継がれる思念

 夜も遅く、周囲は完全に闇に閉ざされて人工的な灯りでないと前も見えない頃である。

 このヴァラド基地は簡易的なものでありながらも、通常規模の警備が行われていた。


 当然夜間には、光源を持った見回りの兵がおり、用意された少ないサーチライトは敵が攻めてくると想定されている地を照らしている。

 土地を囲う防壁はフェンス程度であったが、一定の割合で建てられている物見櫓には監視の人員が配置されていた。

 建物内部は消灯されているがそこも24時間体制で、兵士が見回る。


 味方、つまりオルゲダ軍から見てもこの様は手が抜かれている様に見える、その上敵国であるブルメントからも温いと思われても致し方ない防衛力だ。

 だが長い間オルゲダはこれを改善しようとしなかったし、ブルメントはこれに本腰を入れていない。

 

 精々、「結果的にブルメントが遠くから手をまわして雇った形となった賊」が適度に襲来しては一掃されるというイベントが繰り返し起こるのみだ。

 民間の使い捨てられても良い荒事に慣れている者がけしかけられ、それにヴァラド基地所属の練度の低い兵士が対処する。

 イグジスなどの強力な兵器はそこでは使われず、旧式の戦車や装甲車が持ち出される。

 

 だが、この基地の格納庫にイグジスが無いという話にはならない。

 強力なカードというものは手の内に仕舞っておくものだ。

 そのせいでいかに人員が失われても、これを支配するバルケス大佐は気に留めない。

 そして周りの兵も気にしない。

 悲しいが、この事態を上官が良しとするのは論理的だと思っているからだ。


 彼個人の意識と言う訳ではなく、女神歴3200年代という時代そのものの意識であった。

 人々は畑から勝手に生えてくる。

 当然比喩であるが、そう言われる根拠というものがある。

 

 ブルメントとオルゲダが強大な二カ国となった初期の頃。

 それぞれの国は人員に飢えていた。

 

 そしてその経験は人々をまるで作物を育てるかの如く、収穫し選別しそして消費するという政策に至る事となった。

 あらゆる夫婦から生まれた子は一定の年齢に達すると、強制的に国の施設へ連行され軍事教育を叩き込まれそのまま成長し、国の決定した部署で仕事をするようになった。


 始めは傘下国から強制的に子が取り上げられ始め、最盛期にはまるでこの世界全ての決まりである様に錯覚するほどになった。

 

 だが、戦争はやがて儀式へと変貌を遂げる。

 あらゆる効率的な営みはその全てが無に帰し、儀式へ執着することになる。

 故にその伝統は一旦途絶える事になるが、再び戦争が戦争足り得る時代に移ろいだ為この策は再び使われ出した。


 だが、これは以前の様に強力かつ強制的なものになりえなかった。

 長く続く戦争が子を兵士へと加工するインフラに大きくダメージを与えており、それを今まで回復させることが出来なかったからだ。

 各家庭との連絡網、教育訓練施設、それらが新たに配備される場所。

 

 ブルメントもオルゲダもこの伝統を再び採用したが両方うまく行かなかった。

 根本的に国の体力が消耗している事が1つ。

 国の血流が機能不全を起こし、所々壊死している事が1つ。

 そしてそもそも、真剣にこの戦争に勝利しようという気概を誰もが持たないが故に策は形骸化しているのだ。


 つまり両陣営共、それらの意識は脳裏に刷り込まれており上層部から中間層にとってはそれが現実だがその社会から断絶された人間が多いという事だ。

 そうでなくては、ナスカ達傭兵あるいはならず者の集団である賊は現れない。

 

 これらを踏まえて女神歴3200年代では、人は吐いて腐るほどいると誰もが思い込んでいるが実際そうではないというのが現状だ。


 結果この小さく重要でもないヴァラド基地には人命より尊いとされるイグジスが数体配備されている。

 そして現在、イレギュラーとしてそこに新型のラシアスも存在しているのだ。


 この状況下、夜更けのヴァラド基地に大きなアラートと共に数々の銃声と爆音が響いた。

 「敵襲ー‼」

 「また賊か!質の悪いィ!」

 大声で怒鳴り合う兵士たちが一斉に武装をし、兵器を稼働し始める。

 サーチライトがサーカスの様に辺りを照らし、消灯されていた灯りも一斉に付く。

 ある者は既に発砲している程この事態に慣れている様だった。


 派手に爆発する基地の建造物。

 襲来してきたのは、蚊の様に舞う戦闘ヘリが5機。

 ブルメントの攻撃特化ヘリ「H-132eエイガリス」である。


 それらのパッケージは非常に刺激的で、無誘導型、誘導型の2つのミサイルを過剰に積載していた。

 まるで縁日の花火のごとく、無軌道に基地全てに対してミサイルが飛んでいく。

 格納庫、管理棟、兵舎など、どこか1つに攻撃を絞らず、唯破壊をもたらす。

 兵士たちはこの事実に阿鼻叫喚していた。


 「賊があんな高価なヘリをポンポン飛ばせるものか‼ブルメントの徹底攻勢だ!もうおしまいだッ!」

 「HQ!敵攻撃ヘリを確認!エイガリスです!既に『エルダー』は起動済み、指示を!」

 「まだ人間を見てねェ!奴らがお出ましになる前に仕舞ってあるモン全部出せェ!」

 

