第11話 VS超常テロ その1

 一歩遅かった。私は《超常官》に正式に任命されたわけではない、研修中の身だ。そんな私が下手に動くべきではない。その思いから、生活指導の先生を見殺しにしてしまった。

 「キャァァァァ!!」

 「う、うわぁぁぁ!!」

 女子の甲高い悲鳴や男子の大きな悲鳴が講堂中を木霊する。まずいと分かっていても、もう手遅れだ。

 「に、逃げろォォォ!」

 人々は一斉に出口へと走っていく。完全にパニックが起きていて、人と人の押し合いへし合いが始まっていた。 

 先生方が必死に誘導を呼びかけているが、一度起きてしまったパニックは中々止まらない。

 「おい開かねえぞ!」

 おまけに予め矢島が手を打っていたのか、扉が開かないようでパニックが加速していた。

 「逃げられると思うなよ!」

 矢島の目は血走っていた。明らかに正常な精神状態ではない。おそらく違法薬物に手を染めている。

 矢島が右手を地面につけると、地面は次々に液状化していった。

 「ちょっ、助けてあかりん!」

 「桃ちゃん!」

 人の波に流され、桃ちゃんは転倒してしまい地面の液状化に巻き込まれてしまう。

 これは出し惜しみをしている場合じゃない。私から見えるだけでも、既に複数人が液状化に巻き込まれている。

 一つ問題なのは、矢島を倒した瞬間に液状化が止まってしまう可能性があること。

 そうなれば液状化に巻き込まれた人達は亡くなってしまうかもしれない。

 しかしこのままでは被害が増える一方。ならば一刻も早く矢島を倒し、飲まれていない人だけでも助けるしか——

 私は途中でその考えを打ち切る。まだいくらでもやりようはある。まずは行動しなければ!

 私は天井に糸を張り巡らせ、パイプなどに糸を結びつけて蜘蛛の巣のようにする。

 私はその糸を伝って天井まで登り、結びつけた糸を即席で束ねて縄のようにし、次々に地面へと垂らす。

 「皆さんその縄に掴まってください!」

 私の掛け声と共に、液状化した地面に飲まれた人々が我先にと必死に糸を掴む。その様子は『蜘蛛の糸』を彷彿とさせたが、今回彼彼女らは何も悪くない。

 「なんだよお前……邪魔をするなぁぁ!!」

 まずい、こっちに矛先が向いた。でも幸いなことに右手を離しても即座に地面が元に戻るわけではなさそうだ。

 「先輩、すごい力持ってるじゃないですか。それをこんなことに使うのもったいなくないですか?」

 「黙れ、テメェも《超常使い》なら分かるだろ? どんな扱いを受けてきたかなんてよぉ!」

 「うぐっ!」

 矢島先輩が右手を振るった瞬間、私は右肩に衝撃を受け、思わずバランスを崩す。何をされたのか分からないが、彼の能力なのは間違いない。

 「たしかに私だって嫌な思いをさせられたことは山ほどありますし、理解できますよ。でも、私達一年生が先輩に何か嫌なことしましたか!? 嫌な思いをさせた人間でなく、なぜ無関係の弱い人間に牙を向けるんです!」

 民衆から「そうだそうだー!」という野次が聞こえてくる。うるさい輩だ。

 昔からこの考え方が私には理解できなかった。それはきっと、私が恵まれているからだろうがそれでも叫ばずにはいられなかった。

 「知るかよ、俺はこの学校を潰すために、社会に報いるために少しでも多く殺して注目を集めたいだけだ」

 「憎いのは社会そのものですか。辛いものですよね、周りから認められないって」

 私の姉がそうだったから、その思いは理解できる。矢島先輩はその言葉を聞いて、ますます逆上してしまった。

 「寂しいやつと一緒にするな、俺には認めてくれる同士がいるんだよ! そいつらの為に動いてんだ、だから……邪魔をするなら死ね!!」

 「何言ってんだ矢島! 人を殺すことが仲間の為になんかなるわけねえだろ!」

 先生の一人が仁王立ちで腕を組みながら彼に叫ぶ。カタギじゃありません、というような強面の先生だ。たしか教頭先生だったかな。

 「無能力者は引っ込んでろ。俺が虐められてた時だってあんたら何もできなかった癖に」

 「ッ……! 守りきれなかったのは悪いと思ってる! だがお前のいる集団は異常だ、明らかに騙されてるぞ!」

 教頭さんは痛いところを突かれたようで、苦々しい顔をする。どうも何か事情があるようだが、それで私達が殺される謂れはない。

 「うるせえな。死にたきゃそう言え!」

 矢島先輩は教頭先生に向かって走り出す。私はそれを見た瞬間自分の手に糸を巻きつけ、「神業:万有引力!」と叫んだ。

 矢島先輩はすんでのところで教頭先生の目の前で止まり、ギロリとこちらを睨みつける。教頭先生は逃げる様子を一切見せず、矢島先輩に一発ビンタをかました。

 「んの野郎!! テメェら絶対ぶっ殺す!」

 女の先生が体を震わせながら「きょ、教頭先生! 無闇に矢島を刺激してどうするんですか!」と叫ぶ。それに呼応するように、生徒からも「俺達を殺す気かー!」などの野次の声があがった。

