第5話

「許しがたいな、あの小僧」

 エクーは、ローキカルを目の前にして吐き捨てた。

 個々の牢であるからこそ、コミュニティに価値があるのだ。それが、エディンの模造となっているのだから。

「どうしたらいいかねぇ? というか、あんたあの子に目をかけてたんじゃないのか?」

 ローキカルはのんびりとした口調で、透明の部屋の中にいる男に聞いた。

「保険だよ。あいつは人間じゃない。下手なことをするとどうなるかわからない。だから、特別扱いした。正直、ウチのコミュニティの時限爆弾みたいなものだ」

 憎々し気に語る。

「へー。ライリって娘は?」

「最終的にパラミーの肩を持ち出したから追い出した。それだけだよ」

「殺さなかったんだ?」

 エクーはしばらく間を置いた。

「……パラミーが何をするかわからなかったからな」

「なるほど、そういうことか」

 ローキカルは納得したようにうなづいた。

「牢獄とバレたならいままでエディンを名乗っていた奴らが黙っていない。パラミーは生き残れるか、見ものだな」          

 つまらないとでも言いたげに、エクーはベッドに寝転がった。

「あんたはどうなるんだ?」

「ああ、俺か……」

 思い出したかのような返事だった。

「パラミー殺しの命令を下したところだよ。本物のエディンに行かれたら困るからね」

「奴らが黙ってないって、あんたのことかい」

 ローキカルは苦笑した。

「まぁ、ちょっと約束があるんでね。そういうこった」

 エクーはほのめかして、身体を横向きにしてローキカルに背を向けた。

「借りるよ、クロト・コミュニティ」

「ああ、好きにしてくれ」

 彼にローキカルは答え、その場から姿を消した。




「このクソガキが! 本当なら俺が殺してるところなんだぞ!!」

 母親も、怒鳴った父親と同じ目でヒィユを睨んでくる。

 お腹が減っていた。もう三日ほど何も食べてないのだ。

 夕飯の準備をする母親の隙を見て、ヒィユはつまみ食いをした。

 それがばれたのだ。

 父親は今にも殴るかのようだった。

 ヒィユは汗だくで、ベッドから跳び起きる。

 小さい頃の夢。永遠に続くものだ。

 思い出にある酷い悪夢。未だに未来が見えない代物。

 いままで仕事に打ち込むことで無理やり意識からよけていたのだが。

 やはり、エレイサを手放したのが辛い。

 彼女は、ヒィユ唯一の慰めだった。

 彼はもう眠る気にならず、リビングへと移動する。

 コップに一杯水を飲んで、鏡に向かい自分は大丈夫だと何度も心の中で繰り返す。

 ブランデーを持ってきてソファーに座ると一息ついた。適当なバラエティ番組をペーパー・ヴィジョンで流す。

 ブランデーはそのまま口をつけてラッパ飲みする。

 浮遊ウィンドゥを四枚開くと、コミュニティの現状と、政府の対応、そして管理課の様子を目の前に広げる。

 現状把握のために眺めていると、突然、一枚のウィンドウが開かれた。

 砂嵐のような映像はすぐ、常にピントをずらした人物のものになる。

『……ヒィユ。蔑しられし君よ。こっちにこないかい?』

