朱に交われば君になる〜テロ組織に母親を殺された少女は大国主神の力を使って敵を討つ〜

ドードー

《厄災》との遭遇

第1話 災厄な再会

 私は出雲朱里。中学三年生だ。私は1年ほど前から地元の島根からこの東京へ越してきて、一人暮らしをしている。


 中学生、ましてや女の子が一人暮らしなんて! とよく言われるけど、その辺は家庭の事情という奴が絡んでくるのだ。まあ私も東京に憧れていたというのもあって、渡りに船という奴なのだが。

 幸いマンションのご近所さんもいい人ばかりで、何かと中学生の私を気にかけてくれている。


 それはそうと、私には憧れの人がいる。昔私はあるテロ組織に母と共に拉致されてしまったのだが、その時その人に命を救われたのだ。

 残念ながら母親は助けが来る前に殺されてしまったが、それでも文字通り命懸けで助けてくれたその人には感謝しかない。


 だから私はその人の跡を追って、《超常官》と呼ばれる職業になることを目指して日々努力を重ねている。

 この世には多くの超常現象が存在している。一般人が自然とそれに遭遇することはまずないが、その現象を悪用し、人々に害を為す人は一定数いる。私を襲ったテロ組織もその一部だ。


 そういう人達を取り締まるのが《超常官》の仕事の一つだ。よく勘違いされるのだが、《超常官》はいわゆるヒーローのような華々しさはあまりなく、実態は警察などの治安部隊に近い。《超常官》自体公務員であり、国がその武力を制御しているものだ。


 そして現在、私は《超常官》の二次試験を受け終わり帰宅している最中だ。三月ということでそろそろ暖かくなってくれても良いのだが、今日はまだ寒く上着なしでは出歩けそうになかった。


 「面接……どうだったんだろう」


 一次試験の筆記は既に合格済み。実技は多分大丈夫。問題の面接がどうなったか、気になって仕方がない。『好きな食べ物についてPRしてください』なんて質問が来た時はついソフトクリームの素晴らしさについて熱弁してしまったけど、あれって大丈夫だったかな……というかプレゼン力って《超常官》に必要な要素なの……?

 他にも『キミは理想と現実の折り合いはどう付けているのかな?』とかって質問もされたりして、結構難しかったな。


 「ま、終わったことを考えても時間の無駄! ソフトクリーム食べて帰ろっと」


 私は切り替えて、いつも私が通っているカフェに入店する。ここの自家製ソフトクリームがまた絶品なのだ。


 カフェは木造でできていて、マスターが好きだというバンドの音楽が流れている。席はそこそこ埋まっているようで、ご高齢の方々が談笑していたり、カップルが人目を憚らずいちゃついていたり、くたびれた様子の青年が机に突っ伏していたりした。


 「すみませーん、自家製ソフトクリーム一つください、クッキーのトッピング付きでお願いします!」


 マスターは間の抜けた声で「はいよー」と言って、厨房の奥でソフトクリームを作ってくれる。普段お財布事情からトッピングはつけないようにしているのだが、今日は特別だ。

 私はマスターからソフトクリームを受け取ると、それに勢いよくかぶりついた。


 「あ〜〜おいっし〜〜!!」


 「朱里ちゃんは本当にソフトクリームが好きよね。朱里ちゃんももう高校生になるんだっけ」


 ここのおばちゃん店員さんの松岡さんが私に話しかけてくる。すっかり私もここの常連となってしまった。

 私は口に残ったソフトクリームを一旦飲み込み、「そうですね、国我高校ってとこに進学します」と相槌を打つ。


 「おお、良いとこだね、流石! 今日はやたらかしこまった格好してるけどどうしたの?」


 「実は今日、《超常官》になるための試験を受けてきましたんです」


 《超常官》は学業との兼用可能という相当異質な職業だ。公務員なら本来あり得ないが、それだけ人手不足なのだろう。


 「へぇ〜、結構人気の職業よね。倍率も高いんでしょ?」


 「試験によってはそうでもないですよ。ただ私はまだ15ですから、高卒や大卒で受ける人に比べるとやっぱり厳しいものがありますが」


 よく誤解されやすいが、《超常官》は人によっては結構楽になれる。というのも、特別な力を持った人間は向こうも管理下に置いておきたいのか、そういう人向けの試験が別個に存在しているのだ。ちなみに私もそういう人の一人である。


 私の話を聞き、松岡さんは少し顔を曇らせて「そうなんだ。殉職が多いって聞くから心配だわ」なんてことを言うので、私は笑いながら手を上下にひらひらさせた。


 「はは、気が早いですよ。まだなれるかも分からないんですから」


 もちろん相応の努力はしてきたつもりだし、私は力を持っている側だ、受かるだけならなんとかなる可能性は高い。

 だが私は学業との兼業希望だ。そうなると少々難易度が高くなってくるし、今年中になれるかは分からない。


 「朱里ちゃんならきっとなれちゃうでしょ。特別な力だってあるんだし」


 「ふふっ、松岡さんにそう言って頂けるとなれる気がしてきますね」


 私が松岡さんの言葉に思わず顔を綻ばせていると、突然鐘の音が店内に鳴り響いた。


 松岡さんは音の方角に目をやり、「あら、どこの鐘の音かしら」と呟く。鐘の音は外から聞こえているようで、結構遠くからやってきた音のようだった。


 「お寺のではないですよね。外から聞こえてきましたが、何かイベントでもあるんでしょうか?」


 鐘の音はいわゆる西洋の鐘の音だった。こういう高い音は遠くまで届きにくいと言うが、かなり大きな音で鳴らしたのだろうか。しかしする理由が分からないし、近くに大きな鐘があった記憶はない。


