第4話 勝利の宴
あれから私は汐崎さんと超常庁の近くの焼肉屋さんに来ていた。
汐崎さんは真介さんも誘おうとしたのだが、『俺がいると事件が起きるし、邪魔だろうから二人で楽しんできて』と言われたらしい。
「えっと、本当にこんなところで良いんですか?」
「構わないよ、食べ放題だから好きなだけ食べな」
どうして焼肉屋さんに行くことになったのか。それは私が「あっ焼肉いいなぁ」とか思いながら看板をじっと見つめていたのが、汐崎さんにバレたからである。
「それじゃお言葉に甘えて……」
私は肉を注文しつつ、先に来た野菜サラダを頬張る。ドレッシングの酸味と旨味がよく効いていて、中々おいしかった。
「キミの実力を見させてもらったが、お世辞抜きで中々良かったよ。格闘経験はあるだろ?」
「ありますね。まあまんまとあのイシュタムとやらの召喚は許してしまいましたが」
昔から柔道をやっていたのと、あの事件から自分の能力を活かした体術を訓練しているので、格闘経験はそれなりにある方だと思う。
「あれは仕方ないさ、あの魔法陣自体すぐに破壊する手段はなかったし。怪物の攻撃も初見で対応できてたし、素晴らしかったと思うよ」
私は褒められてつい嬉しくなり、破顔して「ありがとうございます」と言った。
「首吊り喰らいそうになった時は肝が冷えましたね。超常事件と関わっていくことがどういうことか思い知らされました」
「本当に悪いことをしたよ。あれが理由でキミが《超常官》になるのをやめなければ良いのだけれど」
汐崎さんは申し訳なさそうに頭を下げた。あれは少々彼女にとっても想定外だったようで、無理矢理顕現させられるとは思ってもみなかったらしい。
「まあ、確かに怖かったですよ。でも、やめようとは少しも思わなかったです」
「それは良かった。でも少しぐらい思っても良さそうだけど、なぜなんだい?」
汐崎さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねてくる。この人、楽しんでるな。
「今日事件時にいた店、私の行きつけなんです。もしあの時あの店で、私が集団自殺を止められなかったら。そう考える方が、超常に襲われた時よりよほど怖いからです」
隣人を失う恐怖はよく知っている。それは何も死に限った話ではなく、心が離れてしまうこともだ。 あの事件以来、私の家族は離れ離れになった。兄さんもほとんど連絡をくれないし、姉は完全に音信不通だ。心を病んだ父の見舞いにも、ここ数年私以外の家族が来た形跡はない。
「なるほどね。ヒーロー気質の子は嫌いじゃないよ、むしろ結構好きだ」
汐崎さんは凛々しい笑顔を浮かべながら、私が焼いていた肉を取って頬張る。私は内心自分のお肉だったのにと思いながらも、奢ってもらっている立場で文句は言えないので改めて肉を焼き直した。
「あ、あと一つ言っておくことがある。今回の件はキミの合否には一切関係しない。だから受かってもそれは純粋なキミの実力だからね」
汐崎さんは真面目な表情に代わってそう告げてくる。しっかりそういうことを伝えてくれるのは、こちらとしてもありがたい。
私は「分かりました!」と答えつつも、「まあ、受かればの話ですがね」と余計な一言を添える。
「受かるよ。面接の印象とか試験に関することは教えられないが、先程のキミの動きを見れば分かる。あれは努力したやつの動きだ」
「えへへ、褒めて頂けると嬉しいですね」
私が笑っていると、突然汐崎さんのポケットから着信音が聞こえてきた。
「おっと、真介からのビデオ通話だ。さっきリモート会食でもしないかって提案したら了承してくれたんだよ」
汐崎さんはスマホを操作し、テーブルに置く。スマホの画面には警固さんの姿が映っていた。
「お疲れ様。二人は……焼肉か。肉の焼ける音を聞いているとこっちも肉を食べたくなってくるな」
「キミも今度行くといい。事件に遭遇しないように神に祈りながらね」
「その神に呪われてるんだがな。まあそれはさておき、出雲くん。今回は君に感謝とお詫びをしなければならない」
「あー、お詫びは後でにしよう。まずキミが謝るべきなのはあの場にいた人達全員だからね」
汐崎さんは警固さんの言葉をばっさりと切り捨てる。
警固さんは頭を掻いて「楽しい食事中に言うもんじゃないな」と呟いた。続けて「でも君がいてくれて本当に心強かった」と言って、やっぱり頭を下げるのであった。なんというか、何かと律儀な方だなと思う。
「それはお互い様ですよ。私もあのまま一人でいたら、どうしていいのか分かりませんでしたから」
私も頭を下げる。一人で犯人制圧をしに行くという発想は流石におこがましすぎて浮かばなかっただろう。というか、そうしたら私は今頃ここにいない。
「椿もありがとう、犯人制圧に専念できたのはあんたのおかげだ」
「ま、それがボクの仕事だからね。職務放棄してナンパするアホと寝るアホがおかしいのさ」
「そこは本当にすみませんでした……」
私は二人の様子を交互に見つめる。少し気になることがあるのだ。
というのも、私は先ほどからどうも二人の会話に違和感を感じていた。おそらく誰しもが感じる違和感だ。ちょっと聞いてみるか。
「あの、お二人とも一つ質問良いですか?」
「何かな、試験に関すること以外ならなんでも答えるよ」
「お二人って……恋人同士なんですか?」
「ぶふぉっ!?」
お二人は動揺した様子で体を硬直させる。
