第2話 ガールミーツボーイ&ナノマシン

 「そうか……あの時、わざわざ俺にお礼を言いにきてくれた女の子か。すまない、寝起きなもので咄嗟に思い出せなかった」


 彼は私の発言からすぐに思い出したようで、頭を掻きながら答えてくれた。まさか覚えてもらえているとは思っていなかったので、私は内心飛び跳ねたい気持ちを抑えながら、ガッツポーズ代わりに後ろ手で拳をぎゅっと握った。


 「君のことは印象に残っている。君のお母さんのことは本当にすまなかった……」


 「やめてください、あれは不可抗力です。実はあの時あなたに助けてもらってから、私も《超常官》を目指して頑張ってるんです」


 警固さんが土下座しそうな勢いで頭を下げてきたので、私は両手を横に振った。彼が助けに来る一日前に母親は殺されてしまっていた。明らかに彼の責任ではない。何より彼も警察の人達も、皆必死に私達を探してくれていたことを私はよく知っていた。


 「……君は相変わらずとても強い人だな。すまないが、今の状況を説明してもらっていいか?」


 「分かりました。簡単に説明しますね」


 私は鐘の音が鳴り、その直後に店内の人達が自殺を図ろうとしたこと、それを私が止めたことについて説明した。警固さんは何回か相槌を打ちながら、私の目を見て静かに話を聞いてくれていた。 


 「なるほどな。寝てしまっていた俺に代わってここを守ってくれて本当にありがとう、申し訳ない」

 警固さんはまたしても深々と私に頭を下げる。命の恩人にこうも頭を下げられるとなんだか申し訳なくなってきた。


 「いえいえそんな、むしろこんな話信じてくれてありがたいです」


 「納得が行く話だからな。まず確認しておきたいのが君の力だ。見たところ、糸を出す能力で良いのか?」


 警固さんは立ち上がって服装を整えると、私の糸に触れて強度を確かめていた。

 こうして横から見ると、やはり顔が良い。だが顔は確かに良いのだが……明らかにくまがくっきりと見えているし、どことなく老け込んでいるように見える。確か年齢は私とそこまで離れていないはずなのだが……お仕事大変なんだろうか。

 おっといけない見惚れてしまった。早く返事しないと。


 「いえ、それだけではありません。私の力は人に説明しにくいんですが……大国主神ってご存知ですか?」


 「出雲大社で祀られている縁結びの神のことだよな。あまり詳しくないが、国造りをしたんだよな」


 警固さんは表情を変えずに即答する。なんというか、もっと色々知ってそうな雰囲気があるのは気のせいだろうか。


 「そうですね。私はその神様の力が使えるんです」


 「《神憑り》か。同じ体質の人間に出会ったのはキミが初めてだ」 

 

 警固さんは私が続けて言おうとしていた名称を即答する。私は警固さんが《神憑り》のことを知らない前提で話を進めていたので、びっくりして思わず一歩前に踏み出してしまった。


 「あれ、警固さんもそうなんですか!? かなりレアな力って聞いてたので、まさか同じ力を持った人に出会えるとは夢にも思いませんでした」


 《神憑り》というのは、神の力をその身に宿す者のことだ。まさか彼が私と同じ《神憑り》だとは、世界は狭いもんだ。


 「同感だな。ちなみに俺は厄災の神、八十禍津日神の《神憑り》だ。厄災に惹かれ、厄災を惹きつける。そういう体質を持ってる」


 八十禍津日神。名前はどこかで聞いたことのある神の名だ。厄災の神かぁ……なんかすごい強そうなイメージあるなぁ。でも聞いただけで絶対宿したくない力だな、警固さんがあんなに老け込んでるの災難に巻き込まれまくったからなんだろうし。


 「昔『自分は生まれつき不運なんだ』とか言ってたのはそれが理由でしたか。難儀な体質ですね」


 「そうだな。あってよかったと思ったことはほとんどない。すまない脱線してしまったな、君の話の続きを聞かせてくれ」


 警固さんはあっさりと話を打ち切る。状況が状況なので、あまり関係のないことは話している場合ではないか。


 「ええっと、私は体から引力を発生させる糸を出せます。糸は射出するだけで糸そのものは操れません。後は糸に触れたものに「縁」を通じて干渉できるのと、軽い身体強化ができます。それぐらいですね」

 私は糸を伸ばしたり、引力を発生させたりと軽く実演してみせる。ちなみに一見できることは多そうに見えるが、実際のところはどれも中途半端の器用貧乏、というのが私の評価だ。まあ、なんだかんだ気に入ってる力なのだが。

 警固さんはその様子を見て「なるほど、ありがとう」と相槌をうつと、「さて」と話を転換した。

 「救援信号はさっき送ったから、援軍はそのうち来るはずだ。その上で我々がどう動くべきだが、手段は二つある」

 警固さんはそう言って人差し指を立てた。

 「一つ目。ここは俺に任せて君は逃げる。これは君の身の安全を考えるならもっとも適切な選択肢だ」

 続けて警固さんは「二つ目」と言って人差し指と中指を立てた。

 「ここは君に任せて俺が外に出て、救助活動なり原因追及なりをする。これも君のリスクは低いが、怖いのは君が自我を失うことだ。君や俺は今の所正気を失わずに済んでいるようだが、いつまで持つかは分からない」