 「そうな——」


 「ま、松岡さん?」


 突然、松岡さんはまるで電源を切られたロボットのように動かなくなってしまった。声をかけても反応はなく、目は開けているものの生気がない。


 動かなくなったのは松岡さんだけではなかった。店内にいる全ての人々の動きが停止していた。

 時間が止まっているわけではない。目の前の松岡さんは呼吸をしているし、マスターも魔法瓶を持つ手が微かに震えている。


 私は目の前の惨状を見て、「一体何が起きているの……?」と思わず言葉をこぼす。

 私が動揺している間に、松岡さんは無言で机にあったナイフを拾い上げる。私は少しの間呆けてしまい、その行動をつい許してしまった。

 しかし松岡さんがその刃を自らの首元に突き刺そうとした瞬間、私の手は反射的に松岡さんの腕を力強く握っていた。

 「何やってるんですか!?」

 私は松岡さんの手からナイフを奪い取り、元の位置に戻す。

 「他の人も——ああやっぱり!」

 私は他の人も同じようにフォークやら包丁やらを手に持っていることに気がつき、脳に電流を駆け巡らせた。間違いなく何らかの超常による影響だ、このままでは皆死んでしまう!

 「考えてる暇はないね」

 私は自分の手から赤い糸を生み出すと、それをそこら中に駆け巡らせ、「神業:万有引力!」と叫ぶ。するとみるみるうちに糸に向かって店内の危険物が引き寄せられ、糸に引っ付いた。

 引力を発生させる糸を出す力。それが私の持つ力の一端だ。この糸の最大の特徴は、引力を受ける対象を選択できること。

 今回はナイフなどの危険物を対象にした。引き寄せる際に刃が人に当たってしまわないか心配だったが、人を直接拘束している余裕はなかった。

 私は糸に引っ付いたそれらを回収すると、まとめてゴミ箱に捨ててそれごと厨房の奥に隠した。操られた人達の知能は分からないが、ひとまず脅威は去ったはずだ。

 「さて、一回落ち着いて状況を整理しよう」

 私は人々を糸で縛って動きを封じながら思考を巡らせる。罪のない人達を縛り上げるのには少々罪悪感が湧いたが、仕方のない措置だと割り切った。

 おそらくこの事態の原因はあの鐘の音だ。あの鐘の音を聞いてから、皆おかしくなってしまった。

 しかし私は無事だ。多分理由は私の持つ力のおかげ。でもそれもいつまで持つかは分からない。効かないのではなく、効きにくいだけなら私もいずれ正気を失ってしまう。

 「……そういえばあそこの人、ずっと寝てるな」

 ふと、私は突っ伏している青年の方に目を向ける。青年はこんな騒ぎになっていても爆睡していて、起きる気配はない。何かの拍子で落ちたのか、床に落ちた丁寧に畳まれた黒いコートがどことなく哀愁を漂わせていた。

 耳栓をしているわけじゃないから、騒ぎが聞こえていないわけじゃない。鐘の音だって聞いているはずだ。よほど疲れているのか、それとも——

 私はその恐ろしい考えに唾を飲み込む。さすがにないだろうと内心思いつつも、私は彼の方へゆっくりと近づいていった。

 私は彼の呼吸があることを確認し、彼が生きていることを確かめ、ほっとひと息をつく。よかった、死んではいなかった。

 「生きてはいるのか。ここにいたら危ないだろうし、起こさないとまずいよね」

 私はトントンと彼の方を叩きながら、「お客さん、終電ですよー」と呼びかけてみる。

 しかし青年は微塵も起きる気配を見せなかった。

 ダメだ起きない。少し声を上げてみるか。

 「起きてくださーい!」

 「…………」

 声量を上げてもダメか。ならば——

 「火事ですよーー!!」

 私がそう言いながら青年にチョップを喰らわせようとした瞬間、彼の身体はバネのように動いて私のチョップを手で受け止めた。

 「……なんだこの状況は。一体俺が寝ている間に何があった?」

 青年は私の顔を見た後に、店内の様子を見てそう呟いた。どうやら鐘の音の影響を受けていないらしい。寝ていたからなのだろうか? それとも——

 「すみません、あまりにも起きないものでついチョップを」

 「構わない。それよりお嬢さん、少し離れてくれないか。客観的に見て、君はこの惨劇を引き起こした犯人のようにしか見えない」

 私は「あっすみません!」と言って慌てて青年から離れる。言われてみれば、人々を縛っている赤い糸を手から出しているのは私だ。この状況を見て彼が私に襲いかかってきても、文句は言えないだろう。

 「私は出雲朱里と言います、今年度から国我高校に通う予定の中学生です。あなたは……警固真介さん、ですよね」

 私は青年が顔を上げた瞬間から、その顔に見覚えのあることに気がついていた。忘れたことのない顔だ、入店して顔を見た時点でもっと早く気がつくべきだった。

 「そうだが……なぜ君が俺の名を?」

 警固さんは怪訝そうな目で私を見つめる。向こうが覚えていないのも当然だ、きっと私は彼が数多に助け出した人間の一人にすぎない。

 「三年前、私があなたに命を救われたからです」

 

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