第4話

 平日の真昼間だった。

 棒付きの飴をなめながら、街でライリは服を選びつつもウィンドーショッピングを楽しんでいた。

 彼女はストリート系とビジュアル系が混ざったような服が好みで欲しいのがあったが、お小遣いがないので我慢した。

 丁度店をでたところで突然、携帯通信機がなる。

 シアブルからだ。

『あー、ライリ。ローキカルが急いでドゥール・コミュニティに来いとよ』

「ふーん。なにかあったの?」

『侵入者だそうだ』

「了解」

 刀は常に持ち歩いていた。

 バイクにくくりつけて、エンジンをふかす。

 ライリはすでに慣れたために乱暴な運転で、ドゥール・コミュニティに向かった。

 ヘルメットを被ってなかったためか、近づくにつれて、銃声や爆音が響いているのがわかった。

 完全な市街戦になってようだった。

「シアブル、どこにいるの?」

 スピードを落とした方て運転で通信携帯器を使う。

『送る』

 短い言葉の後、ライリの乗るバイクのメーターの上に浮遊ディスプレイがドゥール・コミュニティの地図を描いた。

 三方から、彼らは攻撃を受けていた。

 ライリは最も数の多い侵入者たちの背後にまわる。

 四輪が途中に停めてあり、男女が物陰に隠れて背後を向いているのが、見えた。

『ライリ、そいつらじゃない! 北の奴らを頼む!』

 シアブルからきた連絡でディスプレイをみると、もっとも少数なのに、コミュニティ・エリア内に最も侵入していた。

「アイアイサー」

 彼女はバイクを走らせ、付近を大きく迂回した。

 バイクから降りてエリア内をしばらく進む。

 街頭とマンションなどが照らす路地に見える人影が見えた。

 確かにこちらに背を向けている数は少なかった。だいたい、五人ぐらいか。この数相手にシアブルは主力の大人数を投入していた。

 何事なのだろうか。たかがこの人数に、シアブルが必死になっているとは。

 ライリは刀を抜いて、最後尾にいた男に跳んだ。

 渾身の一閃は、寸前で振り向いた山高帽の男がナイフをもった腕で弾き払った。

「よぉ。後ろから来るとはなぁ。シアブルも余裕あるじゃねぇか」

 電子タバコを咥えたクーランは皮肉に笑んだ。

 そして同時に排気カバーをつけたリヴォルバーを出して狙いを定めだ。

 すぐにライリは射線から横にずれて、腕に一撃をくわえようとする。

 銃声とともに弾丸がビルの塀にめり込む。

 クーランは、身体を回転させてよけると、また顔面に銃口を向ける。      

 ライリは首を右に折って、二発目の弾丸を避けた。

 こいつは手ごわい。

 判断したライリは、次の離れた男の背後に走った。

 相手が振り向いた時と、その肩甲骨の下を刀が貫いたのは、同時だった。

「……ライ……リ?」

「え……ちょ、パラミー!?」

 驚いて、一瞬二人の身体が固まる。

「……何してんだ、こんなところで」

 ライリは刀を胸から半分生やした恰好だった。

「何って、あんたこそ……」

「つか、痛ぇから抜いてくれ……」

 気付いたライリは慌てて刀を引き抜く。

「大丈夫!?」

 ライリはパラミーの身体を支えるようにする。

「ああ……ちょっと痛いだけだ」

 言った通り、致命傷のはずなのに、パラミーは痛みに苦しむだけで意識が無くなるような様子はない。

 それどころか、倒れるそぶりも見せないで軽くライリにもたれていた。

「おまえは、ドゥール・コミュニティ側かい」

 痛いのか楽しいのかわからない表情をする。

「そういうことだけど……」

「わかった。ちょっとだけ、大人しくしててくれないか?」

 パラミーは一つ、深い息を吐いた。

「え? あ、うん」

 彼に何か考えがあるのだろう。

 もう、パラミーの傷は癒えていた。

 彼が視線を向けた向こうの奥には、ざっと数えて二十人ほど潜んでいる。

 そして、パラミーの視線の先がドゥール・コミュニティのリーダーであるコールスだった。「悪いけどさライリ、コールスの首だけはもらうよ」

 返事をする間もなかった。

 それぞれ、電影を広げていたドゥール・コミュニティのメンバーは驚く。

