血濡れのアーキテクチャ
「親分‼そろそろ基地の奴らも限界ですぜ!この数には耐えられねェよ!」
そう荒声をあげる賊は、ジープに乗って自分の親分に連絡を取ろうとしていた。
しかし、いくら通信を試みても親分につながらずだが時間は過ぎてゆく。
始めに伝えられていた作戦の終了時間が迫っている。
「クソ‼親分と話も出来ねェ!とりあえず時間だ、後は奴らに任せとけ!オウ、信号弾出せ!」
そう大声で怒鳴られたジープの荷台に設置されている大口径マシンガンを手にしていた者が、ジープの底面に転がしてあった筒を組み立て始めた。
すると、ロケットランチャーが出来上がりそれを真上に打ち上げた。
打ち上げられた弾頭は暗い色の空に爆散し、赤や黄色や水色の火の玉となってゆっくりと落ちてゆく。
彼らの言う信号弾によっていくらの賊が言う事を聞くか、彼ら自身も定かではないと思っている様であったがまた、それは関係ないと割り切っていた。
賊が撤退し、散っていく。
残されたのは、俄然戦い続けるイグジスとヴァラド基地のオルゲダ軍兵士。
さらに状況を混沌に陥れるのは、ヴァラド基地所属のガドである。
しびれを切らしたヴァラド基地の指令はイグジスの出動を決断したのだ。
標準装備のガドを5機投入されたこの戦場は正に地獄。
それに加え、基地の管理棟に侵入する新たな部隊。
彼らは黙々とその棟の扉を突き破って、慣れた様に警戒したまま建物を探索してゆく。
そこに言葉は無く、ジェスチャーや予定調和によってチームワークを発揮していた。
事前に何かカラクリを施していたと見え、棟の中の電灯が消え始める。
しかし、既に鳴っているアラートと所々に設置されている回転灯、非常用電灯などは一瞬消えてからまた作動した。
建物は、イグジスや戦闘ヘリの攻撃によって所々崩れている。
火の手も勿論上がっており、火の妖しい光とけたたましくなるアラートと主張の激しい非常用回転灯がここで生存する全ての生き物の心拍数をあげていた。
そう、当然ここに足を踏み入れた者たち以外にも生存者がいるのである。
「侵入者だッ‼」
そう、ヴァラド基地の兵士は全て迎撃に出ていたわけでは無かった。
この棟には基地にとって重要な情報や物体や人物を保存する役割をも担っている。
だからこそ、足を踏み入れる者もいればここを死守する役目を負う者もいるのだ。
オルゲダ兵達は各々遮蔽物に身を隠しながらライフルやサブマシンガンを乱射し始めた。
彼らは侵入者達の様に立派な装備を持たなかった為、回転灯とマズルフラッシュを頼りに射撃をする。
どうやら侵入者達の仕掛けは完全には作動していない様だ。
「こちら管理棟2F階段付近、既に侵入されています!至急――」
その乱射を受けても尚、侵入者たちはそれに冷静に対処する。
降り注ぐ弾丸の中、必要最小限に己の武器の銃口と顔を出し、数発撃つ。
するとそれが何か、運命であるかのようにオルゲダ兵の肉体に命中するのだ。
先ほど管理棟の上層にある本部と通信を試みていた兵士も侵入者が放った、たった数発の弾丸で頭を吹き飛ばされ死んだ。
そして次々に叫びながら、滅茶苦茶に銃を撃っていたオルゲダ兵達も死んでいく。
ある者は、足を撃たれ苦痛に耐えられず体のバランスを崩した所に3,4発の弾を食らって死んだ。
ある者は、果敢に正面の侵入者と撃ち合っていたが既にがらんどうとなっていた左翼から銃弾が飛来して死んだ。
そして残された者は、彼らのその練度に恐れおののき銃を撃ちながらも退却しようとする。
彼らにはまだ希望があった。上層には我らの知らぬ大切な機密の為に、ここより多くの兵が居ると聞かされているからだ。
だがしかし、それはかなわなかった。
退却も許されず、侵入者達の放つ弾丸によってここで果敢に戦っていたオルゲダ兵は全滅してしまった。
一言も発さず彼らは着々と、弾倉の交換を行ったり、銃のチェックを行ったりして最終的にはまた隊列を作り目標の階まで登ろうと試みる。
「死ねやッ‼」
怒声と共に侵入者達に向けられたのはなんとADV-7、装填された弾頭が丸見えの古めかしいロケットランチャーだ。
彼らが鉢合わせしたのが階段の踊り場なのだから、このシチュエーションはひどく倒錯的であることが分かる。
オルゲダ兵は彼らに対して自爆攻撃ともいえる手を使ってきたのだ。
