第6話 超常鬼ごっこ

 「良いリアクションだ。本当は三人でやりたかったんだけどね、残りの一人は結局連絡つかなかったよ。ところで二人はお互いの能力について何か話してたりしてるかい?」

 「してないですね」 

 「ないっす」

 日比谷君がギリギリに来たので、する時間がなかったのだ。まず彼の人となりもそこまで分かっていない。

 「そりゃ丁度いい。現場じゃ未知の《超常使い》への対処なんてしょっちゅうだからさ。良い経験になるよ」

 「うーん……オレの力、あんま自信ないんすよね。逃げていい範囲は体育館中っすか?」

 日比谷君は項垂れ、眉をひそめて顎に手を当てている。よほど不安になるような能力なのだろうか。

 汐崎さんは「そうだね」と相槌を打つと、追加のルールを説明し出した。

 「この中ならどこでも逃げていいし、何を使ってもいいし、何をしてもいい。ただし怪我はなるべくさせないようにね。制限時間は十分間で、最後に鬼だった人が負けだ。鬼側はタッチされたら五秒間、タッチしても鬼の役を移すことはできない。ルールはこんな感じだね」

 「分かりました。鬼はじゃんけんとかで決めて良いですよね?」

 「好きに決めてもらって良いよ」

 「じゃあじゃんけんで! 最初はグー、じゃんけんぽん!」

 結果はパー対グーで私の勝ち。私が逃げる側からのスタートとなった。

 日比谷君は十秒間、私が離れるのを待つ。そして汐崎さんの「スタート!」という掛け声を聞いて、一目散に私の元に向かっていった。

 私はそれを見て体育館の壇上に登った。このポジションは最高だ。体育館の二階に逃げ込むことも、上がってきた相手を見計らって降りて逃走することもできる。

 能力は使わない。この鬼ごっこは情報戦だ。相手の力を先に使わせて対策を練り、自分の力の正体を隠して切り札として取っておく。これが最適解。

 私は体育館の階段を駆け上り、二階に行った。体育館の二階は中央に穴の空いた四角形の通路となっていて、逃げるにはもってこいのスペースだった。

 「うおっ、速いなお前」

 日比谷君は驚いた様子で私を追いかける。以前説明したが、私の力には身体強化能力も多少ある。力のルーツを考えれば納得がいくものだ。

 「ほら、早く捕まえてよ。十分なんてあっという間だよ?」

 私はここぞとばかりに煽る。マナーは悪いが、さっさと能力を見せてもらうのが目的だ。何事にも勝ちには貪欲でありたいものだ。

 「安い挑発には乗らないぜ。焦らせて能力を吐かせたい魂胆が見え見えだ」 

 「ま、そうなるよね。だったらふるいにかけちゃおうか」

 私はそう言って彼が近くまでやって来たところで、体育館の柵を越えて飛び降りた。

 「さぁ、君はそこから飛び降りられるのかな?」

 「はっ、そんなことする必要なんかないな。んなもん来た道戻って追いかけ直せば済む話だ。せっかくの逃げポイントだというのに、墓穴を掘ったな」

 「……下だって障害物はあるよ」 

 体育館の地面に配置された障害物をぐるぐる回れば時間は稼げるだろう。

 「いずれにせよだ、まだ力を明かす段階じゃないな」

 日比谷君が階段を降りて一瞬姿が見えなくなった瞬間。私は勢いよく跳躍して体育館の二階に再び逃げ込んだ。

 「あっこいつ!」

 日比谷君はそう叫んで上に戻って来る。声こそ乱暴だったが、楽しそうに口角を上げている。

 「ほらほらもう残り八分だよ。そろそろ明かしてもいいんじゃない?」

 一つ妙な点があった。彼が気がつくのが早すぎたことだ。体育館の構造上階段を降りている間は私の姿は彼からは見えない。

 しかし彼は私が跳躍し切るより前に叫んだ。つまり死角からでも私の様子を伺える力を持っている、ということだ。

 考えられる可能性として有力なのはテレパシー、未来予知。次点で透視といったところか。

 先ほどからテレパシーを警戒して力に関する思考は避けているが、正直焼け石に水だ。未来予知や透視ならする意味もない。だが可能性が残る以上迂闊にやめられないな。

 「楽しいな。でもさすがにそろそろ代わってもらいたいし、ちょっと本気を出させてもらおう」

 日比谷君はポケットから瓶を取り出し、その中身を一掴みして空中にばら撒いた。

 「つ、爪!?」

 それはまごうことなき、人間の爪だった。その爪は一瞬にして黒く細長い塊に変化し、日比谷君の手に渡った。

 「ちょっそれはまずい!」

 それが銃である、ということを理解するのにさほど時間はかからなかった。今いるのは直線上の道。次の曲がり角には遠すぎる。

 やばい、完全に恰好の的だこれ!

