第3話 VS自殺の女神

 「そういえば私、犯人の居場所が特定できるかもしれません」

 私はふとあることに気がつき、外に出る前に警固さんの肩を掴んで止まってもらう。


 警固さんは驚いた様子でこちらを振り返り、「今できるのか!?」と聞いてきた。


 「はい、やってみても良いですか?」


 「ボクが許可しよう。やりたまえ」

 私は「分かりました」と言って近くにいた松岡さんに触れると、目を閉じて力を行使する。

 「先ほども説明しましたが、私はものの縁を辿ることができます。今回はその中でも過去の縁、いわゆる『由縁』を追います。普段は縁を追ってもその人の現在地は分かりませんが……直近であれば——」

 脳裏に情報が流れ込んでくる。私はその情報の海から鐘の音を見つけ出し、脳内で更に深く縁を追った。

 私は『縁』を知覚したのを感じて、再び目を開く。私の視界には、松岡さんから伸びる一本の糸が見えていた。


 「犯人の位置が分かりました。あのマンションの屋上にいます!」

 「すごい便利な能力だな……羨ましいもんだ」  

 

 「自分もこの力は気に入ってます。ただ制限も色々あるんですよ。今使ったのだと、ある程度関わったことのある人や物にしか起点に使えないんですよね」

 今回で言うと松岡さんは知り合いだったから使えたが、その辺のお客さんには使用できないといったところだ。

 私達は話しながらマンションに移動する。私が見ている糸は他人には見えないものだ。だから私が先導しなければならない。

 「汐崎司令官。マンションの扉は開けられるか?」

 「言われずとももうハッキングは終わってるよ」 私達がマンションの玄関に着くと、既にマンションのドアは全開になっていた。私がその手際の良さに驚いていると、汐崎さんは自慢げに「どうだ、すごいだろ?」と言ってきた。私は素直に「本当に凄いですね!」と言ったらナノマシン越しから嬉しそうな声が聞こえてきた。

 私達はその勢いで屋上まで階段で駆け上ると、ひっそりと屋上の様子を物陰から覗いた。

 「ちっ、一体全体どうなってるんだ! 魂葬の儀式を行うつもりだというのに、これでは量が足りないじゃないか!」

 「あれが犯人のようだな。みてくれはサラリーマンのようだが……ハンドベルと魔法陣がアンマッチだな」

 その人物はスーツを着た30代程度の男だった。まるでどこにでもいるような、眼鏡をかけたサラリーマンだ。

 その右手にはハンドベルが握られていて、足元には奇妙な魔法陣が浮かんでいた。

 「制圧は警固さんにお任せします。私はここで相手の退路を断ちま——」

 「いやキミがやれ。キミの力は制圧に適したものだろう? 責任は取るからやれ」

 汐崎さんは食い気味に私の言葉を否定する。なんというか、かなり強引な人だ。

 「……俺がカバーする。好きに動くといい」

 「わ、分かりました。やってみます」

 な、なに!? なんかの抜き打ち試験だったりするのこれ!? 

 私は動揺しつつも、呼吸を整えて物陰から飛び出し、糸を射出した。

 「くっ、誰だお前は!?」

 男は糸が身体に絡まった瞬間初めて自分が襲われていることに気がつき、私を睨みつける。

 私は糸の命中を確認すると、糸を強く引っ張った。

 男は「ぐぅ!」という声を出しながら無理にその場に留まろうとし、糸に強く締め付けられ、引きずられる。私は彼が怯んだ一瞬を見逃さず、手に巻いた糸から引力を発生させてハンドベルを回収し、足で踏んで破壊した。

 「あっけない終わりだねぇ。まあこの手の輩は本体は強くないと踏んでたけど」

 つまらなそうに汐崎さんが呟く。私からしたらあっけなくない方がよっぽど困るのだが。

 「俺の手助けも必要なかったな。さて、あんたが自殺者を出した犯人だな?」

 「ちっ、もう超常官の野郎どもが嗅ぎつけてきやがったか。だが少し遅かったみたいだな」

 途端、魔法陣が光り輝いたかと思うと、首を吊っている女性のような怪物が、そこから姿を現した。

 ところどころ身体のパーツが欠けているのは、自殺者が足りないからだろうか。顔にはいくつもの斑点があり腐敗している様子で、身体もだらりと垂れていて生理的な嫌悪感を感じさせる。