ただの上司と部下にしてはあまりにも距離感が近すぎるのだ。
先ほどから警固さんはオフだからか、汐崎さんのことを椿と下の名前かつ呼び捨てで呼んでいる。
だが普通オフでも上司かつ年も上であろう汐崎さんのことを呼び捨てにはしないし、警固さんもそういう礼儀は分かっているはずだ。
「何を言い出すかと思えばぶっこむねキミ……その様子だと、力を使ってボク達の縁を追ったわけではないみたいだね。ということで真介、説明してやってくれ」
「なんで俺が!? まあ一言で言うと義理の姉だ。俺はこんな体質なもんだから、親から捨てられてしまってな。そんな俺を拾ってくれたのが椿の両親だった」
「懐かしいものだよ、急に血の繋がらない弟ができた時はそういう漫画味を感じたね」
全然違った。幼馴染みなのかなとは考えていたが、それ以上だったとは。
「というわけで僕は彼を実の弟のようにたっぷりかわいがったんだよ」
「たっぷりこき使ったの間違いだろ」
汐崎さんの言葉に即座に警固さんが反論する。どちらの言葉が真実かは、双方の性格からして察せられるものがある。
「でもボクの家は超常なんかに縁がなかったからさ、すぐに真介の扱いに困っちゃったんだよ。だから結構すぐに超常庁で保護してもらったんだよね」
汐崎さんの説明に、警固さんが麦茶を一口飲んでから続ける。
「能力が能力だったから、手厚く保護してもらえたな。汐崎一家はその後も色々仕送りとか何かと親切にしてくれて、良い人達に巡り会えたなって心の底から思ってるよ」
「あ〜すっごく良い話ですね! お二人の話し方からもすごく仲が良いのが伝わってきます」
「自慢の弟さ。とにかく! ボクたちは恋人のような関係ではないんだ。まあだから——」
汐崎さんはそこで一度言葉を切って、私の耳元に口を近づけこう囁いた。
「真介を狙うなら今がチャンスだよ」
「ちょっ……何言ってるんですか!」
その唐突な爆弾発言に、私は心臓が跳ね上がるのを感じた。
私は汐崎さんを両手で押し除けて、平静を装おうとする。だが身体が赤くなるのは隠せるわけもなかった。
「安心したまえ、キミがそういう感情を持っていてもボクは気にしない。キミが邪な理由で“超常官”を目指していないことは分かっている」
「そういう前提で話進めるのやめてもらえますか!?」
「……二人ともなんの話をしているんだ?」
画面の向こうで警固さんが訝しげな目で私たちを見ていた。マイクから遠かったのもあって、全部は聞けていないのだろう。
「気にしなくていい、個人的な話さ。それより真介、キミは出雲クンと昔会ってるんだってね」
「そうだな。事件で知り合ったから、守秘義務の関係で内容は話せないが、当時のことはよく覚えている」
「それで再会したのが事件現場か。キミの体質は本当に難儀なもんだねぇ」
「本当に、周りに迷惑をかけてしまうことが嫌で仕方ないさ。それにしてもあの時の君が今では高校生か。時が経つのは早いな」
「警固さんもお元気そうで何よりです。もしまたお会いする機会があったらその時はよろしくお願いします!」
「こちらこそ一緒に仕事ができる機会を楽しみにしているよ。すまないそろそろワンちゃんにご飯をあげないと行けない時間だ、失礼するよ」
「はい、お時間いただきありがとうございました!」
警固さんからの通話が切れ、私達も残った肉を食べ尽くして会計をし、店を出る。ん? さっき警固さんワンちゃんって言ってた!?
時間差で警固さんの天然っぽいおもしろ発言に気がつき、私はこっそり一人で吹き出した。
「おいしかったね。今度また来ようかな」
「私も満足できました! でも本当に良かったんですか? 夕食なんか奢ってもらっちゃって」
帰り際、お勘定をチラッとみた時結構なお値段でビビってしまったものだ。『やっぱり割り勘にしましょうか?』と聞いた時には『それじゃ来た意味がないだろう』と一蹴されてしまった。
「はは、むしろボクのやっちゃったことを考えればこれでも足りないぐらいだよ。一般人に協力要請をすることはあるけど、犯人と直接対峙させるだなんて普通に始末書もんだからね。警固のこともそんなに叱れた立場じゃないのさ」
「……警固さん、私が大声で呼んでも起きませんでしたよ。あの人、一体どれだけ働いてるんですか?」
私は思いっきり机に突っ伏して寝ていた警固さんの姿を思い出す。今思えば彼は寝ようとしたというより、気絶してそのまま突っ伏す形となった感じがする。
私の質問に対し、汐崎さんは盛大に苦笑いをして、一つため息をついて答えてくれた。
「残業は当たり前。普通に労基に引っかかるギリギリまで毎回働く。その上寮にいる時も仕事関連の作業をしてるらしいし、ほんっとやばいんだよあの子。せめて睡眠だけはちゃんと取るよう強く言ってるんだけどね」
汐崎さんは自分の子供を心配するかのような顔で肩をすくめた。中々その辺の心労は絶えなさそうである。
「典型的なワーカーホリックですね……」
「あの子はね……どうもこう自尊心が低すぎるところがあるから。さて、今日はキミもゆっくり休んでね。合格を祈ってるよ」
汐崎さんは笑顔に切り替わると、右手を振って私を送り出す。
「はい! それではお元気で!」
私は手を振り返すと、自分のマンションへと帰って行った。
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