ゼナー・カードⅡ

 研究室というにはやや調度品が豪華な部屋に、大量のコンピュータやデバイス、そしてそれを操作する人員が配置されている。


 それに付随する不釣り合いな、大きな書棚や、胡散臭いシャンデリアがこの部屋の用途についての想像を阻害させていた。


 人員たちは少しのコミュニケーションで事足りているのか、聞こえる声はまばらだ。

 中には、ヘッドマウントディスプレイを被ってトランスしている者もいる。

 

 そんな静かな大部屋に、低い声がささやかに響く。

 

 「さて、配置されて……12日目だな?改めてこの特務部隊C4について感想を聞こうか、コリンズ大尉。」


 ラザレス中佐の声に反応するものはコリンズのみであった。

 それはこの部屋の通常の状態を表している。


 「以前の私の価値観に沿えば不気味かつ不必要だとコメントした所でしたが、今となっては隠匿されている資料を見れば見る程不気味だが必要だと感じます。中佐のお考えは最もかと。」


 ラザレスが仕切っている特務部隊C4に配属されたコリンズは、そこに適応すべく業務のイロハを懸命に学んでいた。


 「あのシャンデリアや木目調の部屋の意図は依然として分かりかねますが……。」


 「なんだ、威厳の中に先端技術のある様が受け入れられんのか。我ら人類の行く末をこの部屋の在り様で示しているのだ……。」


 「現在の魔法の話ですか。」

 ラザレスとコリンズは歩きながら比較的小さな声で話をする。

 特務部隊の人員は男女年齢その多くがバラバラで、それが老いも若きも男も女もその全てがラザレスの理想妄想につられているであろう事を推察させる。


 「左様。久遠の昔、人々は魔法を生み出したが、極度に発達した科学技術がそれの信仰心を失わせた。だが闘争の中で全てを争いに賭けた結果それらが融合する。出来上がったのは魔法を技術で制御した力だ、それが今の我々の技術である。だが、その中には科学技術で御しきれなかった異常反応や現象は言わば見捨てられている状態にある。」


 彼らの行く先は部屋の奥にある透明な特殊ガラスで囲われた隊長室だ。


 「加えて人々が科学技術をベースとして考えている故、我々に扱えるモノのみを探し、発見し、使用している。だからこそ《ファズ》やその奥に眠る《力》など一度断念したものについて拾い上げる姿勢が今の我々に欠けている。オルゲダにおいてそれらを補い力とするのが我らの使命なのだ。それに、な」


 到着した透明な扉の前で先導していたラザレスがコリンズに向く。


 「デザインで見栄を張っているだけで大した金は使っておらん。」

 そう言うと、彼はカードキーを使い扉を開けた。

 コリンズは苦笑し、それについて何も口を開けずそれに続いた。


 扉はオートロックで、この二人は開閉を気にせずあるべき場所に腰かける。


 「しかし、収まる所に収まった形ですな。貴方が部隊の隊長など似合わないと思っておりましたが、私兵に囲まれてこのような任を帯びているならば納得がいきます。」


 ガラスは透明で中の彼らは他の人間からは丸見えの状態だったが、瞬時にガラスが曇りがかり内部が伺えなくなった。


 「長い付き合いだが、敵を騙すにはまず味方からと言うだろう。お父君の事もあって私の部隊に引き込むには最後まで悩んだのだがね、君の能力と私との付き合いを鑑みた結果少し遅くなったがこうして腹を割って話す事が出来る様になった。」


 「感謝しております……が、このような場所まで連れられるとなれば相応の話がある――違いますか。」

 部屋の中にある大きなモニターに映し出されたのは、ラザレスの中で今一番ホットな情報だ。


 「また彼女の話ですか、特務部隊C4にかかれば《異能者》の処理などお手の物でしょう。少なくともブルメントに比べれば。」


 「ヴァラド基地、マルス基地。」

 ラザレスはモニターに映し出された資料の内、地図を大きくさせる。

 南方にある簡易的な基地であるヴァラドと、それより北方に位置する中規模基地であるマルス。


 「この2つの基地は主にバルケス大佐の管理下と言っていいだろう。」

 

 「イグジス戦闘部隊の組織図、その首元と言って良い方ですな。現に新型イグジスのテストに我々も巻き込まれ、そこに彼女が登板してきた。」

 ラザレスは大きくうなずく。


 「特務部隊とは言っても我々は諜報員ではない、情報の把握は苦手な方だ。だが、彼の下で贔屓とされているイグジスパイロット達、その中で新芽かつ優秀なパイロットがルカ=ラルフ。」

