第8話 研修二日目&ちょっとした人助け
研修二日目。相変わらず、三人目の子は来ることなく研修が進んで行った。
午前中はグラウンドにて軽い身体測定とマラソンを行った。マラソンは中々大変だったが、なんとか走り切ることができた。
日比谷君はというと、まあ強かった。鬼ごっこの時点で分かってはいたが本当に運動神経が高い。 超常の使用は禁止されていたので、余裕で私が負けてしまった。悔しい。
私は疲れて地べたに寝っ転がり、先に走り終えた日比谷君に「タオルと水筒取って」と頼む。私は差し出されたタオルで身体を拭きお茶をがぶ飲みすると、ゆっくりと立ち上がった。
「疲れた。午後の座学、寝ちゃわないか心配だよ」
「分かるわ、朝イチからマラソンは辛い。集合場所は本館の3階だっけか?」
「そうだよ。せっかくなら一緒に動かない? 片方だけしか時間に来てませんってのも良くないと思うし」
「あー、まあそうだな、そうすっか」
日比谷君は歯切れが悪そうに視線を逸らしながら答える。照れているのかな。この際、一つ聞いてみるか。
「ねえ、日比谷君って中学も男子校だったの?」
「そうだよ。透視なんて力あるからな、なるべく女性とは関わらないようにしてる。不安を与えちまうからな」
「なるほど。君、口調によらず紳士的だよね」
今日も割と早いタイミングで集合場所に来ていた。昨日は電車がかなり遅れてたらしく、遅刻してもよかったのに無理やり間に合わせたらしい。服装も整っていて、生真面目さと几帳面さを感じさせる。
「親父に厳しく躾けられたからな。特に《超常使い》だってことが分かったら、『悪いことに使ったら勘当するからな』って口酸っぱく言われたよ」
「勘当かぁ、中々厳しい親父さんだね」
「今思えば、オレみたいな《超常使い》が信用してもらうための処世術として厳しくしてくれてたんだろうな」
日比谷君は当時を懐かしむような様子で話す。それを聞いて私もなんだが彼がそう言われている様子を体験できたような感覚になった。
「良い人だね。私も『人を助けるために力は使いなさい』ってよく母さんに言われてたな」
そんな話をして、私達は食堂の中に入った。食堂の中には寮の人達がいるのか、そこそこ賑わっていた。
「日比谷君はお弁当?」
「ああ、お袋が作ってくれてな。仕事で忙しいはずなのに朝イチで作ってくれるもんだから、本当に感謝してもし尽くせないわ」
「そりゃ凄いや、愛されてる証拠だね」
私もたまに自分で弁当を作ることはあるが、まあ結構大変である。彼のお母さんの大変さもそれとなく理解できた。
「《超常官》になろうとしてるのも、両親への恩返しも兼ねてんだ。恥ずかしくてとても本人達には言えたもんじゃねえけどな」
「ふふっ、だったら長生きして親孝行しないとだね」
私がそう言うと、彼は少し口角を上げて「そうだな」と呟いた。
「そういうお前はなんで《超常官》になろうとしてんだ?」
「色々理由はあるよ。独り立ちのためだったり、昔助けてくれた《超常官》の人に憧れたからだったり、誰かを守れるような人になりたかったりとかだね」
「へぇ、昔お世話になった人がいるんだな。ん? それってなんか事件に巻き込まれたってことか!?」
「酷い目にあったよ。詳しいことは追々話すね、食事中に話すもんでもないからさ」
私の意図を察したのか、日比谷君は「そうか」とだけ言ってそれ以上追及しなかった。
「あ、そうだお前の力の詳細も教えてくれないか? 《神憑り》だっけ、聞いたことねえ能力で気になってたんだ」
「そういえば言ってなかったね。説明するよ」
私は日比谷君にざっくりと自分の力について説明した。最初、彼は黙って聞いていたが、少しずつ「強くね!?」等の感想が増えてきていた。
「いやー面白い能力だな。それに応用性が中々に高そうだ」
「だよね。なんかロマンチックなものも感じでさ。この力、気に入ってるんだ」
「羨ましいな。自分が納得できる力って、それだけで楽しそうだ」
日比谷君は切実そうな顔でそんなことを言う。私はそれを聞いて、「愛着湧かせるためにさ、君の力もなんか名前つけてみたら?」と提案してみた。
彼は「そんなの考えたこともなかったわ」と言って、少しの間顎に手を当てた。そして微妙そうな顔で「『コピー&ペースト』とか?」と呟いた。
「発想は嫌いじゃないけど、せっかくなら格好良くしない?」