 声は中性で、水晶のガラスが鳴るかのように響きの良いものだった。

 あらゆる防壁を張って、トップレベルの電網使いでも彼の元へは侵入できないようにしてあるはずだ。

 それが、こうも簡単に破られた。 

 いや、ウィンドウを開いたのは無意識のヒィユだった。

 声は彼の頭の中から響いていた。

 欲動。

「……待っておりました。喜んでお招きに預かります」

 ふらりと立ったヒィユは、部屋の隅に転がったスパナを手に取った。




 反発する勢力は、当然ながらいた。

 パラミーも予想済みである。

 彼が新しい一つのコミュニティのリーダーになることに、だ。正確にはローキカルがその地位にあるのだが、事実上パラミーが把握している。

「俺はただ、エディンに行きたいだけだから。あとは知らないよ」

 パラミーは事あるごとにそう言っていた。

 多くの者は、この状態が何故エディンの話とつながっているか理解していなかった。

 パラミーには悪癖があった。

 言葉少なで説明足らずなのだ。

 しかも、それでまわりが理解したかのように勝手に思い込む。

 パラミーは今度の不満の声が何故だかわかっていなかった。

 ただ、不死のパラミーという伝説(事実だが)が大きな声になっていない理由だった。

 ローキカルが管理しているのに、何故自分の名があがるのか。 

 パラミーは不思議だった。

「なーんでそういうところ、無自覚なのかなぁ」       

 ライリは面白がる。

「なんか、事実上のサッス・コミュニティのモノ扱いされてるんだわ」

「どこの馬の骨ともわからない奴とも言われてるよ、パラミー」

「どうしてかなぁ」

 険のあるめで、本気で悩んだような顔をする。

「まぁ、良いんじゃない? 不満な奴は不満に思わせておきなよ」

 ライリの言葉にうなづくが、エディン探査とコミュニティ瓦解のチキンレースをするつもりはなかった。

 派手に行くことも必要か。

 パラミーが考えていると、自宅兼事務所のインターフォンが鳴った。

 開いてるから勝手に入ってきてとパラミーは、この状況で無防備にドアに向かって声を投げる。

 ライリは呆れたようで、手元に刀を収めた鞘を置いた。

「こんにちは。お久しぶりです」

 涼やかな声で現れたのは、十代前半の少女だった。

 エレイサだ。

「珍しい。ローキカルの所にいるんじゃなかったのかな?」

 ライリが彼女に藤の椅子を勧める。

 遠慮がちに座ったエレイサは膝を若干傾けてその上に重ねた手を置いた。

「ええ、そうなんですが失望というと失礼ですけども、ちょっと呆れちゃって……」

 パラミーとライリは顔を見合わせた。

 あの人物の呆れるところというのが、あまりにありすぎるのだ。どの部分なのか、それとも全体なのか。

 察したエレイサは、口を開く。

「彼には、邪念だけしか感じません」

「邪念?」

 ローキカルに最も似つかわしくない単語なので、パラミーは聞き返していた。   

「牢獄です。今のコミュニティは。ローキカルという中央省の管理官が把握した、全タイリンの組織が現状なのです。そこにい管理者として君臨しているというのが、今なんです」

