第7話 感想戦

 少し休憩を取り、その間に水で顔と手足についた催涙剤を洗い落とした後、私達は汐崎さん達のところに集合した。

 「二人ともお疲れ様。早速だけどフィードバックを行おうか。まず日比谷クン」

 「うっす!」

 「能力の活かし方も立ち回りも良かった。判断力も悪くない。ただ二つほど突っ込みどころがあった。一つ目は最初の能力使用の際に余計なことを言った点。他の時みたく黙って出せば良いものの、あれで出雲クンに警戒心を与えてしまった」

 「あれは……その、そういうノリだったもんで」

 日比谷君はバツが悪そうな様子を浮かべている。

 日比谷君の言う通り、そういうノリではあった。そこを指摘されるのはちょっと可哀想で、私は同情の目で彼を見つめた。

 「二つ目はあの球体で逃げようとしたやつ。発想そのものは合理的だが、相手が糸使いだってことを失念してる。情報を手に入れても使いこなせなきゃ意味がない」

 「そうっすよね……あれはやらかしたと思いました」

 「キミは催涙弾やら閃光弾で彼女を妨害しながら逃げるべきだった。自分は対策した上でね。手錠はドンマイ。あれはピッキング技術持ってる方がおかしい」

 「いや本当、内部構造がしっかりしてる手錠にしたんすけどね。まさか一分もたたずに攻略されるとは」

 「機会があって、そういうの教わったことがあるんです。念のため言うと泥棒じゃないですからね」 「どういう機会だよそれ」

 日比谷君が怪訝そうな顔でこちらを見てくる。私は視線を逸らして彼の追及を避けた。

 「ま、他は概ね良かったよ。鬼ごっこだから力を活かしきれないことも多かっただろ?」

 「そうっすね。でもそれはお互い様っす」

 汐崎さんは警固さんの方を向いて、「そっちは何かないかい?」と聞いていた。

 「そうだな、相手を行動不能にしてしまう、という発想にいち早くたどり着いたのは良かったと思う。手錠が一発で決まらなかったからってそのまま解除しなかったのも良い。動きも良かったし、後は罠を作れるとかなり強いと思う」

 「ありがとうございます!」

 「次に出雲クン。動きは良かった、判断力は特に優れていたね。だが一つだけ問題があった。なんだか分かるかい?」

 汐崎さんは私を指さして聞いてくる。正直、一点思い当たる節があった。

 「えっと……煽り散らかしたことですか?」

 「その通り。勝ちに貪欲だからやってるのは伝わってくるけど、触手プレイは言い過ぎ。必要なかったでしょあの煽り」

 「はい……つい楽しくなっちゃいまして」

 私は思い出して顔を赤くし下を向く。なんであんな変態みたいなことを言ったんだろうか。

 「楽しんでたんかい! まあ俺も煽り合い楽しかったけどな」

 「ならいいか。でも本番で犯人とかにやらないようにね、やばいからね」

 「分かりました、気をつけます」

 「後は火力不足が目立つかな。こっちは結構気になっててね、歴代の《神憑り》のデータは皆高い出力を誇ってる。もしかすると引き出せていない『何か』があるんじゃないかと予想したんだが、心当たりはないかい?」

 「うーん、力の成長の仕方が異質な点でしょうか。実は——」

 私は汐崎さんに、自分の力の成長がものとの縁に関わることを伝えた。

 「ふむ、興味深いな。そういや似たようなことを警固も言ってたっけ」

 「そうだな、俺の場合災難が降りかかる度に強くなる。だがそれは関係ないと思うし、キミのがそういうもんなだけという可能性はある。俺は強力な分制御があまり効かないってタイプだしな」

 「後はうちの家系は稀に大国主神の《神憑り》が発現するみたいなのですが、本家にあるその歴史が書かれた文献を読めば何か分かるかもしれません」

 「それはそれは、実に興味深いね。今度キミがそれを見る機会があればボクにも内容を教えて欲しいな」

 汐崎さんは宝箱を見つけたトレジャーハンターのように目を輝かせる。研究者にとっては貴重なサンプル、というものなのだろう。

 「あまり実家は好きじゃないので、近々行くかは怪しいですが、その時はお見せしますね」

 「ありがとう。さて、本日はこれで終わりだ。何か質問はあるかい?」

 汐崎さんの質問に対し、私達は首を横に振った。

 「じゃあこれで終わり! お疲れ様ー」

 汐崎さんはそう言って慌てた様子で走っていった。お仕事が忙しいのだろう。

 警固さんは「これ、良かったら貰ってくれ」と言って私達に麦茶と塩タブレットをくれた。優しい。私達は「ありがとうございます!」と言ってそれらを受け取った。渇いた喉に麦茶はよく沁みた。

