第3話

 身体に妙な浮遊感がある。

 ロキシはベッドで眠っていた。はずだった。

 だが、四肢がまったく動かない。

 金縛りというやつか。

 彼は思い、あざ嗤った。相当な恐怖らしい。だが、それぐらい楽しめなければ、クロト・コミュニティに属していられない。

 ふと、右手が動いた。勝手にだ。

 ロキシが不審がる暇もなく、彼は上身を起こし、ベッドの端に座る姿勢になる。

 混乱した。自分が勝手に動いている。しかも感覚というものがないのだ。

「影のくせにうるさいもんだ」

 彼はぼそりと一人部屋で言った。

『なんだ貴様、これはどういうことだ!』

 やっと声がでた。

「なかなかの鍛えているじゃないか。これなら、私の影にも耐えられる」

『誰だよ、何をしたんだ!?』

 ロキシはそのまま洗面台まで行って鏡を覗き見た。

 アシンメトリーの前髪はそのまま左側だけが長く、顎の下まで延ばされていた。

 褐色に近い肌だが、容貌は髪型がぴったりと似合うほどに整っている。

 身長は平均で細身。年齢は二十一歳。

「私はキオトオ。君を借りに来た。エディンのものだ」

『エディン……』

 まいったね、それ。

 呆れたような乾いた嗤声が続いた。

『この事態も面白いが、楽しませてくれるのかい?』

「遊びで降りてきたわけではない。我々を狙う下等な人間を誅するためだ。貴様も誇りに思うが良い、自分が私に選ばれたとな」

 ロキシは相手の思考を読み取れることに気が付いた。まるで共有しているかのようだ。

 このエデゥンから来たという、キオトオは指導者たちに許可ももらわずに一人で勝手に降りてきたらしい。

 しかも人間を汚物かのように思っている。

「余計な詮索はやめてもらおうか。マナーというものがあるだろう? しかし面白い男だな、君は」  

 キオロオは不敵な笑顔になり、思考の共有を切断した。

『自分で遮断しておいて、今度は俺のを読んだのか?』

「クロト・コミュでトップレベルの実力を持ちながらも、それをあえて見せずに、下っ端に甘んじている。何か理由でもあるのか?」

『わかんだろう?』

「その前に脳の壁を作った。今、ゆっくりと身体を私にある形に変えているところだ」

『おいおい、勝手に人の身体弄ってくれるなよ』

 どこか他人事めいた口調だ。

「もうこっちからもわからなくなったがな」

 関心もなさそうだった。

『あー、隊長にどう説明しようかなぁ』

「そんなもの心配しなくても良い」

『いや、おめーがそういう根性なのは、わかったんだけどな』

「ほら、あれだ」

 キオロオは視線を壁際の机横に移した。

『……おい、ちょっと待てよコラ……』

 そこには彼が所属する三番隊の隊長である若い女性の姿があった。

 コートを着てるとはいえ服は泥で汚れ、ミニのキュロットから伸びた細い脚は、血にまみれていた。

 両手を後ろで縛り、片足首はテーブルの脚に手錠で繋がれて、口にはガムテープが巻かれている。意識はないようだった。

『おま……何してくれてるんだよ!』

「これでおまえは自由だよ。私の身体として存分に動いてもらう」     

『馬鹿野郎!!』

 今までのらりくらりとしていたロキシは、初めて遠慮のない感情をあらわにした。

「おまえらみたいな下等なモノに罵られるというのは、逆に弱さをさらけ出してるようで、嬉しくてたまらないな」

 キオロはやっと立ち上がった。

「さて、シャワーだ。そのあと、理容院とオートクチュールの服屋に行く。おまえは小汚くて仕方がない。せめて、清潔感だけでも保持していればいいものを」

 半ばぶつぶつと独白するようだった。

『バレたら、殺されるぞ?』

「おまえのコミュニティにか? やらせてみれば良いじゃないか。私はエディンの者として、貴様ら下等な人間でしか無いモノにやられる訳がなにもない」

 馬鹿にした自信というよりも、そこから矜持めいたものが伝わってきた。

 ロキシはしばらく無言だった。

『……あー、平和に生きて、庭先でお茶でも飲んでゆっくりしたい老後だったわ』

 しばらくしてから、しみじみと語った。

「残念だったな」

 簡単に流されたロキシは機嫌を損ねたように言葉を吐かなかった。




 薄暗い自分の周りには何もない。

 浮遊感に任せて、そこを見渡す。

 あまりに静かで、何もない空間。

 ふと、はるか遠くで明かりが一つ灯った。

 はるか遠くにあるというのに、身体が少しだけ暖かくなった。寒さも感じていなかったが、暖かさというより、ぬくもりに近い。

 輝きは瞬く間に増えていった。

 ここはどこだ?

