第2話

 四輪でリーバ支部の支配地域にはいる。

 時折、銃声が響く、真っ赤に燃える建物の煙が上がっているのが見える。

「おっせーぞ、コラ」

 停めた四輪に少女が近づいてきた。

 ホーミロだ。

 十八歳。長い髪をサイドテールにして、スレンダーな身体は革のロングコートに中はタンクトップとサルエルパンツ姿。全て黒だ。

 彼女はミニ・レールガンを持っていた。

 ミニと言っても、標準的な背丈の彼女より少し小さいぐらいのものだった。

 その顔は不敵に笑んでいた。

「タボィのリーダ自らお出迎えとはね」

 パラミーは苦笑して路上に立った。

 すっかり酔いの冷めたクーランも反対側からまわってくる。

「で、ウチに何の用だ?」

 パラミーが一瞬夜空をみる。呑気そのものといった様子だ。

「リイルの身柄を渡せ」

 ホーミロはミニ・レールガンを肩に担いで狙いを定める。

「あいつは死んだ」

「あ?」

 ホーミロは間の抜けた声を出した。

「リイルがどうかしたのか?」

「知らねぇのかよ、おめぇ?」

「まったく何のことかわからん」

 パラミーの真面目な態度に、ホーミロは呆れたような息を吐く。

 携帯通信機を取り出して、耳に当てた。

「全員、撤収。ここには何もねぇ」

「いろいろと話を聞かせてもらおうかね?」

 パラミーは四枚の電影を広げた。

「そういう態度は気に食わねぇな」

 残虐そうな笑みになったホーミロも、三枚の電影を足元に出す。

「ガキども、めんどくせぇ真似してんじゃねぇよ。四輪の中で話するぜ?」

 クーランが新しい電子タバコを出して咥える。   

 二人は黙ってたが、やがてパラミーが折れた。影をしまい、四輪の後部座席に乗る。

「……しょうがねぇな」

 ホーミロも舌打ちする。

 クーランには二人を従わせるほどの迫力があったのだ。  

 トランクにミニ・レールガンを押し込むと、彼女はパラミーの隣に座った。

 運転はクーランだ。

「ちなみになぁ、おまえらの部下は一人も殺ってないからな」

「それは、結構だ。が、タボィがウチにカチ込んできた事実は残る」

「こまっけぇなぁ」

 逆に鬱陶しそうなホーミロだった。

「目的がリイルだったんだよ。それがなくて空振った。しくったのはこっちの方だ」

 パラミーは黙ってつまらなそうな態度をとった。

 目も合わせない。

「クーラン、こいつの家に向かってくれ」

「わかったぜ、ボス」

 運転している彼は鼻歌交じりである。

「ああ? オレんち行ってどうすんだよ?」

「おまえが何しようとしてたなんか知ったことじゃない。ウチのメンツのことだ」

 サイドウィンドウに映るホーロミに投げた言葉は、醒めて冷たかった。

「家行ったって、なんにもねぇぜ?」

「別に欲しいものはない。逆だ。燃やす。三軒ある家、全部だ」

「は!? ちょっと待てよ、おい!」

 怒声に愉快気な笑い声が重なった。クーランのものだ。

「おまえだって、ウチのテリトリーのもん、燃やしただろう? 俺もおまえを真似てだれも殺さないでやるよ」

 やっとパラミーはホーロミに顔をやった。

「てめぇ、限度ってもんがあんだろう!!」

「……オレも一応、コミュニティという看板かかげてんだがな?」  

「ウチの看板にドロ塗ったのはどこの連中だ?」

 パラミーは動じない。

 真剣に元々険のある目つきで睨まれると、ホーロミは自身に沸いた感情を砕き散らしたくなる。

「あー、わかった。表に出てる家なら一つ焼いても良い。その代わり情報やるよ」

 大きく息を吐くホーロミだった。

「情報次第だな」

「エディンのことだ。アレはマジで存在する。そして、その行き方はドゥール・コミュニティにある」

 パラミーは呆れたように、彼女を見つめた。

 電影だけの楽園、エディン。

 その存在はカルト・コミュニティで信じられているほどに、一般には有名だ。

 古代科学文明帝国を再現した空間と言われている。

 イベク社はそのコピーを造ろうとしていると、ヒィユは言っていた。

 パラミーは一般に言われている関わりも何もないエディンなどには興味もなければ、信じてもいなかった。

 噂では、コミュニティを掌握している中央省の別名であるコミュニティ、フルミナが管理していると陰謀論者は口をそろえて言う。

 ドゥール・コミュニティも聞いたことはある。

