手のひら
警戒こそは解いていないだろうが、自分たちが圧倒的優位になった事に加え、周囲に敵影が無い事から気が緩んでいるウカント兵の集団がちらほら見える。
皆、銃を手から放してはいないが構えてはいない。
中には、死亡しているPMC兵の装備をあさっている集団もいて、隠し切れない「もう終わった」感が醸し出されていた。
私は、談笑していた男二人に近づく。
数歩手前からもちろんこちらに気が付くわけで、男たちは訝しげな表情をした。
「なんだ、お前逃げ出したんじゃなかったのか」
彼は口元を緩めながら言った。
ニュアンスから別に私を咎めたくて言ったようには感じられない。
「信じてもらえねぇかも知れないけどオレだって2人やっつけたんだ!逃げたんじゃない!」
少年兵の中でも「イキが良くて」「将来有望な」人間を演じる。
誰も何処にでもいる、死んだ目をしてボソボソと喋るつまらない肉の盾と親交を深めたくはないだろう。
「はっはァ!ウソつけ!ライフルだって落っことしてきたみたいだし、証拠あんのかよ!ドックタグは?」
相棒らしき隣の髭面もケケケと笑っている。
私は体のいい見世物に近いだろう。
「……ガドが暴れ出した騒ぎでがれきに埋もれちまってタグは拾えねえし、ライフルもどっかいっちまったんだ。」
「マシな嘘をつきやがれクソガキよぉ、そんなんじゃ補給受けられねぇぞ。悪い事は言わねえから故郷に戻って畑仕事でも土建でもやってろ。」
なんだかんだ言って、大人たちは背が低くあどけない顔つきの私が戦う事を考えると気分が悪くなるようだった。
モラルやら良心やらが残っていると感じた私は少しうれしくなる。
「母ちゃんは死んだし弟も殺された、帰る所なんて無い。」
少し悪戯心で冷や水をぶっかけた所本当に二人とも黙ってしまったので、再びこちらから話を切り出す。
「なあ、あのガド、どっから持ってきたんだ?あんなものがあるのになんで最初から使わなかったんだよ!死にかけたのがバカみたいだぞ!」
途端に彼らの顔つきが陰から陽になる……ことも無かった。
今回のMVPを讃える話題にテンションがそれは上がるに違いないのに、何故だ。
「……俺たちは撒き餌なんだよ。お前にゃ関係ないだろうが、俺達の上司にベロウって大尉殿が居てな。」
さっきまで話をしていた男ではない髭面の男が話に割って入る。
「そのクソが立てた作戦なんだと。有る筈のない物にビビる企業戦士はいないとさ。そんで俺らをこんな今の戦争にまるで関係ない様な田舎でフォートダウンをおびき寄せるエサにさせるなんてよ。しっかし、フォートダウンも不思議だぜ、こんな所で金を使ってもメリットなんてねえのによ。」
明らかに不満そうな顔、トーンだった。
ウカントの兵自身この「意味のない場所にイグジスを投入する」という事態は飲み込めていない様だ。
だが一歩前進だ。この作戦の根っこにはベロウ大尉というウカントの尉官がいる。
「そのベロウ大尉って偉いのか?奴に気に入られれば飯も一杯食えるのか!」
ちょっとバカにしすぎたか。
「なあ、ボウズ。世の中の大人ってのは俺達含めてみな汚ぇんだ。平気で他人を騙して殺して金を得て飯を食う。そして奴も汚くその上強烈じゃないが貫禄があるんだ。」
髭じゃない方は私の頭に手を置く。
髭の方はたばこを吸いだした。
「大出世はしねえが、自分の権力の中で考えうる全ての汚い事は迷わず全てやる男だ。そういうウワサばかり流れてくる。」
タバコをふかしていた髭も会話に加わる。
「なくなっても誰も突っ込まない物資を誰かれ構わず無断で放出してその金を自分の物にしたり、情報を定期的に売りに出しているらしい。」
ずいぶんと手広くやってるじゃないか。
よく今まで生きていたな。実力が有るのか、それかウカント自体が風前の灯火ととらえるべきか。
正しいのは後者だろう。
「奴に気に入られようとして近寄ったが最後、毟られて体のいい様に使われてお終いだぜ。やめておけ。」
ウカントの大尉が長年かけて一体のイグジスを組めるパーツを自軍からちょろまかした所を敵軍に察知されて、慌てて火消しにそれ自体を使った……。
そうなるとやはり新型兵器などはデマで、正体はボロのガド一体という事だったと言う訳か。
証拠もない憶測でしかないが今のところコレが一番しっくりくる答えだ。
それはオルゲダ本体も黙っているだろう。そしてフォートダウンは勝手に戦果を期待して首を突っ込んだ、私と同類。
ただ、51の掴んだ情報とプロヴィデンスの思惑がこんな茶番だったなどと想像できない。
P2部隊はプロヴィデンスの私兵そのものであり、組織としてはロイターの中にあるが実際はガラパゴスと化している。
そのため情報はロイター内で精査されずにそのまま私まで流れてきた可能性も十分にあるのだ。
この仕組みはプロヴィデンスがまぬけであればあるほど、私達の仕事は空振りが増えるという訳だが今のところ半々だ。
こうなると、「新型兵器の情報がデマ」であるという情報を持ち帰らなくてはいけないのだがそんな証明はどうできるんだ。
きっときちんと学校に行けている他の人からすれば思いつくのだろうが、私は初歩的な読み書きしか習っていない。
一旦、人の目のつかないところで妖精を動かして情報を得ているであろうアノンと意見を共有すべきだな。
「ちぇっ、じゃーなオッサン!オレは金目の物でも落ちてないか確認してくるわ!」
私は1人になるため、強引に会話を切り明後日の方向に走り出す。
「もうとっくに手ぇ付けられてるだろ!撤収時に置いていかれても俺は知らねえからな!」
振り返らずに、手を数回振りそのまま走り続けた。
「なあ、女の少年兵って珍しいよな。」
「あのガキか?……いろいろな意味でよくここまで生きてこられたと思うぜ。運が良かったんだな。」
「あやかりてえもんだな……ハハ」
後ろから聞こえてくる声、アノンの指摘は当たっていたかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます