ゼナー・カード

 尋問とは言え、~について聞いたことはあるか、知っている事を全て話せ、何処にいて何をやったか、という簡単な質問ばかりだった。


 結局のところ私は傭兵にすぎない訳なので、知っている情報というものも根本的には無いと言えるのだが。


 私が秘密にしなければならないのは、ロイターに属している事では無く私の力についてのみだ。

 だからその他については多くを語って聞かせた。

 

 どの時期に大体何処にいたか、何を目的としていたか、何に属していたかなどそこにある事ない事を詰め込んで話す。


 本当の事を全て話すというのは私が完全に負けを認めた様で惨めに思うだろう。

 私にとってロイターとP2部隊というのはその程度の存在だった。


「この組織を束ねる私が職務から手を離せない故、私の代りに期間限定ドリンクを買いにショップを梯子してもらう。例えるのであればナスカ、君達はその程度の人材なのだ。そんな君たちに私の腹の内を見せている訳がないじゃないか。君は安心して暴力をふるうと良い。」

 

 プロヴィデンスは私にそう言っていた。

 私の来歴から自身に手が届く事を一切気にしていないのだろう。


 もちろん、私は私自身の考えで「この情報は貴重だ」と思う所はたびたびある。

 だが、私の思慮というのは酷く浅い。だからあのプロヴィデンスがそういうのであれば、私の来歴など大層なものではないのだ。


 私はお喋りを強要されるのと同時に身体検査も強制された。

 ロイターに入るにあたって簡易的に検査を受けたことがあったが、裸に剥かれて自身の内と外全てのデータを取られることになるとは考えもしなかった。


 ……よく分からない鉄の棺桶に寝かされて蓋が閉じられた時には死を覚悟した。後に中身を確認するための機械だと聞かされた時の気持ちは到底味わいたくない。


 時計がある部屋で検査が行われる事もあったが、正確にはあれから何日たっているのかはっきりとは分からない。

 あの時ルカに連れられてイグジスに乗り込んだが、案の定捕まってしまった。


 ああするしかなかった。

 だが、己の行動すべてが原因となるならば結果はどのような形であれ現れるものだ。

 1つの失敗が人生の時を止めることなどありはしない。

 最悪、死という形で果が現れるものである。

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 チャンスを見つけて派手に暴れて、ついでにいろいろな情報が手に入ればこっちの勝ちだ。

 情報も、ロイターまで持って帰らずとも途中でバラまけばオルゲダ軍にダメージを与える事が出来る。


 私がぶち込まれている牢獄は、鉄格子とむき出しの石壁というイメージとは真逆の物であった。

 私を閉じ込めるという目的はきっちりと果たしているものの、空調も備わっておりベッドもトイレもとても綺麗だった。

 毎度の検査と問答が無ければ客人扱いだと思ってしまえるほどだった。


 ――私の望みはなんだ。


 ただここでぼうっとして出された飯を食って、自分の事を語り、寝るだけの時間を過ごす事は私の望みなんかではない。


 逃げる。そう、逃げるのだ。

 この世の全てから逃げるために、その為に銃を取って戦ってきた。

 今はそう思う、逃げられなくなった今ならば。


 逃げられないと分かってからも、その歩みを止めることは出来なかった。

 人は行動の継続が損失の拡大につながると分かっていても、それまでに費やした労力を惜しんで行為をやめられなくなる。


 私はこれまでの私を私に否定されたくない。

 これまでも、そしてこれからも。


 逃げる……とりあえずこの牢獄から逃げよう。

 

 見つけるチャンスというものは、あらかじめ目星をつけておいた。

 検査の後、銃を所持している二人の兵士と共にこの部屋まで戻るタイミングでそいつ等に奇襲をかける。


 そして逃走ルートはもちろん、相手の意表を突くことに特化させなければならない。


 虎子を得る為にも、道中の人間を排除しつつ高レベルクリアランスの人員を見つけて首に下げているIDカードを頂き、要所へ向かう。


 そして情報や何かモノを頂きつつ、格納庫へ移動。

 可能であればあの新型イグジスを頂いて帰りたいが、ダメなら初めてここに来た日ちらりと見えたヴィスタに搭乗して脱出だ。


 私は、これからの行動を少しばかり考えたあと綺麗なベッドで就寝した。


 翌日。

 いつものように話をする時間は取られなかった。


 時間の早いうちから、身体の検査をさせられ己の中で組みあがっていたルーティンが崩れる。

 兵士に連れられ、施設の中を歩く。

 この変化により脱出について消極的な気持ちになっていると


 「今日はこっちだ。」


 と言われ、別の廊下を歩く事になった。

 どこも同じ作りをしているとは言え、新しい場所というのは緊張する。


 兵士がキーカードをかざして、ドアを開けると白を基調とした廊下のつくりとは真反対の部屋に案内された。


 モルタルの床と壁。

 さらに兵士がキーカードをかざし、第二の扉を開く。

 「入って指示を待て。」

 掛けられていた手錠も特別に外してくれる様だ。

 