「それって、まさか……」

 パラミーには悪い予感がした。

「つまり生与簒奪の権が彼にあると言いたいの?」

 エレイサはうなづいた。

「それ、リーダーじゃない?」

 ライリが聞くが、エレイサは首を振った。

「違います。独裁者です」

 パラミーは黙った。

 彼としては、エディンを発見するための仕組みを作っただけなのだ。

 そのことしか考えてなかった。

 コミュニティだのリーダーだのは思考の埒外だったのだ。

 間違いに気づいたのは、この時だった。

 つまり、パラミーは自身がエゴでしか行動してこなかったということだ。

 こうすればこうなる、が全てエディン目的で、現実のコミュニティ群の人々を真向から無視していたのである。

 ライリがさっきまで言っていた点そのものだった。

 だからと言って、パラミーにはリーダーになる気はない。

 煙が漂って来た。

 いつの間にか、クーランが楽し気に、壁にもたれて電子タバコを吸っていたのだ。

 こいつがリーダーというのは論外だ。パラミーは、クーランにたいして思った。

「良いんじゃねぇの、独裁。それでみんなでエディンに行こうじゃねぇかよ。そんな奴ほっといてよ」

 気楽なクーランだったが、パラミーははっとなって思わず彼の顔を見た。

 それが一番かと思ったのだ。

 そのためには。ローキカルの失墜が必要だ。

 パラミーは、彼のことを必死に考えた。

「エレイサ、ちょっと詳しく話を聞いていいかな?」 

 ライリはすぐに切り替えたらしいパラミーに満足げな微笑みを浮かべていた。




 パラミーはエディンへの道を見つけたというのに、何故か本人が向かうのを伸ばしている。

 ローキカルは課長室で珍しく真面目に浮遊ディスプレイを操作していた。

 パラミーの行動の隙に巨大になりすぎたコミュニティの再編成案を考えていたのだ。

 原案はある。エターのものだ。

 これができれば、パラミーの名声を借りて強引に実行すればいい。

 全てパラミーのせいだ。

 エターが強力にその経路を封鎖した。なのにパラミーが脇道をたどるような方法で、エディンへの道を造り上げてしまったのだ。 

パラミーたちが行くぶんには構わない。だが、エディンからの侵入者は断固拒む必要がある。

 急に部屋の蛍光灯が消えた。

 深夜の作業だったのだ。

 秘書たちはすでに帰っている。

浮遊ディスプレイの明かりに照らされたローキカルは、驚きもせず呑気な表情をしたままだったが素早く机の引き出しの中の拳銃を取り出した。

「ローキカル……」

 呼ばれて見ると、正面に細いスーツを来た青年が立っていた。

 まわりは張り付くようにより濃い闇になっている。

 それでも、ローキカルにははっきり見えた。

 漆黒の電影が彼から五枚広がっているのを。

「あー、何の用なんだね?」

 場違いにのんびりした口調のローキカルだった。

 すわったまま、執務机の前に立つ男にはみえなかったが、ローキカルも電影を三枚出現させていた。

 すでに二つの機能を使っているのだが、一つがまったく効果ない。

 相手の動きを拘束するというものだ。ちなみにもう一つは空気の壁だ。

 青年は細い目で微笑みを絶やさないでいる。

「とぼけますねぇ。あなたとあなたがかくまっている人物に言いたいことがありまして」

「聞くよ?」

「エディンから手を引いてください。そしてその証拠として、死んでもらいます」

「それ、言いたいことじゃないじゃん。望みだよ望み」

「どうでも良いでしょう?」

 男はローキカルの目の前にある浮遊ディスプレイを手も足も使わずに割った。

 ローキカルはとっさに銃を構えて、三発、相手の身体に撃ち込んだ。

 壁もつくっていないのか、三発とも命中したが、男は少し揺らいだだけで、まったく効果がなかった。

「さすが地上の人間。電影の使い方がまったくなっていない」

 彼はうすら笑いを浮かべる。

 とたん、ローキカルは椅子ごと後ろに吹き飛んだ。

 激しく床に身体をぶつけ、軽く呻く。

「本来は違うやり方なのですが、こういうのも派手で良いかもしれませんね」

 男が手を伸ばすと、青白い光でできた厚刃の槍が現れた。

 ローキカルを狙って投げやりの要領で、手足のバネを伸ばす。

 いきなり、執務室のドアがある壁が派手な音を立てて崩れ砕けた。

 そこには、Tシャツと大き目なハーフパンツ姿の、若い男が立っていた。

 口に電子タバコを咥えている。

 エクーだった。