 フルミナ直下のコミュニティの名前だ。

 普通の人が集まって自治を行っている組織と違って、属している者の名は伏せられ頭のない人体を紋章にした、謎の存在でこれも陰謀論者が好んで使う存在だ。

「舐めてんのか、おまえ?」

「もう一個。フルミナの連中は、上位コミュニティにそれぞれ参加している」

 パラミーはため息をついた。

 そんな彼の肩をホーロミは軽く叩いた。

「エターだがな、そこに行ったんだよ」

 聞きたくもない名前。

 サッス・コミュニティの大量殺人者。

「これは、ウチの電網探査専門が拾ったものだ」

 ホーロミは携帯通信機を取り出して、録音機能からデータを再生させた。

『私は全てのコミュニティを否定します。約束通りに犠牲を捧げました。私をエディンに参加させていただけないでしょうか』

 それは確かにエターの声だった。

 柔らかで滑らかな喋りで澄んでいるところが耳に心地よい。

「エターの頭がおかしくなったんじゃないのか?」

 返事しつつ、パラミーは明らかに興味を抱きだした自分を自覚した。

 エターは死んだのだ。

 そう思い続けてきた。

 あの包み込むような暖かい雰囲気。

 優しかった。

 あまりに優しかったのだ。エターは。

 そのエターが生きている。

 パラミーは複雑なな感情に捕らわれた。とにかくなんであれどこであれ生きていて欲しいし、死んだというのが事実でもあってほしい。

「オレはエディンがあると確信した。そして狙いたい。あそこにある情報を一手に握りたい」

 ホーロミは夢見るような口調だった。

 だが、すぐに真面目な表情に戻り、パラミーを見つめる。

 パラミーにはエディンが例えあったとしても決して行けない場所だった。

「おまえがエターに会いたいというなら手を貸すぜ、 不死のパラミー」

 パラミーは一瞬、黙った。。

 強盗コミュニティの異名は伊達ではない。

「良い釣り方してくれるじゃねぇかよ?」

 にやりと笑んで、パラミーは近かったホーロミの身体をそっと手で離した。

 ホーロミは手を握り、握手の形をさせて機嫌よく短いメロディを鼻で歌った。




 街を歩いていたライリは、追けられていた。

 自宅でも盗聴カメラを幾つか見つけている。

 いつものパーカー姿で、気付いているのを何気なく隠し、のんびりとした歩調で遊歩道を行く。

 意外と速く把握するものだ。

 ライリは思った。

 彼女の存在を把握した者たちのことだ。

 気にもしないで進んでゆくと、彼らの数がゆっくりと増えだす。

 無論、隠れつつだが。

 ライリは街から住宅街に入り、一件の邸宅の前まで来た。

 そこは、武闘派で知られたタイリンでも有数のコミュニティを参加に納める者の家だった。

 コーズ・コミュニティという、中央省にも顔が聞くほどの規模がある組織だ。

 ライリは迷うことなくインターフォンを鳴らす。

 しばらくして、ドアが開いた。

 空間を占めるように両手を左右の端で前かがみ状の身体を支えている。

 首のない身体だけの形をした小さな金属像を、首からチェーンで腹部近くまで垂らしている。

 小麦色に焼けた肌が露出した上半身裸で、頭はソフトドレッドに顎髭。スウェットを吐いた姿だ。

 電子タバコを咥えているが通常と違う異臭がした。

「よう。まさか堂々と俺のところに来るとは思わなかったよ。おまえ、さてはそうとうな大物だな?」

 恰好の割に、柔らかな口調だった。その癖に皮肉屋でもある。

 たしか二十歳。コーズ・コミュニティのリーダー、シブアルだ。

「だって、用があるなら連絡でもなんでもすればいいのに。いつまでたっても何もないから来ちゃったんだよ」

 ライリは当然のような態度である。

 シブアルは失笑した。

「で、文句の一つでも言いにきたのかな?」

 彼は玄関から出て、ポーチにあるベンチに座った。

「あたしはさ。この世からコミュニティを全て消し去りたいんだ。もちろん、そこに属している人含めて」

「そりゃ、気宇壮大だ。うまく行くことを願ってるよ、エディンにね」

「シブアル。ここで死ぬか、あたしに従うか決めて」

 可愛らしい少女の口から出た言葉に、シブアルは一瞬、ニヤリとしてしまった。

 まったく殺気は感じられない。お昼何食べる? というのと口調は変わらないものだった。

