来歴
「中佐、こちらになります。」
薄暗い小さな長方形の部屋に大きなコンピュータ、コンソール、そして男が二人。
そしてその部屋には大きな窓が付いている。
常にコンソールに向かいながらその窓を見る為の部屋なのだ。
その窓には、手術台の様なベッドに乗せられた少女の姿があった。
彼女は拘束されている。
中佐と呼ばれた人物は備え付けられたモニターを見て訝しげに言う。
「ハァ……情報部は何をしていたのか。こんな人間が野放しだったとは、これでは第二第三の彼女が現れてもおかしくない。」
モニターには情報が映し出されている。
ベッドの上の少女の情報だ。
もう一人の男は中佐の部下の様に見えるが、決して卑屈に見えない人間だ。
「見ての通り何処にでもいる少年兵の成れの果てです。正規の軍に居たという情報が皆無の為、身体の情報も今ここで取ったもののみ。いわば、完全にノーマークの人物でノーマークであるべき人物だったと言えましょう。我がオルゲダ軍が誇る情報部にも限界があります、道端の石ころを1つ1つ記録するために血眼になっていては明日にでもブルメントに敗れます。」
彼の目は窓の外の少女に釘付けになっていた。
少女は薄暗い部屋で、黙って目を閉じている。
「……一体何があって我々の想定しない大いなる秘密を持つ少女があそこで破壊されるべきガドに乗っていたのか。」
「ゴウズ・ベイク。あのガドに乗り死すべき人間の死体はあの場所で確認できています。撮影された記録によれば彼は自身の銃を構える間もなく射殺されていて、ウカント兵内のいざこざによるものだと推測されます。我々の用意した内通者のベロウ・オニールは手綱を固く握る事の出来ない人物、こういった事故もあるかと。」
彼らは手に持ったカップに注がれているコーヒーを飲みながら会話を続ける。
彼らの話はどこかで噛み合っていない。
中佐の部下が一方的に説明しているのみで、中佐はどこか自分の思惑に夢中になっている様だった。
「コリンズ、彼女の最新情報についてはza-003ラシアスのテストパイロット、ルカ=ラルフによるものが大半で私も信じたく無い話ではあるのだが……。」
中佐がコンソールをいじると、モニターに映る情報が書き換えられていく。
それと同時にコリンズと呼ばれた彼の部下の顔が徐々に強張る。
「もし、この情報が事実だとするならば……。風通しは悪いと思っていた、しかし……いや、ありえん。一イグジス乗りの妄想に付き合う暇は我々には無い筈でしょう。」
「事実かどうかは関係者に伺う、それが私と君の仕事であるのだ。後方の士官というのは楽なものだな?さて、最初の一歩といこうじゃあないか。」
今までモニターの中の彼女の情報はたったの数行のみだったが、それが何倍もの量になっていた。
中佐と呼ばれた人物は、備え付けられたマイクに手を伸ばし、各種スイッチを作動させる。
すると、窓の外の彼女が寝ているベッドの周辺が淡い光で照らされる。
「おはよう、ヴァレリア=ヴィターレ 。聞こえてたら目を開いて我々の質問に答えるんだ。」
中佐の枯れた声が、窓の外の少女が寝かされている部屋に響く。
ヴァレリアと呼ばれた少女は目を開き、それに答えた。
「おはよう。私はヴァレリア、貴方のお名前は?」
幼い声だ。
「私はラザレス中佐だ、どう呼んでくれても構わん。さて、ベア、身長158cm体重48kg血液はB型、年齢は20。ルカ=ラルフとは深い仲、6年前より少年兵として彼と共に各地の戦場を転々とし、彼と別れた後も幾多の勢力に臨時で雇われ末端の兵として食い扶持を稼いできた……違いないかね。」
ベアの情報が淡々と読み上げられる。
「身長体重年齢なんて計った事なかったから分からない。けれど来歴はそうね……合っているんじゃない?」
