戦場

 ここは戦場。

 何の障害物もない大通りを援護なしで渡るなど正気ではないだろうが、私はもう何年も気が違っていた。


 PMC兵と戦闘中、私は味方を置き去りにして目的地へと向かう。

「おい!小僧何やってんだ!」

「放っておけ!役に立つかあんなッッ……」


 私の行動に声を上げた味方の一人が、敵の銃撃を受けて倒れた。

 当然敵は複数で行動している為私にも銃口が向けられ、凶弾が放たれる。

 

 数秒間の撃ち合いとなった。

 味方の兵士は敵を討つことも出来ず射殺され、既に私を撃っていた1人に加えもう1人、計2人の敵視は私に向けられる。


 私は走りながら射撃をし、滑り込む形で中腰の姿勢になりながら更に弾を放つ。

 乱射された敵の弾は私の左腕を貫通し、頬を傷つけたが乱射された私の弾は敵兵2人の命を奪った。


 トラックから降りて分散した時点でこちら側の味方は2名のみだった。

 だから今の私に足を引っ張る味方は居ない。

 

 目視できる敵兵は無し。

 だが状況から察するにすぐ近くには多くのPMC兵が居る筈だ。


 私は想定される脅威を感じながらも、そのまま目的の廃墟に走り込む。

 丁度味方の兵士の死体もある事だし、罪を全てその死体にかぶせた。

 相打ちになって死んだ……としばらく思ってくれるだろう。


 私は部屋の中で小銃を置き、マントを脱ぎ捨て転がっている椅子を直して座った。

 自分の頭に右手を当てる。


【コール】


 口に出さず、そう念じる。

 いつも使っている通信魔法により、定例である相棒との連絡を行おうとしたが通信に出た相手は想定していない人物だった。


『こちらナスカ……応答してくれ。』


『やあ、久しぶりだナスカ。任務開始地点まで大体2週間といったところかな?順調そうで良かった。』


『プロヴィデンス……なぜお前が?アノンはどうした?』


『私が偶に部下の様子を見る事に問題があるかな?まあこれは挨拶みたいなものだ、後できちんとアノンと話はさせる。』


 世の中に通信魔法というものは広く出回っていて、質の高低がある。

 私の使っているものは最高クラスのもので、中身の秘匿や公開は自由自在だ。

 通信をしながら、負傷した自身の片腕に処置を施す。

 

『さて時間に余裕はある、手短におさらいをしよう。中立を謳うブルメント寄りの小国ウカントの僻地に新型兵器輸送の情報が入った。価値もない地域にそのような物があるだなんてどう考えてもデマだ。想定通りオルゲダは静観の姿勢だったが、51に当たらせていた別任がこれと繋がってしまった。念のため調べてコレの情報を奪取、可能な場合破壊して帰投しろ。信憑性は薄いがコレが正だった場合我が傭兵組織ロイターはさらなる力を得る事が出来る。』


 急ぐ必要が有るのか無いのか分からないが傭兵組織ロイターのボス、プロヴィデンス自身が優雅に話をしているのだから問題は無い。

 というのも私の所属する部隊は、その中でもプロヴィデンスの小間使いとして動く、「P2部隊」であるからだ。

 お使い部隊だっていうのに立派な名前まで付ける所に彼の性格が見える……気がする。

 

 彼の言葉により動き、彼の望む働きをする。そこにスポンサーの意向が関わってくることはあまりない。

 作戦がどれだけ整合性が取れたものでなくとも、それがプロヴィデンスの望むものならばそれで良いのだ。


『分かっていると思うが正直言って適任ではないぞ、そのまま51に行ってもらうか……ポリビアスの奴はどうしたんだ。』


『51は作戦を終えていない、ポリビアスは負傷中だ、そこで君に白羽の矢が立った。バズビーを当たらせるよりマシだろう?』

 私はロイターに雇われてからプロヴィデンスの姿を見たことが無かった。

 

 ちなみに51、ポリビアス、バズビー、は同僚の戦闘員、ハープやアノンは裏方がメイン。

 ナスカという私の名も偽名、彼らもそうだ。

 

『さて、健闘を祈っている。後はアノンが引き継ぐ、それではな。』


 一旦魔法が閉じられることは無く、数秒の沈黙の後聞きなれた穏やかな低い声が耳に入る。


『全くボスは……やあ、ナスカ。少年兵として自らリクルートされに行くなんて無茶をするね。怪しまれなかったのかい?』


 アノンの声だ。外見も中身も穏やかな男性、30に届くかどうかの年だった筈だ。

 中肉中背、ぼさぼさの黒髪にメガネ。前線に立たせるものなら数秒であの世行きだろう。


『どの地域でもみすぼらしいガキなんて畑から生えてくるものさ。そしてそれが命を売るなんて定番中の定番だ。』

 

 近場までは普通に貨物に紛れながら航空機や列車に乗ってきたが、道中身を隠してココまでたどり着くのは困難だと判断し、隠すのではなく偽って動くことにした。

 当然その都度定期的に連絡は入れている。


『君はもう16の女性なんだ、少年じゃあない。前線に身目麗しい若い女性なんて違和感の塊に違いなかったろう、マントで隠してたとは言えそこそこの人にはバレてたんじゃないかな。まあここまで来たんだからもうどうでもいいか。』


『さあ、じゃあいつも通りナビゲートを頼む。』


「スポーン・ファミリア」

 展開したのは、動物や妖精や召喚獣など自身の戦闘をサポートしてくれる生物を召喚する魔法だ。

 私のスポーン・ファミリアは、特定の「意思のない妖精」を長時間出現させるものに固定してある。


 何もない空中に光が現れ、その中より正四面体が現れさらにその一面の中心に「目」が現れた。

 宙をふよふよと浮いている。コレが私の偵察用妖精であった。


『OK、ナスカ。妖精の視界と同期する……よし、完了だ。上下左右に視点を動かして……うん、上出来だ。この建物には裏口は無いから、そのまま正面の戸口から出てくれ。他社のPMC、フォートダウン社の兵士に注意するんだ。それと……』


『まだ、何かあるのか。』


『君がウカントから拝借したZJ-103だけどもう使わない方がいい。信頼性の高い武器だけど、ソレは限界をとうに超えている。今ホルスターにあるハイパワーを使うんだ。』


 立てかけてある自動小銃はもう使えないとの事だ。

 ハンドガン一丁、ナイフ一本は心許ないが問題は無い。

 つい先ほどからかなりの振動や爆音が鳴り響いている。

 そんな情報は無いがウカント側が怒りに任せて旧式の戦車でも投入したのだろうか。

 ……だが、特徴的な振動は説明がつかない。

 

『うん?…………ナスカ、まずいぞ。付近にイグジスの反応アリ!数1、これは……B装備のガドだ!どっち側だ――』

 

 まさか、こんな低レベルな戦場にイグジスを投入してくるなんて。

 プロヴィデンスの憂いが当たって、ここには本当に何かがあるのか。

 私は逸る気持ちを落ち着けるために、通信を続行しながら戸口へ向かう。その情報が本当だとしたら廃墟に身を潜めていようが関係ない。


 恐る恐る顔を少し外に出すと、そこには巨人。

 アノンの通信で言われた「ガド」というのはこの世で一番普及しているイグジスの品名だ。

 

「イグジス……」

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