虚心尖兵ナスカ

おほ派

第一章「ウカント編」

運命

「があああああッッ!畜生!」


 機体損傷を知らせるアラートが鳴り響き、赤いランプがコックピット内で明滅する。

 身を頭まで揺さぶる激しい振動がダイレクトに伝わり私の身体と精神にダメージを与えた。

 

 迫る敵のイグジス――汎用人型兵器イグジスはその名の通り、人型のロボットで単身乗り込んで戦う事が出来る。


『どうやら帰らせてくれないみたいだね。』

 頭の中に成人男性の声が響く。

 味方のオペレーターと通信をしながら敵と戦っていたが、成す術も無く敗れてしまった。

 既に私の乗るイグジスは右足と左肩が大破し戦闘不能、体を廃墟ビルに沈めてしまいもう何も出来ない。


 敵はまるでアニメに出てくるロボット物の主人公の様にゆっくりとライフルを片手で天に掲げそしてぴたりとガド、私が乗る機体のコックピットに狙いを定める。


「死んでたまるか!アノン!情報はココまでだ!通信も妖精も切るぞ!」


『すまないナスカ‼後は任せ――』


 私から流れる魔力の流れを強制的に切る。

 常時発動型の妖精召喚や通信はコレで一切なくなった。


 操縦用のコントローラーを投げHUDを映すゴーグルを外してハッチを開ける。

 やる事は1つ。


 私はコックピットから降り、ガドの腰の部分まで躍り出てなおも向けられたレーザーライフルの銃口に向かって高く両手を突き上げた。

 唾を飲み込む、私は本当に捕虜になれるのか。


 アノンの独り言によれば、この惨状は目の前のイグジスを試すために作り上げられた舞台。

 目撃者を消さない訳が無い。


 気が付くと四方八方からPMC兵に銃を向けられていた。

 そういう事だ。

 私にこんな人数を割くとは、逃げ出した現地小国ウカント兵の多くは処理済みなのだ。


 フォートダウン社にとってウカント兵が投下コンテナを確認した時点で逃げ出す事は想定内だったのだ。

 

 私はこのまま死ぬのか、また……。


「ヴァレリア……ヴァレリアなのか。」


 声は敵から発せられたものだった。

 イグジスの中には治安維持用のモデルなどもあり、パーツも豊富故にパイロットの声を外部に出すものもあるが、こんなコテコテの対イグジス用モデルにそんなものを付けている意味が分からなかった。

 さらにその大きな音量で、私の昔の名が叫ばれるとも思ってもみなかった。


 本名、私の幼年期に死んだ両親からもらった名前。

 それをある時まではずっと使い続けていた。

 それを知っているとなれば昔の戦友か上官か、あるいは私が殺した者の縁者かもしれない。


 ここで黙っていても、否定しても仕方が無かった。

 相手が私をヴァレリアだと思っている以上、そうだと言わなければ話はここで終わってしまう。

 私の声が装甲の奥まで届くとは思えなかったから、ゆっくりと大きく数回頷いた。


 途端に、目の前のイグジスのハッチが開く。

 私にとってこれは想定外だった。


 パイロットは立派なパイロットスーツを着て、フルフェイスのヘルメットを着用していた。

 ゴーグル類をかけておらず、顔が見えるタイプだ。

 つまり私の搭乗していたイグジスと操縦方法が違う、という事もやはり――。


 彼はワイヤーから降りると急いで私のところに向かおうとガドを登り始めた。

 周りの兵士から行動を咎められている様だったが彼は気にもせずこちらに向かう。

 

 私より20cm以上も高いその男を見上げる。

 彼はヘルメットを脱ぎ、こちらをまじまじと見つめた。

 金髪碧眼顔の作りが兵士にしては綺麗だ、まだ若い年は20に届かないだろう。

 

 その顔を使って何とか記憶から合致する情報を探ろうとしていたが、全く思い当たらない。

 顔も、声も知らない。

 誰だ、お前――。

 

「ベア姉さん……本当にベア姉だ。あの頃のままの……。」

 私をベアと呼ぶ人間は多くいた。

 だが私をベア姉と呼んで姉として親しんでくれた男の子はそういない、多くは死んでしまったのだから。

 そして、私と劇的な別れをした人間の名をたった今思い出した。


「ルカ=ラルフ……ルカ!生きていたのか!よかった……。」

  私が口から放ったのは弟の名だった。



 ――数時間前。



 砂漠の町。

 町と言ってももはやそこに機能は生きておらず、唯のコンクリートオブジェ乱立地帯と化していた。

 使われなくなって久しい看板や、降りたままのシャッター、車だったモノ。

 周囲には多くの人が居たが、町に生きる民間人ではなかった。


 信号機の音や、機械の音、コマーシャルなどの音は一切なくその代わりに鳴っていたのはけたたましい破裂音。

 銃声が絶えず鳴り響く。

 時には大きな爆発音が響き、そこに悲鳴や罵声などがミックスされる。

 

 身なりの粗末な兵士の集団と、 それなりに装備が整っている兵士の集団が小競り合いを繰り広げていた。

 空にはヘリコプターが飛んでいるが、輸送用のものに簡単な武装が施されているタイプが一機のみ。

 地上にはAPCの存在が確認できる。


 状況から見るに、装備が整っている兵士の集団――PMCの物に違いなかった。

 それに対して身なりの粗末な側――地元の小国所属兵士の大型兵器は見当たらなかった。


 死体はあちこちに放置されていて、多くは小国兵だったがPMC兵のものもあった。

 戦闘が終わればこれらのほぼ全てが「死体漁り」によって消え失せる。


 けたたましい銃声によって、一人、また一人と血しぶきをあげて倒れていく。

 爆発音は大抵迫撃砲によるものか、地雷のものでかかった人間を吹き飛ばしひき肉にしていく。


 ここは地獄ではなく現世の、惑星「マリド」の、いや、この宇宙の全ての普遍的な姿である。

 

 装備や兵器の差によって、PMC側の勝利は約束されている様に見えた。

 そこにボロのトラックが二台到着する。

 乱暴に停止すると同時に、荷台から多くの兵士が飛び降りてくる。


 拙い身のこなし、粗野な武器。

 トラックから降りる兵士の大半がそうだった。

 彼らが生きてこの地を離れる事は難しいだろう。

 その中には少年兵の姿も見えた。


 この世では子供もまた、戦いに駆り出される。珍しい事では無い。

 そのフードを被ったマント姿の子供は降り立つと、拙いながらも集団行動を起こしていた小国兵達から自然と離れていく。


 その足取りは確かなもので、目的地がある様に見える。

 大通りを横切るその子にPMC兵が容赦なく銃撃を放つ。

 この世では相手が子供だろうが、小動物だろうが慈悲は無い。


 だが、敢然とその手に持った小銃で反撃しながら幾つもあるうちの1つの廃墟に身を隠した。

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