第9話 ハーメルンの笛吹き男
動かなくなった人々を見て、私達の間に緊張が走る。あの音を一瞬でも聞いてしまったのがいけないのだろうか。
「ね、ねえ! 一体どうなってるの!?」
清水君が不安そうに叫んでいる。耳を塞いでいても、内容ぐらいは理解できた。
「大丈夫、絶対に助けるから!」
返事になっていないことは自分でも重々承知だ。でも今は、励ましの言葉しかかけられない。
(電波が届かねぇ。助けは呼べん)
(了解。引き続き周囲の警戒をお願い)
私が敵なら、相手に状況を理解させる暇なんて与えずに潰す。速攻をしかけてくるはずだ。
だが、まだあの二人組の姿は見えない。接触したタイミングで私達が《超常使い》だってことはバレていないはず。だとしたら、一般人を潰すだけだと油断している可能性はある。
「吾輩の世界へようこそ、勇敢な少年少女よ。その勇気にすぐ後悔することになるがね」
その直後、男の方が悠々自適に、まるで散歩をしているかのように正面から歩いてきた。完全に油断しきっていまする。
「ああ、耳栓をしているのか。無駄な足掻きだ」
男が笛を吹くと、耳栓が空を飛んで男の元へと吸い寄せられる。日比谷君と私は反応が遅れ、モロに笛の音を聞いてしまった。
「身体が……!」
私達は強い力で男の元へと歩かされる。私は精神攻撃に強い耐性を持っていることから鑑みても、これは物理的に動かされているのだろう。
日比谷君が耳を塞いでいた清水君も、日比谷君が操られて手を放したため笛の音を聞いてしまい操られてしまっている。
「吾輩はデューク。ハーメルンの笛吹き男の話はご存知かな? 町の依頼で笛でネズミを操り追い出した人間が、報酬をもらえずに怒って子供達を笛で連れ去ったという話だ」
「聞いといて全部答えんなや。知識マウント取りてえだけだろ」
日比谷君がそう言うと、デュークは「知らないと思ったから教えてあげただけだよ」と言い返してきた。
「さて、話を続けるとこの話は一部実話とされている。子供が連れ去られた部分だ。この部分には色んな仮説が建てられていて、移民政策やら底なし沼に落ちたやら言われているが——吾輩が支持している説は奴隷商人に売られた説だ」
私はそれを聞いて皮肉たっぷりに「今あなた達がしていることですよね」と言ってやった。
「君達二人にはそうなるだろうな。だが清水君は違う、彼は特別な才能を持った少年だ。我々が導かなければならない。あぁそうそう、瞬間移動で逃げようとしたら罰としてこの二人を殺すからな。くれぐれも変な気を起こさないように」
清水君は「そ、そんな……」と言って絶望した表情を浮かべ、今にも泣き出しそうだった。私はそれを見かねて、こっそりと足から出した糸を清水君につけた。
(清水君、聞こえる?)
清水君に糸での伝達ができるかは怪しい。ただもし、彼が私に心を開いてくれていたのならば。短時間だけなら使えるかもしれない。
(え、これ何!? き、聞こえるよ)
(お姉ちゃんの力だよ。ごめん、私が「逃げて」って言ったら逃げて助けを呼びに行ってくれないかな?)
(え、でもそしたらお姉ちゃん達が……!)
(大丈夫。お姉ちゃん達強いから、自分の身は自分で守るよ。信じてくれる?)
(う、うん)
(よしいい子だ。そろそろこの通信は切れちゃうけど心配しないで、焦っちゃダメだよ)
ちょうどこのタイミングで糸が切れ、清水君との通信が途絶える。伝えるべきことは伝えたし、後は本人に任せよう。
首から下の身体の自由は一切きかない。男が油断しきっている今なら糸や引力は有効だが、正確に狙えるかは分からない。ただやるしかない!
(日比谷君、いつ仕掛ける?)
(やるなら早いうちがいい。でも俺はできることがあまりない、動くのは出雲に任せる)
(分かった。じゃ5秒後に使うよ)
これは賭けだ。相手の能力解除条件は分からない、だが想像することはできる。
《超常使い》は以前三タイプに分けられるという話をしたと思うが、改めて説明しよう。覚える必要は相変わらずないが。
一つ目が自らに内包する力を放つ超能力者タイプ。これは日比谷君、清水君が該当する。
二つ目に魔術師タイプ。自らの力を外部の道具を用いて出力するタイプで、道具を使用し超常を引き起こす。各道具には適正があり、たとえ同じ魔術師でも他の人の道具は使えない。多分自殺攻撃を仕掛けてきた人はこれかな?