 だがシブアルは彼女が本気なのがわかっていた。

 しばらく盗聴・盗撮してきた結果である。

「どうせさ、安定期に近づけば君らは全員ぶち込まれるか消されるかなんだよ?」

 ライリが追撃の言葉を吐いた。

 一理ある言葉で、シブアルは黙った。

 武闘派のコーズ・コミュニティは、中央省と関係があるために、利害の一致しない他コミュニティを叩き潰してきたのだ。その手段はほぼあらゆる違法な手だ。

「良くわかってるお嬢さんだ」

 やっと苦笑する。

「もし、エディンがほしいならあげるしね」

 これにはシブアルも軽く驚く。

 彼は視線を歩道に向けて考えた。

「……エディンに行くというなら、手を貸さなくもないかな」

「曖昧だなぁ。エディン関連のコミュニティはついでに潰すよ?」

 時期が早いと、シブアルは感じていた。

 まだライリの言う安定期には入っていない。コミュニティは増え続けている。それだけ、コーズ・コミュニティには価値があるのだ。

「エディンてにいれりゃ、仕事も楽になると思うよ?」

 ライリは彼の考えを読んだかのようだった。  

 にやけた顔は変わらず、シブアルは電子タバコの煙を吐く。   

「条件が一つある」

「なーに?」

「中央省のキルウという男を密かに消してほしい」

 ライリもその名は知っていた。

 中央省の総務部長で、事実上の全ての仕事を把握している者だ。

「わかった」

 ライリは即答する。

 ニッコリとした笑顔を彼にむけて。

「終わったら連絡する。ちなみに盗聴の類はもうやめてね。殺したくなるから」

 表情も変えなかった。

「わかったぜ」     

 一瞬背中にうすら寒いものを感じな方シブアルは同意した。

 そして立ち上がって首をまわした。

「おまえ、四輪は?」

「持ってないけど?」

「それ、集まるときに不便だなぁ。ちょっと来いよ、お嬢さん」

 シブアルは邸宅の庭までまわり、プレハブでできた小屋のシャッターを上げた。

 中はまるで整備工場のようにあらゆる機械が配置されており、真ん中に二輪バイクが置かれていた。

 カーキ色をしたところどころ錆びている、1200CCはありそうなくせに、スリムに組み上げたバイクだった。

「稼働ミニガン二基装備だ。もっていけよ」

 ライリは、バイクをしばらく眺めると、興味津々でまわりを覗くようにして歩き回った。

「すごい……」

「だろ? ちなみに補正装置で五歳の子供でも乗れる」

「いいの? くれるの? マジで?」

 少女の目は輝いていた。

 どうやら相当に気に入ったらしい。

「ああ、もってけ」

 シブアルは気前よく笑った。

「やった!」

 ライリは喜びで何度も軽く飛び跳ねた。




 パラミーはすぐに上機嫌になったり不機嫌になったりと、情緒が安定しなかった。

 ライリとは、このサッス・コミュニティに入ったときからの仲だった。

 共に新入りで同い年ということで、最初はお互い不器用そうにしていたが、すぐに打ち解けた。

 だが、彼女はエターとともに大量殺人を犯し、身を消した。

 しかも久々にその名を聞いたと思うと、支部を破壊し、リイルを殺していた。

 パラミーとしては、あまりに複雑な気分だった。

「まったく、ほかに場所はないのかよ」

 自分の感情に意識を集中しすぎていたので、クーランと山道を登っていたのを忘れていた。

 彼は息を切らし、汗だくになっていた。

 途中、高い場所に長い吊り橋があった。三人ほどが真ん中で足元の渓流や空を眺めている。

「よう、お疲れさん」

 この暑い中、ホーロミの恰好は依然と同じ黒ずくめだった。

「元気なものだ」

 汗一つかいてないホーロミをみて、クーランは呆れていた。

 スキットルをポケットから出して、一口あおると喉を鳴らす音が響く。

 積雲が時折流れてくる青空の下、涼し気な渓流が流れていた。

「で、こんなところで何の話?」

 こちらも平然としたパラミーが辺りを見回す。

 両端に人の気配はなく、ただここにホーロミの部下二人が加わっているだけである。

 彼女は口だけで笑った。

「いやぁ、口だけじゃどうも、って思ってね」

 冷たく光ったホーロミの瞳は、パラミーを見つめた。

「……そういうことかい」

 醒めた態度なら負けない。

 察したパラミーの動作は早かった。

