない。特にお前と組むのであればな。」
「ベア姉と組むとかそう言う問題じゃあないんだ。もしこのままオルゲダに戻れば姉さんが人質に取られたまま、俺はオルゲダの言いなりになって色々な作戦に投入される。それで俺が出した戦果に納得がいかなかったら上層部は君に刃を向けるんだ!そんな国なんだよ!」
「国ってのは何処もそんなもんよね、まあ厳密にはこの世に国は2つしかないんだけど。」
「オルゲダがああなんだ、ブルメントだって一緒さ。でもじゃあどうすればいい⁉こんなものを乗り回して……コレを処分したとして、俺達はどう生きていける⁉ベア姉も、俺も戦う事しかできない……またあの頃の様な生活、痛くて苦しくていつどっちかが死ぬかも分からない生活なんて‼」
「でも私と一緒に居たい。さっきから話を聞いていれば強欲なんじゃないか、私を諦めるか整った人生を諦めるか。人生は選択の連続だ。」
「……クソッ‼」
ルカは拳を握りしめ、叩きつけようとしたが叩きつける先が無かったのかそのまま腕を振るわせて仕舞いには力なく腕をだらりと下げる。
「つまりはさ、確かめてみるのが良いんじゃないかな。もし私とお前の生活がお前の想像を裏切り、バラ色の物だったならば……それは間違いなくお前や私の力になる。そしてそれは新たな選択肢が生まれる事を意味するんだ。」
「どういう事だよ?」
目の前は未だに漠然と広がる荒野だ。
だが、北上し続ければ都市がある事はあの管理棟のデータルームで確認できた。
故にそのままラシアスを走らせ続ける。
「この先に街がある。コイツを付近に隠したあと、二人でなんでもない民として生活してみようって提案だ。私達はこれでも人間だ、他の仕事だって出来るさ。心配するな、もし馬が合わなかったりお前が言うような地獄が待ち受けていたらその時は別な選択肢が頭に浮かぶだろうさ。」
「行き当たりばったり……まるで子供だ。」
ルカが少し笑う。
鈍い私にもそれが作り笑いだと分かったが、私も彼に合わせて小さく笑った。
私の提案は嘘ではなかった。
ルカと生活をしてみたいという気持ちに偽りはない。
だが、傭兵として仕事を全うしたいという気持ちもあった。
そう、さっきルカに語って聞かせた様に「どちらか」ではなく「どちらも」という心持で行ってみようという私が私に課した実験なのだ。
それに青年の曇りなき笑顔というのは珍しい故、答えてやらないとな。
なんて、そんな冗談を自分に言い聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます