第7話
コミュニティ再編は、ローキカル一人の手に掛かっていた。
彼が持ち込まれた企画立案を事務処理として実行しているのだ。
休みなしでの作業詰め状態だったが、それだけの必要はあるのだ。
「なんの御用でしょうか?」
軽く巻いたドレッドヘアの男が、いきなり部屋にのんびりと入ってきた。
「ああ、シアブル。悪いね、こんな夜にご足労。こっちは手を離せないもんでさ」
「気にしませんよ。俺は夜行性なものでね」
シアブルはソファに座って、エレイサを一瞥した。
電子タバコを取り出して咥え、ローキカルが口を開くのを待つ。
「……おまえは結局、サッス・コミュニティには参加しないんだってね」
「ええ、しませんよ」
「滅ぶぞ?」
何度もどこででも言われた言葉だ。今更、シアブルは何とも思わない。
「どうですかね。まぁ滅ぶ時が来れば滅ぶんじゃないでしょうか」
煙を吐き、皮肉げに笑んだ。
「エディンに興味は?」
「まったく」
即答である。
ローキカルは苦笑した。
「実は、新たにエディンを守護する役目ができて、丁度ここが空いてるんだよね。エディンからの要請だから、サッス・コミュニティは関係がない」
「ほう……」
搦め手から来たか。
シアブルは内心で嗤った。
確かに現状完全孤立だが、言うようにエディン守護の役をするのならば、サッス・コミュニティと一定の距離を保ちながら共存ができる。
「で、何故俺が? そこの嬢ちゃんのほうがふさわしそうですけども?」
「この役目のトップは俺だよ、シアブル。当然、エレイサにも手伝ってもらう」
シアブルは何かありそうだと感じ、素早く頭を巡らすと合点が行った。
「中央省ですか」
「察しが良いねぇ、君」
ローキカルはニヤニヤした。
「まぁ、そういう話なら逆らえませんね」
「良い返事がもらえて俺も嬉しいよ」
とんでもない食わせ者だとシアブルはローキカルに思った。
「本気かよ」
クーランは、バーでホーロミと一緒だった。
「本気だよ。何しろ、サッス・コミュのほうとは違うんだからな」
三倍目のジョッキビールを飲み干し、ホーロミは楽し気だった。
「大体初耳だぜ? エディンが二つあるとか」
クーランの方は電子タバコを咥えながらウィスキーをロックで飲んでいる。
「ウチの情報網は省庁なんかよりも優秀でねぇ、職業柄」
ホーロミは胸を張る。
「へぇ。で、もう一つのエディンってどんなだ?」
「……しらない」
「……おいおい」
「だーかーらー、行ってみればいいだろう!? そうすればなんでもやりたい放題だろう、エディンの中でさ?」
「適当だなー。ソースは信用しちまったんだが……」
クーランはため息をついて、煙を吐く。
「とにかく、あたしの部下たち三十人で決行する。頼むぜ、クーラン?」
「あー、ハイハイ。わかったぜ」
次の日の早朝だ。
クーランはスキットルを傾けながら、指定の道かどでホーロミを待っていた。
時間通りにワゴン型の四輪が一台到着する。
「よぅ、朝から安酒かい?」
後部座席が空いて、中にいたホーロミが威勢よく挨拶する。
その隣に座り、クーランは電子タバコを咥えた。
「酒とこれには金掛けてるんでねぇ」
自慢げに答える。
「うわ、枯れてんなぁおっさん。金は女に掛けるもんだぜ?」
「ロクなのいねぇからなぁ、俺の周り」
「ホントだな」
ゲラゲラと豪快に笑うホーロミ。自身も女性なのだが。
四輪は出発した。
「で、説明すると、二つあるうち、襲うのはローキカル管理のほうだ。この間、話にきくとシアブルが護衛の役に任命されたらしいが、万が一でも抵抗があったらこれを排除する」
「喧嘩してまでかよ」
「当たり前だろう? 相手はあのシアブルだぜ?」
「本気かよ……」
クーランはニヤニヤする。
確かにシアブルの評価は依然から悪い。
元々、裏社会にいたコミュニティ・リーダーだ。
それだけに武闘派でもあるのだが。
「まぁ、あいつらから見たらおまえらはコソ泥の一派だしなぁ。似た世界の連中の仲間割れとでもいうところかねぇ」
クーランの言葉に容赦はないが、ホーロミはまったく気にしていなかった。