しかし、侵入者達はこれに一言も声を発することなくその内の数人がそれに発砲をする。
すると、彼らの放った弾丸が発射前のADV-7の弾頭に当たり爆発を引き起こした。
もはやそれを構えていたオルゲダ兵は肉片と化していたし、先頭の一人はその衝撃で死んだようになっていたが、侵入者達はそんな修羅場をも飲み込み黙々と進み続ける。
管理棟で、そこが情報の宝庫だという情報を受けていた彼らは目の前の光景に一瞬怯んだ。
彼らはすでに4Fに到達しており、もう上には指令室とそれに付随するデーターベースしかない。
彼らは棟の明かりをつかない様にしていたが、それとは別に電力がありそれらはわざと泳がせていたのである。
それこそが彼らの目標だった為であるが、そこに至る前にも情報を収集できる場所が無いかと目ざとく探していた。
そしてついぞ見つかることは無かった……ここに来るまでは。
異様であった。
目の前の光景があるとするならばそれは医療棟のような場所にあるべきであったし、それを指令室の目下に配置する意味も不明であった。
ずらりとベッドが5つずつ左右に並び、それらに括り付けられている者は全て統一された検診衣を着ておりチューブなどで体に何やら薬品を投与されている。
もれなく口には人工呼吸器が付けられており、脇には得体のしれない大型の機械が1人につき1つ備え付けられているのであった。
もちろんこの階層にその部屋しかないと言う訳ではなく、彼らにとってここは意外な宝物庫である可能性があるのではないかと、この部屋の発見を契機に彼ら自身が感じたのである。
そして、彼らの内のリーダーらしき人間が指針を決める。
侵入者達はその部屋の前で散会し、情報を集める事にした様でジェスチャーをするとそこに二人だけ残して散っていった。
残った二人はその部屋にゆっくりと入り内情を調べ始める。
ここに寝かされているのは実験体か重篤患者か、名前は、症状は、どんな治療を受けているのか。
元々の目標に比べれば大した獲物ではない為、さらりとそれらの情報を探す。
だが、どれも彼らに知られることは無い。
というのも、ネームプレートめいた物もなく、点滴されている薬品の液体バッグにそれが何なのかすら明記されていない。
脇の機械にパネルやモニタもなくただ呻くような低い音を出すばかりであった。
一方がもう一方と顔を見合わせて顔を横に振る。
すると、ライフルを手に取っていた者はそれを担ぎ、腰からハンドガンを取り出した。
もう一方は手に持っていたサブマシンガンのセレクターを捻り射出方式をセミオートに変更する。
そうして一方は左側を、もう一方は右側のベッド群に赴いた。
そしてそこから一人ずつ、ベッド上の人間の胸と頭に向かって銃を撃っていく。
よそのグループでは戦闘が起こっていることもあり、決して静かではないのだが、向こうが煩くこちらが静かである以上そのコントラストが彼らの精神を摩耗させる。
ベッドの上の人間たちは決して抵抗しなかった。
彼らは揃いも揃って昏睡の様な有様であり、そもそも侵入者達がここに来るまでに発してきた音の数々やこの建物が受けた被害、聞こえてくる戦場の音からすると意識がはっきりしていれば逃げ出していなければおかしい。
彼らは一人を始末すると、ゆっくりと通路へ戻りまた次のベッドの脇に移動し、また一人を殺す。
1つだけ異様なベッドがあり、一方はその有様に少し躊躇いを覚えそれだけを残し、列を片付けた。
彼らは部屋と廊下の狭間で合流し、一方がもう一方に異様なベッドの話を小声で端的に行う。
「民間の子供が1人紛れている。」
「面倒になる、殺せ。」
ハンドガンを携えた方がそのベッドに戻り、今度はためらわずその小さな体躯に銃弾を放った。
他の犠牲者と同じく受けた弾によって、人形劇の様にびくりと揺れる少女の人体、噴き出てマットレスを濡らし吸収しきれず滴る少女の血を彼は確認する。
彼はベッド脇から戻ると、ハンドガンの弾倉を入れ替え腰に仕舞いライフルに持ち替えた。
そうすると残っていたもう一方と頷き合い、別の部屋に何かないかと家探しを再開するのだった。
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