 私は反射的に糸を伸ばして彼の銃を奪おうとしたが、彼の指が動く方が先だった。  

 「うぐぅ!」

 彼の持っている銃はテーザー銃だったようで、私の脇腹に刺さった電極は私を痺れさせた。

 幸い普段から防具代わりに身体に糸を巻きつけ防弾チョッキのようにしているため、効き目は薄かった。

 だがそれでも触れられるのは避けられず、「よし、鬼交代だな」という宣言と共に私は日比谷君に触れられ、鬼になってしまった。

 「ん、ちょっ何をっ!」

 私は日比谷君がどさくさに紛れて手錠で手すりに固定しようとしているのに気がつき、慌ててその手を振り払った。

 「ちっ、決まれば楽勝だったのに」

 「こ、こいつ5秒間は触れてもセーフの仕様を悪用しているな!」

 「出雲クンなんかキャラ崩れてない? それともこっちが本性? ちなみに判定的にはもちろんセーフだ。テーザー銃は実を言うと日本では違法なんだが……面白いから見逃すよ」

 「国家権力が犯罪見逃していいんですか!? というか日比谷君のそれコピーとかの類だよね、一体どうやって本物のテーザー銃の構造知ったの!?」

 ふと気がつくとテーザー銃が消えている。正確には爪に戻っている。物を完全に作り出すという能力ではなく、一時的なもののようだ。

 多分日比谷君はコピーあるいはイメージの具現化辺りの能力があるんだろうけど、どの系統でも私がやることは変わらないかな。イメージの具現化なら厄介かも、物の構造知らなくても出せそうだし。