「そうそう。そしてこういう話は大体、コソ泥のほうが勝つんだぜ? 奴は悪代官だしな」
「悪代官はだしかにそうだな」
二人で嗤う。
「で、重要なんだが、話はエレイサに通してある」
「あ? あの小娘、大丈夫なのか?」
「逆にノリノリだったぜ。珍しく上機嫌だったの、見せたかったわー」
「あのお人形さんが、上機嫌かよ。想像つかねぇ」
「笑顔可愛かったぞー。もうあたしゃ娘にしたくなったね」
「そんな歳かよ、おまえ」
「いいじゃねぇかよ」
話しているうちに、四輪は省庁の傍にある路地で止まる。
「……なぁ、コソ泥だよな、おまえら?」
ふと、嫌な予感がしてクーランは確認した。
「自慢じゃないが?」
ホーロミは平然としている。
明らかに彼女のコミュニティ・メンバーが、職員や一般市民に紛れて多数省庁の中に普通に入ってゆくのが見える。
彼らの中に、ホーロミとクーランもいた。
がなるようなエンジン音が足元で響いた。
一台の大型トラックが猛スピードで中央省の建物に向かっていったのだ。
そのまま速度を落とすどころかあげて、正面玄関に突っ込んだ。
轟音とともに省庁の正面は崩れ破壊されて、トラックは止まった。
運転席から一人が脱出して距離をとると、トラックは大爆発を起こす。
中央省の建物は一階から三階まで吹き飛び、外壁も床も粉々になった。
濛々とした煙と塵が辺りを満たす。
「行くぞ!」
廊下を呑気にフラフラしていたホーロミはガスマスクをクーランに渡すと同時に、自分も被り、駆けだした。。
「どこがコソ泥だよ!」
思わず叫んだクーランも、遅れないようにあわてて後を追う。
元タボィ・コミュニティの連中が省庁までの各道をふさぎ、入口も封鎖する。
管理課に突入して、ローキカルの執務室に入る。
「……なんなんだよ、朝から……」
疲れた顔をした彼は、メンバーを四人連れたクーランとホーロミに言った。
「エディンの財宝をもらいに来た」
ホーロミがいうと、ローキカルは背後のエレイサに視線をやった。
「ローキカル、あなたはここにいて。あとはあたしが」
「あーそう、そういうことね」
呆れたように、ローキカルは息を吐き出す。
二人がローキカルの所に残り、四人はエレイサに連れられて、方向感覚が麻痺しそうになる階段を進んだ。
やがて、ホールのようなところに到着する。
明かりをつけると壁に天井まで小さな引き出しになっているのがわかる。
「おお、やったね! お宝だ!」
引き出しの一つから文章が掛かれた羊皮紙の束を漁りつつ、ホーロミが叫んだ。
「なんだ、これは?」
クーランが数枚拾って、文字を読む。
それは中央省の役人の極秘内部文章と、横流しや横領した機密費の決済書だった。
つまり、中央省の中枢を揺るがす爆弾のようなものが、びっしりと詰まっている空間だ。
「すげーもんだ……」
ホーロミは頑丈な鍵をとりだした。
「これでウチが封印すれば、あとは完璧よ。エレイサ、ご苦労さん」
少女は無表情でうなづいた。
事態を急報で聞いたシアブルだったが、彼はあえてメンバーに動くなと命令しておいた。
ホーロミが持っていくものは、同時に自分たちの武器にもなるのだ。
これで事実上、中央省を握るのは、ローキカルということになる。
シアブルも彼も満足だった。
「こんな邸宅でのんびりしてていいのか?」
突然、リビングに知らない声がした。
振り向くと、スーツを着た若い男一人にコートを姿の男が三人、入口に立っている。
「どこのどいつかしらんが、礼儀の一つも知らんようだな?」
シアブルは不機嫌に言ってのける。
「礼儀か。それは失礼しましたかな。私はイベク社のジンリという者です」
「後ろの連中は明らかにサラリーマンとは雰囲気ちがうがね」
「彼らはクロト・コミュニティの二番隊ですよ」
「ほぅ……で、何が欲しいんだ? ここにあるものだったら何でも持って行っていいぞ?」
言って頭一つと同じグライの壺を一つ持ち上げると差し出してつづけた。
「これなんかどうだ? 現代美術の一級品だ。何億ぐらいかはする」