 「ハンドベルは自殺者を出すだけのものでこっちが本命ってところか」

 「不完全な顕現となってしまったがまあいい。

お前らをこれで倒してからまた再起動するさ。誰にも人々が楽園に行く邪魔はさせない!」

 怪物は男の声に呼応するように一瞬手を動かす。

 「ぐっ……」

 突然私の背後に絞首台が出現し、私の首に輪縄がかけられる。私は一瞬で次に何が起こるを理解し、顔を青ざめさせた。

 次の瞬間、私の立っていた床が崩れ、私は下へと落下した。

 「う……うぅ」

 私は咄嗟に縄に腕を挟み込み、首のダメージを抑え込む。そして同時に絞首台と近くのアンテナに糸を巻きつけて、これ以上落下しないようにした。

 「おっと、ボクの足場はいらなかったか。ごめんよ、危ない目に合わせて」

 汐崎さんの言葉で、私は自分が地に足をつけていることに気がつく。彼女がどうやらナノマシンで足場を作ってくれていたらしい。

 「まったくだ。止めなかった自分をぶん殴りたい」

 警固さんもどうやら同じ目に遭っていたようで、彼の後ろに真っ二つになった絞首台が見える。もっとも、私とは違い即座にそれを破壊したようで、彼の首にはなんの跡もついていなかった。

 「ちっ、何だよ全然効いてないじゃないか! 魂の量が少なすぎたんだ、畜生!」

 「怖い思いをさせて本当にすまなかった。後は任せて欲しい」

 警固さんは手に持った刀を振るうと、私の首の縄ごと絞首台を真っ二つにしてくれた。

 いわゆる飛ぶ斬撃的なものなのだろうが、どういう仕組みなのだろうか。

 刀自体も特殊で、懐刀? なのだろうか。えらく短い刀から、紫色の光を放った何かが刃として飛び出ていた。

 「自殺の女神、イシュタムのレプリカのようだな。今日は神が随分多いな」

 警固さんは刀の鍔を回転させ、首に縄のかかった怪物と対峙する。

 「モード:山火事」

 刀から機械音が鳴り、刀身から火が吹き始める。あの刀には何やら複雑なカラクリがあるらしい。

 「神業:焼殺斬り」

 警固さんが目にも止まらぬ速さで刀を振ったかと思うと、怪物は燃え上がってその姿を消した。

 「今度こそ終わりだな。さぁ、大人しくついてこい」

 「……嘘だ、俺が救済しなきゃいけないのに……もう何も……」

 スーツの男は放心しているようで、大人しく手錠をかけられ警固さんに連行されていった。別れ際に何やらうわ言を呟いていたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。

 こうして私が試験帰りに巻き込まれた事件は幕を閉じた。

 被害に遭った人達は病院に搬送されていった。鐘の力は既に解除されていて、怪我のない人も多かったが一応とのことだ。

 かくいう私も、「君も何か後遺症があるかもしれないから、一時的に保護する」と警固さんに言われて“超常庁”の本部まで連れてこられていた。

 「やぁ出雲ちゃん、実際に会うのはこれで2回目かな? こんにちは、ボクが汐崎椿だ」

 私が部屋に案内されて待っていると、白髪の女性が私の前に現れた。とても綺麗な人で、まさに美人という言葉の似合う人だ。

 右目に何やら機械めいた眼帯をつけていて、白衣を身に纏ったその姿はSFに出てくるような科学者を彷彿とさせた。

 「こんにちは! 汐崎さん、面接官の中にいましたよね?」

  好きな食べ物PRと理想と現実云々の質問をしてきたのがこの人だったので、私はその姿と名前をよく覚えていた。

 最初に声を聞いた時は多分そうだろうという感じだったんですたが、警固さんが『汐崎司令官』と呼んでいて確信に変わったのだ。

 「よく覚えていたね。今日は色々とお疲れ様。特にボクに振り回されて疲れただろ?」

 「い、いえ決してそんなことはないです!」

 「否定しなくて大丈夫、ハナからキミに負荷をかけてしまうのは分かっていたからね。真介の力は制御が難しくてね、対象を無傷で制圧するのには向かないんだ」

 「そうだったんですね。私はてっきし私の実力を試そうとしていたのかと思ってました」

 私がそう言うと、汐崎さんは真顔で「もちろんそれもある」と言ってきた。私は「あ、やっぱりですか」と相槌を打った。あの無茶振りは最初抜き打ち試験か何かかと思ったぐらいだった。

 この人の下につくと中々スパルタな感じになるんだろうな……まあ、それも悪くないとも思っている自分がいるけど。

 「今から簡単なメディカルチェックを行うから、じっとしていてくれたまえ」

 「はい!」

 「よし終わり」

 「早い!」

 一瞬だった。多分ナノマシンとやらを使ったのだろう、それにしても早いが。

 「うん、問題なさそうだね。せっかくならお礼と謝罪を込めて夕食はボクが奢るけど、どうかな?」

 「では……お願いします!」

 ご飯奢ってもらえる! やったー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る