 あれはなんだ?

 パラミーは疑問だらけだった。

 ホーロミに撃たれた。わかる。だが、『ここはどこだ?』

 暗闇のはるか向こうに、蜃気楼のように現れたのは、光でできた王城と言っていい巨大なものだった。

 まさか……エディン?

 光が強くなり、彼の姿が照らされる。

 それに触れたとたん、何ともいえない猛然とした衝動が身体中で、沸騰した。

 行きたい!

 パラミーは欲望のままに移動しようとした。身体が動かない。

 沸き起こる感情のみが、彼をひたすら急かす。

 くそっ!

 苛立ち、舌打ちする。

 突然、視界いっぱいに明かりが入ってきた。まぶしさに、手と腕で目を守る。

 同時にまわりを見渡す。窓からの太陽光がまぶしい。ソファと椅子がいくつか、それと冷蔵庫とペーパー・ヴィジョンだけのシンプルなワンルームだった。

「よー、遅かったじゃねぇか」

 声がした。酒に焼けた聞きなれた低い。クーランだ。

 上体を起き上がらせる。身体の節々に痛みがあった。

 彼はソファに寝ていたらしい。

「珍しくねぇか? 普段ならあんなの屁でもないだろう?」

 藤の椅子に座り、電子タバコの煙を吐きながら、物珍しそうにしている。

「……橋から落ちたせいか。ホーロミのクソが。ほかに手があっただろう」

「いやあ、あの後大変だったぜ? イベク社と中央省の二課付属がわんさといてな。危うくクロト・コミュニティが出てくるところだった」

「そりゃあ、派手だ。参加したかったね」

「ほんとだよ。おまえがいないから苦労したぜ」

 クーランはスキットルを口に傾けて、苦笑いをする。

 彼はイベク社と中央省からの追跡者をホーロミたちとともに始末したのだ。

 その後、谷間に降りてパラミーを回収し、このセーフハウスで一休みしていたのだ。

「ドゥール・コミュニティの様子は?」

「呑気な日常をしているよ。おまえが撃たれたってので、安心してるらしい。ホーロミの連中は準備が終わった」

「……なるほどね。俺を待ってたのか」

「そういうこと」

「じゃあ、行くか」

 痛みも消えたパラミーはソファから立ち上がった。

 簡単なバスローブに着替えさせられていることに気づく。

「服はホーロミのタボィのところで洗濯してくれたよ。足元にある」

「ああ、ありがたいもんだ」

 一片の感謝も感じられない言い方だった。

 多分連中はついでにいろいろと衣服からデータをとろうとしているだろう。服にエターに関するデータを縫いこんではいなかった。

 情報は全てパラミーの頭の中にある。

 着替えている最中、まだ先ほどの夢のような中で感じた欲望の焦燥感が残っているのに気付いた。

 ドゥール・コミュニティを襲えば、エデゥンまでの近道を手に入れられる。

「……さて、暴れようか」

 彼は、嗜虐的な笑みを浮かべた。


 

 

