来歴Ⅱ
「くそっ……なんでこんな事に。」
分かってはいた。
たとえ少女だとしても、彼女は俺達の敵であり銃を撃ち合った敵だ。
俺は自分に用意された狭い部屋で、一人俯く。
あの後、ベア姉を連れて指定されたルートを辿りオルゲダ直轄のヴァラド基地までラシアスを届けた。
元々その後はマルス基地にて別の新装備テストに参加することになっていたが、彼女の事があって足止めを食らってしまった。
新型イグジス「ラシアス」のテスト。その計画に紛れた不純物を軍は子供だからといって許すわけは無く、ガドから出てきた彼女は捕虜として拘束されるという話に持っていかれた。
俺は当然ベア姉に対して捕虜としての対処をされたく無かった。
唯一の家族、俺の大切な人。
そんな人を鉄格子の中に押し込めて、挙句尋問するなんて考えたくない。
俺の説得もあって、「大人に振り回された少年兵が偶然ガドを奪取、逃げ出そうとした所に俺が遭遇。撃破したところ少年兵が投降、よく見れば生き別れの家族だった。」というストーリーを信じ込ませることが出来た。
また、運のいい事にベア姉は「オルゲダ軍」に傷1つ付けていない。
その上雇ったPMCの連中が彼女に殺されていようと「オルゲダ軍」にとっては関係ない。
ラシアスにかすり傷程度のダメージは与えてしまったけど……。
だが、俺の言い分は認められたとは言え、要望は聞き入れてくれなかった。
彼女をオルゲダの民として受け入れて欲しいという願いは。
ベア姉……姉さんは軍の機密である新型イグジスに深く関わった、さらにその時のガドでの応戦データより拘束、尋問の上研究所に送られるとの通達だった。
俺はヴァレリアの弟分だ。もちろん彼女に対する一切の苦難を退けてやりたいと思う。
だが、今は同時に彼女に対する不信も確かにある。
ウカントで初めて彼女に会い顔を見た時、一瞬で彼女がヴァレリアであると気が付いた。
6年前から見た目が変わっていなかったからだ。
だからあの時俺の記憶が瞬時によみがえった。
絶対におかしい。
大人ならばわかる、例えば25と30の人間の違いは時にはっきりと分からない事がある。
老けている者も若く見えるものも当然いる。
だが、どんなに差異があろうと、思春期の子供が6年の間に何も変化が起きていない様に見えるというのは異常だ。
姿形、それに纏う衣服さえもが俺の中のヴァレリアと一致していた。
ヴァレリアにはこの空白の6年間でその身に何かが起こった。
そしてその何かが、大変に「現実とズレている」気がした。
そこに合点がいかない限り、俺は本当の想いで彼女を守ることなどできない……そう思った。
彼女に思いをはせれば自然と過去の事を想起させる。
食料もなく、希望もなく、両親も友人も次々と戦争で命を落としていく中俺はヴァレリアにひたすらついていった。
彼女が少年兵として食料や金を手に入れると決めた時には俺もその隣に立つと決めた。
どんな危機も二人で乗り越えた。
互いが互いを庇い合い、思い合って生き抜いた。
俺と彼女の周りにいた戦友も多くが死んだ。
だが、俺達はどんな状況になっても決して互いだけは見捨てなかった。
俺も彼女も、味方を見捨てたりあるいは利用した事さえあった。
だがヴァレリアは俺をそんな目に合わせず、逆も無かった。
最後の日、彼女と別れてしまった時。
あの日俺達はオルゲダと戦うPMCいわば傭兵部隊の水増しとして参戦していた。
元々、正規軍と正面で戦う想定をしていなかったのか我々の側は最初から負け戦だった。
俺と姉さんを含む数人で、運よく洞窟を見つけそこに逃げこんだ。
不思議な洞窟だった。
瞬く間に目の前の光景が変わっていく。
先ほどまで道だった場所は瞬きの内に壁となり、地底湖にたどり着いたと思えば何もない空洞部だったりした。
不思議という事に足を止めていられる状況ではなかった。
洞窟の性質上、俺達はすぐにバラバラになった。
行方も分からず、魔法が使える者さえおらず。
俺とベア姉は頼れる人が居なかった。
だから必死に前に進んだ、二人きりで。
そこに、現れた完全武装のオルゲダ軍部隊。
姉さんと必死に息を合わせて戦った。
だが、正規の軍人10人近くを相手に子供二人では何もできなかった。
ベア姉はその銃撃戦の最中、足元に生まれた穴に落ちた。
「ルカ‼岩陰に隠れて、13時の方向にグレネードをお見舞いしてやれ!」
「残弾を気にせず撃ちまくれ‼道連れにしてやる!」
そうだった、姉さんは戦いになると語気が強くなる。
そんな彼女の激励が飛ぶ中、俺は戦った。
自身のミスかあるいは運か。
俺は弾を食らい崩れ落ちるもなんとか、遮蔽物に身を隠し姉さんの方を見た。
「ああ‼ルカ‼クソ!お前ッ――キャアアアアアアッッ」
そう、激昂した彼女は次の瞬間には掻き消えていたのだ。
悲鳴が聞こえた。
もう敵兵などどうでも良かった、その弾に打ち抜かれたとて構わなかった。
彼女がどうなったのかを知りたくて、その位置まで移動しようとした。
だが、その手前から大きな穴が広がっていた。
洞窟がまるで生きている様で、その在り様をどんどん変えていくという事は足を踏み入れた時に分かっていた。
だからそれに巻き込まれたのだと理解した。
「ベア姉ぇ――‼」
死んでしまったと、あの時はそう思った。
奇妙な洞窟に呑まれたと。
そして、一人になった俺はそのままオルゲダ軍に殺される筈だった。
しかし、そうはならなかった。
俺はその過酷な生い立ちと、実際の戦いぶりを評価され敵であった筈のオルゲダ軍によって保護された。
おかしな話だと思うがおいしいだけの話ではない。
俺の人生を死ぬまでオルゲダ軍に捧げるという対価がそこにはある。
行動に多くの制限が掛けられ、国民でもないのに国への絶対服従を強いられているのだ。
俺の人生とヴァレリアの人生、どこに違いがあって何が為に交わったのだろう。
思いつめても、思いをはせても、俺にできることなど何もありはしなかった。
精々俺が立派にパイロットをこなし、彼女が帰ってくることが出来る場所を確保することぐらいしかできない。
だが、俺が奇妙に思っているヴァレリアの謎、そして最終的に送られる場所がオルゲダの研究所という話。
奇妙、奇怪――。
……俺の力と何か関係があるのだろうか。
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