 「三つ目。ここはボクに任せてキミ達に原因の対処をしてもらう」

 「んん!?」  

 突然、会話を乗っ取るような女性の声が聞こえて私はそちらに顔を向ける。しかしそこには何もない空間があるだけだった。

 「はっはっは、良いリアクションだね。それはナノマシンでね、それでこのバカのことをずっと監視してたんだ」

 やはり宙から声が聞こえる。ナノマシンという技術はSFか医療ぐらいでしか聞いたことがないが、いつの間に実用化していたのか。

 「汐崎司令官、見ていたのなら起こしてくれ!」

 警固さんはまるで親に起こしてもらえなかった子供のような文句を言う。まあ実際のところ、彼が最初から起きていれば私が動く必要はなかった可能性は高い気がする。

 「無茶言うな、こっちもやらないといけないことがあったんだ。主にキミ達の尻拭いをね!」

 汐崎さんは皮肉のたっぷりこもった声で私達にぴしゃりと言い放つ。私達はほぼ同時に「すみませんでした!」と言って頭を45度下げた。

 すると汐崎さんは慌てた声で「ん、出雲クンだっけ? ごめんごめんキミは関係ないよ」と言ってきた。見たところ私と警固さん以外正気な人はいないと思うのだが、彼女は何故『キミ達』と言ったのだろうか。

  「さて、どこから話したものかな。まず近辺の住民はボクが気絶させた。残念ながらボクの管轄外で死者も出てしまったが、それはキミ達のせいではない」

 「そう……ですか」

 あの鐘の音はかなり広範囲に響いたのだろう。私のせいではない、と言われても死者が出たと言われると心にくるものがある。

 「次にそこの仕事バカ! 普段から働きすぎてるから爆睡するんだぞ。後で説教だからな!」

 「はい……反省しています」

 警固さんは捨てられた子犬のように項垂れている。あそこまで爆睡するって、どれだけ疲れてたんだろうか。

 「ところで教師崩れはどうした? キミの見張り当番はあの子だったはずだけど」

 「あの男ならそこに転がっている。このカフェに来るや否や女性を口説き始めて、そっちの席で楽しそうに話してた」

 警固さんが親指で示した先を見ると、そこには先ほどいちゃついていた男女が座っていた。男女は時々身体を揺らす程度はしているものの、私の赤い糸を解こうとするような様子は見られなかった。

 この人達、カップルじゃなかったんだ……というかこの人警固さん達の同僚なの!? さっき『キミ達』って言ってたのはこの人のことだったのか。

 私は紫髪の、派手なスーツを着た男をまじまじと見つめる。今では自我を失っていて自殺しようと動くロボットのようだが、本来はどういう人だったんだろうか。

 「……説教する奴がもう一人増えたな。話を戻すと、今回の事件は少々厄介な《超常使い》が関わってるみたいだね。さて出雲クン、キミはうちを受験してた子だよね? そこで問題だ。《超常使い》とは何かな?」

 「えっと、超常を扱える人のことですよね。その中でも主に魔術師、超能力者、憑き者に分類されます」

 私は急に話を振られたことに内心驚きつつも、思いついた答えをそのまま説明する。

 「いいね、正解。ちなみに魔術師は武器壊せば無力、残りは本人叩けって覚えとくと対処が楽だよ」

 やった、褒められた。我ながら単純な生き物だが、褒められるのは素直に嬉しいものだ。

 ちなみに《神憑り》は《憑き者》に分類される。だが別にこの分類を覚える必要はあまりない。力の引き出し方が違うだけで、実践で役に立つのは先程汐崎さんが言った通りの話だ。

 「今回の事件、一つ大きな問題があってね。援軍が来れないんだよ」

 「……この超常に対応できるやつがいないから、だろ?」

 警固さんは倒れている男の人を見ながらそう呟く。たとえ《超常官》でも生じている超常に耐性のない人はここには来れないということだろう。

 「その通り。だからキミたちに頑張ってもらうしかないんだ。ボクは周辺を守ってるから、犯人の捕獲は頼んだよ」

 「待て、さっきからこの子を全力で巻き込む気でいるようだが、何を考えている? 一般人だぞ」

 警固さんは眉間に皺を寄せ、私を庇うように右手を伸ばした。

 「その子は未来の仕事仲間だよ。その子ならキミと組めば十分に五体満足で帰ってこれる、そう判断したまでさ」  

 汐崎さんははっきりとした口調でそう伝える。機会越しで、声だけなのにその声には何だか確信めいたものを感じていて、信頼されているというのが伝わってきた。正確に言えば信頼の比重は警固さん寄りなのだろうが。

 「……上司命令には逆らえん。後は君次第だ、嫌ならはっきり言ってくれ。俺単独でも犯人の捕獲は容易だ」

 警固さんは頭を掻き、眉間に皺を寄せながら私の方に視線を向けてくる。不本意なのがよく伝わってくる。でもお守りが嫌だとかではなく、私を本気で心配してくれているのだろう。

 では私はどうするつもりか。そんな答えはとっくの昔に決まっていた。

 「やります。やらせてください!」

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