 キルウは中央省の総務部部長で、管理課とエディンを争うかのような地位にいた。

 彼が影響力を持っているコミュニティは五百に近い。

 一方で管理課のローキカルは百程度である。

 これは単純にキルウが勝っているわけではなかった。彼の五百のコミュニティは中層から下層がほとんどだ。ローキカルは上層ののみを影響下に置いている。

 ただ、キルウはイベク社のヒュイという男と昵懇である。

 ローキカルからしてみたら、うるさい男だった。

 ライリはシアブルからもらった1200CCのバイクを走らせていた。

 再び、中央省に出向いた少女に、廊下で人々は敬意を払うようにすれ違いざまに目礼する。

 ローキカルから、管理課付属の地位とバッチをもらっていたのだ。

 課でしかないのに、管理課は事実上、中央省ではトップの権力を持っている。

 それでも、幼い少女にしか見えないというだけで目立っていた。

 ライリは気にもしなかった。堂々と鞘に納めた刀の入った袋を片手に持ち、総務部がある二十二階まで、わざと階段で昇った。

 途中でいきなり止まると、同じく音をひそめた足音が止まった。

 企業内でも厳重に警備をしていると聞いたが、徹底しているらしい。

「ちょっとー、追けるのはいいけどさぁ、あたしも同じことしてるんだけど?」

 呆れた雰囲気を出しつつ、ライリは下の階の者たちに声をかけた。

 返事はない。

「管理課のシブアルの命令で動いている。君たちはあたしを監視するより守ってもらいたな」

「……シブアル課長というのは、本当か?」

 距離があるというのに、やっとひそめたような声がした。

「そーだよ。下手したら、クロト・コミュニティに追われるかもしれない」

 しばらく相手たちは小声で喋っていた。

「……確認が取れました。失礼をお詫びします。これから、護衛に回るのでご安心を」

「ありがと」

 ライリはニコニコと顔にでた。

 二十二階まであがると、まっすぐ部長室に向かう。

 ドアをノックもせずに開ける。             

典型的な私物の調度品などが飾られた部屋で、中年の男がペーパー・ビジョンのエンターTテイメント番組を流しながら、書類を整理していた。

 驚きの目で、こちらを見ている。

 ライリは残虐な微笑をして影を一枚広げると、身体の俊敏さをあげて一気に跳んだ。

 執務机の上に乗ると、すでに抜いていた刀で横薙ぎの一閃をする。

 キルウの首はあっけなく飛んでいた。

 刀を鞘に納め、死体に一瞥する。

「動くな!」

 戸口から拳銃を構えた持った男が三人、ライリを狙っていた。

「あれ? どうしたの?」

「部長に用があるというところまでローキカル課長に聞いた。今、殺害したと報告したところ、処分せよとのことだ、お嬢さん」

 ライリは小さくうなづいた。

 それはそうとしか言えないだろう。いくらローキカルでも。

 影をもう一枚広げ、一気に男たちとの間合いに入った。

 銃声が何度か響いた。

 だが、弾丸はライリの服の寸前で埋め込まれたように止まった。

 防弾効果の影のおかげである。

 ライリは正面の男を袈裟斬りにした。下まで振り下ろしたところを起点に左の男の腹部に切っ先で上にえぐるように貫く。

 また銃弾。

 ライリは、刀を引き抜くと、最後の男の腕を掬うように切断し、肩から腹部まで刀で斬り下ろした。

 そのまま駆けだして、再び階段を俊敏さの影の能力で駆け降りる。

 一瞬で一階まで来た。廊下を走り走り抜け、建物から出ると、バイクにまたがった。

 エンジンをかけて、まっすぐ省丁から遠ざかる。

 報告を聞いたローキカルは、課長室で丁度本物のタバコを吸い終わった所だった。

 やっちまったか。

 感慨もなく聞いていた。

「シアブルを呼んでくれる?」

 報告の通信を入れてきた女性秘書は、平静極まりないローキカルの声を聴いた。




 水色のロングパーカーにハーフパンツ、サンダルという恰好。いかにもだるそうな態度。

 外でローキカルに会うと言うとあまりに似た雰囲気に誰もが家族かと勘違いした。

「冗談じゃねえなぁ、あんたが親父とかさ」

 課長室で心の底から嫌そうな顔をして、勝手にソファに座るというより腰を落とした。コーズ・コミュニティのシアブルだ。

「おまえみたいな息子を持った覚えはないよ」

 つまらなそうに、ローキカルは机に頬杖をついて電子タバコの煙を吐いた。

 シアブルも鼻を鳴らす。

「そういや、キルウが死んだんだ。何かしってる?」

「いや、俺も驚いてる」

「だろうなぁ」