三つ目に外部の力を自分に取り込み利用する、憑き者タイプ。神憑りもこれに該当し、私の場合は《大国主神》の力を利用する。
こいつはその中でも魔術師タイプに該当する可能性が高い。というか、それ以外では勝てない。魔術師なら道具を破壊すれば終わりだから、あの笛を破壊してやれば勝てるはずだ。
そこで私は手始めに引力を使って男の笛を引き寄せる。
「ん、なんだこれ!?」
デュークが動揺して払いのけようとした瞬間、私は引力を最大まで強め、糸を直接笛に絡めた。
それと同時に私は「逃げて!」と叫び、清水君はそれを聞いて瞬間移動を使い、交番の方へと逃げ出した。
「こいつらァァ!!」
この謎空間の仕組みは分からないが、女性に触れることはできたことから、物体に触れることはできる。なら、やることは一つだ。
私は唯一自由な顔を使い糸に噛みつき、糸を引き寄せる。リュークの手から笛が離れ、私は口でその笛を咥えた。
私は更に糸を近くのマンションの柵と電柱につけると、一気に糸を体内に引き込んで巻き取りの要領で急上昇する。
そして最大高度に達した瞬間、私は笛をコンクリートに叩きつけた。笛は衝撃で真っ二つに割れ、世界は元に戻り、私の体は自由を取り戻した。
「クソっ、貴様も《超常使い》だったか!」
リュークは鞄を開け、予備の笛を取り出そうとする。
「見えてんだよ」
そこですかさず体が自由になった日比谷君がM60を生成し、銃弾を撃ち込んで笛を破壊してリュークの腕を撃った。
「珍しく透視が役に立ったぜ。さぁ、大人しくお縄につけ!」
「貴様もか! 撤退だドリーマー、煙を出せ! お、おいドリーマー!?」
リュークは周囲にそう叫ぶも、何も起こらない。
「見捨てられたみたいだね。でも安心して、相方もすぐ捕まるから」
私はリュークを糸で雁字搦めにして、リュークの縁を辿る。相方の位置はすぐ分かり、リュークを見捨てて全力で逃亡している最中だった。周囲の景色に見覚えのあるレストランがあったため、位置の特定は容易だった。清水君を追っていた、とかでなくて本当に良かった。
「日比谷君、警察と汐崎さんに『《超常使い》の可能性が高い誘拐犯がレストラン“ジョーク&ジョーク“の付近で逃走中』って連絡しておいて。私はこの男を見張っとく」
「分かった、念のため手錠かけとくな」
日比谷君はリュークの手足に手錠を嵌め、警察に電話をする。その周囲では、彼が銃を撃ったことで少し騒ぎが起きていた。
「あ、あんたら何者!?」
「すみません、我々はテロに巻き込まれた《超常使い》です。皆様に危害を加える気はありませんので、ご安心ください」
私は両手を挙げて無抵抗の意思を示す。民衆は怪訝そうな顔で私達を見ていたが、私達を取り押さえようとする者はいなかった。
「貴様、どこかで見たと思ったらやたら精神耐性の強かったガキか。母親は元気か?」
男は私をまじまじと見つめるとそう呟く。私はその言葉を聞いて思わず叫んでしまった。
「黙れ! お前、組織の人間だな!?」
私は怒りから男に手を挙げそうになる。それを見た日比谷君は慌てて私の左腕を掴んできた。
「い、出雲!? 落ち着け、皆見てる!」
私はその一言でかろうじて理性を取り戻し、息を整えながら拳を降ろす。後少し彼が止めるのが遅ければ、一発かましているところだった。
それから数分後。清水君が連れてきた警察官によってリュークは連行されていった。警察官は話の分かる人だったようで、話を聞いてすぐに駆けつけてくれたらしい。
「そ、その……ごめんなさい! こんなことになるなんて僕、思ってわぐっ!」
清水君が駆けつけ、私達に向けて頭を下げようとするのを、日比谷君が彼の頭を両手で掴んで止めた。
「なんで謝ってんだ、お前が逃げ出さなきゃ誘拐発覚してなかったぞ。誇れよ」
「巻き込んだと思ってるなら気にしないで。むしろ君が助けを求めたのが私達でよかったよ。一般人じゃなす術なく一緒に攫われちゃったと思うし」
「その通りだ。だからな、謝るより言うべきことが他にあるだろ?」
日比谷君は両手を外して清水君を解放する。清水君は顔を綻ばせると、再び大きく頭を下げた。
「た、助けてくれてありがとうございました!」
「それでよし。罪悪感があるなら、お前が誰かを助けてやることで還元しろ。何も超能力を使わなくたっていい、たった一言の声掛けで救われる奴もいる」
「はい!」
その後清水君は、迎えに来た彼の両親に連れられてこの場を去った。彼の両親は泣きながら何回もこちらにお礼を言ってきて、清水君を力一杯抱きしめながら車に乗っていた。
日比谷君も状況が状況ということで、母親に迎えに来てもらっていた。日比谷君のお母様はとてもエネルギッシュな方で、私は終始圧倒されていた。とにかくマシンガントークがすごく、話が終わった頃には「これで美味しいものでも食べて」と言われて千円札を握らされる始末だった。
普段はこの手のものは断るようにしているのだが、気が付いたら持たされていて、止めようがなかったのだ。
では私はどうなったかというと、私は来れる保護者など存在しない。なので一人で帰ろうとしていたのだが、汐崎さんに「こんな日に一人で帰るな! 死にたいのか!」と言われ車に乗せてもらうことになった。
汐崎さんの話によると、誘拐されていた子供は無事に警固さん達が救出し、残りの犯人も逮捕したらしい。汐崎さんは「夢を見せる能力者もカフェインには勝てなかったね」と言って笑っていたが、私はその話を聞いて「なんて惨い攻略法を使うんだ」なんてことを考えていた。
家に帰ってからは、眠たい気持ちを抑えながらシャワーだけ浴びて布団に入った。布団の中は普段より一段と心地良く、ぐっすり眠れそうな予感がした。
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