 それから私も着替えて帰ろうと靴を履いている最中、申し訳なさそうな表情で日比谷君が話しかけてきた。

 「すまん。真剣勝負とはいえ、女性に催涙弾はダメだったわ」

 「あー皮膚とか気にしてるの? 気にしなくていいよ、とっくの昔に顔に傷付いちゃってるし。でも気になるなら代わりに君の能力の詳細が知りたいかも」

 私は右頬についた大きな傷を指差す。ちなみにこの傷は拉致された時に付けられたものだ。

 「詳細か、大体お前が見抜いた通りなんだけどな。オレはプリンターみたいな能力を持っててな、髪や爪などを媒体にして、自分が知っているものに一時的に変化させる。そういう能力だ」  

 日比谷君は試しに爪の入った瓶からいくつか爪を取り出すと、爪を車のラジコンに変化させてみせる。日比谷君がリモコンを動かすと、車は地面を走り出した。テーザー銃の時も思ったが、どうやら物体に溜め込まれたエネルギーも再現できるらしい。

 「皮膚の成分を媒体とした物体の複製ってことだね」

 「おう、透視もその副産物みたいなもんだな。これで内部構造も理解できる」

 「セットってわけだ。なんか能力名とかあるの?」

 「特別なものはねえな。親が役所に提出した能力の内容も“透視能力”と“複製能力”って書いただけのものだ。能力に対する愛着ないしな」

 「へー。意外だね、一見すごい便利な能力に見えるけどな」

 「便利だけどよ。対人関係的にはマイナスにしかなんねぇ。今だってなんでお前が俺から離れようとしないのか理解ができん」

 「ん、いつでも銃作って撃てるとかそういう話? まあ《超常使い》あるあるの悩みだけどさ、その辺はお互い様じゃない?」

 《超常使い》の多くはその力を隠す。一般人にとって《超常使い》は羨望の対象であると同時に、畏怖の象徴だからだ。また多くの《超常使い》は生まれつきや巡り合わせによって力を得るため、その点においても複雑な感情を持っている人は少なくない。

 「複製の方じゃねえよ、透視の方だ。これで分かったか?」

 日比谷君が苦虫を噛み潰したような顔でぶっきらぼうに言い放つ。私はそれでようやく彼の言葉の意味を理解した。

 「あぁ……普通に気がついてなかったよ。うーん、気にならないといえば嘘になるけど、これからも研修で一緒に動く機会があると思うんだよ。だったら後はもう君の善性を信じるしかないよね」  

 「……男女分かれて研修してもらうとか、色々配慮してもらうやり方はあるだろ」

 不機嫌そうに日比谷君が呟く。言わせんじゃねえ、と言う心の声が聞こえてくるようだった。

 「そんな悲しいこと言わないでよ。それに私も鬼ごっこの時は使わなかったけど、人の縁を辿る力があってさ。使えば君の出身地からちょっとした交友関係まで全部分かっちゃうんだ」

 私は脅すように指から糸を出してみせる。日比谷君は「それがどうした。透視の方が問題だろ」と腑に落ちない様子だった。

 「そうかもね。でも互いに尊厳を破壊するのには十分って話だよ。黒歴史の一つや二つ、君にだってあるでしょ?」

 例えばソフトクリームが好きすぎて製造機を買ったは良いものの、調子に乗って食べすぎてお腹を壊すなどだ。今のはあくまで一例であって、決して私の黒歴史ではない。決して。

 日比谷君はまだ納得していない様子で、目を瞑って眉間に皺を寄せていた。

 「んー、言いたいことは分かった。互いに社会的な命握り合ってるから、それでストッパーかけようぜって話だろ?」

 「その通り。意図的に使ったら八つ裂きにするから覚悟してね。うっかりでも必ずすぐに報告すること、さもないと故意と見なすから」

 「お、おう……」

 日比谷君の表情が崩れ、困惑した表情に変わる。ただその表情には安堵も含まれているように見えた。

 「なんか、あっさりしてんな。オレは今すぐ班変えてくれとか、去勢しろって言われることも覚悟してたんだが」

 多分、今まで言われてきたんだろうな。是非はともかく言う側の恐怖も分かってしまうのがまた辛いところだ。

 私も彼のことを全く知らない状態で能力だけ聞いたら、拒絶してしまうかもしれない。

 「気を使わせてるなんて思わないでね、八つ裂きは比喩でも何でもなくて本当にやるから」

 私は糸を出してラジコンの車に括り付け、脅してみせる。私の力ならいとも容易く八つ裂きにできるはずだ。

 私は満面の笑みで「ということでこれからよろしくね!」と言って日比谷君に追い討ちをかける。彼はひきつった笑顔で「よ、よろしくな……」と言って私と握手をした。

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