 二人はわざとらしいやり取りをする。  

 シアブルは特注の電子タバコを取り出して咥えた。

「あー、それそれ。ところで今年になっておまえのコミュで何人死んだ? 殺されたのじゃなくて」

 言われて、シアブルはニヤリと煙を吐いた。

 彼の電子タバコは、イベク社製だった。

 売り文句は、『エディン感覚』というものだ。

 誰もがエディンに望郷の思いを持っている。

 ローキカルは何故だろうかと、頭の片隅で考え出した。

「もう四月だけども、まぁ八人といったところかな」

「実験は続けるのかい?」

「もちろん」

 武闘派と呼ばれるシアブルのコーズ・コミュニティはただ暴れているだけでなく、エディン探査をしていた。

 一種の幽体離脱と似たところがあり、人を電影の世界に意識を没入させるというものだった。そのために、彼のコミュニティには様々な精神に影響する薬を自家製造している。

 もちろん、違法だ。

「まー、いいけどね。クロト・コミュにきをつけなよ」

「で、用事はなんだよ。今俺は忙しいの」

「わかってるよ。ちょっと待ってな」

 丁度そこで、浮遊ディスプレイがローキカルの目の前に広がった。引き締まった表情の女性秘書の顔が現れる。

『お客様です』

「わかった。通してよ」

 ハイと返事すると、それだけでディスプレイが閉じる。

 ドアがノックされて、スーツ姿の青年と小さなまるで人形のように整った少女が現れた。

「はじめまして、ローキカル課長。イベク社のヒィユと申します」   

 二人とは対照的に態度の折り目が正しい。

 それを前にしても、二人のダレた態度に変化はなかった。

「あーはい、ご苦労さん」

「へぇ、あんたが……」

 電子タバコを咥えたまま、シアブルは皮肉な笑みを浮かべる。

 ヒィユを呼んだのはローキカル本人だった。

「今回はこちらの方々のほうで不幸があったとか」

「不幸なのはあんたでしょ?」

 つまらなそうに、ローキカルが返す。

 ヒィユは答えず、無言で笑んだ。

「あー、今オフみたいなもんだからさぁ、ここで三人ぶっちゃけちゃおうよ?」

 ローキカルは頭の後ろに両手をおいて背もたれに体重をかけ、煙を吐いて上目遣いをする。

「なんだよ、ぶっちゃけるって?」

 まるでわからないとでも言いたげなシアブルだった。

「なんだよって、困ってるでしょ、二人とも。その不幸ってやつでさ。キルウが死んだ事だけど」

 シアブルは鋭い目でローキカルを睨んだ。

 彼は丁度朝方に、従っている上位のコミュニティから激怒されていた。

 バレていたのだった。だれが密告したかは、大体目星がついている。

 ローキカルしかいないのだ。

 賭けたさいころの目はまだ出ていない。

 だが、裏目に出る可能性が高かった。         

 一方、ヒィユのイベク社は中央省とのパイプを失っていた。

 今までキルウ部長には、様々な便宜を図ってもらっていたのだ。

 イベク社が業界で独占的な地位にあるのは、キルウの力が大きい。

 共に、組織が崩れるかどうかの瀬戸際にいるのだった。

 今、二人の目の前には、上位コミュニティを約百ほど抱える男が電子タバコを口にして、何気ない態度とは裏腹に圧倒的存在力を見せつけている。

 ローキカルはあくまで無言で二人の言葉を待っていた。

「では、あなたがなんとかしてください」

 意外な声がして、三人の視線が集まった。

 ヒィユがいつも連れている少女だった。

「エレイサ……」

 彼は思わず脇の少女に口を開いていた。

「ローキカルにはそうする義務がある。理由はわかってますよね」

 人形のように無表情で、それゆえに容赦のない目と言葉をローキカルにぶつける。

 ローキカルは失笑して口から煙が吹き出た。

「威勢のいい子だなぁ。ヒィユ、どこから連れてきたんだよ?」

「……わが社の上司の娘さんですよ。極度の人見知りで、ずっと引きこもりで外にでなかったので、預かることになったのです」

「人見知りな」    

 また笑うローキカルだった。

「でもまぁ、その子の言う通りなんだよなぁ。どうにかしてくれるのかい、ローキカル?」

 シアブルは試すような口調だった。

「覚悟があるのなら、ね」

「何のだよ?」

「絶対の忠誠ってやつだよ。裏切りはごめんだよ?」

「あんたが良いようにしてくれるなら、言う通りにしてやるよ」

「私としても、このままでは会社が危ないので頼みたいところでした」

 ローキカルは手をおろして、うなづいた。

「シアブルの上には、俺から言っておく。イベク社には、キルウが生きていた時そのままの待遇を与えるよ」

