第6話

 各コミュニティの壁がなくなったことにより、人々は以前よりも膨大な量の情報の中にいた。

 彼らは、自らが井の中の蛙だと気付かされて、驚きの日々を送っていた。  

他コミュニティとして決して接触しないであろう者と連絡しあったり、外に出てみたりと、彼らの動きは以前よりも活発になっていた。

 ただ、変わらないのは電網である。

 相変わらず、街を彩るかのように走りめぐらされて、実物と同化している。

 パラミーは山奥の渓流にいた。

 夏だというのに水は澄んで冷たく、河原は涼し気な空気に満ちていた。

 頭上を樹木の葉が覆い、風で時々さすられた音がする。

 当然のように、ライリが隣にいる。

 ただ、彼女は朝から元気がない。

 パラミーが気付いて尋ねても、笑顔で否定するだけだった。

 彼がここにいるのは、喧騒をさけてゆっくりするためだった。

 当然、携帯通信機の電源も切ってある。

 しゃがみながら水面に手を入れたりしていた彼は、河原に寝ころんだ。

 ローキカルは何をのんきにとこの光景を見れば言うだろうが、パラミーとしては、新しいコミュニティが安定するまで動くわけにはいかないのだった。

「……ねぇ、パラミー。本当にエディンに行きたいの?」

 ライリが今更のように聞く。 

「ああ、行きたいねえ」

「どうして? エターも見つけたし、あたしも還って来たんだよ?」

パラミーはしばらく考えた様子だった。

「……コミュニティの閉鎖性が、元々俺を圧迫しているかと思ってた。でもその壁をこわしても、何も変わらなかった。正直、わかんないよ。でも、強烈にエディンに惹かれるんだ」

パラミーの説明は曖昧な言葉だったが、何故かライリは納得した。

「……そう。なるほどね。ところで何で不死になったの?」

「知らない。いつの間にかなってた」

 即答だった。

「本人がわからないんじゃなぁ……」

 ライリは苦笑するほかない。 

 しばらく無言で、二人はせせらぎの音の中にいた。

 突然に、地面が軽く揺れた。

 二人は轟音のした方に顔を向けた。

 森の奥に、カプセル状のものが落ちていた。

 扉が開き、中から機械と人間がくちゃくちゃに融合した男らしきものが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 それも、一歩ごとにまわりの電網を吸収して身体に融合させて巨大化しながら。