 「これ終わったら説明してやるよ。さらっと能力答えさせようとしてんじゃない!」

 「バレたか。お互い小賢しい真似だらけだね」

 「主にそっちがな」

 話している間にもタッチ無効の五秒間はとうに経過していて、私達は一階で追いかけっこを繰り広げていた。

 もう既に私の糸を出す力は日比谷君にバレてしまったので、私は遠慮なく糸を放ちまくってターザンのようにそこらを飛び回っている。

 反対に彼も物体生成はバレているので、透明な球体に入り込み、転がって動くという戦法を取り出し私を困らせていた。

 「残り時間五分だよー」

 「いやー余裕そうだな!」

 「こ、こいつぅ。引き摺り出してやる!」

 私は大量の糸で球体の動きを止めることに成功するも、球体の入り口が見つからず彼を外に出せずにいた。

 私の身体強化は人の限界を少々超えたぐらいのもので、球体を破壊するほどの力は出せない。

 これは引力も同様。私への対策としては満点に近い。先ほども手錠をかけようとしていたあたり、何らかの要素で目星をつけられた可能性が高い。

 「ん? 穴あるじゃん」

 よく見ると、小さな穴がいくつか空いている。通気口だ。考えてみれば、完全に密閉されていれば呼吸ができなくなってしまう。

 私は「じゃ挿れるね」と呟く。それを聞いた日比谷君は冷や汗を垂らし、目を白黒させていた。

 「ま、待てお前何をしようとしている!?」

 焦る日比谷君を無視して私は全ての通気口に糸を潜ませ、日比谷君を糸で絡め取る。

 「ほら、触手プレイだよ。喜びなよ」

 「こ、この野郎……」

 さて、彼はこの球体をすぐに消すはずだ。通気口は塞いだし、このままでは窒息してしまう。

 当然私に触れられないよう抵抗してくるはず。彼がまだ見せてない能力があるならここで切ってくるはずだ。

 使ってくるのは至近距離でも自分に被害が及ばない物。未解禁能力の有無にせよ、ものは限られる。

 予想通り球体が消えた瞬間を見計らい、私は彼に触れに行く。対抗手段があったとて、このチャンスは逃せない。

 その瞬間、日比谷君の眉毛が消滅し私と彼の間に一つの楕円体状の何かが生み出される。私は咄嗟にそれを手で弾くと、目を瞑って反対の方向に向き口を片方の手で塞いだ。

 直後、それから煙が噴出し私達の身体を覆い尽くす。煙に触れた途端、体中に痛みが生じるのを感じたが、私は堪えて日比谷君に触れた。

 催涙弾だ。この距離なら本人も食らってしまうはずだが、何か対策があったのだろうか。煙に包まれた今では確認できない。

 ……やられた。

 私は退避しようとして、自分の腕に残った手錠が引っかかっていることに気がつく。その手錠は近くの障害物に繋がれていて、私をここに留まらせていた。

 「やっぱ痛えな……お前の糸硬すぎなんだよ。切るのも一苦労だ」

 「嘘でしょ……結構強度自信あったんだけどな」

 煙が晴れた瞬間、私は日比谷君の姿を見て絶望した。彼は糸を切って脱出しており、私の肩に触れていた。

 「じゃあな」

 「待ちなさい!」

 私は逃げようとする日比谷君に糸を飛ばし、引力を最大にする。彼は糸そのものは盾を使って防いだものの引力は引き剥がせず私の方に吸われていった。

 「な、なんだこの力!? まだなんか隠し持ってたのかよ!」

 「逃〜が〜す〜か〜!」

 日比谷君は一旦は焦りを見せたものの、直後に冷静さを取り戻し私と彼の間に壁を作り出し、引力で引き込まれるのを防いできた。

 「は、ははは! 残念だったな、これなら触れられまい! さあ諦めて降参しな!」

 「降参なんかしないよ、引力がある限り君だってそこから逃げられないでしょ? その間にじっくり手錠をどうにかする方法を考えるよ」

 「残り三分。ようやく喋れたぞ」 

 警固さんの声が聞こえてくる。そういえばさっきから全部の発言を汐崎さんに取られてたな。

 「残念ながらそれをみすみす見逃す俺じゃねえぞ」

 「どうかな。私がまだ全力を出してないって言ったら、どうする?」

 私は挑発的な声で彼の動揺を誘おうとする。だが彼は「何も変わらん。ハッタリだろどうせ」とハナから信じていないようだった。

 私はだったら見せてやろうと思い、「神業:万有引力」という掛け声と共に引力の出力を最大まで引き上げる。

 「私の力は色々と特別でね。こうやって技名を呼んだ方が威力が上がるんだ。言霊ってやつなのかな」

 「くそっ……動けねえ!」

 「苦しいなら早く壁を消すことを勧めるよ。このまま圧迫されたいってなら話は別だけどね」

 「アホ抜かせ、こんな出力維持できねえだろ。これさえ耐えればこっちの勝ちだ」

 「耐えられるもんならね!」

 私は泥試合を繰り広げる横で、ひっそりと糸で針金のようにした糸で手錠を外していた。皮肉なことに、かつて監禁されたトラウマから培われたピッキング技術が、ここに来て活かされている。

 「うわっ!」

 しかし彼も同時に壁を消し、引力を利用して高速でこちらに突っ込んでくる。手に持っているのはスタンガン。こちらを痺れさせ動けなくする算段か。

 「でも残念。既にチェックメイトだよ」

 私は半歩後ろに下がって彼の腕から伸びるスタンガンを避け、彼の腕に触れる。

 直後、日比谷君は天井の糸に吸い込まれ、天井で糸に包まれ行動不能に陥っていた。

 「はい鬼交代ね。君、透視できるでしょ。だから煙の中でもすぐ手錠がかけられたし、壁越しでも私が手錠を外したのにも気がついた。けど意識が向かなきゃ見えないのと一緒だよね」

 「これは……さっき飛び回ってた時の糸か!」

 「その通り! こっそり仕込んでたんだよね。後は君に何としででも鬼を渡せれば良かったんだよ」

 ちょうどそこで汐崎さんの「そこまで!」という終了の合図が鳴り響き、私は彼を地面に降ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る