進行

 思わず声に出てしまった。

 角張ったフォルムだが、寸胴ではなくスマートに見える。

 B装備というのは軽量かつリーズナブル、敵兵器の破壊のみを目標とした装備で目立った武装は貫通弾を装填するセミオートライフルだけだ。

 歩兵相手には効率的な兵器とは言えないが、それでも脅威にはならないとは言えない。

 大体十数メートルはある二足歩行兵器が、私達人間とおなじ様に動き、戦ってくる。

 汎用性、適応力の強さもある。


 この目の前にあるガドが兵士の殺害を優先し、廃屋を破壊し始め、その大きな瓦礫を投げつけられた時には死を覚悟しなければならない。

 更に大口径の弾を近距離に受けた場合の被害や、ガドに標準搭載されている頭部バルカン砲などを使われるという風に想定すれば、ココで呑気にしているわけにはいかない。


『ナスカ!こいつはウカントのガドだ。B装備に満たない武装、完全に修理されていない装甲、内部機構もかなりボロい。味方だったとはツイてるな。こんな戦場にイグジスを投入した時点でウカントの勝利だ、PMCが用意していたヘリやAPCはヤツに対抗できる装備がない。』


 ガドが動くたびに地は揺れる。

 ブーストパックは搭載されておらず、人間と同じ様に歩行する。


 APCが登場し、その榴弾を放ってガドに当てていたが痛くも痒くも無い様子で、手に持つ大口径の対兵器セミオートライフルを数発打ち込むと爆発四散していた。

 その後、ガドは空を飛ぶ目障りなハエを数秒かからず落とすと、武装していない方のアームを天高く上げた。


 PMC兵はこれを想定していなかったのか、恐慌しながら逃げていく。

 数少ないウカント兵からは歓喜の声が上がっていた。

 

『ナスカ、フォートダウン社にしては諦めが速い。決して安全ではないが、連中が引いている内にあのガドについてウカント兵達に接触して情報を取れないだろうか。こんな戦場にイグジスなど採算の面で異常だ。アイツがココに居る理由を調べてみてくれ、きっと今回の任務に近づけると思う。』


 私の格好はみすぼらしいものだし、少年兵の情報も出回っているだろうからウカント兵から問答無用で撃ち殺されることは無いだろう。


『当面はその方向で行動しよう、何かあったら連絡する。』


 通信魔法がアノンにより切断される。

 私は堂々と廃墟の戸口から外に出て、ウカント兵に声をかけるべく行動を開始した。 


 警戒こそは解いていないだろうが、自分たちが圧倒的優位になった事に加え、周囲に敵影が無い事から気が緩んでいるウカント兵の集団がちらほら見える。

 皆、銃を手から放してはいないが構えてはいない。

 中には、死亡しているPMC兵の装備をあさっている集団もいて、隠し切れない「もう終わった」感が醸し出されていた。


 私は、談笑していた男二人に近づく。

 数歩手前からもちろんこちらに気が付くわけで、男たちは訝しげな表情をした。


「なんだ、お前逃げ出したんじゃなかったのか」

 彼は口元を緩めながら言った。

 ニュアンスから別に私を咎めたくて言ったようには感じられない。


「信じてもらえねぇかも知れないけどオレだって2人やっつけたんだ!逃げたんじゃない!」

 少年兵の中でも「イキが良くて」「将来有望な」人間を演じる。

 誰も何処にでもいる、死んだ目をしてボソボソと喋るつまらない肉の盾と親交を深めたくはないだろう。


「はっはァ!ウソつけ!ライフルだって落っことしてきたみたいだし、証拠あんのかよ!ドックタグは?」

 相棒らしき隣の髭面もケケケと笑っている。

 私は体のいい見世物に近いだろう。

 

「……ガドが暴れ出した騒ぎでがれきに埋もれちまってタグは拾えねえし、ライフルもどっかいっちまったんだ。」


「マシな嘘をつきやがれクソガキよぉ、そんなんじゃ補給受けられねぇぞ。悪い事は言わねえから故郷に戻って畑仕事でも土建でもやってろ。」


 なんだかんだ言って、大人たちは背が低くあどけない顔つきの私が戦う事を考えると気分が悪くなるようだった。

 モラルやら良心やらが残っていると感じた私は少しうれしくなる。

 

