浅慮
地響きが上から聞こえる。
そのほかの音は聞こえず、地面の揺れが伝わりそれがかろうじて音と化しているのだろう。
この基地が襲われたのが数十分前。
そして指令である、ドミニク中尉から出動命令が数分前。
それと同時に俺とラシアスのみ待機という命令がバルケス大佐から飛び出た。
現場の指揮は全てドミニク中尉が任されているというのが、この基地に所属する兵の共通認識だが厳密には違う。
この基地はバルケス大佐が管理する多くの、惑星マリドに点在する基地の1つに過ぎない。
だからこそ、普段は指1つ触れない地域の基地であろうともバルケス大佐の指示は鶴の一声となるのだ。
「大佐‼今俺とラシアスが行かずにどうしろと言うのです‼今こそ、このラシアスの力を知るチャンスなのでは⁉」
俺の大声がイグジス格納庫内の小さな部屋で反響するほどだったと思う。
苦い顔をしたヴァラド基地のガド隊パイロット達も更に眉を顰める。
「今がその時であると何故貴様が判断する……盤上に居ないこの私だからこそ正しく物を判断出来る。」
気だるそうな声が音声出力デバイスから聞こえてくる。
今の話からして戦場の兵士がいくら命を散らそうが関係が無い様だった。
「ガド隊は先のドミニク中尉の指令通り彼の指揮の元全機発進せよ。ルカ=ラルフとラシアスの運用については私が判断する。勝手をしてくれるなよ……。ルカ以外は今すぐに行け。」
ガド隊パイロット達はモニターの前で敬礼をすると、すぐさま部屋から出て行った。
「いいか、ルカ。貴様とラシアスその兵装にはそれなりに期待をしているのだ。戦果もそれなりでないと困るのだ。」
「どういう……?」
「この基地には過ぎた兵力がここに送り込まれている。質は低いが量は十分だろう、それを基地のガドと共に撃破という程度では私も本国の技術者達も気が済まない。」
俺にはバルケス大佐の吐いた言葉が本気の物であると分かった。
この人は元より覇道を歩もうとするその意気込みだけは酷く一級品なのだ。
俺がその事実に茫然としているとそのまま大佐が続ける。
「この戦闘、侵略者の勝利となろう。この基地は壊滅する……だが、目撃者はゼロとなる。突如として現れた正体不明形式不明、正体の分からぬ白いイグジスが蔓延る敵を皆殺しにするからだ。」
それが俺の任務の正体なのか……!
協力すれば安全に効率的に対処できるものをあえて野放しにし、状況を悪化させたうえでそれを強引に解決して見せろと言うのがお題だ。
つまりはコレもラシアスとそれに搭乗するエースパイロット教育プログラムに過ぎないという事だ。
ひょっとしたらこの敵襲自体にも大佐が一枚噛んでいるかもしれない。
敵も味方も分からない状況で俺は何を信じて行動すべきなのだろうか。
それに、ベア姉……。
大佐の予測が当たれば、いま昏睡状態にある彼女の身に危険が迫るまで時間が無い。
「ラシアスは無事マルス基地へと移動を完了する、中身の優秀なパイロットと共にな。……私の指示があるまで待機だ、失望させるなよルカ。」
モニターが消え、通話も切れる。
俺はガドが地面を揺らす音を聞きながら部屋を飛び出た。
予備武器庫から、[ZJ-103]とそのマガジンを勝手に持ち出す。
平時ならどんな厳罰が下るか目も当てられないがそんな事で自分の命を危険に晒すほど臆病ではない。
通路を走り、管理棟につながる極秘エレベーターのコンソールにカードキーを通して稼働させる。
ボタンを押すと稼働音と共に重力を身に感じる。
それと同時に周囲の音が聞こえてくる。
イグジス格納庫の堅牢な守りから抜けた今、周囲の戦場の爆発音や銃声が大きく聞こえ始める。
胸が跳ねる様だった。
実際俺はオルゲダの兵になってからは碌に歩兵としての戦闘を経験していない。
ベア姉と戦場を駆けずり回っていた日々が自分の歩兵としてのピークだったとするならば、このエレベーターから出た途端に死ぬ。
こんな時に直近のVR訓練の成果だけが頼れる物だなんて、なんて細い命綱なんだ!