 電影の一枚が勝手に浮き上がり、その主であるメンバーの首を締め出したのだ。

 ある者は倒れのたうち回り、あるものは舞うようにもがいた。

 その中に、コールスもいた。

 パラミーはクーランを連れて堂々と近づいていく。

 彼らの電影は全てパラミーが操っていた。

 クーランは通り過ぎる合間に、適当と呼べるしぐさで次々とドゥール・コミュのメンバーを射殺しては、弾を込めてさらに殺害を続けた。      

 自らの電影に羽交い絞めにされ、もう一体の電影に首に腕をまわされたコールスは、憎々し気にパラミーを睨んだ。

「せっかくだけど、レベルが違うんだよ、あんたと俺とじゃ」

 パラミーは拳銃を抜いて、その額を撃ちぬいた。




「一体、どういう事だい?」

 一同が面した場で、ホーロミが最初に口火を切った。

 ドゥール・コミュニティの主な集会場である、巨大な倉庫だった。

 パラミーにクーラン、ライリとシアブル、ホーロミがそれぞれ揃っていた。

 ライリは、パラミーに一通り事態の説明をした。

 返すように、パラミーも今回の襲撃のことを話す。

「なんだ、結局そのローキカルって奴が元凶か」

「ライリ、リイルを殺したのは……?」

「あなたを守るためだった」

「……そっか。ありがとう」

 ライルは首を振った。

 二人の遠慮がちな態度を見ていた三人は、もどかし気だった。

「まったく、おまえらなに遠慮がちにしてるんだよ! 抱き着いてちゅーしちゃえよ!」

 二人の別れまでも喋っていたために、ホーロミは二人の様子に呆れたようだった。

「……うるさいなぁ」

 顔を赤くして、顔を明後日の方向にむけるパラミーだった。

 同じく頬を染めていたが、ライリは嬉しそうに微笑んでそんなパラミーを見つめていた。

「とにかくだ。俺たちは、ローキカルの計画通りに動いたわけだ」

 クーランは煙を吐いた。

「そういうこった。ご褒美もらわなきゃな、あのおっさんに」

 シアブルは鼻を鳴らしつつ、言った。

「あー、なにしろ俺たちはこれで、ローキカルから見れば邪魔者って奴だからなぁ」

「そういうこった」

 二人は互いに納得したようだった。

 ローキカルの手駒といえば、クロト・コミュニティが一番に思い浮かぶ。だが、こうして、コミュニティを整えてしまえば、いつどこのコミュニティが襲い掛かってくるかわからない。

「今のうちに種巻いておく」

 素にもどったパラミーは携帯通信機を耳にした。

「あ、ヒィユか? 全コミュニティは我々が把握した。新製品があれば、全員に配ってほしい」

『……わかりました』

 通話口からパラミーの意図を読んだヒィユは承諾した。

「あと話があるから、後日に会おうよ」

『ええ、明日の午後では?』

「了解だよ」

 携帯通信機の通話を切ったパラミーは、考える顔になった。

「あとはまぁローキカルに報告だけども……」

「あたしとパラミーが行く」

 ライリが気楽な調子でいう。

「あー、おまえら二人なら、説得力ありそうだわ」

 クーランは軽く笑った。

 時間はまだ夕方前だった。

 影を使う彼らとしては、日中のほうが都合が良かったのだ。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。あんたらは、ドゥール・コミュの整理頼む」

 パラミーが言い残し、ライリと共に倉庫を出た。

 



「君がパラミーか」

 一目で正確を見抜いたかのような口調だった。

 ローキカルは、二人を課長室に招き入れると、耳かきをはじめた。

「エターに会いたいかい、パラミー?」

 開口一番、彼を見つめた。

 パラミーはエターの名前にローキカルを睨んだ。

 それ以前に驚いたのは、ヒィユといつも共にいた少女が、机の後ろに立っている点だtった。

「ローキカル、その子は?」

 全てを無視して、ライリは視線で少女をしめす。

「ああ。この子はエレイサ。知ってるだろう、ヒィユのところの子だよ? なんかしらんが、預かってくれって言われて。家にいろっていうのに、ここまでずーとついて来るんだよ」