「なんだ、あの化け物……」

 パラミーは唖然とした。

 刀を鞘から抜いて、すぐに戦闘姿勢に入るライリ。電影を二枚広げた。

「パラミー、ここは任せて」

 静かな落ち着いた声だ。

「ライリだけってわけにはいかないさ」

 パラミーは立ち上がって拳銃を握る。

「……不死のパラミー……おまえの謎が解ければ、私は完成する……」

「その声は……ヒィユか」

 パラミーは相手の正体がやっとわかった。ヒィユが何故、こんな姿になったのかはわからなかったが。

 ライリが縮歩で刀の間合いまでもぐり込む。

 足元を薙ぐように振ると、いつの間にか手にしていた剣で、撃ち払われる。

 後ろに退きそうになる所を重心の起点にして、今度は腰辺りに突きを見舞った。

 これも受け流されてしまうが、同じ要領でまた、ライリは腕を狙った。

 よけられた所を、勢いをつけて顔面にひっかけるような蹴りを繰り出す。

 予想外だったようで、これは命中しヒィユの身体はよろめいた。

 だが、反対側の腕で、ライリは腹部を殴られて、吹き飛んだ。

 河原に倒れるが、すぐに起き上がって刀を構える。

「鬱陶しい小娘ですねぇ」

「こっちのセリフだよ、それ」

 ライリの横から、パラミーが拳銃を撃った。 

 弾丸は空気防壁にぶつかって、ヒィユの身体まで届かない。

 ヒィユは影を使っていなかった。

 それでも、一定間隔をあけてパラミーは引き金を絞り、銃声を渓流の森に響かせた。

 理解したライリが、跳ぶ。

 上段からの袈裟懸けだった。

 空気防壁を張っているヒィユは、自ら硬化させた大気に動きが鈍くなっていた。

 なんとか剣で受けようとするが、ぎりぎりで間に合わず、そのまま腰まで一気に斬られてしまう。

「……ぬぉ……」

 低い呻き声をあげて、ヒィユは身体を傾けた。

 ここにきて、銃弾のリスクを負う覚悟を決めたヒィユは空気防壁を断った。

 素早い腕の動きで剣がライリを襲う。

 だが、狙いすましたかのように、パラミーの速射で肩と胸を吹き飛ばされ、最後は顔面に銃弾を喰らった。

 とどめにライリはその首を横からはねた。

 ヒィユは、ゆっくりとそのまま樹木を背後にした草原に倒れる。

「やれやれだ」

 パラミーがつぶやいて、銃をしまう。

 戻ってきたライリは、まだ緊張感を解いていなかった。

「パラミー。あなたがどうして不死なのか、教えてあげる」

 顔を上げて不思議そうな表情をしたとたん、パラミーのその首が遠くまで跳んでいった。

 さすがに不死のパラミーも首を切断されると、身体がバラバラに崩壊していった。




 パラミー死の報は、コミュニティ中を駆け巡った。

 流したのはクロト・コミュニティである。

 そして、殺したライリは、コミュニティそのものを否定する少女だという。

 それみたことかと、シアブルは思った。

 人々はコミュニティという閉じた狭い世界でこそ思うままに自由であれるのだ。それを導くのが、コミュニティ・リーダーだ。

 彼の元に、初めて来訪する客が来ていた。

 キオイオと名乗っていた。

 動きやすい上衣とキュロットの、身なりのきちんとした女性と少女の間のような容姿をしている。

 だが、シアブルの走査で本人はロキシという人物だとわかっていた。

 クロト・コミュニティの三番隊隊長である。

 ただ、ロキシは男性と記録されているのが気になったが。

 客間で出された紅茶に何の警戒心もなく口をつけて礼儀上の笑みを浮かべている。

 執務室から報告を聞いて戻ってきたシアブルは、彼女の正面に座った。

「とてつもないニュースがあったようですね」

「ええ、驚きましたよ」

 シアブル言いながら落ち着いていた。

「パラミーという方が亡くなったとか……」

「ほう、ご存じで?」

 二人ともわざとらしいやり取りを楽しむかのようだった。

「ええ。たった今、浮遊ディスプレイで速報が入りましたので。あなたたちには衝撃かと」

「私は彼とは違う路線ですからね。これといった問題はありません」

「そうですか。それは良かったですね」

「それどころか、これで内部引き締めをできるので。不謹慎かもしれませんが」

「不謹慎といえば、彼が死んだ隙をついて、今のコミュニティをかじることもできそうですね」

 シアブルは妖しい笑みになる。

「その気はありませんよ。私は現状のコミュニティで満足しています」

「その割に、独立を煽ぐ連中を放っているようですが?」

「見透かされてますねぇ」

 シアブルは苦笑してみせた。

「この際、現事実上のサッス・コミュニティを乗っ取ったらどうです?」

「途方もないことをおっしゃる」

 シアブルは電子タバコを咥えた。

「そうですか? あなたならできそうですが」

 キオイオは不思議そうな口調になる。

「いま、サッス・コミュニティはエクーとライリが共同統治してますからね。しかも、事務処理は管理課のローキカルです。どう考えても手がでませんよ」

「管理課のローキカルが加わったということは、手を出しても良いというサインだとはおもいませんの?」

「……ほぅ」

 さすがにその視点には小さく驚くシアブルだった。

 確かにローキカルを動かせば、サッス・コミュニティを崩すこともできる。    

「……面白いことを考える方だ」

 シアブルは濁そうとした。

 だが、キオイオの目には彼がその点を考え出しているのが見えていた。

「手を貸しましょうか?」

 彼女の言葉に、没頭しかけていたシアブルが我に返った。

 一つ煙を吐くと、ニッコリと笑った。

「その答えは後日に」

「期待していいのかしら?」

「納得いただけると思いますよ?」

 キオイオはうなづいた。




 結局、サッス・コミュニティは事実上、エクーとライリの指導ということになっていた。

 中央執務室と名付けられた元々のサッス・コミュニティが持つホールがある。

 ホーロミは不満そうな顔で、ついた机のうえに、指先を一定間隔で軽く打ち付けていた。

 リーダー二人がだまって浮遊ディスプレイで仕事をしているのを眺め、舌打ちする。

「不満あるなら吐き出しちゃった方が楽だよ」

 落ち着いた声でライリが彼女に視線をちらりとむけた。

「それは覚悟があるって意味だろうねぇ?」

 好戦的な表情になるホーロミ。

「構わんよ」

 促したのは、エクーだった。

 ホーロミはため息をついた。エンジンをかけるように。

「だいたいよぉ、結局あんたらがあたしたちを乗っ取ったのか、コレ? エディンにいくっていうから協力してたら、いつの間にかただの巨大コミュニティができただけじゃねぇかよ。しかも、エディンから何しに帰ってきたんだかわからねぇ二人がトップに立ってよぉ!」

「……本当にエディンに行きたいのか、君は?」

 指を動かしながらエクーが応じる。

「当たり前よ! タイリンを支配してるってコアな情報体とくれば、とんでもないお宝じゃないか」

「君たちがエディンと思ってるものは、偽物だ」

「なに? どういうことだ?」

 さらりと言ったエクーの言葉に、ホーロミは絶句しかける。

「結局エディンという民間で見聞するものは、イベク社とローキカルが作った伝説なんだよ」」 エクーが嘘をついているとは思えない。

 だが、それならエディンとは何なのだ?