実戦に比べればあんなものはゲームでしかないというのに……。
俺の嘆きをよそにエレベーターは止まるべき2つの階層の内、最上階を指す。
つまりは管理棟の4階にあたる秘密の部屋に通じる地点についたという事になる。
俺が目指すべきルートは……直接5階メインルームに行き、なんとかしてドミニク中尉を"説得"しベア姉の場所を聞き出し、更にそこから何とかして二人でラシアスに搭乗、その上でなんとかして敵イグジスの群れに対処、二人一緒に生き延びる。
という所だろうか……。
なんと険しい道のりだろう。
だけど俺達が戦場を駆けていたころ、目の前のリスクの山を計算したことは無かった。
死に物狂いでそれを超える事のみを……いや、それすらも意識になかった。
エレベーターから到着の音が鳴る。
待ち伏せを恐れ、伏せながらライフルを構えて完全に扉が開ききるまで待ったが何の攻撃も無かった。
それどころか、部屋には争い合った形跡も荒らされた跡も無かった。
アラートと、非常回転灯だけが世話しなくアピールを続ける。
部屋の電気が消えていたのでスイッチを押したが反応は無い。
この事態がなんであるかは推察できないが、とにかく今は前に進むしかない。
鋼がひしゃげる様な異音がずっと続く。
それと同時に激しい銃声。
既にドミニク中尉の元に敵兵が迫っているとしたら最悪だ。
だとしても彼らと協力してその敵を殲滅しなくてはならない。
――まてよ、だとするとベア姉はもう……。
最低限のクリアリングのみ行い、捨て身で部屋を抜ける。
先の異音が最高潮に達すると、建物が一機に揺れる。
「なんだってんだ!」
降りかかる埃や天井のゴミをものともせず、5階のメインルームにつながる隠し扉まで梯子を昇る。
隠し扉はまるで水密扉の様でハンドルをクルクルと回す必要が有った。
こんなバカみたいなことをやっている暇は無いのに……‼
何週回せば開いたことになるのか分からなかった為、適当なところで押す。
「グオオッッ……重ェェッ‼」
呻きながらも、何とかずるずると扉を開ける。
扉を抜けた先は、地獄だった。
正確に言えば抜けた先ではなく、開いた時から既に地獄が見えていた。
男たちの全てが地面に倒れ伏し、床は血に汚れていないところを探す方が難しい。
メインルームにある多くのコンソールから火花が散りそれは、それらが用を成さない事を示していた。
巨大モニター出会った場所は、バッサリと切り込みを入れられ外の様相が見える、外の様相が聞こえる。
唖然としていたのはものの数秒に過ぎなかった筈だったが、銃声が鳴る。
撃たれる対象はただ一人だと察していた為、慌てて前転をしながら銃弾を避け近場の遮蔽物に身を隠そうとする。
それから担いでいたライフルを持ち、コッキングする。
「隠し扉か⁉豪勢なこったァ‼」
戦場に不相応な少女の声がした。
「ベア姉‼」
俺は装填済みのライフルを投げ出して、立ち上がる。
そんな声を出せるのはこの基地で君しかいない。
「ルカ‼」
彼女はこちらに片手でハンドガンを突き出しながら俺に気が付く。
放たれた銃弾は彼女の手によるものだったのか……。
少しショックを受けるが本当に少しだけだ。
戦場で動くものがあればまずは撃ってから考える。
これは少年兵たちの間では共通認識だった。
たとえそれが味方の兵士で、罰として自分や友人が銃殺刑になったとしても。
彼女は自身の愛銃であるハイパワーをホルスターに収めると、傍に放ってあったサブマシンガンを担ぐ。
そして俺がここに存在する理由を問わずに、コンソールに向かい何やら操作し始めた。
そんな姿が状況のせいで狭量になっていた俺の心にたまらなく刺さる。
俺にとって君は大切な大きい存在だがそんな君は血だまりの中機械を動かすのに夢中だ。
そんな女々しい、今思うべきではない気持ちが少しばかり湧いて来るが、俺の心に刺さるモノは多分そんな気持ちをも含んだもっと別なものだと思った。
「姉さん!何やってんの!俺と逃げるんだ、ホラ早く‼」
俺がそう言いながら彼女の手首を掴むと逆に、ぐいと引っ張られてしまう。
「逃げる手筈があるのね⁉」
「……ッそうだ!あの時のイグジス、あれで逃げるぞ!」
「よし‼そうこなくっちゃ!流石はルカだ!」
ガッツポーズをするベア姉は6年前の彼女と寸分違わなかった。
こんな地獄の中で俺は俺の黄金時代から切り抜かれた片鱗を、まるで合致しないジグソーパズルの型に無理やり押し込めたかの様な、
そんな光景を目の当たりにして気が動転しそうになりながらも、彼女をラシアスに乗せるべく行動する。
「……ついてきてくれ、隠し通路の先にイグジスの格納庫がある。」
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