「残念ながら、興味ありません」
「ほう、そうか。じゃあ株券の方がよかったかな?」
「おふざけもそこまでにしておいた方が良いかと?」
「おまえら相手じゃ、ふざける以外に何の話があるというんだ?」
ジンリは一瞬激怒しかけたが、抑えたようだった。
「ロキシはどこにいます?」
「ああ、あいつなら今、省庁を守っている」
「中央省はコミュニティの残党に襲われているはずですが?」
「そいつらを守っている」
「……裏切りですか」
「逆じゃないのか?」
「いいえ、違います」
ジンリの後ろにいた三人が、ゆっくりと横に距離を取っていた。
「ローキカルとイベク社とあなたは、タイリン支配で組んだはず。なのに、今あなたもロキシも、この状況下で何をしているのです? これが裏切りじゃなく、なんですか?」
「さぁね」
シアブルは冷たい。
「今回の件には、あなたも関わっていた節がある。それで、弁明を聞きにきたんですけども」
「弁明? この私が何故、一介のサラリーマンに弁明しなければならないのだ。分をわきまえろよ、小僧?」
「人を檻の電網につないでいる監禁魔のくせに、なに偉ぶってるんだよ、変態」
ジンリは声を低くした。
「イベク社はどうしたいんだ? ヒィユも行方不明だし」
「ヒィユは我々イベク社の方針とは違う行いに出たために解雇されました。公認が私です。イベク社としては、電影を作り、そのアフターケアもするというのが方針です」
「コミュニティの枠を取り払って、おまえらに益はあるのか?」
「ありません。だからこそ、こうしてあなたは何をしているのか問いに来たのです」
「さっき、本音がでたんだがな、おまえの」
シアブルは苦笑と嘲笑をまぜてた笑い声をあげた。
「加えてると、今回元タボゥ・コミュニティが得たものを、我々が回収したいのです」
「なら、直接ホーロミの所行けよ」
「あなたなら力を貸してくれるかと」
「なんだ? 単独でやるのに人目を気にしているというやつか?」
「正直言えば、そうです」
「傑作だな」
しばらくシアブルは無言で考えを巡らせていた。
別にこれと言って損する要素などない。
「わかった。直接力は貸せないが、伝えるだけは伝えておこう。さっきの本音と一緒にな」
「そこはオフレコにしてくれませんかね?」
「あー、はいはい。わかったよ」
「では、失礼しました」
ジンリは踵を返して、出口に向かった。
クロト・コミュニティの三人も続いた。
「俺も困っててなぁ」
ローキカルは、通信口に向かって頬肘を立てていた。
背後のエレイサに一瞥をくれる。
浮遊ディスプレイに映っているのは、シアブルだった。
「解決策はあるっちゃあるんだが、肝心のホーロミが頑としてあの財宝を手放そうとしないんだよな」
『お仕置きが必要ですかな』
「まだ不安定な時期に変なことしたくはないんだけどなぁ」
『やはりイベク社に任せてしまいましょうか』
「勝手に動き回られちゃ、面倒が増える。お目付け役が必要だなぁ」
シアブルは自分はやらないぞと、ローキカルから視線を外した。
「あー、エクーに丸投げしてしまうか」
『……そうですな』
シアブルはローキカルの適当ともいえる頭の切り替えと回転の速さに、呆れ気味に感嘆した。
『ところで、どうして省庁を握りながら、クロト・コミュニティには手をつけなかったのです?」
「忘れてた」
「……そうですか」
納得いかなかったが、シアブルはあえて追及しなかった。
「……ホーロミにも困ったもんだ」
報告とも協力要請とも言えるローキカルに、エターは苦笑した。
『こちらの計画がまるでぶっ潰れかけてますよ。何なんですかねぇ、あの小娘』
困ったものだと、ローキカルはホーロミのことを言うが、口調が若干わざとらしかった。
「大丈夫だ。とりあえず、ホーロミには護衛をつける。そのうえで、俺が話をつけるよ」
エクーは請け合った。
その後ろで、エレイサがシャボン玉を吹き散らしながら、妖しく微笑んでいた。
街の一画に広い座席のある居酒屋があった。