 新たにモニターに映し出されたのは若い男の顔写真だ。


 「この男がヴァレリア=ヴィターレの処遇決定権を自分に委ねて欲しいと進言したそうだ。」


 「たかが新米テストパイロットの意見が通ると?」

 

 「コリンズ、君もあの時言った筈だ。『ヴァレリアは完全にノーマークの人物でノーマークであるべき人物』とな。先ほどまで取るに足りない少年兵だった彼女を家族だったから保護したいと部下に言われれば私でも、面倒臭いから勝手にしたまえと言うだろう。あんな来歴でなければな。」

 ラザレスは葉巻に火をつけ一服し、煙を吐き出すと続けた。

 

 「我が特務部隊C4はたかが中間組織だ。《異能者》をブラックボックスとして戦争に使用できる状態にして、上位権限者に委ねている。バルケス大佐殿が彼女をどう使おうが、我々には視る事しかできない。だがしかし、彼女を調律せず彼に渡すことなど見過ごすことは出来ない。」


 「……我々に必要な情報が彼女たち《異能者》には眠っております。例えヴァレリア=ヴィターレの様な群を抜いて特殊なケースでなくとも、我々には行動の義務があり、彼女が特異なのであれば尚更。」


 「そういう事だ。善は急げ、早速バルケス大佐殿と話をしに行く。コリンズ、君にも同行願う。」


 「これほどまでの力を持ちながら中佐という地位は、いつもながらに不便ですな。」

 コリンズが部下としては随分と失礼なことを口にしたが、ラザレスは気にしない様でそれどころかこれを、毎度の事、付いて回る宿命の様に受け止めていた。


 「致し方あるまい、私は成り上がるべくして成った者ではないからな。それに私が相応の立場に居たら今頃彼女含む全ての未調律の《異能者》をここに連れている。」


 そう返事をした瞬間にラザレスの手元のデバイスからビープ音が鳴る。

 彼は素早く操作し、回線を部屋につないだ。

 

 「何事だ⁉」


 「緊急!ヴァラド基地が攻撃を受けている模様!既に3分経過しており、テレポーテーション設備もロックされています!」


 「クソ‼何と間の悪い!16日もあったんだ、最低限の処置は施してあるだろうな!」


 「確認します‼」

 彼がデバイスから手を離すと、一度通話が中断される。


 「タイミングが良すぎるという懸念点はありますが、最低処置である所の『いかなる場所においても監視できる状況の作成』さえ出来れば特務部隊C4にとっては御の字でしょうな。」


 黙っていたコリンズが口を開く。

 彼の発言は、敵国ブルメントの意向や身内の権力闘争といった不安要素を示唆するものであった。

 だが、ラザレスは揺ぐことは無かった。

 

 「そう硬くならずとも良い、埋め込んだビーコンや身体検査において判明した魔力波動測定結果、ひいては監視衛星。彼女はこの全てに一度も引っかからない程の隠密の達人ではないのだ。考えようによっては『たかが小娘一人』と思えばよい。」

 その言葉に、やれやれと言う様に肩をすくめるコリンズ。

 

 「貴方はどこまでが本気でどこまでが遊びなのか、つくづく分からない人ですね。」

 

 「腹を割って話すことが出来る様になったとは言ったが、腹を割って話すとは言っていない。君もこの老いぼれにあまり入れ込まず適度に職務を全うしたまえよ。」

 そう言うと彼は再びデバイスを操作して回線をつなぎ通話に入る。


 「遅いぞ‼処置についてどうなっている!」


 「申し訳ございません‼処置については書類上完了している様であります!」


 「分かった。ヴァレリア=ヴィターレに対する行動については指示を待て。」

 今度こそ完全に通話は終わったようで、操作を終えると彼は再び葉巻を吸い始めた。


 「いいだろう、ヴァレリアよ。存分に私の手のひらの上で逃げ惑ってみせるがいい……クックッ」


 彼の独り言をバッチリと聞いたコリンズの困惑は想像に難くない。


 その年になって悪役気取りでそんなセリフを吐くのは恥ずかしいという偏見が彼の中にはあるからだ。

 だが、はたしてココまで周りを固めるとそのように振る舞わざるを得なくなるのだろうか。


 年を取ったラザレスに自分の行く末を重ねて精神にダメージを負っているコリンズをよそ眼に、葉巻をふかす本人。


 彼は葉巻というアイテム自体もそれに寄せているのかと更に今更ながらに気付くのであった。

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