「つってもなぁ、ネーミングセンス自信ねえんだよ。もういっそ出雲がなんか付けてくれ」
「んー、何がいいかな。シンプルに行くなら『レプリカスキン』とか? 英訳しただけだけど」
「ま、そんなんでいいんじゃね? そろそろ時間だし行こうぜ」
「そうだね。さ、午後も頑張ろう!」
私達は食事を済ませると、集合場所の教室に辿り着き、座学を受けた。
座学の内容は……正直、そんなに面白くなかった。超常官の基本理念みたいな話なのだが、座学担当の汐崎さんの話が面白いからなんとか聞けているが、それ抜きでは一瞬で脱落しそうな勢いだ。なんなら日比谷君は思いっきり船を漕いでいた。
「今日はここまで。クソつまんないだろ? ま、明日からはもうちょい面白い話をするから楽しみにしてくれたまえ」
「お疲れ様でした!」
座学の後は超常演習。今日はひたすら能力を使って鍛える、基礎的なトレーニングだ。まあ私の場合、より効率的に力を引き出す練習になるのだが。
流石に練習でものとの縁を深める、みたいなことは難しい。まあ、普段と違う場所で練習をするというだけで一定の効果はあるのだろうが。
「日比谷君、君はとにかく作れる物の量と質を上げてくのが良い。欲しいものがあったら取り寄せるからいつでも言ってくれ」
「はい、分かったっす!」
「出雲くんは身体強化を更に強められると便利だと思う。糸や引力で相手を引っ張るときに踏ん張れるようにするためだ」
「分かりました!」
こちらは警固さんが担当してくれた。優しい彼ではあるが練習はがっつりスパルタ。私達は二人ともくたくたになりながら一日の演習を終えた。
全研修が終了した後、私達は駅まで一緒に歩くことにした。私が強引に日比谷君を誘ったのである。
「悪いね、ついてきてもらって。まだ日没早くて怖いんだよ」
「構わねえ。最近はほんと物騒だからな、オレも夜道に一人は怖い」
日比谷君と歩いておよそ五分。ぴとっという奇妙な音と同時に、下の方から「お兄ちゃん」という声が聞こえてきた。
私はその声を聞き下を向くと、日比谷君の足に小さな男の子がしがみついていた。年齢は小学校低学年ぐらいだろうか。あどけなさのある少年で、ボサボサの黒髪とヨレた服からは服装への無頓着さが窺える。またおとなしい性格なのだろう、どことなく落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あらかわいい、日比谷君、弟いたんだね。私末っ子だから羨ましいや」
「いや……オレは一人っ子だ。お前、オレをお前の兄貴だと勘違いしてないか?」
「……してない。僕にお兄ちゃんはいない」
「えっと、君お名前は? お母さんとお父さんはどこ?」
私はしゃがんで少年に目線を合わせ、優しめの口調で尋ねてみる。状況から考えるに、何か助けを求めているのだろう。迷子かな?
「清水陽平。お母さんもお父さんも家にいる。でも僕は知らない人に連れてこられて、帰れなくなっちゃった」
「それって……」
私は日比谷君と顔を見合わせる。日比谷君は深刻そうな表情で黙って頷いた。
「とりあえず、お姉ちゃん達とお話ししながら交番まで歩こっか。何があったか話してくれる?」
私は日比谷君に糸を巻きつけ、(このまま駅に向かって交番に向かう)との旨を伝える。地味にこういうこともできるのがこの力の便利なところである。日比谷君は短く(了解)とだけ連絡した。
「小学校の帰り道、知らない男の人が話しかけてきたんだ。それで知らない人について行っちゃいけませんって先生に言われてたから、無視して帰ろうとしたんだ」
私は「うんうん」と頷く。ここまで聞くと典型的な誘拐の流れに聞こえる。奇妙なのは清水君が無視していること。強引に攫われたのだろうか。
「……そこから先が思い出せないんだ。気がついたら暗いとこに閉じ込められてて、他にも子供がいたんだけど皆眠ってたんだよ」
「無視したのにダメだったのか。お前はどうやってそこから抜け出したんだ?」
記憶を辿るように険しい顔を浮かべる清水君に、日比谷君が腕を組んで質問する。
「僕、短距離だけど瞬間移動ができるんだ。それで逃げてたところに、お兄ちゃん達がいたんだ」
「なるほどね。逃げる時にさ、閉じ込められてた場所がどんなとこだったとか見てたりする?」
瞬間移動の時にもしかしたら何が見ているかもしれない。
「……無我夢中だったから見てない。ごめんなさい」