 兵士が手にもっているサブマシンガンの銃口を私と扉の向こうとで反復させる。


 「分かったから物騒なモンをこっちに向けないでよ。」

 私がそう言いながら扉をくぐってもムッツリと黙ったまま、扉を閉められてしまった。

 大きなビープ音がして、それで扉のロックをかけられたことを悟る。


 薄暗くはあったが部屋の内部構造に目を通す。

 レーン、的、弾痕。

 よく目にするシューティングレンジだ。


 ただし、銃と弾丸が見当たらない。


 いったい何をさせようというのか。

 射撃場で検診衣を着ている私はさぞ滑稽に見えるのだろうと思っていると、声が鳴り響く。


 「やあ、ベア姉。元気そうで何よりだよ。痛い事をされてないといいけど。」


 ルカの声は私の記憶とは違うが、私への敬称で彼だと分かる。

 私にとってルカは幼い子供のままなのだから、今の彼との差異に心地の悪いものを感じる。


 「一体何をさせようっていうの?」

 私の声を何処から拾っているのか不明だったが、返答が来た。


 「今の姉さんを知ろうとしているんだ、さあ南の壁から出る銃を受け取って的に当てるんだ。昔よく訓練しただろう?」


 ガコンと音がした。

 よく見ると、隅の壁にポストの様なものが備え付けられていて、開くとハンドガンとマガジンが入っていた。

 弾は込められている。


 「私の好みを覚えていてくれたのね。」

 私はハイパワーの装填を終え、定位置に立つ。


 「もちろんさ。慣れている物から始めるけど、いろいろな銃を試させてもらうよ。」

 ビープ音が鳴り、人体を模した的が現れる。

 狙うは心臓及び頭。


 片手で狙いをつけ、撃つ。

 乾いた音が響く。

 13発を連続で撃ちきると、ビープ音が鳴って的が自動で私の近くまで移動してくる。


 「……。姉さんのそれはベテラン兵のものだ。昔よりもずっと上手くなっている、そのウデじゃあ少年兵だと言っても誰も認めてくれないよ。」


 数発ズレているものがあったが殆どが致命傷の位置に風穴を開けている。

 硝煙の匂いが私を勇気づけた為、ちらりと後ろで見ているであろう奴らを流し見るが、防弾ガラスでございますと高らかに喧伝しているかのような窓で守られていた。

 与えられた銃で奴らを弾くことは出来ない。

 

 「それじゃあどんどん行こうか。次の銃を受け取ったらソレは同じ場所に返却してくれ。」

 

 その後、[N3090 コモン]オートマチックピストル、[D150 ジャングル・オウル]大口径ハンドガン、[ZJ-103]突撃銃、[N66]機関銃、[N21]狙撃銃など多彩なラインナップで的当てを堪能させてもらった。

 大口径のハンドガンを子供に撃たせるとは我が弟ながらどんな神経をしているんだ。


 「全く、かなりの上澄みだよベア姉は。いったいどんな人生を送ってきたら重火器の扱いだけうまくなるのさ。」

 弾が込められていない事をチェックして狙撃銃を置く。


 「なんか私の上手くないところを見た様な言い草だけど、ルカに今の私の何が分かるっていうのよ。」


 「イグジスの操作。まさか、姉さんに勝てる特技が出来るなんてな。」


 ルカが私を見下ろすその防弾ガラスは厚かったが、それが問題にならないくらい彼の柔らかな笑顔が終始見えていた。


 まるで、近所の幼い子供を相手しているかの如くあるいは、思い出のアルバムをめくっている時ふと緩んでしまった時の顔のようであった。


 「どう考えても性能差だよ、あのガドの状態はお前に会う前から酷いものだった。」

 悔しまぎれの捨て台詞を吐く。

 私だって自分にイグジス操作の力量が無い事自体気が付いている。


 論理的に考えても私は下手な方だ。

 私の専門は生身で暴れる所にあり、専業パイロットではない。

 それにエリートでもない限りイグジスでの戦闘経験は高く積めないのが現実なのだ。


 「ふふ、ははは……。夢みたいだ、こうしてまた姉さんと話ができるなんて。今度はシュミレーターに乗ってみようか、俺が手配してあげるよ。」


 彼は他の兵士の前では軍人たる態度を取っているが、私の前ではあの頃のルカ=ラルフがちらりと見え隠れする。


 過去の思い出がルカを私と縫い付けようとしているのは火を見るよりも明らかだ。

 私に執着している。


 射撃訓練の次はイグジスのシュミレーターでの訓練と来た。

 彼は私をオルゲダ軍人にでもしようとしているのだろうか。

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