「こんな可愛い子。うらやましいねぇ。ヒィユもローキカルの寂しい身の上を憐れんだんじゃないの?」

 ライリは茶化した。パラミーがあの調子なのだ。

「のんびりとした生活が、ある意味にぎやかになったな」

 面倒くさそうなのを隠しもしないローキカルだった。

「へぇ。大人しそうなのに」

「わがまま放題だよ」

 ローキカルの態度は、どこかエレイサに冷たい。

「で、エターの話はどうなった?」

 パラミーは促す。   

「今、エクーはエディンで指導者のようなことをしている。ただ、接触したくてもなかなかできないんだけどねぇ。君ら、エクーと関係深いよね?」              

 パラミーは黙った。

 気配でライリの様子をうかがう。

「それができたらあたしがとっくにしてるよ」

 ライリは一笑にふした。 

「まぁ、それもそうか。ああ、言い忘れていた。中央省がクロト・コミュに自由裁量を与えたから。気をつけてね」

「それって、奴らをどうにかしても良い?」

 パラミーはその険のある三白眼の顔で笑みを浮かべた。

「できるのかよ。できるなら良いけどさぁ」

 ローキカルの口調に変わったところはない。

「……もう一つ気を付けることがあったんだ。隠ぺいコミュニティって知ってる?」

「ああ、存在を隠している連中だろう?」

「そいつら、確実にエディン側だからね。もっかい言うけど、気を付けてよ」

「はいよ」

 パラミーは鼻で笑って、ライリを連れて省庁をでた。

 ライリのバイクにパラミーが乗り、遠く離れた森林公園まで来る。

 バイクを止めて、二人はぶらぶらと中に入っていった。

 樹の葉の潤いに満ちているかのような涼し気な空間で、ベンチを見つけ、どちらが先ともなく座った。

 夕方の日が沈む所だ。

 太陽が熟れたように大地に溶けてゆく。

 二人はしばらく無言だった。

「……戻って来てたんだな」

 やっとパラミーが口を開く。  

 ライリはうなづいた。

「エクーとエディンに行ったんじゃなかったのか?」

「ちょっと、指示を受けて帰って来ちゃった」

 苦笑いするライリ。

「指示?」

「そう」

 ライリの気まずそうな笑みは変わらない

「エクーからか。 どんな?」

 ライリは深く息を吐いた。

「エクーはエディンを地上の電網まで拡大しようとしているんだよ。それで、あたしらがコミュニティ潰しのために送り込まれたわけ」

「なるほどねぇ……今、あたしらっていったけど、ほかにもいるのか?」

「いるよ、どこで何しているのかわからないけどもね」

「でもそれだと、うちらと利害一致しないか?」

「しない。エクーはエクー支配の電網を造ろうとしてるからさ」

「そういうことか」

「そういうこと」

 また無言が二人の間で起こった。

「これからどうするんだ?」

 言われたライリはちらりとパラミーを覗き見た。

「……一緒にいちゃダメ?」

 パラミーは胸が裂けんばかりの動悸に襲われた。

「いや……いて良い」

 やっと言葉を絞り出す。

「良かった」

 ライリは少し頬を紅くして満面の笑みを浮かべた。

 パラミーには疑問や聞きたいことが山ほどある。

 だが今じゃない気がして、そっとライリのベンチに乗った手に自分の手を重ねた。

 握り返してくるライリー。

 街頭に照らされた彼女の影が伸びているとなりで、パラミーには影がなかった。




 次の日、パラミーは夜中に考えていたことを、各コミュニティに通達した。

 内容は、コミュニティの解散だ。そして、巨大な一つのコミュニティにまとめるという事だった。

 激怒したのは、シアブルだった。

『一体どういうことだよ、パラミー?』

 浮遊ディスプレイ越しで脅すかのような口調だった。

 自宅のソファに座ったパラミーは落ち着いていた。

「どうって、まぁ通達の通りなんだけどな」

 パラミーは二度寝の寝起きな態度丸出しだった。

『俺たちは、このコミュニティに誇りを持っているんだ。解散なんかしないからな』

「聞いてくれよ、シアブル。エディンの今の支配者は元うちのリーダーだった奴だ。そいつ相手にするには、バラバラなコミュニティじゃ各個撃破されかねないんだよ。それに攻勢に出るときがあったとしたら、皆がまとまっている方がやりやすい。加えて、これは一時的な処置だ。エディンを見つけたら、またもとに戻る」