 すると、対空用の自動迎撃装置などがビルあるいは何もなかった地面から生えて、戦闘ヘリに銃撃を加える。

 中性能中コストで幅広く使われている120mm対空ガトリング砲「エルダー」

 これらは高速で空中に弾をバラまき、ヘリを撃墜せしめようと動く。


 しかし、そこに横やりが入る。

 旧式MBTやAPC、そしてそれに乗るあるいはトラックやジープに乗って数多くの賊が現れた。

 彼らは移動する四輪や二輪に乗りながら惜しげもなくライフルを連射したり、ロケット砲を撃つ


 「ヒャッハー!テメェら全員丸焼きにして食ってやる!」

 「オルゲダ!マルカジリ!オデ、オマエラ、クウ!」

 「おう、お前らァ!スポンサー様のいう事すこしは頭に入れてんだろうなァ⁉散会だァ‼」

 

 これらは的確に四方より、襲来し「エルダー」を動作不能にしようと攻撃を試みていた。


 そしてそれのカウンターとしてヴァラド基地の通常の兵力が解放される。

 人工的な遮蔽物が、コンクリートの地面からタケノコのように生えてくると兵士はそれを盾にして戦う。


 賊の旧式MBTとACPは展開の遅かったヴァラド基地の兵士に対して猛威を振るった。

 連射力は低くとも、その効果範囲に定評のある榴弾で宣言通り兵を挽肉にしていく。


 だが、そこに到着するオルゲダの正式MBT「T-150」。


 「「やっちまえッ‼」」


 敵対する兵と賊の叫びがユニゾンし、2台の戦車は砲を撃ち合う。

 当然オルゲダ軍に現時点で採用されているT-150の砲が賊のMBTを貫通、爆散させた。

 それと同時に、T-150に搭載されている対人用機関銃がコンピュータ制御によって賊を惨殺していく。


 そしてそこに襲来するのは先に登場したエイガリスである。

 その区域を担当していたエルダーは既に破壊されているらしく、そのT-150にミサイルを次々に叩き込んでいく。

 負けじと戦車にしては俊敏な動きで回避運動を取りつつ何とか砲でコレに応戦しようとするも、エイガリスの攻撃力に耐え切れず爆散した。


 「くそ!いつもの倍以上の戦力じゃねえか!今までどこに隠れてたんだ!」

 「あのヘリを見たろ!ブルメント本国だ!こりゃイグジス先生に何とかしてもらうしかねェだろうよ!お偉方はなんて言ってんだ!」

 混乱しているヴァラド基地の兵士たちに次々とT-150が格納庫から到着する。


 またもや形成が傾いたかのように思われたその時である。

 ジェット機の様な爆音、そして吹き荒れる嵐の様な風。

 遅れて戦場に特徴的な振動が響く。

 

 「HQ!敵機イグジスを確認!ガド4機、ドーヴァー2機‼至急、イグジスの発進を‼」

 通信魔法を使い、恐慌しながらも支援要請を求める兵の声がこだまする。


 だが、それもむなしく背中に大型のジェットパックを背負いガドよりも細身、片手に剣を片手に小型の銃を持ったイグジス「ドーヴァー」が戦場を翻弄し始める。

 剣とは銃の世界で奇怪だと思われるがイグジス用の近距離戦闘武器で、簡潔に言えば大きな高周波ブレードである。

 ある個体は戦車を蹴飛ばし、仰向けにして無力化したり、ある個体は特徴的な高速起動で砲をよけつつ正面から実体剣で戦車を切りつけ破壊した。


 それに遅れてガドも到着する。

 それらは、一律でカスタムされており対兵器戦用を想定した少し高価なものだ。


 このイグジス隊はヴァラド基地で起こっている地獄の様相を、オルゲダの血で塗りつぶす様に戦場を支配する。

 それを支援する戦闘ヘリ、数は3機になっておりいつの間にか撃ち落とされたものもあった様だがそれでも脅威には変わりない。


 ドンパチと賑やかな基地に静かに潜入する1つのトラック。

 トラック自体はボロで、賊所有のソレだと思われるが積載されていたものが異質だった。

 統一された戦闘服、それらは最新の防弾防刃の装備で身を固め新型のアサルトライフルやサブマシンガンで武装。

 頭部のガジェットもサーマルやナイトビジョンなど豪華である。


 彼らは慣れた動きで素早くトラックから降りると、黙々と基地の建物へ侵入し始めた。

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