 一瞬の迷いもなく、自動拳銃を二丁、両手に握る。ホルスターから抜いた時にはすでに引き金を絞っていた。

 二人の男はそれぞれ頭部に弾丸を受けて絶命し、橋からはるか下に流れる渓流に落ちて行った。

「ああん?」

 スキットルから口を離し、代わりに電子タバコを手にしたクーランは間抜けな声を上げた。

「おー、さっすが。抜きも見せないとはねぇ」

 一方のホーロミは感心していた。

「今のは?」

 ようやく、クーランが二人に聞く。

「スパイだよ。中央省お抱えの」

 ホーロミが何もなかったかのように、自らの銃を構えた。

 銃口が、まっすぐパラミーの額にぴたりとつけられる。

「しばらく、バイバイだ」

 銃声とともに、パラミーはのけぞった。

 そして、身体を回転させるとそのまま河のある谷底に落下した。




 シブアルとライリは中央省庁にいた。

 管理課という部署の課長はローキカロといった。

 どこか力の抜けた雰囲気を持つ男で、眠そうな目で絶えず電子タバコを口に咥えている中年男性だ。

 スーツだが、足元はサンダルである。

「あー、言いたいことはわかったよ? ただな、そんなこと俺に言われても困るだろう?」

 シブアルはニヤニヤしているだけで黙っていた。

 ライリの方は、課長室の丁度品に興味が行き、ローキカロを無視していた。

 部屋中に、犯罪現場の写真やメモが張られているのだ。びっしりと四方を埋めるかのように。

「ちょっとライリさんね。下手にいじらないでね、そこら」

 ローキカロは軽く声を掛けるといった調子で注意した。

「あれ? あたしの名前を知ってるの?」

 少女は意外そうに勢いよく振り向いた。

「知っているともさ」

 ローキカロはあとは無言でニヤニヤした。

「あれだろう? どうせサッス・コミュニティにスパイ入れてたんだろう? 特にこの子が襲ったリイルのいたところを特に」

 同じく嫌らしい笑みで、シブアルはローキカロに返した。

 ローキカロは何も口にしないで、黙っているだけだった。

 代わりに別のことを口にする。

「俺がその話に乗っても、イベク社が黙ってないよ。特にヒィユってのが」

「じゃあ、イベク社も潰せばいいんだね」

 ライリはさっきの疑問をとっくに忘れて提案する。

「……どこまで暴れる気だよ」

 彼は呆れたようだった。

「じゃあさ、エディンあげるよ。もちろんそこにいる奴全部消してから」

「……は?」

 思わず、ローキカロは電子タバコを落としそうになった。

 シブアルに一瞬視線を向けたが、彼は楽しそうに二人を見ているだけだった。

「調整にたいへんだなぁ。普通、二年はかかるよ、それ」

「穏便にやろうとしたらな。何か問題でもあるなら、俺らに任せなよ」

 やっとシブアルが言った。

 管理課は省の事実上の中枢と言っていい。下手な手を打つと、様々な希望者で課にはいってくるだろう。混乱するならまだましだが、利用しようとする者が入ってきたときの処理が問題だった、

 しばらく黙っていたローキカルだが、やっと口を開く。

「あー、俺この件に関して何も聞いてないわ。ただ、エディン侵入の機会があるとだけ認識しておく」

 無難である。

 だが、彼は続けた。

「クロト・コミュニティの奴らにも漏らさないんで、そこは頑張ってよね」

 クロト・コミュニティとは、コミュニティを管理する課直属の実力組織だった。

「気にしない。良い条件だよー。おじちゃん、お礼に飴ちゃんあげるね」

 言って本当にポケットから飴玉をだして机に置いた。

「あー、ありがとね」

 彼らが部屋から出て行くと、もらった飴を口に含ませながら、課長室にあるドアの一つをあけた。

 長い階段で、いつまでたっても昇りなのか下りなのか判断に迷う。

 やがて、到着したのは、広いドームだった。真ん中にガラス張りのやや広い部屋がある。

「……おや、ローキカル。どうかしたのかい?」

 ベッドで本を読んでいた人物が顔を上げる。

 やや長めの髪と顎髭。服は支給された中央省の制服だった。歳はパッとみ二十代後半。

 柔らかな物腰で、落ち着いた人物だ。

「どうも、ちょっとコミュニティを再編しようと思いましてねぇ」

 ローキカルの相手は、エディンの住人だった。

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