 矢島先輩が再び右手を地面につけようとしているのを見て、私は糸を伸ばして彼の右腕を絡めとる。

 「チッ、さっきから邪魔ばっかりしやがって……お前は絶対にいたぶって殺す!」

 矢島先輩は服ごと糸を液状化させ、パンツ一丁で私に向かって突撃してくる。ここが命懸けの場でなかったら笑っているところだ。

 だが同時に厄介だ、彼の能力はおそらく触れたものを柔らかくするというもの。服がない今、糸で拘束してもすぐに溶かされる。

 そして矢島先輩が宙に右手をかざした瞬間、私は右腕に何かが触れる感覚を覚え、咄嗟に右腕を動かそうとする。

 しかし右腕はまるで氷で固められたように動かず、私は思わず目を丸くした。

 「なっ、しまった!」

 「ああっ、あかりん!」

 近くの天井から桃ちゃんの悲鳴が聞こえる。彼女の方は見れないが、心配してくれているのだろうか。

 まずい、矢島先輩の能力は硬度変化か! さっきの肩への衝撃も空気を硬化させたものを投げたのね!

 「ただでは殺さねえ。そこで人が死んでくのを黙って見てろ!」

 続けて矢島先輩は私の顔以外の空気を固めてしまい、私はなす術なく動きを封じられてしまった。

 「くっ……待ってください! 先輩が今所属している組織の名前、《アルカディア》ですよね!?」

 「! なぜそれを!?」

 やっぱりそうだ。奴らの本拠地はここ東京にある、彼の実力なら直接勧誘されていてもおかしくない!

 「あなたのお仲間がどうかは知りません! でもその組織の上は《超常使い》のことなんてちっとも大事にしてくれませんよ! なんせ私のこの顔の傷は奴らに付けられたものですからね!」

 「で、出鱈目を言ってんじゃない! 勝てなくなったからって苦し紛れに嘘をつくな!」

 「嘘だと思うなら、私のこの糸を掴んでみてください。力の精度が悪いので全ては見せられませんが……ちょっとぐらいは追体験できますよ」

 私が頭から垂らした一本の糸を見て、矢島先輩は一瞬手を伸ばして引っ込めた。

 しかし覚悟が決まったのか、矢島先輩は「分かった」と言って糸に触れた。

 私はなるべく迅速に糸に情報を乗せ、彼に当時の惨状を伝える。彼との縁はあまりに薄く、かなり断片的なものになってしまったが、私が受けた仕打ちは伝わったはずだ。

 彼は私の情報が伝達しきった後、口から胃酸を吐いてその場に突っ伏していた。

 「嘘だろ……組織がこれを!? 嘘だ、信じない! これもフェイクの記憶かなんかだろ!」

 「本物です。ほら、私の腕みてくださいよ。あなたが見た時と同じ場所に古傷残ってますよね?」

 「い、嫌だ……じゃあ俺のやってきたことは何だったって言うんだ!」

 「焦らないでください、今ならまだ引き返せます。だからもうこんなことやめましょう! このまま組織にいいように扱われれば、あなたの仲間だってただじゃ済みませんよ!」

 随分と都合の良い言葉だ。だがそれでも、これ以上同じ《超常使い》としてこんなことをするのはやめて欲しかった。

 「……く、くそっ!」

 矢島先輩は地団駄を踏み、走って近くの壁に穴を開け逃走する。戦意は喪失したようだが、警察に捕まるのは嫌だってところだろうか。

 「おいコラ、待て!」

 それを教頭先生が走って追いかける。あの人には恐怖という感情がないのだろうか。

 「! 硬化が解けた!」 

 私は自分の身体が自由になったのを感じ、慌てて先輩と教頭先生を追いかける。このままでは教頭先生が殺されてしまうかもしれない。

 しかし私の心配をよそに、先輩の逃げゆく先には既にある青年が立ち塞がっていた。

 「矢島大地だな。殺人の容疑で逮捕する」

 「ど、退け! ぶっ殺すぞ!」

 矢島先輩が青年に右手をかざした瞬間、矢島先輩の手は真っ二つに切断されていた。

 「後でくっつけてもらえ。まったく、殺人未遂を増やしてどうする」

 青年は続けて刀から電撃を放ち、あっさりと矢島先輩を気絶させて縄で拘束してしまう。いくら動揺していたとはいえ、私が完封された相手をこうも圧倒するとは。まだまだ憧れの人とは差があることを痛感させられるなぁ。

 「いらしてたんですね、警固さん」

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