そこに、ジンリとクロト・コミュニティの主だったものが、揃っていた。
当然、今はロキシである人物もいた。
「まぁ、話は結局向こうが持って行ったわけですが。私としては信用してません」
ジンリは言い切った。
集まっている人々には、納得できる話だ。
「よって、ホーロミを直接襲撃したいと思います。タイリン省庁は我がイベク社とその社員になってもらったクロト・コミュニティで管理するのです」
「悪くねぇなぁ」
誰かが声を上げた。
ロキシはだまってジンリを見つめている。
焦ってるな、あいつ。
彼は納得できるものもあったが、ジンリに引きずられての自滅は御免だった。
「今度のホーロミの行動は、エクーも省庁側も頭痛の種になっているらしい。しばらく様子を見てはどうだ?」
ロキシはジンリに言ってみる。
とたん、不機嫌になる青年だった。
なるほどと、ロキシは理解した。
ここにいる人物たちに遅れを取らないよう、ジンリは虚勢を張っているのだ。
そして、彼は気づいている。
エディンの住人がクロト・コミュニティ内に存在することに。
彼はその存在を当てにしている。
エディンの支配をもう一度。イベク社の最盛期をもう一度、彼の手で。というところか。
ロキシは、テーブルのウィスキーに口をつけた。
馬鹿馬鹿しくて、まともに相手してられない。
つまりは、ジンリの感情のために自分たちが犠牲になるということではないか。
省庁をローキカルに押さえられて、クロト・コミュニティは行き場を無くした。
彼らは戦闘部隊という矜持はあったが、政治力のなさなゆえ宙に浮いていたのだ。
ローキカルから声がかかるかと思っていたが、まるでその様子もない。
彼らは自分たちを拾ったイベク社を、喜んで頼った。
それしか道がなかったからだ。
全ての話をつけたのは、ジンリだという。
ヒィユと接点のある男だったのか、新参の人間としては判断材料が無さ過ぎた。
ロキシは、士気を上げる集会がおわると、自宅にもどった。
『今度の襲撃、参加しない方が良いわね』
キオイオが脳内で声を響かせて来る。
「そうだね。ただ、背後にいるのは誰か……」
ロキシはシャワーを浴びる前に、浮遊ディスプレイの窓を三枚広げ、省庁データとローキカルの足跡を浮かびあがらせた。
もちろん不法侵入だ。
ローキカルのところからは、新しいデータが拾えた。
地上復興計画。
今度の財宝を使い、タイリンの街を整備しようというものだ。
それには、多くの省庁関係者の技術・人脈が必要だった。
彼らは秘密を握られている以上、喜んで協力するだろう。
ホーロミへの襲撃さえあれば。
復興した街は、エディンから切り離した、開放的な電網を使うと提案されていた。
『丁度いい。人間どもとこれで縁が切れるなら、こんな嬉しいことはないよ』
キオイオは鼻を鳴らす音を鳴らした。
「省庁はこの計画で再編成されている。だれが吹き込んだのか知らないが、電網と人間の歪な関係がこれで切れるということか」
ふと、ヒィユのことを思い出した。
彼の最後の姿は、それこそ街の電網と人間の絡み合った姿そのものだったらしい。
いきなり閃く。
原案はエレイサだ。
そして指示をだしているのだ。ジンリに。
ならば、全ての合点がいく。
エレイサは、ヒィユの私怨をはらそうというのだろう。
『そら恐ろしい小娘だな』
「あー、なんかすげー技術ですげーらしいからね」
適当に相槌を打つような答えを吐く。
『とにかく、私は協力しない』
「あたしも、今回は見送るわ」
クロト・コミュニティのメンバーは、それぞれ、時間と場所を割り振りられた。
元タボィ・コミュニティの縄張りの丁度境界線に多く配されている。
当然のように昼近くの時間である。
ホーロミには、イベク社からと正直にこれから向かう旨を伝えて、居場所も把握した。
コミュニティのメンバーたちは、それぞれの家で惰眠をむさぼっているかしているようだった。
狩りが始まる。
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