「ここからが重要だ、ルカとの別れ。お前はルカと共にオルゲダ軍の部隊と交戦、その後お前は「ファズが生じさせた巨大な穴」に落ちた。そうだな?」
コリンズは驚愕した。
彼のベアへの尋問が普通ではなかった為だ。
他に先んじて聞くべき事が有る筈だが、なぜその問いをいの一番にぶつけるのだろうか。
ベアはというと数秒間目を閉じて、そして開き言う。
「ルカがそう言ったのね。」
「どうだろうが私の質問には答えてもらう。」
「ファズ?穴に落ちたのは本当。そこからは、もう何が何だか……。気が付いたらフォルス砂塵の中一人で倒れてたわ。死に物狂いで近くの人間が住まう場所まで行って、それからは出来る事をして生きてきた。」
仏頂面をしたラザレスがそのまま続ける。
「君は知っているか……君が穴に落ちたあの時代、世界にはあれと同じ現象があの場所以外にも確認されていた。君とルカは穴に落ちたと感覚しているだろうが、他にアレに呑まれた者たちの状況は様々だ。屋内に居て移動しようとし、開けた扉の先が《ファズ》に侵されていた……突如その者の周囲が《ファズ》に浸食された……などね。」
「さっきから《ファズ》ってのは何なのよ?それに何が言いたい?」
「《ファズ》とは、現実世界に突如現れた空間湾曲現象の事を指す。そして君達の様に「《ファズ》と遭遇して生きて戻った者」には特別な力が芽生えている可能性がある。」
先まで丈夫にふるまっていたベアはそのラザレスの言葉に極度に反応した。
そしてラザレス中佐の隣に控えているコリンズについても同じだ。
「特別な力ですって⁉」
当然コリンズのこの言葉は窓の向こうのベアには聞こえない。
しかしベアも同時に不安定な心持になっている様であった。
「あれは……空間湾曲、特別な力……。」
「君には特別な力が備わっている可能性があると言いたいのだ。」
ラザレスは目を細めた。
まるで、それが忌々しいものだと言わんばかりである。
「君は穴に落ちたというもの生き延び、更に4年もの間戦場で死せずに生き延びた。そこで何らかの、明らかに人間にはふさわしくない力を振るった覚えはないか。」
「私に、力……?魔力?魔法の話か?」
「そうではない‼魔法などという明らかにされた力などではないのだ!」
大きな声が響く。
急に語彙を強めたラザレスの様子にコリンズさえも戸惑う。
そして困惑はベアの方が強かった。
「一体……」
「フゥ、まあいい。君には諸々の調査に付き合ってもらう、もちろん強制的にだ。ルカ=ラルフの姉替わりとはいえ容赦はせん、それに彼がいくら士官だからと言って待遇改善を期待しないでくれ給えよ。」
ラザレスはスイッチを作動させ、マイクを元に戻した。
ベアを照らす淡い光も掻き消える。
「中佐、力とは……?」
コリンズが口を開く。
「超能力、と言っても差し支えないだろう。ある者は念動力を自在に操れるようになり、ある者はテレパスを使えるようになった。」
「そんなもの、魔法で何とでもなります。」
「魔力の消費無しで、だ。その力は対価を必要としないのだよ。それに、数秒先の未来を的中させる者、己の六感と身体能力を同時に極度に高める力を自在に操る者、怨念と会話が出来る者、空間を瞬時に転移できる者。」
「未だに魔法では成しえる事の出来ない業もその力があれば……ということですか。」
コリンズは明らかに狼狽えていた。
そんな話、あるいはそんな話を語り聞かされたという事実に対して。
「故に、特務部隊C4ではその力を長年追ってきたのだ。君も今日この時点から部隊の一員となってもらう。」
既にカップのコーヒーはぬるく、元々インスタントでおいしいと呼べるものではなかったがコリンズは一気に飲み干した。
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