邂逅Ⅱ

「さあ……来い……」


 一思いにやってくれという気持ちが内包された、「この状況から解放されたい」という思いが私を憔悴させる。


 歯を食いしばって、HUDの情報からあるいは装甲により聞こえにくい外部の音をも聞き逃すまいと気を張った。


 私は今乗っているガドの新型や別のイグジスにも乗ったことがあるが、このガドには索敵用の装備が備わっていない。


 今まで多くの戦場を渡ったが足りない物の数を数える程、私はまだ幼かった。

 不便、不快、不安……。

 私をストレスが包む。


 遠くから鳴り響くジェット噴射の様な音が聞こえる。

 私たちの不安は全て的中した。

 だが、最悪ではない。

 

 「アノン!敵が突っ込んでくる!ブースト増し増し!新鋭機――ヴァルのカスタムか、ドーヴァー辺りッ!どちらにしろ私の命は一分と持たんッ!」


 通信は私の肉声から拾うようにした。

 戦闘中にお喋りしなくちゃならない時はそうしている。

 念じるか口に出すかという選択肢は戦闘中命取りになる。


 本当に出てくるのが新鋭機の場合、このボロのガドは手玉に取られるレベルだ。

 何とかして+αの打開策を作りたいところだった。


 『ソフトの上書きは出来ている、残念だけど僕にはもうできることは無い。』


 低く、現状にそぐわない落ち着いた声が耳に入る。

 アノン……。

 

 ――最悪ではないのだ。


 私が太刀打ち出来る距離まで来てくれたことは非常に嬉しい事だ。

 人生は、なんとかなるから人生なんだ。

 なんとかならなきゃ死ぬだけだ!


 「ッッ‼じゃあそこで見てろ!インテリメガネ!精々私がバラバラにされるのを見て楽しむといいさ‼」


 『そんなキャラしてたっけか僕……。』


 アノンの小声が漏れる頃には私は未だ姿を見せないイグジスと対峙していた。

 奴はもう町にはついているが未だ視界に入らない。


 舞う砂煙から大体の位置を予測、そこから自分の頭の中で時間の針を進めて相手がどう動くかをさらに予想する。

 私の妄想の中の敵イグジスの背中に現実の私を置く。

 

 もはや私の行く先には身を隠せるほどの遮蔽物もない。

 先に敵を認識した方の勝ちだ!


 すさぶる人工的な砂塵の中に、一体のイグジスがその姿を隠さず佇む。

 その堂々としたフォルムを「先に認識した」私は、ライフルを撃つと同時に己の死を悟った。


 あのイグジスを、見たことが、無い。

 不明な機体、不明な武装、貫通弾を撃ち込まれても傷一つ付かない装甲。

 

 私はステップを踏み、後退しながら二発目を撃った。

 後ろにはガドの下半身を隠す遮蔽物が一応あった。


 それと同時にその不明イグジスから、閃光が走った。

 その光が、ライフルの下部を支えていたガドの左腕を貫通、爆散した。

 だが肘から下がなくなっただけでまだガドそのものは動かせる。


 「左腕損傷、精密射撃不可。アノーン‼見てるかァ!新兵器だ!大当たり!もう帰っていいかなぁ‼」


 HUDの透過率を上げて今のガドを確認しつつ戦闘が出来るようにする。

 機体損傷を知らせるアラートが鳴り響き、赤いランプがコックピット内で明滅する。


 『データベースに無い機体だ、それにアレはレーザーライフルに違いない‼……完成していたのか。』


 棒立ちの敵イグジスの構えるライフルから黄色い閃光が何発も飛んでくる。

 私は戦いを一旦捨てて、逃げに徹した。


 ガドの全力疾走に、奴はブーストを少し吹かせるだけで先回りしつつ、レーザーを放つ。

 その光は左肩を打ち抜き、胴体を掠った。

 もはや私のガドの左側は焼けただれていて、たとえ持ち帰ろうとも修復は難しいだろう。


 「くっそぉ!嬲り殺しって訳か!逃げるに逃げられん!」


 『すべてはこの新型イグジスとレーザーライフルの実験の為の茶番……。解っていたなプロヴィデンス……。』


 片腕でライフルを数発撃ったが、奴が動いていようがいまいが当たらない程情けない射撃になってしまった。

 町の中を少し走りまわったが、あえなく右足をレーザーで打ち抜かれ、体を瓦礫に沈ませる。


 「があああああッッ!畜生!」

 振動がダイレクトに伝わる。

 