 ホーロミは考えようとする前にいつもの癖で怒りを覚えていた。

「じゃあ、結局おまえらは何しようというんだよ!?」

 思わず、声を荒げていた。

 エターはニヤリとした笑みを浮かべる。

「良いじゃないか、結局は偽物で。本物のエディンは我々には届かない別世界だ。俺たちは、偽物のエディンを使って、コミュニティをまとめ上げるんだよ。そして、壁をなくす。

同じ連中が同じ意見で凝り固まった集団を野に放つ。その他時、本物のエディンが現れるんだよ。」

 彼の言葉がよくわからず、ホーロミは思わず睨んだままの姿勢になっていた。

「それよりもさぁ、シアブルの動きが最近おかしいんだけど」

 口を挟むようにして、ライリがつぶやく。        

「放っとけよ」

 ホーロミは吐き捨てた。

「んー、まぁ手を出してこない限りね」

 ライリは浮遊ディスプレイを見つめながらうなづいた。

 


「可哀そうなヒィユ……」

 森の中にある渓流で倒れている、人と機械の融合した姿をした彼の死体のそばにかがみ、エレイサはつぶやいた。

 河原には彼の死体しかない。

 影の一枚を共有していたエレイサとヒィユだ。お互い何が起こったかすぐにわかる。

 まっとうな子供時代を得られく、やっとイベク社に居場所を見つけたと思ったところで、放りだされたヒィユ。

 エレイサは、彼の頭を両手で抱いた。

 これからあたしはどうしすれば良い、ヒィユ?

 悲しみの涙が溢れてくる。

 エレイサにとってはヒィユは父親であり、友達であり、最初の恋人でもあった。

 仇をとれば全て納まるの? 

 違うよね? 

 そんなこと望んでないよね?

 あなたは内なる欲動のままに動いた。

「ならあたしもそうすべき、ヒィユ?」

 死体となったヒィユは答えず、ピクリとも動かない。

 その代わり、以前に聞いた言葉を思い出していた。

「エレイサ、これからはおまえの時代だ。電網など破ってしまえ。従っている義理はないんだ」

 ヒィユ……

 エレイサは、しばらく彼を包み込むように抱きしめていた。 




 ローキカルは幾つもの浮遊ディスプレイを広げ、事務仕事の合間に独自の調査も行っていた。

 秘書も増員したがどうしても人手不足になる中でだ。

 背後には相変わらずエレイサがいる。

「……あー、君さぁ、エターのところにいったほうがいいんじゃない?」

「呼ばれてませんので」

「そうなのか。必要な人材だと思うんだがねぇ」

 声をかけたローキカルはそこで口を閉じる。

 彼の元に届いていたのは中央省各部からの抗議がほとんどだった。

 最悪、シラブルのコーズ・コミュニティに全てのサービルを提供し、今のサッス・コミュニティには打ち切るとまで言って来ている。

 エターにその点を聞き出すと、まだ早いという答えが返ってきた。

 ローキカルは各部の説得に忙しかったのだ。

「あー、こりゃ大義名分が必要だなぁ」

 通信の文面でのやり取りに、ローキカルは息を吐いた。

 彼はエレイサに目をやる。

「ちょっと、君の名前を使っていいかな?」

 何のことかわからなかったが、エレイサはどうぞと、簡潔に答えた。

 一瞬、ぼんやりとしたように考えたローキカルは礼を言った。

『我々は、エディン住人と現実の住人の特徴を併せ持つ人物を確保しています。これ以上の議論は無意味かと』

 ローキカルは各省庁の部レベルに文面を送った。

 途端に、しつこい繰り返すような彼らからの連絡がぴたりと止んだ。

「おー、すごい威力だこと」

 ローキカルは苦笑した。

 これで、心置きなく、エクーの意をくんだ事務処理に集中できるというものだ。

 満足げに電子タバコの煙を吐き、彼は一小節だけ鼻歌を歌った。

「エレイサ、君やっぱりここにいてちょうだいな」

 少女は微笑んだ。



 

 目が醒めた。

 身体に変化はない。

 いや、あるとすれば少々、重くなったという感じか。

 廃屋と言っていい部屋だった。

 蜘蛛の巣がいたるところに張られ、埃まみれで、壁などは一部壊れている。

 パラミーはベッドに寝かされていた。

 その足元には、スリッパと彼がいつも履いているスニーカーが置かれている。

 スニーカーの方を履く。服装もいつものものだ。

 どこだ、ここ?