 振り向いた男は驚愕した。

「貴様、どうしてここに……」

「どうして? おまえらが悪さするからに決まっているだろう」

 ニヤリと笑い、相手の恐れをさらに倍加させる。

 それには、彼が開いていた八枚の翼のような電影からも来ていた。

 並の人間が扱える数の電影ではない。

「ローキカル、電影の本来の使い方を教えてやるよ」

 エクーは好戦的な顔に低い声だった。

「ちょ、ちょっとまてよ、エクー。俺はあんたに従っているだけだぜ?」

 男は一歩下がった。

「ローキカルを殺せまでは命令してねぇぜ、坊や?」

 瞬間、エクーがあっという間に男との距離を縮めた。

 一発、ボディブローを食らわせる。

 それだけで、男は悲鳴をあげた。

 彼の体にガラスのようにひびが入ると、粉々に砕けた。

 蛍光灯が元に戻る。

 深夜の中央省は静かだった。

「いやー、ビックリした。悪いねぇ」

 ローキカルは椅子を立ててから、体重をかけて立ち上がる。

 エクーの環境は、完全に力を無力化しているはずだった。

 だが、まったくもって効果はなかったらしい。

 ローキカルには文句はない。エクーが大人しくしてくれているならば。

 ただ、エクーが言ったことが気になった。『電影の本来の使い方』だ。

 ただ人体に影響を与えるだけのインターフェースではないのか?

「何が起こったか、まったくわからなかったよ」

 椅子をもどして、再び執務机についた。

「そりゃそうだろうな」

 エクーは軽くあくびをする。

『……エクー!?』

 突然開かれた通信用の浮遊ディスプレイには、パラミーの顔が映っていた。

 彼はウィンドウ越しで、エクーとローキカルの姿を視界に入れたのだ。

「よぉ、小僧。久しぶりじゃねぇかよ」

 エクーは落ち着いて二コリとした。

 とたん、険のある三白眼をした少年が怒りを抑えるような様子になった。

『あんた、そこで何してるんだよ?』

「何って言われてもなぁ」

『まぁ、丁度ローキカルに相談しようとしたところだよ。あんたと連絡するにはどうすればいいかって』

「忙しくなければ、いつでも要件は聞くぞ?」

 パラミーはため息を吐くようにした。

『今度のでかいコミュニティなんだけど、それをあんたがまとめてほしい』

「ほぅ……」

 さすがにエクーは小さく驚いた。

 頭を掻いて、上目遣いの試すような表情になる。

「俺はおまえが支配するもんだと思っていたがね」

『興味ないね。俺の目標はエディンだけだから』

「じゃあ、その提案を受けるが、きちんとまとまるまでおまえがリーダーとして、コミュニティを守れ」

『……なんだそれ? どういうこと?』

「ぶっちゃけなぁ、《肉体を抜けた俺》って奴が、あそこに残ってるんだ。俺ではあるが俺ではない。で、奴はコミュニティをぶっ潰したくてたまらないんだよ」

『ああ、そういうことね。丁度いいよ。俺もあんたを殺したくてたまらなかったところだし』「なんだ、相思相愛だったんだな」

 二人はあまりの下らなさに嗤った。

 自動的に、ローキカルの権威は引き下げられることになり、彼はただの事務員と化すことになった。



 

 解雇届。

 イベク社からヒィユの元に届いたものだった。

 興味もないので一読もしていない。

 ただ、彼にジフルという男が変わったと噂で聞いた。

 自分用の工場設備の整った街の外れにある建物に、彼は一週間こもりっきりだった。

 その間、昼夜を問わず工場機械は働き続けている。

 理想は、エレイサだ。

 彼女は赤子からその身体を持っていた。

 ヒィユは成人した身体にも、彼女と同じ能力を持た足せられるように考えていた。

 一週間がその実験の時間だった。 

 自らの身体を使って。   

 工程が終わると、水槽の中に浮かんでいた彼は、ゆっくりと外に這い出た。

 バスタオルで身体を拭きながら、意外と軽い動きの感覚に軽く驚く。

 彼はそのまま鏡を見た。

「!?」

 一瞬、目を見開く。

 そこにいたのは、人間と機械が融合したかのような歪な姿の存在だった。

 こんなものが一般化されるはずはない。

 バスタオルを床に叩きつけ、ヒィユは怒りに唸り声を上げた。

 失敗だったのだ。

 彼の早い頭の回転が、こうなれば居場所は一つしかないと答えをだす。

 そう決めると、彼はそのまま衣服を着て、四輪に乗った。

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