『……こう考えたくはないが、トップはおまえなんだろう? 最初からそのつもりだったんじゃないか? 戻るって、いつ戻るんだ?』

「シアブル、がっかりさせないでくれ」

 ディスプレイに移ったシアブルはうつむいて後頭部を掻いた。

『……ああ、悪かった』

 シアブルは興奮を冷まそうと、電子タバコを咥えた。

 薬物入りの煙を何度か吐くと、表情もはっきりとしてくる。

『とにかく、俺はコミュニティを解散するつもりはない。これでもこれを作ったのは俺なんだ。エディンだろうが、おまえにだろうが潰されるいわれも指図される覚えもない』

 芯に矜持をもった、はっきりとした宣言だった。

 パラミーはため息をつく。

「わかったよ、シアブル。その代わり協力関係は続けてくれ」

『ああ、それはもちろんだとも』

 同意すると、シアブルは通信を切った。

 はいそうですかと、簡単にはいかないだろうと思っていたので、パラミーは落胆もしなかった。

 クーランが、のっそりと寝室から現れると、次に洗面所からライリがリビングに戻ってきた。

「……コーズ・コミュニティはグレーと」

 ライリは、自然とソファのパラ身の横に座った。

「丁度良いや、ライリ。エターはどうしてサッス・コミュを出るときに、犠牲者をだしたのさ?」

 あくびをして目をこすると、ライリは一つうなづいた。

「エターは、エディンからサッス・コミュを守ったんだよ……」

「どういうこと?」

「彼らをエディンの連中が乗っ取ったんだよ」

「……エディンが?」

 ライリは眠そうな顔に皮肉げな笑みを浮かべた。

「そう、人類の楽園で起源でもあるエディンがだよ」

 パラミーはエディンらしきものをみた時の渇望を思い出した。

 彼は混乱する。

 エディンとは?

「選ばれたんだ、エディンに。サッス・コミュニティは。だから、全てを乗っ取られる前に、あたしたちは姿を消した。エターは今どこにいるのかわからないけどね」

「それはダメなことなのか?」

「ダメだよ? あたしたちがあたしたちでなくなるんだから」 

 ライリは顔をパラミーに向けた。

 表情は決意にみなぎったものだった。

「あたしはエディンとそれに関係するコミュニティは全て潰す」

「それがエターの望みだから?」

 パラミーは困惑げだった。

 ライリは首を振った。

「いいかな、パラミー? コミュニティというのは、エディンの模造でエディンは牢獄でしかないんだ」

 エディンが牢獄?

 ならばパラミーが見た広大な城の街のようなものはなんだったのだ?

「俺は別のものを見た」

 ライリがニッコリとほほ笑んだ。

「なら、それがエディンだってことで正解だよ、パラミー」




 ローキカルは時折、思い出したかのように書類を眺め、軽くサインするというだけの仕事をしていた。

 エレイサはつまらなそうにソファにうつ伏せになりつつ、携帯ゲームに夢中になっている。。

 急にローキカルは天井を見つめて呆っとした。

「サッス・コミュニティねぇ……」

 独白して息を吐く。散らばった書類を机の隅にまとめる。

 眼前に浮遊ディスプレイを二枚開いた。

 パラミーのコミュニティ統一宣言が出されていた。

「限界かな?」

「なにがです?」

 エレイサが顔を上げた。

「いやぁ、我々が生き残るか、エディンに潰されるかってやつ。君にはあまり関係ないんだろうけどさ」

「パラミーが今言った、コミュニティの統一をすると、エディンも簡単に手が出なくなりますよ」

 コミュニティを統一するということは、バラバラで個々だった電網が一つにまとめられるということだ。

 電網で力を誇るエディンに対して、正面から対抗しようというものである。

「わかってるさ。だからこそ、エディンは本気になるんじゃないかなって」

「なるほど」

 大した興味もなさそうに答えると、エレイサはまた携帯ゲームに感心をもどした。

 その様子をみて、ローキカルは失笑する。

 この子にとっては、本当にどうでも良いことなのだ。

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