 壊れた窓から陽が差している。

「おはよう、パルミー」

 気付くと傍で聞きなれた少女の声がした。

 ライリだった。

「やぁ。首は繋がってるみたいだよ?」

 眠そうにしながら、パルミーは笑んだ。

 だが、ライリはそれには何も言わなかった。

「ここはどこ?」

「あなたに会いたいって人がいるわ」

「そかぁ」

 パラミーはその時気付いた。

 彼の足元には、影がある。

 今まで存在しなかったものだ。

 代わりになのか、ライリには無かった。

「……これは?」

「すぐにわかるよ。立てる?」

 やっとライリは笑顔になった。

 ベッドに腰かけていたが、いざ立つとなると身体の節々が痛い。

「なんだ、一気に歳とった気分だなぁ。風邪の様子はないし」

「両方ちがうね。ほら、行こうか」

 ライリがパラミーの腕をとって歩くのを助ける。

 廃墟を出ると、広がった光景はまさにまた廃墟の群れだ。

「寝てる間に、戦争でも起きたのかよ、コレ」

「あんたが寝てたせいだよ」

 クスクスとライリは笑う。

「俺の?」

「そうだね」

 疑問のまま連れていかれたのは、今にも崩れそうなコンクリート製のホールだ。

 そこには想像もしなかったほどの人間の数が集まっていた。      

「……目覚めたのか」

「あの人が、パラミー……」

「忌子めが余計なことをしたから……」

 彼らはひそひそと憎愛を込めた言葉を吐く。

「忌子?」

 引っかかった言葉をライリに視線で疑問を投げかけるが、彼女は平然と歩みを止めなかった。

 一番奥まで来ると、待っていたかのように、エターが立っていた。

「よぉ。久しぶりだなぁ」

「エクー? あんたもこんなところで何してる?」

「そりゃ、お仕事さ。おまえはここでのことはすべて忘れている。なにしろ、今まで電網の影として生きてきたんだからな」

「どういうこと?」

「おめでとう、パラミー。ここがおまえの夢見ていたエディンだ」

「エディン……?」

 パラミーは思わずホール内を見回す。

 薄汚れた人々が彼に視線を注目させている。

「おまえはもともとここの住人だった。肉体はここにいた。サッス・コミュニティにいたのはおまえの影だ」

「影……」

「まぁだから不死だったわけだが。ついでに言うと、ライリは逆。身体を追放されて、差別されながも影をこっちに残していたんだ」

「なんで?」

「おまえらの若気の至りだろうが。語らせるな」

 エクーは苦笑する。

 ようやく、パラミーは思い出してきた。

 そうだ。俺はエディンを何とかしようとしながら、ライリを追って電網の世界に入ったのだ。

「俺が偽エディンからのコミュニティ・メンバーを殺したのも、ここに来たのもおまえらのためなんだからな、パラミー。感謝しろよ?」

「偽エディン?」

 さらりと最後の言葉を流して、パラミーはまた疑問を投げかける。

 ここにいたことは思い出したが、偽エディンというのは初耳だ。

「あと、どうしてタイリンの電網にいるはずのあんたらが、ここにいる?」

「行き来するのに自由だからだよ。あと電網だがな、ここははそれを完全に電影にした場所だ。偽エディンというのは、タイリンの中央省が作った電網の籠。まあ、檻だな。あそこ行くって奴を犯罪者として捕えてるんだから」

「なるほどね」

 パラミーは納得した。

 深く息を吐き、再び当たりを見渡す。

「おまえらはここの王族関係者だ。どうにかする責任がある」

「ライリを追放しておいてかい?」

「それほどに無能扱いされてきたんだよ、王族関係は」

「八つ当たりも甚だしいね」

「再建できるか、パラミー?」

「できるさ」

 即答だった。

 ライリが微笑む。

「さすが不死のパラミーは違うね」

「そのためには、また電網のタイリンに戻らなきゃならないけどね」

「構わんよ。あっちのことはまだ途中だったしな」

 エクーはうなづいた。

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