清水君は申し訳なさそうに俯く。私は慌てて手を横に振り、「気にする必要ないよ!」と言って彼の手を握った。
「でもね、揺れてたから乗り物の中だと思う。それがどこまでかは分かんないけど」
「それだけでも大収穫だよ。実はお姉ちゃん、ものの繋がりを追える力を持っててさ。ちょっと使わせてもらってもいい?」
私が両手を合わせてお願いすると、清水君は「他の子達が助かるなら喜んで」と言って快諾してくれた。
「それじゃ行くね。ちょっと頭触るよ」
私は清水くんの頭に触れると、糸を出して力を発動させる。
私のこの力はサイコメトリーに近いが、厳密には異なる。読み取るのはあくまで繋がりであって、残留思念を読み取るわけではない。つまり清水君がたとえそこがどこか分かっていなくても、場所の特定が可能なのだ。
私は清水くんに接触した男に目標を絞る。場所を直接特定するより見つかる可能性は高いからだ。
だが、繋がりの糸を辿るも中々見当たらない。清水君とは先ほど知り合ったばかりだ。カフェでの松岡さんの時とは話が違う。
「ん、一瞬だけ見えた! でもこれが限界!」
私が髭を生やし笛を持った男の姿と、近くのマンションを目撃したタイミングで能力は解除された。
「うーん、既に降りちゃってるか。しかもこのマンションって……」
私は男がまだ乗り物に乗っている読みで探す対象を絞った。乗り物自体を追跡するより、清水くんとの接点が大きいからだ。だが当てが外れたようで、男は乗り物から既に降りていた。
「ようやく見つけたぞ、陽平よ。勝手にどっか行っちゃダメだぞー?」
気がつくと、二人の男女が私達に接近してきている。男の方は清水君に手を伸ばし、今にでも連れて行ってしまいそうだった。
「待てや。お前、本当にこの子の親か?」
その手を日比谷君が払いのけ、強く男を睨みつける。危ないところだった。
「ああ、あんた達がうちの子を保護してくれたんだね。本当にありがとう!」
そう言って女性が距離を詰める。私達は清水君を庇いつつ、数歩後ろに下がった。
清水君は瞬きを何回もして、体を震わせて首を強く横に振る。心臓の鼓動が激しく鳴っているのが服越しからでも伝わってきた。
「ち、違う! そいつは僕の親なんかじゃない!」
「ああ我が息子よ、辛い思いをさせたな。お前が親じゃないと言ってしまうのもよく分かる」
男達が更に距離を詰めようとし、日比谷君が前に出て彼らに立ちはだかる。私はその隙に清水くんを大きく後ろに下げ、日比谷君に(そいつら偽物!)と糸で伝達をした。
血が繋がっていない、というのは一目瞭然だ。能力を使わずとも分かる。
それに男はさっき見た不審者が変装しただけだし、女の方に至っては清水君と何の縁も感じない。間違いなく、こいつらが誘拐犯だ。
「……清水君は一度こちらで預かります。一旦お引き取り願えますか?」
「家庭の問題に他人が口を出すな。警察に通報するぞ!」
「勝手にしろ。とにかく、また日を改めて出直せや」
睨み合いが続く。周囲には人々が集まってきていて、足を止める者もちらほらいた。
人が集まるのはこちらにとって少々不都合だ。相手が引き下がる可能性も高まる反面、焦って強硬策を取ってくる可能性も上がる。
「ちっ、後で覚えてろよ」
緊張が高まる中、男達はそう捨て台詞を吐くと私達に背を向けどこかに去って行った。
「……怖かった」
ぽつりと清水君が呟いた。見知らぬ人が突然自分の両親を騙ってきたのだ、怖いに決まっている。
「怖かったよね。早くお巡りさんのとこ行って保護してもらおうか」
清水君が「うん」と呟いた直後、笛の音が鳴った。私は強いデジャブを覚え、慌てて二人に「耳を塞いで!」と叫んだ。
日比谷君は清水君の耳を両手で塞ぐと、自身は複製能力で耳栓を作り身を守る。
私も糸で耳を塞ぎ、周囲に最大限の注意を払っていた。
(間違いなく《超常使い》の攻撃だな。出雲、よく気がついたな)
(つい先日めちゃくちゃ似た手口のテロに巻き込まれてね。マンネリ化が進んでいるのかな)
しかし辺りを見渡すも、他の人達に異常はみられない。いや、異常がないのが異常だ。まるで時が止まったかのように、誰も動いていない。
これにも既視感を感じたが、あの時とはまた更に様子が違う。まるでどころではなく、たしかにこの空間では本当に時が止まっていた。
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