「母ちゃんは死んだし弟も殺された、帰る所なんて無い。」


 少し悪戯心で冷や水をぶっかけた所本当に二人とも黙ってしまったので、再びこちらから話を切り出す。


「なあ、あのガド、どっから持ってきたんだ?あんなものがあるのになんで最初から使わなかったんだよ!死にかけたのがバカみたいだぞ!」


 途端に彼らの顔つきが陰から陽になる……ことも無かった。

 今回のMVPを讃える話題にテンションがそれは上がるに違いないのに、何故だ。


「……俺たちは撒き餌なんだよ。お前にゃ関係ないだろうが、俺達の上司にベロウって大尉殿が居てな。」

 さっきまで話をしていた男ではない髭面の男が話に割って入る。


「そのクソが立てた作戦なんだと。有る筈のない物にビビる企業戦士はいないとさ。そんで俺らをこんな今の戦争にまるで関係ない様な田舎でフォートダウンをおびき寄せるエサにさせるなんてよ。しっかし、フォートダウンも不思議だぜ、こんな所で金を使ってもメリットなんてねえのによ。」

 明らかに不満そうな顔、トーンだった。


 ウカントの兵自身この「意味のない場所にイグジスを投入する」という事態は飲み込めていない様だ。

 だが一歩前進だ。この作戦の根っこにはベロウ大尉というウカントの尉官がいる。


「そのベロウ大尉って偉いのか?奴に気に入られれば飯も一杯食えるのか!」

 ちょっとバカにしすぎたか。


「なあ、ボウズ。世の中の大人ってのは俺達含めてみな汚ぇんだ。平気で他人を騙して殺して金を得て飯を食う。そして奴も汚くその上強烈じゃないが貫禄があるんだ。」

 髭じゃない方は私の頭に手を置く。

 髭の方はたばこを吸いだした。


「大出世はしねえが、自分の権力の中で考えうる全ての汚い事は迷わず全てやる男だ。そういうウワサばかり流れてくる。」

 タバコをふかしていた髭も会話に加わる。


「なくなっても誰も突っ込まない物資を誰かれ構わず無断で放出してその金を自分の物にしたり、情報を定期的に売りに出しているらしい。」

 ずいぶんと手広くやってるじゃないか、よく今まで生きてこれたな。

 実力が有るのかウカント自体が風前の灯火ととらえるべきか、正しいのは後者だろう。

 

「奴に気に入られようとして近寄ったが最後、毟られて体のいい様に使われてお終いだぜ。やめておけ。」


 ウカントの大尉が長年かけて一体のイグジスを組めるパーツを自軍からちょろまかした所を敵軍に察知されて、慌てて火消しにそれ自体を使った……。

 そうなるとやはり新型兵器などはデマで、正体はボロのガド1体という事だったと言う訳か。

 証拠もない憶測でしかないが今のところコレが一番しっくりくる答えだ。


 それはオルゲダ本体も黙っているだろう。そしてフォートダウンは勝手に戦果を期待して首を突っ込んだ、私と同類。

 

 ただ、51の掴んだ情報とプロヴィデンスの思惑がこんな茶番だったなどと想像できない。


 P2部隊はプロヴィデンスの私兵そのものであり、組織としてはロイターの中にあるが実際はガラパゴスと化している。

 そのため情報はロイター内で精査されずにそのまま私まで流れてきた可能性も十分にある、つまりプロヴィデンスがまぬけであればあるほど、私達の仕事は空振りが増えるという訳だ。

 

 こうなると、「新型兵器の情報がデマ」であるという情報を持ち帰らなくてはいけないのだが、そんな証明はどうできるんだ。

 きっときちんと学校に行けている他の人からすれば思いつくのだろうが、私は初歩的な読み書きしか習っていない。


 一旦、人の目のつかないところで妖精を動かして情報を得ているであろうアノンと意見を共有すべきだな。


「ちぇっ、じゃーなオッサン!オレは金目の物でも落ちてないか確認してくるわ!」

 私は1人になるため、強引に会話を切り明後日の方向に走り出す。


「もうとっくに手ぇ付けられてるだろ!撤収時に置いていかれても俺は知らねえからな!」

 

 振り返らずに、手を数回振りそのまま走り続けた。


「なあ、女の少年兵って珍しいよな。」

「あのガキか?……いろいろな意味でよくここまで生きてこられたと思うぜ。運が良かったんだな。」


「あやかりてえもんだな……ハハ」

 後ろから聞こえてくる声、アノンの指摘は当たっていたかもしれない。

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