舞台の幕

『こちらナスカ、アノン聞こえるか。』


 私はウカント兵の集団から離れ、人気のない廃墟に身を寄せた。

 先のオッサンが口にしていた通り、周囲に散乱していたPMC兵の死体からは金目の物がごっそりと奪われていた。

 仮にも国の正規兵だというのに小国ならではの苦労を垣間見る。


『ああ、ナスカ聞こえるとも。ガドはウカントの物ではなく、個人の物だったとは驚いた。例のベロウ大尉、すごいよ彼は。不完全で悪質だけどガドを一体組み上げるほど物資を着服するなんて普通は出来ない。戦闘の激しい地域ではそれどころではない、逆に温い地域ではかき集められるだけの物資がそもそも無い。不可能に思える事をやってのけるんだ、相応の性格をしている上に相応に考えていることがあるだろう。』


 私はアノンの主張をかみ砕こうとする。


 『つまり、新型兵器の情報がデマというのも本当の様に見えるだけで実際は本当でないという事なのか……?』


 本当でも嘘でもあるってどういうことだ?

 なんだかなぞなぞみたいだ。


 『よく考えてみてくれ。フォートダウン社にしてみれば、ウカントに噛み付いたがしてやられた、という状況の筈だ。「バックにオルゲダがいるPMC」対「ブルメントに見捨てられかけている小国」。武器装備人員、フォートダウン社が圧倒的に有利でかつ、攻め込んでいる側だ。それに士気の低い兵、末端にまで広がっているベロウ大尉の悪評。ここを縄張りの一部としているフォートダウン社が運び込まれているガドに気が付かないなんてことがあるか。情報としてウチに回ってきてもいるんだ、知っていて当然だろ。』


 『でもその話って51が拾って来たものじゃなかったか?』


 『違う。51は裏付けになる情報を拾っただけだ。新型兵器の情報はオルゲダも知っていて無視を決めた、フォートダウン社は無視せずそこに利益があると踏んだ。じゃあ何故ガドを探知できなかった?奴らは知っていて、わざと負けたんだ。』

 

 ここまでアノンにお膳立てされれば私にも理解できる。

 やはり現地に足を運ばずに清潔な部屋の中で物事を考える事の出来る人間のサポートというのは貴重だ。

 悪い環境下では簡単な事すらも考える事ができなくなる。


 『バカな!自ら殺されに行く兵など……使い捨てられたのか?民兵でもなく一企業としての組織が人の命をオトリに……』


 『変わらないよ。君も少年兵として何回も使い捨てられてきたはずだね。君だからココまで生きてこられただけで、普通の人間はそうやってたくさん死んでいる。』


 死んでいった私の周囲に居た人たちの存在が脳裏に浮かぶ。

 私にとって悪くないと思わせる人々。

 それはほぼ全て私の様な子供。

 

 新しく出会い、数回言葉を交わしては去っていく。

 そして二度と会うことは無いのだ。


 『クソ、とにかく結論がそれならココでもう一波乱起きるという事になる。私に出来る事はあるか、アノン。』

 

 私は知っていた、私に求められていることが。


 だが、それを言葉として提示してほしかっただけだ。そう、私に求められている事というのは有耶無耶にして逃げ出したくなるような望み。


 『君がナスカとして求められている事だ。ちょっと酷だけど、この場に残ってこれから起こる出来事を可能な限り記録して帰ってきてほしいんだ。今以上の事実を拾ってこないと今回の作戦の意味もないからね。つまりは君が生きている限り、このまま常時妖精を展開させ続けてほしいってことだね。僕の方で妖精が記録した映像を保存しておく。』


 『私もまた捨てられるんだな。』


 『君は捨てられても自分で戻ってくる唯一無二に等しい人材としてプロヴィデンスが登用している。……全く、だからナスカのお守はイヤなんだ、誰が好き好んで少女を戦場に遺棄するものか。毎度後味が悪くて仕方がない。』


 文句を言いたくなるが、その先がアノンというのはおかしい。

 それに自分を雇っているプロヴィデンスにさえ、私は一言言えないのだ。


 結局、それなりの額を貰っている限り納得をせざるを得ないと思ってしまう。

 私は私の意思で戦っていてそして捨てられて、戻ってくるのだ。


 『戻ってくるさ、きっとな。』

 

 『ああ、期待しているよナスカ。さて、普通にコッソリ事を起こしたいなら夜まで待つ必要があると考えてくれるだろうが果たしてどうだろうな?かといって一度ここから去るにはあまりにも状況が混乱している。』


 時刻は15時過ぎだ。

 ここから比較的落ち着いた町に行くのに徒歩で4時間半。

 

 明日明後日になりそうならば一度離れてもいいかもしれない……訳が無いだろう。

 離れている間に何かあったらどうすることもできない。


 それに巡回中のウカント兵に噛み付いて、敵視をこのゴーストタウンに引き付けたのならこの機を逃すなんてありえない。

 

 『もう一波乱今日中に起こるからここにいろって事か。何とかしてあのおっさん達に取り入ってメシを貰った方がよさそうだな。』


 食料は当然幾つか持っているが消費しないに越したことはない。

 砂漠地帯でサバイバルも何も無いだろう。


 『念のため通信はつけたままにしておく。』


 『他人に私の行動の一部始終を監視されるなんて結構キツいんだけど。』

 

 『なにを今更……』

 私の頭上にはいつの間にか妖精が飛んでいた。


 『アレは始終私と共にある訳じゃない。そんでもってお前が言う念のためって奴は勝手に私の声や行動を全部監視するって事だろ?』


 『そりゃそうだ。近いうちの君の将来、何時間後か知らないけど、それには情報的価値が余すところ無くあるからね。』


 『無いのか有るのかどっちかにしてくれ。』


 情報というのは厄介なものだ。無という事にすら価値がある。

 無にすら価値が有る……それは果たして無と言えるのだろうか。


 価値とは責任であり動機であり世界との接点である。

 私にとってそれは持ちたくない物だった。


 故に私が求めるものは金でもなく、物でもなく、あるいは幸せなどという見たことも聞いたことも無い何かでもない。


 自分の中でそう啖呵を切っておきながら、現実問題として私はこの世界に対して何を求めるべきかという問いに答えることは出来なかった。


 価値を嫌い、無を嫌い、実際は有の立場に在りながら求める物を知らず、そんな私は私を構成するすべてを捨て、この現実や精神や思考や五感から逃げ出したかった。


 何もないこんな廃墟ではついこんなことを考えてしまう。

 嫌だ嫌だと私は齢16になっても尚赤子から成長することは出来ていないのだと、ほとほと落ち込んでしまった。


 私は再び廃墟を出て、周囲のウカント兵を見て回った。

 最終的な目玉はガドとそのパイロットだ。

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