「まじかよ。助かるわ」

「ありがとうございます」

 二人はほぼ同時に言っていた。

 シアブルは、ふと思い出したかのように再び口を開く。

「そういや、全コミュニティをぶっ潰そうって考えてる奴がいるんだけどさぁ、ローキカル」

「あとで詳しい情報を送ってよ。対処するから」

「ありがてぇわ」

 シアブルは緊張が溶けたように笑った。

 実際、ここに呼ばれたときはコーズ・コミュニティに何をされるかと、覚悟はしていたのだ。

 それほど、彼のコミュニティは悪名が高い。

「あー、シアブル。後で頼みあるから。作業が終わったら連絡するわ」

「ああ、わかったよ」

「では、そういうことでよろしいのですね?」

「ヒィユにはおっかないお嬢さんがついてるからなぁ。約束は守らないと」

 ローキカルは嫌味の雰囲気も出さない、さらりとした口調だった。




 帰りは四輪だった。

 助手席にはエレイサが座っている。

 ヒィユは半ば自動運転にしながら頭の中で、どれぐらいローキカルを信用すべきか考えていた。正確に言えば、ローキカルの弱みをさがしていたのだ。

 フロントガラスには、浮遊ディスプレイが三枚広がっている。

 エレイサは黙って真っすぐ道路の先の四輪を見つめている。相変わらず無表情だ。

 上司の娘というのは嘘だった。

 この少女は、ヒィユの最も誇る作品である。

 イベク社は主にインターフェースを開発する会社だった。つまり、電影を造っているのだ。

 今や何をするにも、影によるサポートが常識だった。浮遊ディスプレイですら電影のおかげである。

 この業界で独禁法にも触れず、唯一の会社として、財界に君臨しているのは庇護してくれる中央省の官僚のおかげだった。同時に命綱でもある。

 エレイサは、開発部の一部でできているヒィユが主催するグループがその技術と職権を勝手に使って造ったものだ。

 グループはコミュニティと呼ぶには互いに人としての尊厳を考えてはいなかった。

 ただ、社内では電影会と呼ばれている。

 社長は電影界を一手に握る会社が、と政界が繋がることを望んでいる。

 だが電影会は電影の世界を造ろうという意図をもつ。

 この会は公然の秘密なのだ。社長も黙認している。

 実際、エレイサを使った実験などで成果をだしていた。

 エレイサは人間と電影をかけ合わせた存在だった。

 この少女には、電影をわざわざ持つ必要もない。その能力は、電網に意識を繋げるだけで得ることができるのだ。

「なぁエレイサ、ローキカルをどう思う?」

 ふと、ヒィユは尋ねていた。

「食わせ者」

 即答だった。

「食わせ者か。信用するに足りるかな?」

 失笑しながら質問を続けた。

「足りないわね。今、あなたが弱みをさがしているのは正解よ」

「そうか」

 ヒィユは満足した。

 ローキカルは独身だった。結婚歴はあるが、嫁は若早くに病気で死んでいる。両親はとうの昔にだ。親戚との交流は皆無。

 友人関係を探るが、電網だけで繋がる会ったこともない者たちしかいなかった。

 資産も持ってはいない。手にしているのは、省丁からの給料だけだった。

「……クッソ。何もんだよ、あの野郎は」

 つい、ヒィユは悪態をついていた。

 隙がない。

 資産面が一番ねらい目だが、金でつなぎとめることほど不確実で頼りにならないものはない。

「手はあるわよ」

「どんなだ?」

「私がローキカルの元に行くの。彼は娘を小さい頃に失っているわ。そこにつけ入ればいい」

 ヒィユは苦い顔をした。

 彼がわざと避けていた点である。

「おまえをまだ手放したくない」

「私情で言ってるの?」

 少女が意外なほど魅惑的な笑みを浮かべて、ヒィユに顔を向けた。

 ちらりとみて、眉をひそめたヒィユは舌打ちをする。

「そんなものはないよ。残念ながらね。わかった。その手で行く」

「そう」

 エレイサはそっけない返事をした。

 彼女の代わりなら、いつでも造れる。

 それよりも、ヒィユには目標があった。電影と人間の融合。

 エレイサはDNAを弄って卵子から造ったが、一般人への実験はまだだった。

 もし、成功すれば、ヒィユのグループは全人類になくてはならない影響を与えることになるのだ。

 泣いていた。

 気が付くと、ヒィユの目から涙がでていた。

 湧き上がった感情を押しつぶし、涙を乱暴にふく。

 二人とも、無言だった。

 四輪はもうすぐ会社に就く。

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