第10話 初めての登校
誘拐事件から数週間後。私は高校の入学式を迎えていた。あの事件はニュースになったものの、私達の名前などは汐崎さんが手を回してくれて、公共放送に流れるのは抑えられた。
日比谷君はあの一件で私が怒った理由について聞いてこなかった。聞かれれば答える覚悟はしていたのだが、気を使わせてしまったようだ。
ちなみに入学式を観に来る保護者はいない。父は母が亡くなり精神を病み入院、兄は海外へ留学したきり帰ってこず、姉は私と母が拉致されてから行方不明。
都心に来たのだ、元より観てもらえる期待はしていない。ただもし、普通の日常を過ごせていたのであれば。母か父が来てくれたのではないかと少し考えてしまう自分がいた。
ダメだな、この前の一件のせいでノスタルジーが強くなってる。
私は昇降口に書いてあるクラスの一覧表を確認して、自分の教室へと向かう。当然、知り合いは一人もいない。
「1-Cか。もう人いるかな?」
私は教室の扉を開けた瞬間、一人の少女が紙コップを宙に浮かせながらジュースを飲んでいるのを目撃し、そっと扉を閉めた。
「……あれ、ここ超常学校じゃないよね?」
私は非現実的な光景に戸惑い、改めて教室と自分の制服を確認する。間違いなく、私はただの高校生。クラスも間違えていない。
「ごめんごめん、びっくりさせちゃった? うちは高円寺桃。自分ちょっとした“超常使い”でね、人いないから使ってもいいかなって油断してたの!」
「へ、へ〜そうなんだ。高円寺さんが飲んでるそれって何? 私見たことないや」
色々気になるが、とりあえず話を聞いてみよう。
「これは近くのコンビニで買ったよく分かんない飲み物! 期間限定って書いてあったからつい買っちゃった」
「期間限定かぁ、大して飲みたいと思ってなくてもつい惹かれちゃうよね」
「分かってくれる!? つーか来るの早いね茶髪ちゃん、名前なんて言うの?」
「集合時間より早く着かないと不安で死ぬ体質でさ。私は出雲朱里だよ、これからよろしくね!」
「こちらこそよろー! ねえ、あかりんって呼んでもいい? うちのことも桃ちゃんでいいからさ」
「いいよ! それにしても“超常使い”なんだね」
「そうそう、魔術師? に分類されるみたい。この指輪が力の源みたいでさ、水筒ぐらいの物を持ち上げられるんだー」
「魔術師なんだ、珍しいね! えっと、このことって内緒にしといた方がいい?」
魔術師はこの手の力を持った人種としては最も多い。だがそれでもなれる人間は少なく、超常に関連する物質や力と自分から遭遇する必要があるのだ。
「んー、隠す気もないし別にいーよー。ところであかりんも何か特別な力とかあったりするの?」
「……ないよ、知り合いにはいるけどね」
私は少し迷った末に、そう答えた。“超常使い”であることを明かす、ということを私はあまり良いものと思っていない。どうしても相手からの見る目が変わってしまうからだ。知り合って間もない子には明かせない。
「そうなんだ。いやーうちの話聞いて凄いとかじゃなくて珍しいなんて言ってたからさ、あかりんも持ってる側の人なのかなーってね」
「はは、知り合いにいるからちょっと身近に感じるんだよね」
あ、危な!? 自分も“超常使い”なのにそれを隠して凄いなんて言ったら嫌味っぽいよなと思ったからそういう言い方したんだけど、それで透けるなんて思わなかった。
「おっと、人増えてきたね」
桃ちゃんが目を向けた方向に目をやると、他の人達が続々と教室に入ってきていた。
「そういや、あかりんはどこ出身なの?」
「私は島根出身だね。中学の途中からここの近くで一人暮らししてるんだ」
「中学生で一人暮らしか、マジ凄いじゃん! 今度あかりんのマンション遊びに行ってもいい?」
「いいけど、部屋片付けてからね。今の部屋は人に見せられたもんじゃないから」
私達はそんなたわいもない話をした後に、入学式の会場である講堂へと向かった。
「本学に入学した皆様に、まず心からのお祝いとお礼を申し上げます。三年間は長いようでとても短いですから、学業へ熱心に取り組むのはもちろん、大切な思い出を沢山作ってくださいね」
校長先生がよくある話をしている最中、私の付近の人達は皆眠そうにしていた。かくいう私も眠くこそなってはいないものの、校長先生の話を熱心に聞いているのかと聞かれればそうではない。
それから私の隣の男子が寝出した辺りで、後ろの扉が開かれ制服を着た男子が中に入ってきた。
「……?」
その男子は様子がおかしかった。遅刻してきたにしては慌てている様子がみられない。それ自体はそういう性格、というだけで方がつくのだが、席を探す気もみられないのだ。
男子はまるで何かに引き寄せられるかのように、壇上へと歩いていく。先生方はそれを止めるべく、彼に駆け寄って行った。
「矢島! 止まれ!」
生活指導だという先生が男子に呼びかける。だが男子は止まらない。私はその光景を見て、猛烈に嫌な予感がした。だが何もしていない人に何かすることもできず、私は佇むしかなかった。
「やじ……ま?」
矢島と呼ばれた生徒の肩に生活指導の先生が手をかけた瞬間。生活指導の先生の身体が一瞬にして溶け、地面に広がっていった。
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