第5話 初めての研修
数週間後の朝、私はポストから超常署からの封筒を見つけ、興奮しながら階段を駆け上り、マンションの自室に戻って封筒を開けた。
はたして運命の結果は……お願い、受かっていて!
私が恐る恐る封筒の中にあった紙を開くと、そこには大きく「特別合格」と書かれていた。
「やったー、合格だ!」
私は飛び上がって合格を喜ぶ。汐崎さんから太鼓判を押されてはいたが、やはり不安なものは不安だったのだ。特別合格とは学業兼業可、ということなので完全勝利である。
「えーっと、今後の日程とかが書いてあるな。知ってはいたけど、結構がっつり研修があるなぁ。辛いけど仕方ないね」
高校に行かずに、警察学校のような全寮制の《超常学校》なるものに行く手はあった。その方が住居費も浮くし、そっちはそっちで楽しそうだからだ。
ただ私は高校生として生活がしてみたかった。学業との兼業なしでも、大学生に進路を変えたくなったら高卒認定をもらえばそれで良い。
でも、高校生と言えばまさに青春の時代だ。その機会を逃すのは少しばかりもったいなく感じた、というのが大きな理由である。
「まあ私の能力を考慮しても、これが最善だね」
私の《大国主神》の力には特殊な制約がある。それは力の成長の仕方だ。
普通、こういった力は鍛錬によって強くなるものだ。筋力や記憶がそうであるように。
しかし私の力は、ものとの縁を深めていくことで成長する。能力の精度は鍛錬で高める必要があるが、出力は鍛錬では伸びない。我ながらユニークな制約だな、と思う。嫌いじゃないし好きだ。
そろそろ高校生活も始まる。うまくやっていけるのかは正直不安な部分も多い。
とりあえず研修日までにやることをやっておこう。私はそう考えて中学の友達と卒業旅行に行ったり、筋トレしたりと自分の能力を高める自主トレをして過ごした。
友達と遊ぶことで強くなるとは、少々人生に都合の良すぎる制約だなんて思ったりしなかったり。
そして初めての研修の日。私は超常学校の第二体育館前までやってきていた。研修と言っても、設備は超常学校のものを直接流用するらしい。
「少し早く来すぎたかな。まだ空いてないや」
私が少しの間体育館の隅で待機していると、見覚えのある顔がこちらに駆け寄って来た。
「合格おめでとう。今日、キミ達を担当するのはこのボクだ。まあ今はまだキミしか来てないがね」
「ありがとうございます! あれ、でも汐崎さんって司令ですよね? そちらの方のお仕事は?」
私がそう尋ねると、汐崎さんはとても大きなため息をついた。
「それがさ、今年からこれも兼業でやれって上から言われちゃったんだよ。世知辛い世の中だよねぇ」
「司令って立場的に中々偉い方だと思うんですけど……そちらの職務に影響は出ないんですか?」
私達は体育館の中に入り、その辺の椅子に腰掛け話を続ける。
「幸いボクは副担任だからね。こういうのは現役引退したOBがやれよって思うんだけどさ、この前の事件で皆萎縮しちゃってさ」
「ああ、ニュースになってましたね。痛ましい事件でした」
テロリストの襲撃を受け、教官3名が死亡した事件だった。生徒が誰一人として死なずに済んだのは、教官が相当頑張ったからだと聞いている。
「幸いカリキュラムは前任が残してくれた。頑張って着いてきてくれたまえ」
汐崎さんは「じゃあ時間になったら戻るから、しばらくゆっくりしていて」と言って体育館の奥の部屋に引っ込んでいった。
一人取り残された私は、暇なので適当に能力を使ってあやとりをしていた。
やがて時間が過ぎ、集合時間ギリギリになった頃。一人の男が走って体育館に飛び込んできた。
「セーーーフ! 危ねぇ危ねぇ、間に合ったぜ」
「体育館に土足で足を踏み入れちゃダメなのでは……?」
男はよほど走ったのだろう、汗を滝のように垂らしていて、その汗をタオルで拭っていた。
見た目は野球少年、と言ったところでロン毛と太い眉毛が特徴的な男だ。服装は非常に整っていて、几帳面さが伺えた。
しかしそれとは裏腹に思いっきり土足で体育館に足を踏み入れている。急ぎすぎたあまり、玄関の存在を忘れてしまったらしい。
「おっとこりゃ失礼。お前……オレと同じ候補生だよな?」