 迫る敵のイグジス。


 『どうやら帰らせてくれないみたいだね。』


 奴はまるでアニメに出てくるロボット物の主人公の様に、ゆっくりとライフルを片手で天に掲げ、そしてぴたりとガドのコックピットに狙いを定める。


 「死んでたまるか!アノン!情報はココまでだ!通信も妖精も切るぞ!」


 『すまない‼後は任せ――』


 私から流れる魔力の流れを強制的に切る。

 常時発動型の妖精召喚や通信はコレで一切なくなった。


 ゴーグルを外してハッチを開ける。

 やる事は一つ。


 私はコックピットから降り、ガドの腰の部分まで躍り出てなおも向けられたレーザーライフルの銃口に向かって高く両手を突き上げた。


 唾を飲み込む。

 本当に捕虜になれるのか。


 アノンの独り言によればこの惨状は目の前のイグジスを試すために作り上げられた舞台。

 目撃者を消さない訳が無い。


 気が付くと、四方八方からPMC兵に銃を向けられていた。

 そういう事だ。

 私にこんな人数を割くとは、逃げ出したウカント兵の多くは処理済みなのだ。


 フォートダウン社にとってウカント兵が投下コンテナを確認した時点で逃げ出す事は想定内だったのだ。

 

 私は、このまま死ぬのか、また……。


 「ヴァレリア……ヴァレリアなのか。」


 声はイグジスから発せられたものだった。


 イグジスの中には治安維持用のモデルなどもあり、パーツも豊富故にパイロットの声を外部に出すものもあるが、こんなコテコテの対イグジス用モデルにそんなものを付けている意味が分からなかった。


 さらにその大きな音量で、私の昔の名が叫ばれるとも思ってもみなかった。


 いわゆる本名。

 私の幼年期に死んだ両親からもらった名前。


 それをある時まではずっと使い続けていた。

 それを知っているとなれば、昔の戦友か上官か、あるいは私が殺した者の縁者かもしれない。


 ここで黙っていても否定しても仕方が無かった。

 相手が私をヴァレリアだと思っている以上、そうだと言わなければ話はここで終わってしまう。

 私の声が装甲の奥まで届くとは思えなかったから、ゆっくりと大きく数回頷いた。


 途端に、目の前のイグジスのハッチが開く。

 私にとってこれは想定外だった。


 パイロットは立派なパイロットスーツを着て、フルフェイスのヘルメットを着用していた。

 ゴーグル類をかけておらず、顔が見えるタイプだ。きっとそこにも新技術があるのだろう。


 彼はワイヤーから降りると急いで私のところに向かおうとガドを登り始めた。

 周りの兵士から行動を咎められている様だったが彼は気にもせずこちらに向かう。


 私より20センチ以上も高いその男を見上げる。

 彼はヘルメットを脱ぎ、こちらをまじまじと見つめた。

 まだ若い、年は20に届かないだろう。

 

 その顔を使って何とか記憶から合致する情報を探ろうとしていたが、全く思い当たらない。

 顔も、声も知らない。


 誰だ、お前――。

 

 「ベア姉さん……本当にベア姉だ。あの頃のままの……。」


 私をベアと呼ぶ人間は多くいた。

 だが私をベア姉と呼んで、姉として親しんでくれた男の子はそういない。多くは死んでしまったのだから。

 そして、私と劇的な別れをした人間の名を今思い出した。


 「ルカ=ラルフ……ルカ!生きていたのか!よかった……。」


 よかったと思うのは本当だ。

 だが、そんなルカと敵同士で戦場で出会うという歪でこれまた劇的なシチュエーションに冷や汗が流れる。


 ルカは私の昔の弟分だった。

 本当の弟の様に接して、そのように生きてきた。ある時までは。


 そこからはきっとお互いがお互いを死んだものだと思っていたのだ。


 「でも、その身体は?まるで姉さんだけ時間が止まって――。」


 当然の疑問だ、私を姉と呼ぶ彼の方が年下だがどう考えても私と彼は子供と大人だ。

 そしてその疑問は懐疑へと変わるのは当然だった。


 「おい、テストパイロット様よ、コイツどうすんですか。」


 ルカに兵士の1人が声をかける。

 彼がいまどのような立場に在るのかは想像が出来ないがきっと、私と彼の関係にとってそれは悪影響になると確信が出来た。

 

 「……彼女は俺が直に捕虜として預かる。そう言う事だ、見逃してくれ。」


 「まあ、俺等にはどうでもいい事ですんで、言い訳はアンタの上官様に言ってくださいや。――おう!撤収だ!」


 PMC兵たちが一斉に銃を下ろし、こちらに背を向けて去っていく。

 どこかにAPCかジープなどがあってそこに戻るのだろう。


 ルカはPMCの人間ではなく、関連のある人間という事だ。

 君はどの立場にある?


 「さあ、姉さん。俺と来てくれ。」


 「どこに行くの?昔から私達に行く場所なんて……。」

 あえて、昔を思い出しつつその時の私を意識して喋る。


 「ベア姉。今の俺はオルゲダのエースパイロットなんだ。」

 ルカは口角をあげてそう言った。

 この再開は悲劇か喜劇か。


 自身の人生が大きく動きだすイメージを覚えるのはこれが初めてではなかったが、再び歯車が動き出す感覚に眩暈を起こす。


 私は彼に抱えられて、新型イグジスのコックピットに乗る。

 私の乗る場所が無く、まるで本当に子どもの様に彼の膝の上に座るしかなかった。

 

 「姉さん。俺はもう昔の俺じゃない、今度こそ姉さんを守ってみせる。」

 

 装甲に覆われたハッチが閉まり視界は闇に包まれた。

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