反逆エネミー

@yannmai

第1話

20××年1月森の小道にて


降りしきる雪の中、齢10ほどに見える1人の少女が歩いていた。

冬に似つかない半そでの麻のワンピース1枚を

身にまとった少女の指は赤くひび割れ、

手をこすり合わせながら、白い息を吐きだす。



この子が今日の生贄か。



きっと、これから何が起こるかも理解してないだろう。


かわいそう。


申し訳ない。


そんな哀れみと懺悔の気持ちは、とうに消えてしまった。俺は指示に従うのみだ。

すべてはミアのために。そして、この世界の正しい未来と健全な社会のために。


そして、少女に歩み寄る。


少女は不安と恐怖の入り混じった表情で、こちらを見つめて固まっていた。



「ありがとう。」



踏みしめた雪の音にかき消されるくらいの小さな声で、俺はそう呟き、少女に歩み寄る。


「だ、だれ…」


少女の言葉が言い終わるのも待たずに、俺は握りしめた斧を振り下ろした。

白銀の世界が赤く染まる。



生贄に感謝を。



ーー


「あいちゃんっ!」


鼓膜が破れそうなバカでかい声が耳元で鳴り響く。



「昨日の宿題見せて!お願い!」



この女は私の幼馴染…いや、ただの腐れ縁のクラスメイトだ。

高校の校則を無視したパンツの見えそうなスカートに、ど派手なピンクのカーディガン。

もちろん髪も染めていて、この高校の人間なら金髪のツインテールを見たら、

3年A組の水戸リエだとすぐ分かるだろう。

上履きには、どこかで見たようなキャラクターの落書きと

「愛ら舞勇」という文字がポップな字体で書かれている。

どうやら、この馬鹿には「羅」を書けるほどの頭もないようだ。


にしても、それはいつの時代の流行りだ?



「リエ、宿題は自分の力でやりなさい」



いじわるだのなんだの、横でブーブーと文句を垂れるリエを冷たくあしらうと

私は職員室に向かった。


「失礼します。三田寺 藍です。」



職員室の入り口で名前を言うのも慣れたものだ。

最初は、50人以上もいる私立高校の教師の注目を浴びるのに恐怖すら覚えたが、

今となっては私の声に誰も振り向かない。

せいぜい数人が「またか」という視線を一瞬、送るだけだ。



「今日も悪いな。これが例のリストだ。」



生徒会長という名の教師の便利屋となった私は、科学室の物品チェックを頼まれていた。



「三田寺は本当に偉いな。生徒の鏡だよ、先生も鼻が高いぞ!」



担任の男がガハハと大口を開けて笑う。

この男が鼻が高いのも、そのはずだろう。


品行方正、容姿端麗、成績優秀。

真面目に見えるよう長く伸ばしたストレートの黒髪は、もうすぐ腰に届きそうだ。



「いえいえ」



口角を少し上げ恥じらって見せると、担任はフンスッと鼻を鳴らし、ご満悦のようだった。

属に言う「いい子」の私にとって、学校生活は単純で退屈なものでしかない。

この教師も退屈な物の1つだ。


私はリストを確認しながら科学室に向かった。

物品リストには、化学薬品の名前がずらりと並んでいる。

今日の雑用は科学室の在庫のチェック。


科学の担当教師である担任は、物品のチェックをする暇もないほど忙しいらしい。

危険な薬品を生徒に触らせることは禁止されているが、

どうやら彼は私に絶大な信頼を置いてるようだ。


職員室を去る時に小声で


「チェック担当者サインの欄は空白でいいからな!

あとチェックする間は科学室の鍵締めといてくれよ!」と言われたので、


おそらく上の人間にバレたら彼の首は飛ぶであろう。



科学室の物品庫は教室の奥の扉の先にある。


ドアノブを回して手前に引くと、キイッと小さな音とともに扉が開いた。


物品庫には大量の薬品が乱雑に並べ…いや散らかされていて

在庫チェックなんて、すぐに終わるだろうと思っていた、私の淡い期待は一瞬にして打ち砕かれた。


「はあ、せめて種類ごとに分けておいてよ。」



大きなため息と愚痴をこぼしながら、淡々とリストにチェックをつける。


しかし、30分ほどチェックを続けたところで、どうにも数が合わないことに気づいた。



「濃硫酸、濃硝酸…」



似たような漢字が並べられた、この2つの薬品の数がどうしても合わない。

正確には容器のみが残され、中はすべて空の状態だった。

中身の入ってるものが1つもないなんて、どう考えてもおかしい。


まあ、いいや。


ほかの薬品のチェックは終わっていたため、私は雑用仕事を切り上げ担任に報告しに行った。


担任は眉間にしわを寄せながら、頭を抱えていたが

関係のない私は疑われることもなく、すぐに開放された。


そして次の日には、どこからか担任が不足の薬品を手に入れてきて補充していた。

大人なんて、そんなものだ。


しかし、思えばこの時が、すべての始まりだったのかもしれない。



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