「そうですね、私は出雲朱里、新一年生です。あなたは?」
「オレは日比谷守。お前と同じ、新一年生だ」
「あっ同級生なんだ。よろしくね! 高校はどこなの?」
私は同級生だと分かった途端手のひらを返すようにタメ口を利く。見た目からして一個上かと思っていた。
「清美学園。男子校だな」
「へー、そうなんだ。私は国我高校だよ、距離近いしたまに会うかもね」
「かもな」
「ところで……さっきから距離遠くない!?」
「気のせいだ、遠くない」
どう考えても気のせいではない。二メートルぐらい離れているし、顔もこちらを向いていない。
「君達、時間だ。それでは始めようか」
私が彼にツッコミを入れようとした時、警固さんと汐崎さんが奥の部屋から出てきた。
「あ、警固さんもいるんですね」
「そうだ、汐崎司令に命令されてな。ええっと出雲くんに日比谷君に……あれ、もう一人足りないな」
警固さんは紙の束を見て出欠確認をするも、どうやら人が足りないようで首を横に傾げていた。
「本当だ。キミ達こんな感じの女の子を見なかったかい?」
汐崎さんは警固さんから紙を受け取ると、私達に顔写真を見せてくる。私はその顔に全くの見覚えがなかった。
「いえ、見ていません」
「見てないっす。つうか三人しかいないんすか?」
「キミ達は特待生みたいなもんだからね、少ないのさ。最年少が二人とは相当珍しいけどね」
「そうなんすね。男一人か……辛いな」
日比谷君が肩を落とす。こういうのはむしろ喜びそうだと思っていたのだが、そうでもないらしい。ふと思い返せば、兄さんもそういうのを苦手としていた記憶がある。
「汐崎司令、遅刻者を待つか?」
「んー、先に始めてしまおう。後でボクから連絡しておくよ。日比谷君みたいに予め電車遅延の連絡してくれると助かるんだけどね」
汐崎さんはそう言って体育館の壇上の上に立った。この人、さっき副担任って言ってたよね?
「さて諸君、ガイダンスを始める前に一つはっきり言っておくことがある。キミ達は勇者であり愚者だ。《超常官》の殉職率は非常に高い。死にたくないならやるべき仕事ではない」
日比谷君が「その手の話はよく聞くっす」と言って頷く。私も同じように頷いた。散々聞かされる話だ。
「だが誰かがやらないといけない仕事だ。そういう点でキミ達は勇者と言える。だが! この仕事を選ぶ、ましてや学生のうちにやろうとするのは愚者と言わざるを得ない」
「ボクらはそんな愛らしい愚か者のキミ達に死んでほしくはない。だから研修はサボらず必ず来ること、いいね!?」
「「はい!」」
「よろしい。じゃ真介後は頼んだよ」
汐崎さんは真介を自分の前に出して奥に引っ込む。警固さんは「俺の仕事を奪わないでくれ……」と呟いていた。
「俺がこの研修の担任、警固真介だ。趣味は料理、好きな食べ物はプリンだ、よろしく頼む」
警固さんな頭を下げた時、何も知らない日比谷君は「ん、警固さんが担任なんすか!?」と驚きの声を上げた。私も汐崎さんから事前に聞いてなかったら役職を逆に捉えていただろう。
「そしてボクが副担任の汐崎椿だ。趣味はプログラミング、好きな食べ物はきくらげだ。どうかよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします!」
「さて、今日はまず各施設を案内していく。その後更衣室でジャージに着替えた後軽いレクリエーションをやって終了という流れだ。では行こうか」
私達は警固さんに案内され、各施設の説明を受けた。そして各々ジャージに着替えると、元の体育館に戻ってきた。
私は体育館の中に入った時、光景の変化に驚かされた。あちらこちらに障害物が配置されているのだ。一体何のためだろうか。
誰がやったかについては想像がつく。汐崎さんが私達が移動している間に物を動かしていたのだろう。
汐崎さんは私達が集まったことを確認すると、笑いながら説明に入った。
「お、集まったね。レクリエーションと言ってもせっかくなら《超常使い》らしく行こうと思ってね。そこで今回やるのは鬼ごっこだ!」
「「鬼ごっこ!?」」
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